to the max


これはもう本能だから、止められるはずもない。

こうなることは分かっていた。紺青の闇に誘われた痕跡はひどく甘く、またその痛みが無窮であることも。
人を斬りたいと思うときとは違う、抑えられない欲情と湧き上がる願望。その熱を躯の外に放出しなければ壊れてしまう、破裂してしまう。心の中に居る非情な欲望が、すべてを壊してしまう。
だから、酷くしてしまった。後悔などという言葉は疾うに奥底に溺れ、その意味すらも熱情の彼方に追いやられているのだった。

「えっ、コナツが倒れた!? いつですか!?」
朝からカツラギが大声を出して驚いている。
「さっき。参謀部まで来たのは良かったんだけど、書類持ったままぶっ倒れた。だから、看てもらえるかお願いしたくて」
ヒュウガが申し訳なさそうに言うと、カツラギは少し間をおいてから訊ねた。
「……コナツは医務室に?」
「うん。寝かせてきた。ただ、医者には見せたくないんだよね」
「どういうことです?」
カツラギの顔つきがわずかに曇ったが、
「何となく察して」
それですべてを理解してしまった。
「ヒュウガ少佐」
「ごめん、ほんとに駄目だって分かってたけど、無理しちゃった」
「まったく、手の施しようがないですね」
「こんなこと、カツラギさんにしか頼めなくて。オレは散らばった書類を片付けないといけないから」
「分かりました。様子を見てきます」
カツラギが医務室に行くと、コナツはカーテンが引かれた奥のベッドに寝かされていた。軍服の上着は脱がされてあったが、シャツのボタンが外されていて、ただそれだけでもカツラギは思わず声を上げてしまったほどの凄まじい証拠を目の当たりにしたのだった。
首についた数え切れないキスマーク。
最初は怪我の痣か蕁麻疹の類かと見間違え、まさに「惨状」と呼べる有様で、このまま胸を開けばどんなふうになっているのか容易に想像できた。
「これでは無茶が過ぎます」
カツラギは小さく独り言を呟き、眠っているコナツに近づくと、
「あなたも大変な人に好かれてしまいましたね」
慰めるように囁いた。
コナツは目覚めることはなかったが、カツラギの台詞を聞かずとも、それを一番に知っているのはコナツ自身である。上司であるヒュウガに求められれば無下に抵抗も出来ない。
傍らから見ればヒュウガが権力をかざし、強引に躯を開かせて部下を好き勝手に扱っていると思われがちだが、実のところ、それだけではなかった。コナツのヒュウガに対する尊敬と憧憬の念は根強く、もしかしたらコナツのほうがそれを求めているのかもしれなかった。だから、終わりがない。
「しかし、医者に見せないというのも」
ただの疲労であれば眠らせておけばいいだけだが、もし何か他に症状が出ているのであれば見逃すわけにはいかない。
「ああ、そういえば」
こういった場合に融通の効く医者の知り合いがいることを思い出し、カツラギは特別に彼を呼び出すことにした。
事情が事情である。性行為が激しすぎて倒れたなどと聞けば苦笑して呆れるだろうが、自分のせいではない。頼まれたことをきっちり説明すればいいのだ。
そうしてカツラギが知り合いの医者とやらを呼び出して数十分、それまで数人が医務室への出入りしたものの、話を聞かれてはまずい人物はなく、彼が到着してから秘密裏にコナツへの処理が行われようとしていた。
「どうしたというんです、こんなところに呼び出して」
「すみません、ちょっと公には出来ないことがあって。診て欲しい子がいるんですけど」
「また何か秘密の特訓でもしましたか」
「いえいえ、って、似たようなものかもしれませんが、他の医者には見せられない有様でして」
「まさか腕がないとか胴体から下がないとかじゃないですよね」
「そんなだったら死んでますよ」
「どれどれ」
カツラギの知り合いの医者がカーテンの中に入ってゆく。カツラギも後に続いたが、
「あれっ、このコ!」
医者が驚いた声を上げる。
「ええ、ご存知のはずです」
「確か……名前……」
「コナツ」
「そうそう、コナツだ、コナツ・ウォーレン」
士官学校卒業時にヒュウガと対決して大怪我を負い、病院に運ばれてきて診たのが、この医師であった。
「その際はお世話になりました」
カツラギが改めて謝礼の意を表すと、
「また怪我でも?」
医師が不思議そうな顔で訊ねた。
「ちょっと違います。あの時は試験のようなものだったので怪我してしまったのは仕方がなかったのですが、今回は事情があって」
カツラギが言いにくそうにしていると、
「あれー? 事情ってもしかして」
なんとなく勘付いてしまった。
「ええと」
カツラギの口からは説明しにくい。
「まさか集団レイプとか?」
「そ、そんなのではないです!」
慌てて否定するも、似たようなもので、
「ちょっと診せてもらおうか」
医師は毛布をはいでコナツが着ているシャツのボタンを外していった。その下に黒いタンクトップを着ていてもはっきりと分かる情事の印。
「これは合意の上?」
「そう……ですね」
「激しいねぇ」
「その辺は分かりかねます」
「大佐の仕業ではないんですか」
「私が!? まさか!!」
全身で否定するも、一瞬、肯定してみようかと思ったのは何故だろう。
「私であればまだよかったんですけどね」
そんなことを言ってごまかす。
「じゃあ、例の彼かな?」
「……」
「あの時も退院するまで会いに来てたし、学校時代からこの子に目をつけてたって話は有名だもんね」
「……」
「なんと言ったかな、名前」
「うちの少佐ですね」
「ええと、ヒュウガ君といったっけ」
「そうです」
「コナツ・ウォーレン。或る意味この子も有名だったからねぇ」
コナツを見てしみじみ呟くが、それは紛れもない事実だった。
コナツは歴代の士官学校の生徒の中でもとりわけ剣の腕はナンバーワンと謂われていた。おまけに実技だけでなく成績も優秀で、入学したときから上位に入り、首席で卒業した。軍の上層部からは期待の星として引く手あまたな存在だったのを、ヒュウガが先に自分のものにしてしまった。
「本当に、気持ちは分かるけどねぇ」
医師は苦笑しながらコナツの心拍数をとり、体温を測りながら、
「念のため、少し検査する。席を外してくれないか」
真剣な顔で処置を始めた。

しばらくして医師が出てくると、
「採血をしても目を覚まさないなんて眠ってるというより気絶だね。白血球の数も少ないしリンパ球も減ってる。免疫力低下で感染症を起こしやすくなってるし、しばらく休養させたほうがいいかもしれないね」
「そうですか」
「一体どんなことをすればこんなになるのか」
「さぁ。それは私にも想像つきませんが」
「ヒュウガ君は何度か見たことはあるけれど、彼もいい躯してるからねぇ。力じゃ負けるだろうね。まぁ、この子が細いだけかなぁ。体力がないわけではないだろうに」
「殴り合いじゃないんですから」
「そうだったね。たぶん、昨日今日の出来事じゃないんだろう」
「とりあえず、今日はもう仕事に復帰はさせずに休ませます」
「そうしてくれ。また明日も来ようか?」
「もう大丈夫かと思います」
「必要ならすぐに来るよ」
「そう言って頂けると助かります」
そんなやりとりが行われ、医師が帰ってからもカツラギはコナツのそばに居てずっとコナツを見ていた。
「どんなことをすればぶっ倒れるまで抱けるのか、私のほうが聞きたいですよ」
カツラギがまだ独り言を言っている。
ヒュウガの気性は二面性があるのか、普段はにこにこと穏やかでも豹変すれば手加減容赦の欠片もなくなる。だが、ヒュウガがコナツを憎くて酷く扱っているのではないことは分かっているから、深い愛情に潜む狂気が彼をそうさせているのだろうと思った。
今頃参謀部はメンバーが慌しく動き回っているのだろうが、医務室はまるで時間が止まったように静まり返り、外の世界とは別の異空間を作り出しているようだった。
「……っ」
しばらくして、目を覚ます気配の無かったコナツが、突然に目を開けた。
人は予想外の状況に立たされたときに挙動不審になるというが、今のコナツがまさにそれで、ハッとしたように天井を凝視すると、次に左右を確認し、目をくるくると回していた。
「え……っ」
起き上がろうとしてカツラギに止められる。
「駄目ですよ、寝ていて下さい」
コナツは今度は目の前に居る人物を凝視した。まるで初めて会った人を見るように数秒視線を定め、それがカツラギ大佐だと知ると、
「私……」
少し冷静になり、
「もしかして、倒れたんですか?」
がっかりしたようにカツラギに訊ねた。
「そうですよ」
「仕事中に?」
「ええ」
「じゃあ、戻らないと」
「駄目です。今のあなたは相当弱っている。もう少し横になっていて下さい。これも治療なのですから、言うことを聞いて下さらないと後を引きますよ」
「でも仕事がたまってしまいます」
「今はそんなこと心配しないで下さい、私が引き受けますから」
「それでは申し訳ないのです。私の役目なのですから、私がしなければ」
「責任感が強い子ですね。そういうところも気に入られたのでしょうねぇ」
「えっ」
「少佐はあなたを私に預けて居なくなってしまいましたよ」
そう言ってみたが、返って来た答えはカツラギの予想をするものと違っていた。
「私が倒れたことでお怒りでなければいいのですが」
「!」
「私は平気です。仕事も出来ます。いつも通りにしなければ意味がない」
「何を言ってるんですか?」
「もう大丈夫だということです」
コナツは笑ってみせたが、以前より少し痩せてきたのは明らかで、お世辞にも逞しく頼りがいのある青年とは言いがたかった。
「あなた、もしかして今夜も少佐に誘われたら応じるつもりですか?」
「えっ、な、何を仰るんですか! 私と少佐は何も……」
「今更ごまかそうしても無理です。過労というより、あなたの場合はセックスのしすぎでしょう」
「なっ、何を……!」
「もっともあなたはされる側で、それなりに体力も気も遣って心身ともに疲れ果てた証拠がこれなんでしょうけどね」
「あ、あ、あの……」
「大体、女役をこなすにしたって、どうされればこんなになるのです?」
「そんなこと聞かれても!」
「いつからなんです?」
「は?」
「いつから我慢していたんです」
「……」
「私が任された以上は吐いて頂きます」
「そんな」
「言いなさい」
「あの……」
「では言い方を変えましょう。どのくらいの割合で彼と寝てるんですか」
「……」
「答えなさい。正直にね」
カツラギの視線も声音も厳しく、コナツは逃げ切れないと観念した。
「毎晩……」
「毎日!? いつから!?」
「えと、2週間くらい前から」
「2週間ぶっ通しですか。ここまでくると少佐が如何に人並み外れていることが分かりますね」
「それは私には何も言えません」
「毎晩激しかったんでしょうね」
「はい。私は2週間眠っていませんでした」
「は?」
「眠らせてもらえないのです。いつも失神してしまうのですが、起こされてしまう上に終わると朝で……」
「そのまま仕事に!?」
「はい」
「むちゃくちゃだ」
「最初は我慢出来たんですが一週間続いた頃には幻覚が見えるほどで。なので少佐には訴えてみたのですが聞き入れてもらえませんでした」
「なんてこと! もう許容範囲を超えてますよ!? 少佐は昼間寝ているからいいんです。あなたはあの双子の世話をしたり、元帥の息子の面倒を見なければならないのに」
「それはいいんです。私の仕事ですから」
「いい? いいんですか? それで許されるんですか!?」
「私が心配なのは、私がこうなってしまったことで少佐に見放されることです」
「はー!?」
カツラギの顔つきが大きく変化した。
「私が相手をしなくなったら、あの人は違う人のところへ行ってしまう。そんなの耐えられません」
コナツの健気な言い分が信じられずに、カツラギは愕然としたまま質問を繰り返した。
「もう一度聞きますが、本当に今夜も誘われたら応じるつもりですか?」
「はい」
「冗談じゃない! 断固阻止しますよ!」
「えっ。そしたら少佐が違う人のところに行ってしまいます!」
「いいじゃないですか」
「私には少佐を束縛する権利がないので、そう言われてしまえば何も言えませんが、でも!」
「そんなに少佐が好きなんですか? あなたをこんなにまでしといて、そんなわけないですよね?」
カツラギに捲くし立てられて怯んだコナツだったが、
「好きです」
はっきりと言い切った。それだけは言いたかったのだ。
「あなたをこんなにしたんですよ!?」
「これは名誉なことです」
「なんですって!?」
「知らない人に傷つけられたのではなくて、私を好きだと言って下さるから許せる。それに少佐は悪い人ではありません」
「こんなふうにされてまで少佐を慕う神経が分からない」
「分かって下さらなくてもいいんです。私と少佐の関係は他の人にはきっと理解出来ないでしょうから」
そこまで言い切るコナツに閉口しながら、カツラギはため息をつくと、
「とにかく今日はもう休んで下さい」
何とか言うことをきかせようとした。
「でも」
「大佐としての命令です」
「そんな!」
「私の命令が聞けませんか?」
「……分かりました。では、あとのことは宜しくお願いします」
カツラギが医務室を出て行くと、コナツは一人残された部屋でぼんやりと天井を見ていた。
「情けないな」
確かに仕事は忙しかったが、自分が倒れたのはそのせいではなく、それがヒュウガに関わることであるから気まずいのだった。
「もう少し踏ん張れば倒れることなんてなかったのに、我慢出来なかったのか」
2週間以上の無理な行為を強いられた。隣の部屋に住人が居たら苦情が出ていたかもしれないくらい、毎晩叫び倒し、あまりに声が大きいとタオルを口に突っ込まれた。時にはシーツごと被せられ、息が出来ずに窒息しそうになって気を失ったこともあった。
今までは失神すればそのまま寝かせてくれていたのに叩き起こされ、意識が覚醒しないまま犯される。酷いときはうまくバランスがとれずにベッドから落ちて脳震盪を起こしたこともある。
それでもコナツがヒュウガを拒絶出来なかったのには理由があった。
「好きだ」
という言葉をここ2週間ばかりの間、100万回は聞いたような気がする。100万回などという数値は大袈裟で、数など数えていなかったから例えばの話だが、それくらい情熱的にその一言を何度も囁き、
「オレがおかしくなってしまうのはどうしてだろう」
滲み出る狂気を止めることが出来ずに苦悩している姿を見せた。
ヒュウガもまた、酷い仕打ちしか出来なくなっていることを気にしてコナツから離れようとしたが、それを感じ取ったコナツは自分は何をされてもいいから他のところには行かないでほしいと訴えたのだった。誰かのところに行かれるより飽きるまで好きにされたほうがいい。それが危険な流れになろうとも構わないと思った。
その結果がこれである。
カツラギ大佐にすべて話してもよかったが、彼は彼なりに理解してしまったようだ。
「バカにつける薬はないって言われそう」
コナツは笑ったが、そのバカとは自分のことである。自嘲しながら目を閉じ、コナツは再び眠りに入った。今は休んでおかなければならず、歩けるようになったら部屋に戻ろうと思った。

夕方になり、次に目が覚めたときにクロユリと目が合う。
「あっ、起きたぁ!」
「クロユリ中佐!?」
「大丈夫?」
クロユリは心配そうにコナツの顔を覗き込んでいた。
「は、はい! どうしてこんなところまで!?」
「お見舞い!」
「お一人で?」
「ううん! 双子もシュリも居る」
「……?」
だが、見回すと誰も居ない。
「あっ、今呼んでくるね。一緒に部屋に入っちゃうと起こしちゃうかなって思って、廊下で待たせてるの」
「そうなんですか!?」
クロユリはパタパタと走ってドアから顔を出し、廊下で待っている彼らを手招きすると、シュリが一番先に飛びつかんばかりの勢いで駆け寄ってきた。
「お兄様! 倒れたって聞いて心配しましたぁ!」
泣きそうな顔をしているが、コナツにしてみれば今日の分の仕事をこなしてくれたのか気になるのだった。
「……うん、でも大丈夫だから」
「だからボクがお兄様の分まで仕事しました! 大佐にも見てもらって合格って言われましたし!」
元気いっぱいに言うと、それを聞いたコナツはほっと安堵する。そこで双子が何かを言っていたが、ニュアンスで聞き取ると、
「もう平気だから心配しなくていいよ。仕事はしてくれた?」
ジェスチャーを交えて訊ねてみれば、双子は眩しい笑顔を見せてOKのサインを出すのだった。
「もしかして私が居ないほうが皆仕事がはかどるのだろうか」
ふとそんなことを思ってしまったが、
「やっぱりお兄様が居ないと場の雰囲気が引き締まらないですー、それにボク、今日は頑張ったけど、明日は分かんないですよぉ」
シュリに言われて、やはり這ってでも仕事に行かねば、とんでもないことになるという危険性を感知した。
「部屋に戻りたいんだけど、手伝ってくれるかな」
「はーい!」
シュリが挙手し、なんとなく意味を感じ取った双子も真似をして挙手する。
「クロユリ中佐は大佐に私が部屋に戻ることを伝えて欲しいのですが、お願いできますか」
「うん! 分かった!」
そうしてクロユリは執務室へ戻り、両脇を双子に抱えられてシュリに先導されながらコナツは部屋に戻った。
「無理はしてほしくないですけど、明日は来て下さいよー! ボク仕事サボっちゃいますから」
「はいはい。お前の面倒を見るために這ってでも出勤するよ」
「うわーい!」
鬱陶しいと思っても、シュリはどうしても憎めない。元帥の息子でなければどこかに放り出していたかもしれないが、今更どうしようもなかった。
夕食はシュリや双子が運んできてくれた。片付けもしてくれ、案外役に立つのだと安心するコナツだった。
だが、想い人が現れないことで心が曇ってしまっていた。

そして夜になりコナツが自室で休んでいると、ドアが数回ノックされて、
「入ってもいいですか?」
外からカツラギの声がした。
「どうぞ」
コナツが答えると、カツラギの姿と共にヒュウガが入ってきた。
「少佐……」
「おやおや。待ち人現るで顔色が変わりましたねぇ」
カツラギがからかうと、
「いえ、そんな……」
コナツは顔を赤くして照れていた。
「何されても好きらしですよ、少佐。冥利に尽きますね」
カツラギがヒュウガに向かって言う。
「それはどうかな。事実なら嬉しいけど」
ヒュウガは肩を竦めた。
「具合はどうです?」
「大丈夫です。明日は仕事出来ます」
「無理しないで下さいね。ベッドで休んでいて元気が出ても仕事中に体調を崩す場合もありますから」
「ええ。でも、仕事をしているほうが好きなので、早く仕事がしたいです」
「……いい部下をお持ちですね、少佐」
カツラギがヒュウガに同意を求める。
「オレにはもったいないくらいでしょ」
「コナツみたいな子が少佐についたのがいいんですよ。似たような性格じゃ問題が起きてたでしょうし」
「そりゃそうだ」
二人は言いながら笑った。
「顔を見たら安心しました。もう時間も遅いので失礼しますよ」
カツラギが言うと、
「はい。本当にありがとうございました。お見送りできなくてすみません」
コナツがベッドで上半身を起こしたままぺこりとお辞儀をする。
「おやすみなさい」
カツラギが言い、
「ちゃんといい子に寝るんだよ。余計なこと考えないでさ」
ヒュウガも出て行こうとするのを、
「少佐は帰っては駄目です」
はっきりと声に出して引き止めた。
「!?」
カツラギとヒュウガが驚いた顔をして同時にコナツを見る。
「止められてしまいましたね」
「なんのためにオレとカツラギさんが一緒に来たのか分かってないんだなぁ」
カツラギとヒュウガがぼそぼそと何かを呟いていると、
「少佐に話があります。少しお時間を割いて頂けませんか」
「あー、そうだねぇ、カツラギさんも一緒なら」
ヒュウガはコナツと二人きりになることを拒んだ。
「どうしてですか?」
納得がいかずに訊ねると、
「そんなのコナツが一番よく分かってると思うけど」
「私を抱いてしまいそうになるから?」
「ほら、分かってるじゃん」
「もしかして私をカツラギ大佐に任せたのも、少佐が看病することになったら手を出してしまいそうになるから……ですか?」
「やっぱり分かってたね」
「私は構わないのに」
「オレが構う」
「どうして!」
「ホントにコナツのこと抱き殺しちゃうもん」
「簡単に死にませんけど」
「そうかなぁ。オレ、コナツが失神するたびに『今度こそ殺した!?』ってすっごい焦るんだけどね」
「そうだったんですか?」
「うん」
と、そこまで会話を続けたあとでカツラギが、
「お邪魔なようですので私は退散します」
念のため申し出てみた。
「カツラギさんは居て下さい」
ヒュウガがそう言うと、コナツは反発するように、
「居てくださっても構いませんが、きっと驚かれると思います」
自分の意思を曲げずに訴えたのだった。しかし、
「もうこんな時間ですし、驚いて眠れなくなると大変なので、私は失礼させて頂きたいのですが」
カツラギが辞退し、更に、
「少佐。襲ってもいいと許可が出てるのですから大丈夫ですよ、頑張って下さい」
そんなことまで言ってしまう。
「腹は決まってるんだけどねぇ、どうせボロクソに言われるんだから、二人きりのほうがいいかな」
ヒュウガがため息をつくと、
「あとで報告して下さい。楽しみに待ってます」
カツラギがにやにやしている。
「面白がってない?」
「ええ、面白いです」
「オレは面白くないし」
「でも、妬けます」
「は?」
「コナツの愛を一身に受けている少佐に嫉妬してしまいますよ」
カツラギが思わぬところで本音を言ったため、
「まさか。それは話半分にして聞いておくよ」
「本気です。大人でも嫉妬するんですよ? まして、どうにかすれば手に入るかもしれないと画策しますからね。あなたにも焦ってほしいものです」
「それは驚きだ。オレ、頑張らないといけないな」
「ええ」
何が起きているのか分からずポカンとしているコナツを見て、
「では、おやすみなさい」
そう言ってカツラギは部屋から出て行った。

しばらく沈黙が続いていたが、
「一身に愛を受けている、だって」
ヒュウガがぼそりと呟き、
「そんなはずないよね。それはコナツのほうであって、だからこんなことになったわけで」
薄く笑っている。
「少佐?」
コナツは辛そうな表情でヒュウガを見つめた。
「コナツがオレを好いてくれてるとしたら、それはオレがコナツをブラックホークに入れたから。ただそれだけの理由」
「!!」
「だよね?」
「そんなふうに思われていたんですね」
振り絞るような声が痛々しかった。
「なんちゃって。言ってみただけ」
「ええっ」
「分かってるよ。抱いたときも最初はぎこちなかったけど、コナツは打ち解けてくれたからね。オレが好きだって言っても答えてくれるようになったし」
「好きですよ、ずっとです。確かに私がブラックホークに入れたのは少佐のお陰ですが、もう自分でも対処出来ないくらい想いが変わってしまったんです」
「……どういうこと?」
「恋をする女の子になってるみたいで、そんな自分を何度も否定しました。少佐が他の誰かと仲良くしているのを見て嫉妬したり、ベッドで少佐に満足してもらえるようなテクニックを身につけるにはどうすればいいか真剣に考えて、やはり経験あるのみなのかと他の男性と関係を持ったほうがいいのか悩んだり、そんなことが出来るはずもないのに、調子が狂って仕方ありませんでした」
「コナツ……」
「その前に、私がこんなになったからと言ってもう抱かないとか仰らないで下さいね!」
「えー?」
「普段は飄々としている少佐が情熱的になって下さるのが好きなので、激しくてもいいんです。何度も申し上げてますよね?」
「そーだっけ?」
「……脳天から斬りますよ?」
「あ、うそうそ。分かってる。でも、それを真に受けてコナツを酷くするのは大人のやり方じゃないよね」
ヒュウガは自分のしたことが分かっている。どうすればいいかも分かっているのに、抑制が効かない。
「いいんです、変わらず私に接して下さい」
「そうやってオレを甘やかす。だから、オレもつけあがるんだよ?」
「いいえ。少佐は私を変えて下さる唯一の人です」
「は? なに?」
「少佐が私を変えて下さるのです。事務的なただの上司と部下だったら、私は学生のときから余り成長することはなかったと思います。色々と過酷な状況から生まれるものもあるんですよ?」
「コナツ何言ってんの?」
「躯の関係だってそうです。少佐にされたことは全て覚えています。なにしろどれも印象が強いし、これが退屈なだけのセックスなら、ここまで感じることはなかった。もっともテクニックは確かですから、私は得をした気分です」
「うわぁー、そんなこと言っちゃっていいの?」
「はい。でも、私、Mではありませんからね?」
「一応そう思っておくよ」
「一応ではなくて」
「だけどねぇ、なんでかそそるんだよねぇ」
「そう思われるのは少佐の勝手ですが、私は違いますから」
好きな子の気を引きたくていじめるのは仕方がないとしても、度が過ぎれば仇となる。しかし、コナツにとってはプラスになっていたようだ。
「コナツはいい子だね」
ヒュウガはふと柔らかい表情で見つめ、優しく呟く。
「少佐が真面目な顔で言うと変です」
「ひど!」
「いや、嬉しいんですけど……」
「そう? じゃあ、もう少し言わせてもらおうか」
ベッドに腰掛けて手を伸ばしてコナツの髪を撫でる。
「少佐?」
「今からオレが言うことだけは絶対に忘れないでほしい」
「は、い」
ヒュウガの声音がいつもと違っていた。普段の茶化した態度ではなく、今まで見たこともないような真摯な表情でコナツを包むように見つめる。
「まぁ、オレのほうが先に一目惚れしちゃったわけだけど、誰かを自分のものにしたいなんて願望は今まで持ったことなんかなくて、コナツを見つけた時に心の底から欲しいと思ったのは事実なんだ」
まさかしょっぱなからこんなことを言われるとは思わずコナツは呆然となる。
「でもね、コナツの躯が欲しかったわけではなくて、この子を側に置きたいっていう漠然とした思いがあって、勘みたいなものかな、それが運命ってヤツだと思ったんだけど、やっぱり結果的にコナツに躯の関係を強要してしまったことは否めない。逆らわないのをいいことに随分無理をしたと思う」
ヒュウガが笑った。いつも見せているニコニコとした笑顔ではなく、少し寂しそうな笑みだった。
「ごめんね、辛かったよね」
「!?」
「コナツを酷い目に遭わせた言い訳するつもりはないけど、本音としては……」
一度台詞を切って考えたあと、腹を決めたように息を吐き、
「オレはね、仕事中に飴食うなって言われたらやめることが出来るよ。まぁ、オレの楽しみの一つだけど我慢は出来る。それ以外に、もし抜刀禁止令が出たら刀は抜かないし、人を斬らずとも我慢出来るだろうと思う。ストレスたまって頭おかしくなっちゃうかもしれないけどね? でも、コナツに関してはすべてに於いて抑制が効かないんだ。抱くな、離れろ、コナツと別れろって言われたら死んだほうがマシ」
最後の台詞は苦しげに呟かれ、コナツを更に驚かせた。
「なんでだろうねぇ」
ヒュウガが考えていると、
「少佐……そんなおかしなことばかり仰って。私には勿体ない……言葉、を」
コナツの声が震えていた。涙が浮かんで目じりを濡らし、光の粒が頬を伝う。
「あれっ、なんでー?」
「すみません……」
「コナツ、泣き虫だったっけ」
「そんなわけないじゃないですか」
「だよね」
ほんの少し沈黙が訪れたが、ヒュウガはコナツに近づくと、
「何もしないよ」
と言い、流れる涙を舌ですくった。
「何もしない? 私はされたいのに」
「何されたいの」
「どんなことでも」
「今度ね」
「じゃあ、せめてここに居て下さい」
「それは生殺しってモンだよ」
「だから何をしてもいいと言ってるじゃないですか」
「今日は無理だって。そのボロボロの躯見たらねぇ。自分がやったわけだし落ち込むんだけど」
「……」
「それでもオレにここに居ろって?」
「今更遅いです」
「え?」
「少佐は初めて会ったときに私をあんなにして、今になって、こんな私を見たからと言って可哀想だと思うんですか?」
士官学校を卒業するとき、ブラックホークに志願して落選したコナツを手合わせの末に拾ったのはヒュウガだ。士官学校一の剣の腕前を持つコナツがヒュウガに対して全く歯が立たず、結局大怪我を負って幕を閉じた。ヒュウガは、いつものようににこにこと笑顔を見せながら、ほとんど本気を出すことなくコナツを打ちのめしたのだった。
「……」
「祖父も厳しかったですが、それ以上に酷かったですよ、少佐は」
黒法術師の家系に生まれながら黒法術が使えないコナツは、一族から見放されて育ち、孤独を強いられてきた。唯一祖父が剣の稽古をつけてくれたが、厳しかった祖父に鍛えられ、武術の心得や鉄則を叩き込まれてはいたものの、ヒュウガはたった一日で本物の修羅の極みをコナツに思い知らせた。
「……だからごめんって」
「いいえ、あの決闘は少佐からの合格通知でしたから、あれでよかったのです。感謝しています」
「あー、うん、あの程度で根を上げるようじゃブラックホークではやっていけないからね。っていうか、あんなにめちゃくちゃにされてオレに立ち向かって来たことには実はびっくりしちゃってたんだ。それどころか殺意持たれてたし」
「す、すみません」
今度はコナツが謝った。
ヒュウガが予想した以上にコナツの精神の強さはオールドタイプの部類に属していると思われた。だが、それが気に入った。この子ならば、アヤナミのため、そして自分のために命を尽くしてくれるだろうと感じたのだ。
「そういうわけで、オレは帰るよ」
「どういうわけか分かりませんが、駄目ですってば」
「どうしても?」
「どうしてもです」
「どうしようっかなぁ」
「じゃあ、せめて私に何か一言言って下さい」
「一言?」
「はい。そうすれば気が済みます」
「一言……ねぇ」
ヒュウガが腕を組んで考え込んでいると、
「出来れば耳元で」
「挑発してるし」
「してません」
「ありきたりだけど、オレが一番言いたいことを言おう」
そう前置きすると、ヒュウガは耳元にくちびるを寄せ、
「本当は、抱きたい。今すぐ」
そっと静かに、低く呟いた。
「しょ、少佐……」
コナツが震える。
ヒュウガは続けて、
「泣かせたい。出来ればめちゃくちゃに。今日ほど抱きたいと思ったことはない」
そう言いながら笑った。
「一言じゃすまなかったねぇ。でも、これが本音。オレは悪いやつだよね」
冗談なのか本気なのか分からなかったが、コナツは笑いもせずに顔を顰めて胸を押さえ、
「だからそれをしても構わないと……私は何度も……」
絞り出すような声は、今にも躯ごと崩れ落ちてしまいそうな脆薄な色を帯びていた。
「言ってるねぇ。でも、しちゃいけないんだよ」
「何故です!」
「大人だから」
「そんな言い方ずるいです」
「うん、ごめんね」
「私のほうがみっともなくて、馬鹿みたい」
「まさか。でも、オレの一言が聞きたいって言ったのはコナツだよ? 後悔してる?」
「……」
ヒュウガが苦笑するのを見上げ、コナツはゆっくりと息を吐きながら肩を落とした。
「いいえ。私だって……こんなに”したい”って思ったこと、ないです。自分でも信じられない」
「え、マジで?」
二人の場合、思考であれ欲望であれ、思うことが重なるのだ。だからこそコナツがヒュウガの傍で呼吸を合わせられる。波長が合うというのはこういうことである。
「今なら私、少佐の手を煩わせずに苦手な体位もこなせそうです」
「!」
「特にあの上に乗るスタイル……多分、今日を逃したらもう出来ないと思います」
「!!」
コナツがヒュウガの言い分を逆手に取り、完全に煽る形になっていた。
「駄目な日に限ってしたくなるなんて」
「ひどいよ、コナツ」
「えっ、どうしてです」
「そんなこと言われたら抱いちゃいそうじゃない」
「だからいいと申し上げているのに」
「オレがどんな思いで我慢してると」
「……」
「抱くのは簡単だと思う。でも、その後でコナツがどうなるか目に見えている。明日また倒れるよ」
汗を流すことがないほど軽く済ませられればいい。時間にして3分もあれば人は躯を交えることが出来る。だが、それでは何の準備もなしに無理をすることになってしまうし、恐らくヒュウガが一方的に抱く形になるだろう。それよりも、そんな簡素に終えるのは嫌だった。ヒュウガが出来ないのだ。今、抱けば朝まで離せない。自分でもそれは分かっていた。
だから抑えているのに。
「すみません……私も考えなしに発言してしまいました」
「え、あれってわざとじゃないの?」
「わざと?」
「騎乗位したいとか……」
「そんな恥ずかしいことわざと言うなんて」
「違うの?」
「思っていたことをそのまま言ってしまいました」
「あー、天然作用だったのね」
「?」
「駄目だよ、コナツ。もう、ほんと、オレ、負けっぱなしじゃね?」
「何の話を」
「コナツのいやらしい発言の数々」
「えっ。私、何か失礼を?」
「いや。ま、いい。ダブルスコアにならないうちに帰ろう」
「少佐!? 待って下さい!」
何を言われているのか分からないまま、背を向けるヒュウガを呼び止めた。ヒュウガは振り向きもせず、
「じゃあ、コナツはオレに抱かれてるところを想像しながら寝るといい」
そう呟いた。
「!」
言葉もなく緊張を露わにして息を詰めると、そのままヒュウガが続ける。
「オレも想像するよ。上から順に攻めていくから。コナツは首も胸もいい反応をするけどね、オレの好きなところは……脚かな。男の割りには綺麗なラインで、特に太腿の内側、脚の付け根。コナツの躯は隅々まで知り尽くしてるからね、裸にしなくても容易に想像出来る。敏感な胸と脚は執拗に攻めるから、それを想像して」
「少佐っ」
「そんで、最中はオレの上に乗ればいいよ」
「な!」
「うんと動いて?」
「……」
そんなことを言われるとは思っていなかった。だから、何も言えなくなってコナツはベッドの上で呆然としていた。
「いい夢見てね。おやすみ、コナツ」
今度こそ、ヒュウガは部屋から出て行った。
残されたコナツは、まだ躯の強張りが解けぬまま、くちびるを噛み締めたあと、思いつめたように呟いた。
「これは拷問なのでは。でも……」
俗に言う言葉によるお仕置きかと思ったが、恐らくそれはヒュウガにとっても同じだと気付く。
「どうしろと……どうすればいいのか。まさか自分で処理しろと?」
そこまで言ってコナツは首を振った。
「いやいや、私は……」
そうして悶々としながら夜を過ごした。いつの間にか眠ってしまったが、それも朝方になってからである。

だが、コナツにとって一人の夜を過ごしたのは不覚でしかなかったと翌日後悔することになる。


翌朝はヒュウガのほうからコナツを迎えに行った。
「ありえない!!」
コナツが叫ぶ。
いつも迎えに行くのはコナツで、今、まさにそうしようとしていたところにヒュウガがやってきた。
「二度寝は!? 布団はどうしたんです!?」
「何言ってんの?」
「あ。いえ。少佐の朝は布団と一体化している構図しか思う浮かばなかったので」
「あー、そう。そういうイメージなのね」
「だってそうじゃないですか。起こすのに大変なんですから」
「朝は眠いもん」
「それなのに今日はどうしたんです。雪でも降りますか!?」
「今、夏だけど」
「だからです。少佐が早起きするなんて。ハッ! だからといっていつもより昼寝を多めにするとかじゃないですよね!?」
「バレたかぁ。ほら、そこは大目に見て?」
「シャレを言ってる場合じゃないです!」
「コナツは融通のきかない男だねぇ」
「今日は机から離れないように首に縄付けてでも引き止めますからね!」
「机でSMプレイ!? アヤたんもびっくりだ!」
「しょ、う、さ?」
ゆっくりと呟いて見上げたコナツはすっかり仕事の顔になっていた。
「はいはい。とりあえず今日は倒れないでね」
「もう大丈夫です。私、どれだけひ弱な扱いなんでしょうか」
「ひ弱そうだもん」
「違いますッ!!」
「そんなこと分かってるよ。学生時代じゃないんだから」
コナツが士官学校の生徒だったころを思い出してからかうが、今はもうすっかり大人の仲間入りをしている。多少華奢なことを除けばだいぶ変わってきたと思う。
「ならいいんですが。でも、実は昨夜は余り寝ていなくて……」
正直に言うと、
「なんで? まさかほんとにオレのこと考えてたら寝られなかったの?」
「はい」
「オレは寝るなとは言ってないよ!?」
「それはそうなんですが、考えてたら色々思い出しちゃって」
「なにを?」
「えと、色々です」
「いやらしいこと考えてたでしょ」
ヒュウガがニヤリと笑うとコナツが黙り込んだ。
「……はい。だって少佐があんなこと仰るから」
「正直だなぁ。もしかして一人エッチしちゃった?」
ヒュウガが突如尋ねると、
「してません!」
コナツが大声で否定する。
「そんな大きな声で……」
「するわけないでしょう!」
声が更に大きくなる。
「いいんだよ、隠さなくても。コナツだって男の子だしー? その年齢なら一晩に三回抜いても余るよねぇ」
「余りません!」
言葉尻を捉えて全身全霊で否定するも、
「じゃあ、昨夜はあれこれ想像しながらモヤモヤしてたわけー?」
「はい」
そこでようやく声音を抑えるが、顔は真っ赤なままである。
「オレもコナツの一番好きなトコ考えてたらねぇ、色々思い出しちゃってねぇ」
「何を思い出してたんですか」
「色々。コナツの好きなとこって一つに収まらないから困っちゃうんだよ」
「……」
「昨日言ったでしょ、コナツ、男の割りには脚が綺麗だから、裸にするのすっごい楽しいんだよ」
「それは褒め言葉にならないと思いますが」
出勤前に話す内容ではなかったが、どちらも止まらない。
「そう言いたいのは分かるけど、でもね、胸も魅力なんだよねー」
「ですから、私は男ですし」
「うーん、そうだなぁ、せめて『抱いてるときに潤んだ瞳』とか言えたらいいんだけど」
「私の話を聞いてます?」
「聞いてるよ! オレの話も聞いてる?」
「……ッ」
「とりあえず、昨日はコナツの寛骨について考えてた!」
その発言を聞いてコナツの動きが止まった。
「カンコツ?」
何を言っているのか分からなかったのだ。
「恥骨筋が一番好き!」
「……」
「すっごくキレイなラインなんだもん」
「もしかして……股関節の骨とか筋肉のこと言ってますか」
「そうだよー!」
「変態じゃないですか!」
コナツがブチ切れる寸前になっている。
「何言ってるの。人体の神秘をバカにしちゃいけないよ!」
「!!」
「鎖骨も好きだけどね?」
「なんてマニアック」
コナツが呆然としていると、
「でも何となく分かるでしょ? 逆に聞くけど、コナツはオレの躯で一番好きなとこ何処よ」
「えっ」
「身長は羨ましがられたことあるけど」
「あ……、えと、手が大きいところとか。指が長いとこ。あと、腹筋でしょうかね。それからこの辺も」
言いながらコナツはヒュウガの二の腕を触って示した。
「ふーん」
「少佐は腰の位置が高くて、脚も長いし」
「それはコナツもじゃん。今の子は膝から下が長いよねー」
「そうですか?」
「うん。コナツの躯見てるとつくづく思うね」
「……」
「目を閉じてもコナツの躯の特徴は頭の中に正確無比に浮かんでくる。その中でも何処がどんなふうにいいのか、オレが一番気に入ってるところを想像すると楽しくなってきてさ」
「で、ですから……私の何処を考えていたと」
「骨盤」
「やっぱり少佐の考えてることは分かりません」
「むー。ま、いいんじゃない? お互い昨夜はムラムラしてたってことで」
「話が飛んでます!」
「しっかし、あれだけ刺激してやったのに一人で処理もしないとは」
ヒュウガが呆れ顔で呟いた。
「しません」
「ほんとにー? てっきりしてると思って、それを想像してたんだけどなー」
「少佐!」
「いいんだよ、正直に言っても。誰にも言わないし」
ごまかさなくてもいいと煽ったが、コナツは笑うこともなく、真顔で口を開いた。
「正直に申し上げますが、一人では出来ませんでした。尤も、一人でしても気持ちよくも面白くもない。何故か分かりますか? 分かりますよね?」
「え。コナツ?」
「少佐と寝て、その悦びを知ってしまったら一人でしたって虚しくなるだけです。少佐が与えてくれる快感じゃないと、気持ちよくなりません。だから、したいとも思わなかった」
「それはそれは……」
ヒュウガが笑っていた。
「少佐こそ、昨夜はどうされていたんです? 私に話を振っておいて、実は少佐がそれをネタにしていたのでは?」
「えっ、やだなぁ、オレがコナツをオカズにして一人でぶっこいてたと思ってるー!?」
ずいぶんと下品な言い方だが、笑っているヒュウガに対し、コナツはあくまでも真顔である。
「違うのですか?」
コナツはヒュウガに鎌をかけようとしていた。が、しかし。
「と言いたいところですが、少佐」
コナツの真剣な表情が更に引き締まり、普段は柔らかな声が鋭くなる。
「な、なに」
今度はヒュウガが緊張する番であった。そしてコナツはヒュウガをじっと見上げ、視線を逸らさずに呟く。
「……昨夜は何処へ行かれました?」
「えっ」
「あのあと、ご自分の部屋には戻られてませんね?」
一体何が言いたいのか。
ヒュウガがそんな顔をして照れた仕草をしながら、
「いや、その……オネーチャンのお店に……」
遊びに行った、と言おうとした。だが、その前にコナツが首を振った。
「いいえ、そうじゃない」
「……」
「本当のことを仰って下さい」
「あー」
ヒュウガが言いとどまっていると、
「人を斬ってこられましたね。血の匂いがします。それに、今朝はいつもと雰囲気が違う」
コナツははっきりと言い切ったのだった。
「いやん、バレた?」
ヒュウガはいつも通りのニコニコと愛想のいい顔に戻り、事実を知られてしまって頭をかいている。だが、コナツは少しも笑わない。
「任務……ですか」
「そう」
「では、何故私には知らせずに?」
「極秘だったから」
「私にも出動命令が出たのでは?」
「それは……」
「あったんですね?」
「まぁ、その辺は自由だったけど」
「なら、私はついていくべきでした。それなのに、私には教えて下さらなかった」
「行ける状態じゃなかった」
「行けました! 確かに体調を崩して倒れてしまったけど、それは朝のこと。もう平気だったのに」
「何処が?」
「平気でした」
「いや、全然」
「……っ」
「とても連れて行ける状態じゃなかった。それに、オレ一人でもいい仕事だったし」
「嫌です!」
「嫌ですって、もう過ぎたことだ。内緒にしてたのは謝るけど、仕方がないんだよ。でも事後報告するつもりだったし、いつも極秘でオレが単独の仕事をやる時には事前にリークすることもあれば事後報告することもあったでしょ?」
「……」
「今まで通り、何も変わってない」
「ですが、本当は単独ではなかった。私もお供するべき仕事でした」
「だから、何回も言うけど、必ず同行しなければならないわけではなかったし、何よりも躯が無理だったでしょ」
「甘いです、少佐! 二週間も強引に私を抱いて、倒れたからと言って仕事には連れて行かないなんて!」
「うーん、今回の任務はね……特殊だったからねー」
「特殊?」
「成人指定」
「な……」
そう説明されると言葉に詰まる。ブラックホークに入り、ヒュウガの元で補佐をするようになって数年、だが、まだ完全な大人として認められてはいない。だが、コナツにも言い分はあるのだ。
「では、少佐が私にして下さることこそ、大人の行為ではありませんか? 性的な関係を持っていながら、仕事面では大人と子供の差をつけるなんて矛盾しています!」
「そうだね。オレもそう思うよ」
「だったら何故!」
コナツはどこまでも食い下がった。今回ばかりは譲れないと思う。
「都合よく言い表すなら、オレとコナツの躯の関係はプライベートなこと、仕事は極秘であれ、公のものとみなし、その辺の年齢制限はつけたいかな、と」
「……」
「今回は目を瞑って欲しい。その代わり今度は無理してでも連れて行くから」
「……」
コナツは答えることが出来なかった。
そうして長い廊下を歩き参謀部に入ると、先にカツラギが机に向かって忙しそうに仕事をしているのが見えた。カツラギは二人の姿に気付くと、
「おはようございます。今日は早いですね。まだ就業時間ではありませんよ?」
いつものように笑顔を見せながら席を立ち、手際よくお茶を淹れようとする。
「おはようございます、カツラギ大佐。昨日はご迷惑をお掛けして、誠に申し訳ございませんでした」
深々とお辞儀をして謝罪すると、
「いえいえ、どれ、今日はどうでしょうね。少しお顔を見せて下さい」
「……あ、あの」
カツラギがコナツを凝視する。途端にコナツは戸惑いながら俯いてしまった。
「うむ。まだ疲れが残ってますね。万全ではないようです。今日は無理しないで下さい」
そう言われ、
「もう大丈夫です。仕事していないと落ち着きませんから」
負けじと言い返すも、
「しかし、あなたの場合はワーカホリックになりかねない」
カツラギは心底で心配しているのだった。
「すみません、デスクワークでしたらこなせますので、今日もいつものように仕事したいです」
コナツが頭を下げて懇願すると、
「私がフォローしましょうね」
カツラギが優しく呟いた。
「ありがとうございます」
コナツが小さく笑う。それを見たカツラギは、本当に仕事が好きなのだと感心するばかりであった。そして視線をヒュウガに移し、
「さて、ヒュウガ少佐は……」
何か考え込むようにして話し掛ける。すると、ヒュウガは肩を竦め、
「あー、カツラギさん、いいよ、ごまかさなくて」
苦笑しながら言葉を返した。
「ということは?」
「もう全部バレちゃったの。コナツってば勘が鋭いから、すぐに嗅ぎ付けられちゃった」
「なるほど。さすが部下ですね」
「でしょー」
二人の会話を聞いて、コナツは少なからずショックを受けた。
話の内容からして、あれからヒュウガが一切部屋には戻らず任務に出たことをカツラギは知っていたのだ。それなのに自分は知らなかった。これがどういうことなのか、コナツはのうのうと寝てしまったことを後悔し、そして自分だけが蚊帳の外なのかと悲しみすら覚えた。
その後、コナツは耐え切れずにカツラギと二人になった際、思い切って尋ねた。
「どうして大佐が少佐の昨夜の任務をご存知だったのです。極秘とは、誰に通達されていたのですか」
問い詰めるような質問にカツラギは表情一つ変えず、
「少佐にしか知らされていませんでしたよ。私は今朝になって知りました。朝方帰ってきた少佐に廊下で会いまして、そこで初めて聞かされたのです。恐らくアヤナミ様直々のお仕事だったのではないでしょうか。ですが、内容を聞けばかなりハードだったので、あなたは行かないほうが良かったのかもしれません」
淡々と答えた。
「そ、それは!」
コナツがわずかに動揺する。
「どうしました?」
「少佐も同じことを仰いました。私を連れて行きたくなかったと。一体どんな……」
「そうですねぇ……いつもと違う雰囲気というか」
「よく分かりません」
「では、例えばの話です、我々は普段は戦場で敵と戦う。相手の兵士を殺すのは国のためでもあります。ですが、あなたは罪もない人々……つまり、敵味方関係なく女や子供を手にかけることが出来ますか?」
「ええっ!?」
目玉が飛び出そうになるくらいの例えだった。
「だからといって少佐が一般人をメッタ刺しにしてきたわけではありませんよ? 例えばの話です」
「……」
コナツは理解することを諦めた。昨夜のヒュウガの行動に関して、これ以上追求しても明白な答えは貰えないのだと思った。
「もしかしたらヒュウガ少佐は、最初からこうするつもりで、あなたを徹底的に弱らせたのかもしれない」
「はい?」
この台詞は聞き流すわけにはいかなかった。
「計画的だったのかも」
「どういう……意味でしょう」
「この極秘任務はもっと前から通達されていて、あなたを連れて行かない理由を作るために、毎晩激しくしたんじゃないでしょうか」
「え、ええ! そんな! では私は少佐の思惑通りに倒れて仕事を休む羽目になったと?」
「私もその辺は分かりませんし、もう終わったことです。あなたはまず躯を治して仕事に専念して下さい。少佐もこれからは気をつけるでしょうし」
「大佐……」
「あなたは少佐が仕事をサボることで、とてもストレスが溜まると思いますが、それもあなたへの試練というか仕事の一つになるのでしょう。少佐がしていることに少しの無駄もないということを頭の隅にでも入れておいて下さい」
「!」
「きっとあなたは心の中で”あんな上司でも!?”とお思いでしょうけれど」
「……」
「さぁ、仕事しましょう」
カツラギが早々に話を切り上げようとする。それを遮り、コナツは真剣な眼差しでカツラギを正面から見据え、
「私は少佐を尊敬しています。確かに少佐に対しては口うるさく喚いていることが多いかもしれませんが」
思っていることを隠すことなく打ち明けた。カツラギはすぐににっこりと笑い、
「あなたのヒュウガ少佐への忠誠心は見事ですから」
何もかも分かっているというふうに短く答えた。
「はい」

それからはただひたすら仕事に打ち込んだ。デスクワークに没頭していれば、気懸かりなことも心配なことも忘れられた。
仕事が一段落するたびに深呼吸をして姿勢を正すため背筋を伸ばして参謀部を見回すと、ヒュウガは相変わらずアヤナミのそばから離れずにちょっかいを出しては叱られてばかりいるのが見えた。ヒュウガはたまにシュリと話し込んでいることもあり、その不思議な光景に思わず見入ってしまう。シュリが難しい顔をしたり笑ったりと目まぐるしく表情を変えるため、何の話をしているのかは皆目検討もつかない。
ただ、双子のスズとユキにまで手を出しているところを見ればやめさせなければならないと思う。ヒュウガは二人を並べて見比べるのが好きなようで、どちらがスズで、どちらがユキかを当てるのを楽しんでいた。左の目の下にホクロがあるのがユキだが、この「当てっこ」の場合、ヒュウガが目を閉じている間に二人がシャッフルし、後ろを向かせて見分けがつかなくなってから当てるのがルールになっているから随分と楽しそうだ。以前、当確率は五分五分だと言っていたことがあり、まるでゲームのように面白がっているのだった。
平和だ……とコナツが思っていると、遊び飽きたヒュウガがやってくる。
「仕事して下さいね?」
コナツがにっこりと笑いかけると、ヒュウガは真面目な顔で、
「そうだね、そろそろ仕事しよう。でも、オレね、ずっと考えていたことがあるんだ」
何か思惑のある台詞を呟き始める。
「どうしました?」
話を聞いてやろうと耳を傾けるコナツだが、
「うん、あのね、やっぱりコナツの腰のラインは綺麗だってこと」
真剣な表情で言い出した台詞の内容に、コナツは開いた口が塞がらなかった。
「いやらしい服を着ているなら分かるよ? 躯にフィットしたスーツ着てたりね? でも、軍服でしょ。或る意味ストイックかもしれないけど、コナツってばもしかして軍服にコルセット仕込んでるんじゃないかって疑っちゃうよ」
「は?」
「女性用ファウンデーションのこと! ステイズっての? 矯正下着」
「……」
「腰をすぼめるみたいな?」
「仰る意味が理解出来ません」
「またまたー」
「一応返答しておきますが、何故私が女性用の矯正下着をつけなければならないのですか? なんのために?」
少し引きつりながら言うと、
「……そうか、だよね、ってことは、それは自然のものなんだね」
ヒュウガがまじまじと呟く。
「ええと?」
「だったら世の女性たちはコナツに嫉妬をするよ!」
「……」
「ま、コナツって着痩せするタイプかもしれないけど? 裸になればちゃんと男の子なのに」
「着痩せ……そう言われればそうかもしれません。が、その話と仕事は無関係では?」
「えっ、大事なことだよ、これは!」
「何故です」
「コナツの躯のラインが眩しくて仕事が手につかないから」
「……」
「あ、無視?」
「返事のしようがないので」
「だって、服を着ててもしなやかな躯つきが頭に浮かんできてさ!」
「……」
「鎖骨とか肩甲骨がくっきり浮かんだところとか、あとお尻小っちゃいし! 股関節が柔らかいところも最高」
ヒュウガは笑いながら、我ながら少し言いすぎではないかと思ってコナツを見ると、コナツは顔を真っ赤にしていた。それは、ふざけてばかりいる上司に対しての憤怒の表情ではなかった。
「は、恥ずかしいからもうやめて下さいっ」
書類で顔を隠して小声で訴える姿は、刀を扱う軍人には見えない。
「……真っ赤になってるとは思ってなかったな。てっきり怒られるかと」
「だって少佐がおかしなことを仰るから!」
「おかしいことじゃないよ」
「いやらしいことです!」
「そうかなー。冗談だと思えばいいじゃん」
ヒュウガが笑っている。
「無理です」
「コナツも冗談で柔軟に対応しなくちゃ」
ヒュウガがそう言うと、
「冗談で対応ですか? では、ついでに言わせて頂きますが、今夜にでも具体的に私のどの部分がどう好きなのか教え下さいね。実物を使って!」
今度は照れもせずにはっきりと要求した。コナツの言っていることはよく考えれば誘い文句である。だが、真面目な顔で言うので、すぐには理解できない。
「……コナツの場合はさ、顔と言ってることが比例しないんだよな。だから厄介だ」
「え、私何か? 少佐に合わせて冗談で対応したのですが」
「今のは真剣だったよね。コナツの本気を見たって感じかな。そそる。オレにはたまらなくそそる」
「!?」
「ほんと、面白いこと言うね。ま、そんなコナツのために今夜オレがどこがどんなふうに好きなのか教えてあげるよ」
「え? いえ……あの」
コナツは墓穴を掘ったのだった。
この、年齢の割りには幼さの残る顔が12時間後には豹変するのだ。艶かしげな表情で柔らかな声を濡らし、全身から性感発生を行う。これでは普通の男性でも落ちるというものである。ヒュウガが鎖骨だの肩甲骨だの股関節だのとマニアックな単語を並べ、アブノマリティな一面を覗かせようが、オーバーセックスは当然のことだった。


そして深夜の甘い時間、まさに最中のことである。
「いやです! いやです!! 嫌ですってば!!」
コナツがムキになって抵抗していた。
「説明するって言ったでしょ」
「昼間の股関節がどうのというのは冗談だとして、これは嫌ですッ!」
「冗談だと思ったの? 本気だよ?」
「ええっ!?」
コナツはベッドの上で全裸にされ、これ以上の辱めはないとばかりに脚を大きく広げられている。
「ここ、ここがねぇ、いいんだよねぇ」
恥骨から太腿に繋がる内側に浮き出た細い筋がお気に入りで、正常位にするときは必要がなくとも脚を広げてやり、ほどよく筋肉がついた、だがまだまだ細い脚を持ち上げてから嵌入するのだった。
今もそうしてヒュウガは恥骨筋をなぞって、顔を近づけて甘く噛む。
「うひゃあああああ!」
コリ、という固い感触があったと同時にコナツがおかしな声を上げていたが気にせず今度は内腿にキスをした。
「ううっ」
「あんまり弄ると筋を痛めちゃうから、見るだけにしておこう」
「!」
「なんて、ついでにたまにはコレもいいよね?」
イタズラな流れで突然ヒュウガはコナツの男の子の印を自らの口に含んだ。
「ヒィッ!!」
コナツがヒクッと喉を鳴らし、躯を硬くして守りに入る。
ゆっくりと上下に口を滑らせると、
「あ、あ、あ、あ、あ、あッ」
単発的な喘ぎ声で乱れ、コナツはかぶりを振って腰を引きながら、
「いやだ、うわ、うわぁ!!」
泣きそうな声を上げている。
あまりの動揺にヒュウガは一旦口を離し、
「その反応は自然のもの?」
そう訊ねた。
「あ? え? あ!?」
完全に精神が正常ではなくなっていて無虞の事態に相当焦りを見せているようだ。
「こんなことくらいで慌てるなんて、男なら普通喜ぶでしょうが」
「私は男ではありません」
「え? 女だっけ!?」
「あっ、ええと、省略しすぎました。つまり、こういうことに慣れた男ではないということです」
「そっか。オレにしてくれる時もぎこちないもんねぇ。可愛いなぁ」
「か、かわ……いいワケないです!」
「何怒ってんの。大体、実物使って詳しく教えろって言ったのはコナツだよ? オレは親切丁寧にコナツのここが好きって説明してるついでにいいことしてあげてるだけじゃん」
「あれは冗談で言ったんです。それにもう十分分かりました! だからやめて下さいっ」
「だーめ」
「少佐ぁ!」
再びヒュウガがコナツの一番敏感なところを舌で舐め上げると、
「ヒーッ!!」
仰け反って奇妙な叫び声を出す。
「しかし、いつ見ても面白い反応だな」
ヒュウガが奉仕してやるたびにこの有様で、このままだと発狂しそうで続けてもいいのかどうか迷うが、ここでやめたらコナツの変貌ぶりが見られなくなると思い、ヒュウガは黙って緊張しているコナツの性を口に含んだ。案の定、
「こんな、こんなことは駄目なんです。バチが当たります」
台詞が感極まっていて新鮮である。何が言いたいのだろうと思っていると、
「どうしよう、食べられて……食べられちゃってる、どうしよう、どうしよ……う」
などと言い出した。ヒュウガは面白くなって裏側を舌で捺しながら吸い上げ、先端をほんの少し歯で引っ掛けながら刺激した。
「ああーッ!!」
躯全体が跳ね上がる。
相変わらず凄まじい反応だと思ったが、おかしいのは、奉仕に関して「する側」は何度か経験があるのに対し「される側」は慣れていないせいかコナツの感じ方は全くのオリジナルで、まさに挙動不審なのである。
「泣くほどのものー? 嫌ならやめるけど?」
いよいよヒュウガが離れてコナツに訊いた。
「気持ちよすぎてどうしたらいいのか分からないんです!」
コナツは生理的な涙をこぼしていた。
「それに、私が少佐にするのはいいのですが、少佐が私にしてはいけない」
「なんでー!? 逆じゃないのー!?」
ヒュウガが唖然としていた。
「あんまり気持ちいいと意識が飛んでしまうからです。ワケ分からないことも言ってしまうし」
「そこがいいんじゃん」
「失神とか意味不明な言動は自分でも許せません」
「でも、今日はそれでもいいと思うけど?」
「どうしてですか」
「コナツが満足してくれればいいんだし」
「もしかして……」
「今日は抱かないよ?」
「な……」
「でもコナツには悦くなってほしいんだけど、今日は激しいことは無しにしたい。本番やったら絶対タダじゃ済まないし。そうなるとね、あとは……」
嫌な予感がした。
ヒュウガはコナツを抱かない。だが、コナツが満足してくれればそれでいい。口で奉仕されるのを拒否してしまった以上、残るは……。
「まさか」
「あ、気付いた?」
「……」
「一人でやってみてー?」
ヒュウガは自慰を強要したのだった。
「嫌ですッ!!」
コナツが叫んだ。
「そんな鬼みたいな顔で言わなくても」
「ぜったいに嫌ですからね! 人前でそんなバカなことする阿呆がどこに居ますか!!」
「分かってないなぁ」
「そももそ何故私がそんなことをしなければならないのか」
「オレが見たいから」
「!! どうして見たいんですか!?」
「好きな子のならどんなのだって見たいでしょ」
「そんなの見て興奮するのだとしたらクレイジーです」
コナツは言いたい放題で訴えるが、ヒュウガもここでコナツが素直に言うことをきくとは思っていなかったし、この展開は予想の範囲内だった。そして次の段階に移ろうとして話を変えた。
「しょうがないなぁ。じゃ、オレがコナツにしてあげるよ」
「!!」
「手でね。これは嫌じゃないよねぇ?」
意味有り気な笑みで挑発すると、
「……ええと」
コナツは途端に口ごもってしまった。
「実は好きでしょ?」
誘導尋問のようだが、事実、図星だったのである。
「……」
コナツは顔を真っ赤にしていた。
「触ってもらうのには慣れたんだよね? 正しく言い直すなら、握ってもらうってやつ? 更に付け加えるなら、扱いてもらうのはね?」
「……少しだけなら」
「おお、認めた! 何故手はいいの?」
「少佐の手が好きだからです。大きくて指が長くて男らしい作りですが触れられると凄く気持ちがいい」
頬を包んでもらうときも、指を絡めるときも脚を撫でられるときも、躯の何処であれ、触れられるたびにヒュウガのてのひらは心地いいと思っていた。だから、彼の手で何かをされるのが好きなのだ。
「そうなんだ。じゃあ、なんで口は嫌なの?」
「生々しいからです」
「ええ? だってコナツもオレにしてくれるじゃない」
「私は必死なので、自分でする分には状況がよく分かってないのですが、されると嫌でも見えてしまうし少佐に申し訳ないのとでいっぱいになって……」
「なるほど」
「私のほうが変にこだわっているのかもしれないですね」
「そうかも」
「すみません」
「いや、オレはそういうコナツが好きだからいいんだけど」
「いいんですか?」
「そう。ちゃんと自分なりの考えがあって、だからオレには新鮮に感じるんだろうな」
「自分ではよく分かりませんが」
「よく分からないんじゃない、自然とそうなっちゃうんだ。コナツの持ってる性格なんだろうけど、コナツは真面目だからね」
「そんなこと」
ない、と言おうとしたのをヒュウガの次の行動で遮られ、
「真面目なくせに、こんな顔するけど」
「あうッ」
一気に扱き上げられて、その衝撃から躯がピクピクと痙攣し始めた。
「いい子にしてて。コナツはもう何も考えなくていい」
「……ッ」
こうされたかった、と言いたかった。
もちろん、愛されながら熱く滾る部分を繋げて一つになる行為も好きだが、ただ、これだけの行為でも満足する。集中できる、と言ったほうがいいのか、実際に貫かれたまま手淫をされると途端に達して呆気なく終わってしまい、どちらかというと一つ一つの動作を確実に愉しむほうが好きなのだった。
「……うっ、あ、駄目です、やっぱり気持ちいい。変な声が出そう」
ヒュウガもただ上下扱くだけでなく、強弱のつけ方が絶妙で指の置き方や動きが特殊なのだ。空いた手でほかのところを触るし隙あらばキスの雨を降らせ、コナツは少しでも気を緩めれば狂乱したかもしれない。
「えらいえらい、我慢しながら反応してる。ココもいい感じだねぇ」
若く瑞々しい男の子の印は、弄られてますます昂りを示したが、
「さぁ、これからだよ」
そう言うと、ヒュウガは一瞬躯の力を抜いたコナツの右手をとって、コナツにそれを握らせた。ヒュウガはその上から自分の手を重ねて離れないようにしっかりと押さえつける。つまり、コナツが自分で扱くのをヒュウガがサポートする形になってしまった。
「い、いや……嫌です!!」
当然拒絶の言葉が飛び出した。いくらヒュウガが上から手を重ねているとはいえ、自分で扱く構図にもなるのだ。結局こうなってしまった。ヒュウガにはしてやられるばかりである。
「恥ずかしいから嫌ですって!」
コナツが訴えるも、
「別にコナツは自分で動かさなくてもいいんだよー?」
ヒュウガはニコニコ笑いながら悪乗りする。
「絶対に私の顔は見ないで!」
「無理でしょー! それが目的なのに!」
「お願い。見ないで下さい!」
「こんな至近距離でね、何を言ってるのかな、コナツ君」
「嫌ですー!! ああッ!!」
そして、そのまま行為は続行された。

結果。
精神的ダメージをたっぷりと食らい、コナツは起き上がることが出来なかった。激しく交わったわけでもなく、暴力を受けたわけでもない。とどめはヒュウガが少しも乱れていないことだった。
あれほど嫌だと言っていた自慰を披露するような格好になってコナツはショックを受けてしまった。
「なんて意地悪な……」
コナツはベッドに突っ伏したまま呟く。
「何か言った?」
「さっきのは見なかったことにして下さい」
「ああ。空いてるほうの左手で胸まさぐったり自分から太腿触って限界まで脚広げて見せたり、そんで奥のほうに忍ばせて指挿れようとしてたこと?」
「……ッ」
実はその後のコナツの仕草が半端ではなかった。自棄になったというより本能であろう、見られることに快感を覚える一歩手前……否、既に快感を覚えてしまったのかもしれなかった。だがコナツは絶対に認めたくはない。
「コナツ、大胆だよね。まぁ、オレも色々びっくりしちゃった」
「何かの間違いですッ!!」
「そういうことにしとく?」
「次はありませんからね! 今度意地悪したら本気で怒ります!」
「眼福だったんだけどなぁ。また見たいなぁ」
「二度とありません」
「冷たい。上司命令にするよ?」
「ぐ! そんなときに職権乱用だなんて」
「分かってるって。しないよ。嫌だって言ってるのを無理矢理とか最低じゃん」
「ですよね?」
ようやく理解して貰えたのかと思っていると、
「その最低な無理矢理を最高の無理強いに持っていくのがオレの仕事なんだ」
「しょ、少佐……」
「次も頑張ろうっと」
「えーっ!」
怖くて暫くベッドは共に出来ないと思った。
そもそも、今回はコナツが病み上がりだったからヒュウガも我慢して抱かなかったものの、コナツにしてみればいつもの数倍は疲れたような気がする。性的快楽を得て性欲を発散させたことで肉体的な欲求が開放され、心地よい疲労感はあるが、みっともない姿を見られたというショックが大きく、当分立ち直れそうにないと思ったのだ。
何もかもがヒュウガの計算通りなのだとしたら、コナツはヒュウガには全く歯が立たないことになる。普段仕事をさぼるヒュウガに手厳しいことを言っても、ヒュウガにはコナツの小言は子守唄にでも聴こえるのではないかと思ってしまう。それなのに、ヒュウガは自ら「尻に敷かれているのはオレ」と言うし、恐妻ならぬ鬼部下と言っているのだから、よく分からない。
ただ、ヒュウガがコナツを気に入り、コナツはヒュウガを尊敬しているということだけは出逢った時から変わらぬ事実である。


その翌日、カツラギはコナツを見ると、
「顔色が悪いようですが……」
いつもはアヤナミに言っている台詞をコナツに向けて言う。
「あー、大丈夫です」
「まさかまた乱暴されたんですか?」
本心で憂慮するも、
「いいえ。全然」
コナツは青白い顔で答えた。カツラギは納得出来ずに、
「もし具合が悪いようなら例の医者を呼びます」
そう言ってみる。
「大丈夫です。傷もないし、躯は至って元気です。ただ……」
「ただ?」
「私の精神的ダメージが……」
「は?」
「いや、それより少佐の脳みそを調べてみたいです」
「コナツ?」
「私はあの方が何を考えておられるのか分かりません」
「それは仕方がありませんよ。喰えない男として有名ですからね」
「そうでしたね」
ヒュウガを相手にするということは、シナリオ通りにはいかないということだった。
「でもね、コナツ、それは理由があるのですよ」
「理由?」
「あなたがとても可愛いからです」
「カツラギ大佐?」
コナツはじっとりと不審な目を向け、低く名前を呼ぶと、
「大佐も少佐とグルではないですよね? 脳の構造が同じだとか? 大佐もSなんですか?」
矢継ぎ早に訊ねた。
「何を言ってるんです」
「もう、ほんとに……」
「だって、あなたを見てると究極まで昇りつめたくなるんですよ」
「何に対して……」
「頂点を極めたいじゃないですか」
「あ、剣の腕ですね?」
「ベッドでの話」
「もう結構ですっ」

コナツが足音を立てて参謀部を出て行く。クロユリにおやつはないかと聞いてみたかったがすぐには見つけられず、別室を覗いてみた。
普段は余り使われていないVIP専用の会議室だが、豪奢なソファがあるために時々休憩の際に許可を得て使っている部屋である。
そこにクロユリが居た。
「!?」
驚いたのは、クロユリとヒュウガが揃って眠っていたということである。
(寝ている!! 二人で並んで寝ている!!)
クロユリのベグライターであるハルセがそばに居ない今、クロユリがヒュウガを誘ったのかもしれなかったが、
(いや、これは少佐が先か中佐が先か……!)
クロユリはともかく、ヒュウガを叩き起こそうかとも考えた。
(でも……何故か癒される)
のほほんと寝ている二人が子供のようで、もっともクロユリは見た目は小さな子供そのものだが、
(可愛いなぁ、二人とも。実力は恐ろしいほど強いのに)
眺めながら一人ほのぼのとするのだった。

そこで、コナツは他人に対して「可愛い」と思ってしまったことにハタと気付き、自分もそう言われるということは、何らかの形でそんなふうに思われているのかと考えた。だが、一体何処がどんな理由でそうなるのか分からない。

真面目なところ?
怒ってばかりいるところ?
昼と夜のギャップ?

可愛いという言葉には、いくつもの意味が秘められているのだ。特にヒュウガのコナツに対するその意味は、一生かけても解明されないだろうと思われた。

──babe to the max.
そして今夜もまた、いくつものと甘やかな言葉が彼の口から囁かれることになる。

コナツは二人を起こすのを諦めて一旦参謀部に戻り大量の仕事をこなしたあと、夕方になって再びさきほどのクロユリとヒュウガが寝ていた部屋を覗いてみた。ちょうどタイミングよく昼寝から目を覚ましたヒュウガはコナツを見てすぐに、
「ああ、なんだろ。可愛い子がいる」
そう言ってからかった。
「そんなこと言われても仕事さぼって寝ていたのは許しませんよ」
「怖い」
「少佐だけ残業して頂かなければ」
「えーっ」
「えーっ、じゃありません」
「厳しいなぁ。夢の中のコナツはとーってもいい子だったのに」
「夢の中!?」
「うん、今、夢見てたの。コナツが出てきてオレのリクエストに答えてくれてた」
「リクエストですか?」
「うん」
何をどうしていたのか内容を聞くのが怖かった。恐らく、とんでもないリクエストをされていたに違いないのだ。
「夢の中の私は別人です」
「そんなことないよぉ。ちゃんとコナツだった。今日も寝かせないで襲っちゃったらどうしようねぇ」
ヒュウガはまったく懲りていない。
「そうですね、では、私はもっと体力つけなくては。少佐のほうがギブアップするように」
いい加減コナツもその手に乗らなければいいのに、それを楽しむようになってしまった。
「えっ、コナツが絶倫に!?」
「違います!」
「っていうか、もうあんな無理はしないけどね」
「いいんです。夜寝かせて貰えないなら少佐と昼寝します」
「し、仕事中だよ!?」
「ええ。アヤナミ様に午睡の時間を作ってもらいましょう」
「コナツがそんなことを言うなんて!」
「冗談ですよ。アヤナミ様にここは保育園じゃないって怒られてしまいます」
「ぶっ」
「でも、アヤナミ様こそ休養を取られるべきであって、アヤナミ様を真ん中にして皆で川の字もどきで眠ればいいのではないでしょうか」
「言うね」

コナツも中々強気なのだった。それをヒュウガが本気で提案してアヤナミに鞭で打たれるのは目に見えている。

今日もホーブルグ要塞は平和なのであった。


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