no limit


「おはようございます!」
 コナツが元気よく挨拶と共に上司であるヒュウガの部屋を訪れた。朝のお迎えは恒例化していて、放っておけば遅刻魔にもなり兼ねないヒュウガの様子をコナツが一番に見に来るのが日課になっていた。これはもう、お迎えではなく、起こしに来ているようなものだ。そうでなければヒュウガはいつまで経っても起きない。
 だが。
「うわー!」
 部屋に入ると、そこには「惨状」と呼べる光景が広がっていた。
「こんなに服を脱ぎ散らかして!!」
 脇差やら軍服があちこちに投げ捨てられていたのだ。
「あー、コナツゥ?」
 ベッドの中で物体らしきものがもぞもぞと動く。
「少佐!!」
 コナツが呼ぶと、ヒュウガが寝ぼけた顔を出した。
「朝? もう朝?」
 上司とは思えぬ態度で巨大な虫のようにごそごそと動いていると、
「一体昨夜は何時に戻られたのです!?」
 コナツの尋問が始まった。
「えー?」
「またアヤナミ様のところで暴れてきたのではないですよね!? それとも飲みに行かれましたか!?」
 コナツが捲くし立てていると、
「なんだったっけ。忘れた」
 ヒュウガはぼそりと答えて、またベッドの中に潜ってしまった。
「少佐! 眠っては駄目です!」
 まるで極寒の地に居て眠れば凍死してしまうような口ぶりで叫ぶと、
「大丈夫」
 そう言って寝息を立て始める。
「そうじゃなくて! せめてこの部屋をどうにかしてから寝て下さい!」
「いや、それ寝る前に言ってほしかったし」
 さすがにこの台詞にはヒュウガも突っ込みを入れないわけにはいかなかった。
「そんなの知りません!」
「どうせ着替えるんだから、気にしなくてもいいよ」
「軍服が皺になったらどうするんです!」
「5分で寝押しする」
「はぁ!? 冗談もいい加減にして下さい! しかも脱ぎ方がありえませんし。どうしてこちら側の袖が裏にひっくり返っているのですか? ズボンは原型を留めていませんが。ベルトが遥か彼方に投げ飛ばされているのは何故です?」
「そんなのオレが知りたいよ」
「……シャツに口紅がついてますね」
「オレの口紅じゃないし」
「少佐?」
「……」
「少佐、起きて下さい?」
 コナツが穏やかな笑顔を見せた。恐ろしいほど眩しい笑みだった。
「分かった。起きる。一応起きる。オレも命は惜しい」
「ですよね」
 ヒュウガがのそりと起き上がる。やはり裸だった。ヒュウガは普段はしっかりとパジャマを着用するが、たまに面倒になると裸で寝てしまうことがある。
「……」
 コナツはわずかに顔を赤くして慌てて目を逸らし、隣接しているバスルームに行って何かをするとすぐに戻ってきた。
「シャワーをどうぞ。温度は調節してあります」
 電気もつけて、あとは入ってコックを捻れば快適な温度のお湯が出てくるというわけだ。もっとも、ヒュウガの一番好きな温度を知っていて、それを上手に調節できるのはコナツだけだった。
「ありがとう」
 ヒュウガはそう言ってバスルームに向かった。
「ほんとに、どうしてこうなのか」
 コナツは点々と散らばった服や手袋、下着や小物などと一つ一つ拾っていった。
「夜遊びもほどほどにして頂かないと」
 軍服には香水の匂いが残っている。シャツについている口紅の跡は一人だけではなく、色違いのものが明らかに3人は居るようだった。
 コナツはクローゼットから軍服やシャツなどを新しいものを持ってきて、脱ぎ捨ててあるものはクリーニングに出すようにまとめた。下着類を用意するのも手馴れたもので、綺麗に畳んでベッドの端に置く。
「日々駄目人間になっているような気が……」
 コナツの独り言はヒュウガには届かない。届いたところでどんな返事が来るのか想像もつかないが、せっせと片付けているところへ、ヒュウガがバスルームから出てきた。
「目が覚めましたか? って、素っ裸で出てこないで下さい!!」
 コナツの大声が部屋中に響いた。
「いいじゃん、別に」
 ヒュウガは悪びれる様子もなく堂々と部屋を横切る。
「私が困ります」
「なんで?」
「目のやり場に困るんです」
「目のやり場? 今更?」
「今更も何も、恥ずかしいじゃないですか」
「コナツが恥ずかしいの?」
「……」
 コナツの顔が真っ赤になっていた。
「じゃあ、タオル頂戴」
「!?」
 タオルはバスルームにあるはずだ。
「コナツに拭いてもらいたいな〜」
「!?」
 頓狂な台詞に驚いているものの、コナツはヒュウガと入れ替わるようにバスルームに走って行き、二枚のタオルをヒュウガに渡した。
「何故私がこんな目に!」
 屈辱の一時だった。
「だって面白いんだもん」
 ヒュウガは一枚を腰に巻くと、一枚をコナツに手渡す。
「本当に私が?」
「拭いて?」
「少佐は赤ん坊ですか!」
「うん!」
 コナツがげんなりとしていた。
「髪はご自分で拭いて下さい。届きません」
 コナツが背伸びをして手を伸ばすとヒュウガは、
「はい」
 拭きやすいように腰を曲げる。
「本当に子供のようです。こんなデカイ子供が居たらびっくりしますが」
「コナツは面倒見がいいからねぇ」
「少佐がこんなだからです。私、思ったんですが、少佐もそろそろご結婚されては如何です?」
 コナツが真面目な顔で言う。
「なんで?」
「家庭的な女性なら少佐のお世話を懸命にしてくれると思います」
 確かにそれも一理ある。アヤナミのように他人と関わることを極端に嫌ったり、カツラギのように家事一般を得意とする性格でもない限り、朝が苦手であったり細かい作業が嫌いなヒュウガの場合は尽くすタイプの妻を娶ったほうが不便はない。
「そうだね。それは分かるよ。でもオレ、奥さん貰っちゃってるから」
 ヒュウガがさりげなく言うと、
「少佐って既婚者だったんですか!?」
 コナツが仰天していた。
「なに驚いてんの」
「知りませんでした! てっきり独身だとばかり。でも奥さんって見たことないですよ!?」
「いや、だから目の前に居るじゃない」
「この部屋に!? 一緒に暮らしてたんですか!?」
「そうじゃなく、ここに」
 ヒュウガがコナツを指差している。
「……私?」
「いつも言ってるじゃん。そんなことも分からないの」
「……」
「ああ、いいよ、コナツの言いたいことは分かるから。アレでしょ、『私はベグライターであって奥さんではありません』ってやつ。聞き飽きたよね」
「……」
「なんか怒ってるのも分かるから、もう何も言わないけどさ」
 ヒュウガが締めようとすると、
「いいえ? いいえ、少佐。私が妻なら一度やってみたいことがあって。ええ、『お帰りなさいアナタ、食事にする? お風呂にする? それとも私?』ですよ。もちろん裸にエプロンですよね? で、少佐は私を襲うんですよね?」
 コナツは見事な棒読みですべての台詞を言い上げた。
 ヒュウガは戦慄を覚えながらも、
「是非」
 と言った。
 これだけの嫌味を言っても懲りないヒュウガに、
「少佐。私はアヤナミ様に鞭の使い方を教えて頂こうと思うのですが」
「なんのために?」
「少佐に制裁を」
 真顔でそんなことを言うコナツに、
「オレ、喜んじゃうじゃん」
 ヒュウガも真顔で呟く。
「本気ですか」
「うん。だって鞭好きだもの。あれは芸術だよ?」
「は?」
「アヤたんの鞭使いをよく見ててごらん。うっとりする」
「……」
 救いようがないという顔をしてコナツはヒュウガを見つめた。
「分かりました。とにかく服を着て下さい。ぜんぶ用意してます」
 コナツはヒュウガを更正することを諦めた。
「ああ、さすがオレの奥さん、手際がいいね」
 ヒュウガは大喜びをしている。
「私は少佐に甘いんですね。だから少佐も私に甘える」
 コナツはこのままでは自分のせいでヒュウガが駄目になると危惧しはじめた。
「今気付いた?」
「いえ、さんざん知り尽くしたことではありますが。私、もうお迎えに来ないほうがいいのではないでしょうか」
「何言ってんの」
「私がいると少佐が何もしなくなります」
「……居ないとすると思ってんの?」
「しますよね!?」
「更にしないよ? 仕事も自分のことも」
「えーっ!?」
「コナツが居なくなったら自暴自棄になってやる」
「ちょ……っ」
 恐ろしい駄々をこねられているようでコナツが何も言えなくなっていた。
「すべて計算通り。コナツがオレを迎えに来るように仕向けて、しかも朝ギリギリではなくてきっちり1時間も前に来させるのもわざと。そりゃあ部屋が散らかっていたらビックリするだろうけど、どうせこんなだと思ってたでしょ?」
「……」
「コナツを早めに部屋に呼んでおいて、オレはシャワーを浴びて、あとはこうするだけ」
「!?」
 綺麗に身なりを整えていたコナツをベッドに押し倒した。
「何をするんです!?」
「ん? ここまで来たら分かるよね」
「当たり前のように言わないで下さい!」
 コナツは怒っていたが、ヒュウガに軍服を脱がされながら抵抗していいのかどうか迷っていた。
「これも分かってたことでしょ?」
「分かりません! 時間だって集合まであと30分しかないですよ!?」
「そんだけあれば十分」
「って、少佐ー!」

 そこからは激しさの余り、時計を見る余裕もなかった。
「あ、ああっ」
 ヒュウガはコナツに負担がかからないように正常位にしたが、顔を見ていたら興奮が収まらなくなり、つい動きが激しくなってしまった。
 ぎゅっと目を閉じて眉根を寄せる顔が本当にたまらない。小ぶりなくちびるは吸い付きたくなるような形をしていて口の形容でキスがしたいと思うようになるとは今まで経験したことのない衝動だった。
 おまけに肌が滑るようになめらかで、これが本当に男のものであるのかと疑ってしまう。
「男の子なんだよねぇ」
 ヒュウガがぼそりと言うと、コナツがうっすらと目を開けた。
「な、に……か?」
「ううん。それよりコナツ、躰に力を入れないで」
 驚くほどの中の狭さに性器への刺激を感じながら訴える。
「私は何も」
「凄いよ、中が」
「そんな」
「入っていかない。途中で止まってしまう。無理するとまた切れるかも」
「それは……」
 コナツが慌てた。
「コナツは動いちゃ駄目だ。仕方がないから今は無茶はしないでおくよ」
「すみま、せん」
「謝ることない。コナツは何も悪くないし。でも、いつもは半分以上は入るんだけど、どうしたんだろうね。朝からオレが無理強いしたからかな」
 ヒュウガがそう言って繋がった部分を指で抑えながらゆっくりと突き引きを繰り返していると、コナツはビクビクと反応していたが、
「私……は、拒絶なんかしてな……」
 最初から拒絶はしていないのだと言おうとした。
「うん?」
「嫌いじゃないって、いつも……」
 始めのほうこそ嫌だの何だのと往生際悪くイヤイヤをするコナツだが、ヒュウガに抱かれる行為自体は嫌いでない。
「なら良かった。躰って正直だから受け入れたくないと思ってるのかなって考えたよ」
「違、います。ただ、その、今朝は少佐のが大きいのでは……」
 コナツは恥ずかしそうにそう言った。
「え、何言ってんの。いつもと変わりないけど。っていうかオレのは日替わりでサイズが変わるのか」
「それはありませんが、大きいです。見るたびに私には無理だと思ってしまいます」
「まぁ、よく言われる」
 ヒュウガは笑いながら言った。
「何とかして下さい」
「これを?」
「ああっ!」
 グイとぎりぎりまで引き抜いてすぐに進めてみた。コナツはクンと顎を反らせて悶えたが、
「急に動かないで下さいッ! そんな大きいのはもう無理ですっ!」
 無理だ、どうにかしろと言われても、こればかりはどうすることも出来ない。
「だから、コナツには全部挿入したことないんだけど……」
 ヒュウガがそう言うと、コナツはおとなしくなったが痛みを感じるのか顔を顰めては歯を食いしばる様子を見せていた。
 コナツはひたすらに耐えてヒュウガを受け入れている。何度同じことを繰り返していても慣れないのは仕方がなかったが、これをどうごまかすかが問題だった。いつも顔をそらすようにしているが、
「コナツ、こっち向いて」
 挿入の際に言われてギクリとしてしまう。真正面から見られるのでは無理やり作り笑いをしなければならない。
「……ぅ」
 演技が間に合わず、顔が引きつってしまった。
「痛いって言ってよ」
「!?」
 ヒュウガが呟いた。
「分かってるよ、辛いの」
「少佐」
「だけど、ちゃんとよくしてあげるから」
「……でも」
「時間がないって言いたいんでしょ」
 こんな急いた状況の中で流されるまま事務的に事を運ばれてはたまらない。せめて事後はシャワーを浴びたいし、しっかりと身なりを整えたいのに、分刻みの行動を強いられることになりそうだ。
 しかし、
「大丈夫、大丈夫」
 随分と余裕である。
「その自信は何処から」
「さぁ、何処からだろうねぇ」
 ヒュウガはコナツの前を扱き始めると、
「ああっ! そこは駄目って……!」
 泣きそうな顔で悲鳴を上げ、慌ててヒュウガの手を払おうと焦った。
「いいから、黙ってて」
「……ッ」
 ヒュウガの手で扱かれるのは好きだったが、弄られれば自分の意思とは関係なしに達してしまう。折角二人でしている行為なのに一人で終わってしまうのが嫌だった。
「ああッ」
 コナツが正直に快感を体現していると、それに合わせてヒュウガは腰を進めてコナツの中へと自身を押し込んでゆく。ヒュウガがコナツのものを扱いていたのは躰を弛緩させるためであった。
「それでもきっつぅ。この締まりの良さは他とは比べものにならないな」
「なにを……言って……」
 コナツが息を荒くして乱れ始めた。
 前を刺激され、後ろも強引に犯されれば意識が飛びそうになるくらい興奮する。
「ああッ、あああッ!!」
「なぁに? もうやばいの?」
 ヒュウガが子供をあやすように声を掛けると、
「うっ、イッちゃ駄目……ですか」
 遠慮がちに請うのだった。
「いいよ?」
「でも私ばかりが」
「いいから気にしないで先にイッて」
「……」
 コナツはくちびるを震わせながらヒュウガを見上げた。潤んだ瞳は相変わらず扇情的で、汗ばんだ躰は柔らかな肌触りをしている。ヒュウガは前を扱きながら何度もコナツの胸をまさぐった。淡い色の突起に噛り付いて音を立てて吸ってやりたかったが、それは今度にしようと思った。それでも胸を撫でられただけでコナツは女のように敏感に反応する。
「ひ……っ」
「ほんと、いやらしいカラダ」
「そんなっ」
 泣きそうな顔をすると、
「可愛い顔でオレを見つめるから、オレもどうにかなりそうなんだけどなぁ」
「どうにかなりそうなのは私ですっ」
「いいよ、なっても。ほら」
 ヒュウガが扱くスピードを上げると、コナツは悲鳴を上げながら達した。
 同時に、
「おっとぉ、やばい、すっごい締まる、きつっ!」
 ヒュウガが歓喜の声を上げた。
「これこれ、この締まり具合! コナツがイクときってすごいね!」
 コナツには何がどう凄いのかは分からなかったが、他人と比べられているのだろうと漠然と思ったものの、その他人より断然優位な立場にあることは違いないということは分かった。
「少佐」
「そしてイッた後の顔のいやらしいこと」
「私は……っ」
 コナツが何か言おうとしたが、次にヒュウガはぐったりしたコナツの腰を掴んで一か八かと腰を押して奥へと進めた。
「いたぁッ!」
 叫び声に構わず大きな躰を蠢動させ、出来るだけ奥まで挿入してみた。
「ああッ! 少佐ッ!」
「なに? オレ、止まんないよ?」
「そんな激しくッ」
「ちょっと我慢してね」
「うあ、うああ!」
「大丈夫、怪我はさせない」
「あ、だめ、です、躰がおかしく……ッ」
「おや? コナツ、反応してるよ?」
 男性は女性とは違い、一度達してしまえば後を引きずることはない。本来なら達してしまったら躰を離して自由にさせてほしいと思うはずなのだが、今朝は違っていた。
「どうしたんだろうね」
「わ、分からないっ」
「またイケるね。今度は一緒に」
「は……ッ」
 コナツにはまともに返事をする余裕がなく、ヒュウガの動きについていくことが精一杯だった。
「あ、あ、……少佐、少佐!」
 無意識のうちにヒュウガを呼ぶが、意識が混沌としてくるとあちこちを引っかく癖があり、ヒュウガの腕や背中ならばともかく、何を思ったか右手をヒュウガの頬に当て、思い切り爪を立てようとする。
「コナツ! 顔は駄目だって」
 ヒュウガが騒いだのと、
「気持ちよくて死んじゃ……う」
 コナツが叫んだのが同時で、あまりの狂乱っぷりにヒュウガが目を見張った。
 真面目で実直な自分のベグライターがここまで豹変するとは思わず、ヒュウガのほうが驚いてしまい、コナツを抱くとこうなるからやめられないと思うのだった。
 ヒュウガが動きを激しくすると、快楽の波に躰ごと飲み込まれたコナツが絶頂感をあからさまに示した。その台詞がこれだった。
「あ、来る。一緒に……ヒュウガ……さ、ん」
 時折コナツはセックスの最後にヒュウガを少佐付けではなく「さん」付けで呼ぶことがある。切羽詰って少佐とまで呼べないから、呼び捨てよりはマシだと思ってそうするが、ベグライターになる前はそう呼んでいたのだから珍しくはない。だが、ヒュウガにしてみれば、こんな時に切なげに名前を呼ばれる身にもなれと言ってやりたかった。しかも、毎回ではないから、この強烈な仕打ちは何だろうと悩んでしまうのだ。
 おまけに、どんなに乱れていても同時に達したいという思いがあって、それを態度に表すのがまた可愛らしい。
「あ、もう……ッ、ああッ」
 ヒュウガの返事を待つより先にコナツはびくびくと痙攣し、その変貌ぶりを見ていたヒュウガの頬をギリと引っかいて射精した。
「ちッ」
 舌打ちをして、ヒュウガが達したのも同じときだった。もっともこの舌打ちは、コナツから受ける快感があまりに深いため、信じられないといったふうの表現である。抱いている自分がどうにかなってしまいそうでヒュウガ自身も訳が分からなくなっているのだ。
「もう止まんない感じ」
 きっちり3回に分けて放ったが、出来るならばすぐに2ラウンド目に入りたかった。しばらく中に挿入したまま動かずに、呼吸が落ち着いたコナツを見つめ、
「大体コナツは反則技が多すぎる」
 そうぼやいて離れようとした。
「あ、待って下さい!」
「まだ痛い?」
「いいえ、出来ればゆっくり抜いてほしいので」
「?」
「少佐には分からないと思いますが、抜かれるときも気持ちいいんです」
 コナツが真面目な顔で言うと、
「……そういう反則技がねぇ、許せないなぁ」
 ヒュウガはお手上げ状態で言われた通り、ゆっくりと躰を離していった。
「ん……っ」
 甘い声を漏らして最後の最後までヒュウガを誘う。
「どこまで悪い子なの」
「悪い子? 悪いですか? 私」
「いや、違う意味でね……コナツはずるいよ」
「それは私の台詞です」
「……じゃあ聞くけど、オレの顔どうなってる?」
「あッ」
 コナツが真っ青になって固まった。
「き、傷を!! 傷を作ってしまいました! 顔に!」
 見たこともないような焦り方で起き上がろうとすると、太腿が痺れて思うように動けないことに気付く。
「脚が、脚が変です」
「いいよ、シャワーにはオレが連れて行くから」
「自分で行きます!」
「無理だよ。歩けるようになるの待ってたら時間ない」
「……ッ」
 屈辱だが、こればかりはヒュウガに頼るしかなかった。
「それよりどうしましょう、顔の傷の手当てが先です」
 コナツがオロオロと辺りを見回すが、
「どうせ引っかき傷だし、すぐに治るよ。まぁ、完治する前に人に聞かれたら答えに困るけど気にしないでおこう。」
 ヒュウガは忘れようとするのだった。
「でも目立ちます」
「うーん、これはサングラスでは隠せないしねぇ。マスクでもするか」
「そんなことしたら物凄く危険な人に!」
 サングラスにマスクではどう見ても変質者……と言おうとしたのをやめてコナツがフォローしようとするがフォローのしようがない。
「野良猫に引っかかれたと言っておくよ」
「そうですか。本当にすみません」
「オレ、傷が痛むから今日は医務室で寝てる」
「……」
「手術が必要かも」
「……」
「ね?」
 ヒュウガがにっこりと笑うと、
「では、本当に斬ってさしあげますか? 今回は真横から。どの辺がいいですか?」
 コナツが真剣に答えた。
「死ぬでしょ」
「そうかもしれませんが」
「ふぅん。じゃあ、全部バラしちゃおうかなぁ、コナツが『イク、死ぬ』って言いながらオレの顔引っかいたこと」
「それは!!」
 脅迫だ、と言いたいのを堪えてコナツがくちびるを噛んだ。
「さて、時間がないからシャワー浴びよう」
 そう言われて初めて気付いたように、
「ああ! あと10分しかありません!」
 しかし、このままで仕事に行くのは嫌だった。せめてシャワーは浴びたい。
「大丈夫、この時計15分進めてあるから、あと25分あるよ!」
「?」
「焦らなくてもいいって」
 随分と余裕だが、
「どういうことです、少佐」
 コナツが神妙な顔でヒュウガに訊ねる。
「こんなことだろうと思って昨夜時計の針を進めておいたんだよね」
「それは一体」
「早めといたほうが後々ラクかなと思って。遅らせて『まだ時間あるよ』って騙してもよかったんだけど、本当に遅刻したらまずいからね。コナツが焦るのが見たかったっていうか」
 すべては計画的な犯行だった。
「あなたって人は……」
「サイテイって言いたいの?」
「いいえ。最高です」
「マジで?」
「ええ、とっても。最高の上司ですよ」
「……」
 コナツの笑みが初めて空恐ろしく感じた瞬間だった。

 そして、
「その顔の傷はどうした」
 早速アヤナミに問われると、
「野良猫の仕業」
 ヒュウガが答えるそばでコナツが冷や汗をかいていた。
「……そういうことか。たまには良いのではないか」
「え!? アヤたんそれだけ!?」
 アヤナミは事の成り行きを理解して素っ気無い態度を示したが、それにショックを受けたヒュウガは、
「ホントに野良猫だと思ってんの!? それとも人間の野良猫だと思ってんの!?」
 などとおかしな質問をしてクロユリやカツラギから奇妙な目で見られてしまう。
 後でコナツがカツラギから問い詰められ、
「あれは私の仕業です」
 暴露してしまうも、
「そうだろうと思ってました」
 カツラギは呆れたように答える。
 そこへヒュウガがやってくると、カツラギはわざとらしく、
「コナツが朝からいやらしい顔をしているような気がするのですが」
 と言ったのだった。
 しかし、相手はヒュウガである。ただでは起きない性格で、
「え、やっぱ分かります? コナツ、今抱かれたばっかりで余韻やら名残やらで凄いことになってると思うんですよ」
 と言ってのけた。
「しょ、少佐ぁ!」
 コナツは真っ赤になったが、
「ほら、まだ全体から甘い感じが漏れてるでしょ? 抱かれたてだもん、今ならまだ全身あちこち敏感になってるかもしれない。カツラギさんも触ってみては?」
 更にヒュウガが煽って事を大きくしている。カツラギは唖然としながらも、
「抱かれたて……そんな言葉は聞いたことがありませんが、まぁ、今すぐ服を脱がせてみたいと思ってしまいますね」
 すっかりその気になっている。
「お二人とも、やめて下さい!!」
 コナツは泣きそうになって抗議するのだった。
「じゃ、オレ、急ぐからまたね!」
「って、何処に行かれるんですか!」
「平和な仕事〜」
 ヒュウガは意味の分からないことを叫んでその場を去った。恐らく早々に昼寝を敢行しようとしたに違いない。
「ほんとにあの方はどうしようもありません! アヤナミ様に天井から吊るして頂きたい」
「……結構言いますね、コナツ」
 そばで聞いていたカツラギが笑う。
「だって、今朝は1時間前に少佐を起こしに行ったのですよ! どうせすぐには起きて下さらないから遅くても30分前には行かないといけないんです。それが今朝は1時間前に行ったら押し倒されました。今度からギリギリに……って、それだと本当にギリギリにしか起きて下さらないし……やはり30分前がちょうどいいのか、それとも」
「大変ですねぇ」
「しかも少佐は今日に限って時計の針を15分早めておいたんです! 私は最初に部屋に入ったとき、あまりの散らかりっぷりに時間がずれていることには気付かなくて、押し倒されてようやく時計を見たので分かりませんでした」
 コナツの愚痴は止まらない。カツラギは少し考えたあとで、
「もしかして部屋を散らかしたのも、あなたの目をごまかすための伏線だったのかもしれませんね」
 顎に手を当てて呟く。まるで何かの推理をしているようだった。
「ハッ! そうかもしれません。私は自分の部屋でちゃんと時間を確認して出てきましたから、少佐の部屋に入って時計を見れば気付いたのかも。でも、部屋の惨状のほうがインパクト強くて、そっちに気を取られました」
「でしょう。やっぱり目くらまし作戦ですね」
「ほんとにもう、いいと思ってやっているのだから確信犯としか言いようがない」
 次々に明るみになる事実にコナツの頬が膨れていく。
「いやぁ、悪いと分かっててやってるんじゃないですか?」
「それもありますか」
「とにかく、あなたは優秀なベグライターというだけでは済まないような気がしてきました」
 カツラギはコナツに感心している。
「どういうことですか?」
「勤務時間の仕事に対して褒めるだけは何かこう物足りない」
「時間外手当が必要とか」
「そうですねぇ、優秀なベグライター兼……なんと言ったらいいのか」
「?」
「やっぱりこれしかないでしょうね、ベグライター兼、妻」
「はい!?」
「奥さん……のほうがしっくりくるかな?」
「今朝、少佐にも言われましたが、それはどうかと」
 さすがに納得は出来ないが、
「だってあなたの役割はまさにそんな感じじゃないですか」
「そ、それは……」
 ここまでくると、そう言われても納得せざるをえないところまできている。認めたくはないが、事実なのだ。
「片腕とかいうレベルじゃないですよ。いいですか、卑下した言い方ではなく、如何に夫をよく立てるか、働きやすい生活の場を提供し、日常をフォローするのはすべて妻の務めです。そういった点であなたは合格なんですよ」
「はぁ、そうでしょうか」
「あなたはヒュウガ少佐の命令には絶対に従いますし私生活においても献身的です。まさに良妻!」
「……なんかもう、そう呼ばれてもいいような気がしてきました」
 どうにもうまく言いこめられているようだったが、カツラギの台詞には間違いはない。カツラギは一通り述べたあと、
「というか、これも少佐の手の内、想定内、計算のうちなのかもしれませんね」
 しみじみと呟いた。
「なんですか?」
「いつかあなたのことを『ウチの奥さん』と呼んで自慢しそうですよ。いや、もうしてるのかな。そしてあなたもそれを否定しなくなりそうです」
「えっ、それは……」
 ない、とは言い切れなかった。むしろ肯定しようとしたのを慌てて首を振る始末だった。
 すべてはシナリオ通りなのか。
 こちらの思惑通りには動かないのに周りの人間はヒュウガの手のひらの上で踊っている。そう思うとまた頭を抱えるコナツだった。
「いいんです。私はあの方についていけるだけで幸せです」
「またまたそんなことを。でもね、なんだかんだで少佐はあなたの尻に敷かれているようにも見えますけどね」
 カツラギが笑っている。
「それって私が恐妻ということでしょうか」
「そこまでは言いませんけど」
「いずれ少佐もあなたには頭が上がらなくなるでしょうね」
「……」
 そんな日がくるとしたら来てほしい。
 コナツは真剣に思うが、このホーブルグ要塞の中でこんな関係の上司と部下が居るとしたら会ってみたいとも思った。

 そんなふうにほのぼのとしているところへ、
「あれ、コナツ、なんかいい匂いがするよ!?」
 クロユリが近づいてきてコナツの匂いを嗅いだ。
「そうですか!?」
 シャワーを浴びてきたことを思い出して告げようとすると、
「ヒュウガも同じ匂いがした」
 クロユリが意味深に呟いた。
「えっ」
 ギクリとしたが、
「なんか一緒に居ると似てくるのかな? こういうの何て言うんだっけ」
「と言いますと……」
 コナツが警戒する中、クロユリは邪気の無い顔で、
「そうそう、似たもの夫婦っていうんだよね! 一緒に居る時間が長いからだんだん似てくるらしいね!」
 大きな声で楽しそうに言ったのだった。
「あ、ありえな……」
 コナツは倒れそうになっていた。
 同じ匂いがしたのは一緒にシャワーを浴びたからで決して似てきたわけではないと全身で否定したかったが、どこから突っ込んでいいか分からずコナツはただ引きつるだけで言い返すことは出来なかった。
 そしてクロユリはハルセのところに行ってしまったが、一部始終を見ていたカツラギは、
「面白いですね」
 相変わらずにこにこと笑っている。
「絶対に似たくなんかないです……」
「ええ、分かってますよ。でも、あなたの目標とするところは彼でしょう」
「それはそうですが」
 ヒュウガのように驍名をはせるようになれれば言うことはない。
「もう、本当にどうしたらいいのでしょうね」
 ほとほと困り果てているコナツの顔が、どこか幸せに見え、カツラギはそれを敢えて言わずに心の中にしまっておくことにした。

 コナツ自身、ストレスが溜まるだのと嘆いているが、それでも今のこの関係が決して嫌いではないのだ。思いあう気持ちに限界も終わりもないのだと感じているし、出逢ったときからずっと、彼を信じているから。

「さぁ、仕事しましょう。今日も山のように書類が回ってくるのでしょうね」
 コナツがキリリと顔を引き締めた。
「そうですねぇ、参謀部に休む暇はないですよ。ああ、その前に私はアヤナミ様の健康チェックをしなければ」
 カツラギが何やらメモを手にしている。
「なんです、それは」
「日々のアヤナミ様の体調管理をメモしてまして」
「そ、そうなんですか!?」
 コナツが驚いているが、カツラギこそ、そういった役割が似合っていると思う。
「あの……出来れば少佐の諸々の管理も」
「お断りします」
「ですよね」
「あなたでなければ彼は無理です」
「そんなハッキリ言わなくても」
「そうではなくて、彼があなたを欲しているので」
「……はい」
 コナツが笑った。やはり、幸せそうな笑みだった。
「行きますか」
「はい!」
 二人はそれぞれの席へ向かった。見れば既に書類の山が出来ている。

 今日も参謀部の慌しい一日が始まろうとしていた。


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