コナツは難しい顔で廊下を歩いていた。
軍令部から書類を預かり、寄り道などせずに参謀部へ戻りながら時折漏れる独り言には何やら難しい語句が並べられている。 「要約はともかく、指令書や評価はアヤナミ様に伺ってからまとめるとして……」 コナツは翌日に行われる会議の主題である参謀研究のために書類の作成をしなければならならず、デスクワークの一切を任されていた。 「この書類のサインは少佐にお願いしよう。カツラギさんにも報告書に目を通して頂かねば」 昼過ぎ、兵士たちが昼食を終わらせて自分たちの所属する部署へ戻っていく。相変わらず物々しい雰囲気で、それぞれの表情は緊迫し有事に備えて心構えをしている有様が見てとれた。 その空気に触れてコナツの気も引き締まる。参謀部はデスクワークが多い部署でもあるから、コナツはどんな仕事であれ与えられる喜びをかみしめ、志気を高めるのだった。 「さぁ、戻ったら早速……って、あれは……」 コナツが足を速めようとしたとき、廊下の隅の物陰に背の高い男性の後姿が目に入った。 「……」 近づいてしまったのは仕方ない。なぜなら、その人物とは最もよく知っている自分の上司であるヒュウガ少佐だったのだ。 (こんなところでどうされたのか) 当然、声をかけても不自然なことではない。何かあれば補佐をしなければならない立場であり、声をかける義務もあると思った。 その思いに従ってコナツが歩み寄って声を掛けようとすると、違う人物と目が合ってしまう。 「!?」 最初に遠目からでは分からなかったがヒュウガのほかにもう一人見知らぬ女性がいたのである。しかも、ヒュウガが迫る形で、見ようによっては抱きしめようとしているかキスをしようとしているとしか思えないほど、いかがわしい状況になっているのは明らかだった。 (少佐!?) 心の中で叫ぶと、片手を壁に押し付けて女性を囲っていたヒュウガは、コナツと目が合って固まっている女性士官の視線を追うように振り向き、 「あれ、コナツ」 悪びれる様子もなく名前を呼んだ。 コナツはハッとして、 「あっ、大変失礼致しました!」 恋路の邪魔をした不躾者のように慌てて身を翻し、来た道を戻ろうとする。 「って、こっちじゃない」 参謀部へ向かうにはヒュウガの前を通らなければならず、コナツは何も見なかった振りをして足早に通り過ぎようとした。 「コナツってば」 ヒュウガが呼んでも聞こえない振りを貫く。 (また口説いてたのかな。まったく仕方のない人です) コナツにとって今の場面は「上司の悪い癖」として処理されてしまったのだった。 そうしてコナツが気持ちを切り替えて机に向かって懸命に仕事をしていると、ヒュウガが戻ってきた。 「さー、午後も仕事仕事ー。まず最初は昼寝かな」 相変わらずのんびりとしていて緊張感がない。が、だからとってい甘く見ているとヒュウガは豹変するから気は抜けない。 コナツはヒュウガの姿を見ると、 「少佐、お待ちしておりました。机の上にたくさん書類を置いておきましたので、今日中に片付けて下さいね」 にこやかに仕事の説明をする。だが、ヒュウガは机の上を一瞥しただけで意に介さず、 「そんなことより、ひどいよー、コナツー。一人でさっさと行っちゃうなんて」 悲しそうに訴え始めた。 「さきほどのですか? でも、あれはああするしかなかったのですが……」 あそこで声を掛けて待っていたら、ただの阿呆である。どう見てもラブシーンとしか思えない場面に出くわして、そのムードをぶち壊すほどコナツも単純ではなかった。 「えー、待っててくれてもよかったじゃん」 ヒュウガは納得出来ないようで、ぶつぶつと文句を言っている。 「待てません。空気を読んだ行動です」 「それは読みすぎっていうやつ」 「えっ」 「コナツは読みすぎなの、いつも」 「そうですか!? 普通だと思いますが!?」 「じゃあ、今、普通に空気読んでみてよ」 「は?」 ヒュウガは無理難題をコナツに言いつける。 「今の空気を読んでみて?」 「ええと……仕事の書類がたまってます」 「ほら! 読みすぎてるじゃん!」 「これの何処が読みすぎなんですか!? あ、もしかして事実を伝えることが読みすぎだとすると……では……ええと、何と言えばいいのだろう」 コナツが真剣に悩んでいる。 「たとえばさっきのこととか、なんかコメントないの?」 「あ、さきほどの件についてですね?」 コナツは女性とのことを突っ込んでほしかったのかと気付き、 「少佐が親しくされていた方は、お友達ですか?」 と言った。 「……」 ヒュウガが無言になる。 「違いますか?」 「違うね。全然違う」 「では、こうかな。ええと、さきほどのは何番目の彼女さんですか? とか……」 「本気で言ってる?」 「本気ですよ!」 「……」 「じゃあ、少佐は私になんと言ってほしいのですか」 逆に聞き返したほうが早いと思った。 「聞かれちゃった。そうだね、オレが言ったほうが早い。つまり、コナツにはこう言って欲しかったんだ。『あたしという人が居ながらアノ女は一体誰なのよ!』って」 「……」 今度はコナツの顔が無表情になる。驚いていいのか納得していいものか分からない。そもそも『あたしという人が居ながら』という言葉の主語が女性用なのが気になった。 「もうこれしかない。絶対言って欲しかった」 ヒュウガは必死で訴え、どうしてもコナツにそう言って欲しいと思っていたが、 「そうですか……でも、少佐、女性の口調で仰るのがお上手ですね」 コナツは論点を切り替えようとしていた。 「いや、突っ込んでほしいのはそこじゃなく」 「いつも思いますが、少佐の女性の話言葉の真似には違和感がありません」 コナツは本心で述べているようだった。するとヒュウガは、 「当たり前じゃん。だってオレ、心は男だけどカラダはオンナだもん」 と言った。 「……少佐。それは逆では?」 「ん? あれ? 躰は男だけどココロはオンナか」 「そうです。って、そんなわけないじゃないですか! どちらも当てはまりません!」 「冗談だって。でも心は男でカラダがオンナなのはコナツのほうだよねー」 「えっ!?」 まさかそんなことを言われるとは思っていなかった。今まで「可愛い」を連呼されて我慢をしてきたコナツも、その言い方は余りに度が過ぎているのではないかと怒り心頭に発する寸前になっていた。 「ふざけないで下さい」 「なんか怒ってるみたいだけど、コナツさ、自分の裸の後姿鏡で見たことあるー? まんま女の子だよー」 「そんなバカな!」 裸を隅々まで見られているのは事実であり、そのヒュウガからそう言われてしまえば、きっぱりと否定する自信がない。実際、自分の躰などまともに見たことがないのだ。自分よりも自分のことを詳しく知るヒュウガのほうが説得力がある。だが、絶対に認めたくはない。 「まぁ、前から見るとちゃんと男の子だけどね」 「当たり前です!! ですが、これでも私は鍛えてますし裸になったって何処からどう見ても男です!!」 コナツは珍しく大きな声で主張した。 「すっごいムキになってる」 「本気で怒りますよ」 「だったらさぁ、そんなに男らしさを主張するなら、オレみたいになってから言えば?」 「!!」 ぐうの音も出ないまま落ちる、というのはこのことであった。 しかも、それはベッドの中でまで繰り返された。 夜半になり、コナツは訪れたヒュウガの部屋で既に散々好きなようにされていた。あの会話のあとでヒュウガが夜に自分の部屋に来るようにと伝えていたから、こうなることは分かっていたが、それでも余りに激しすぎて明日は仕事がまともに出来ないのではないかと思った。 「ほぅら、こんなことされて泣いてるようじゃ、まだまだじゃん」 両手の指を絡ませて握り合い、そのままシーツに縫い付けられたように押さえられて身動きがとれないまま甘いキスを落とされては息を震わせ、首を吸われてすすり啼く。 「あ……ッ」 女性よりも女性らしい仕草をすることをコナツは自分でも気付いていない。 「どこからどう見ても可愛いねぇ」 ヒュウガはコナツを組み敷いて耳元でうっとりと呟く。するとコナツはなんとか正気を保ち、 「屈辱以外のなにものでも……ないです」 言い返して唇を噛み締めるが、 「そう? でもねぇ、これがねぇ」 「!? あっ、ああああッ!!」 クイ、と一番イイところを刺激されると嬌声を上げて悦んでしまい、目を潤ませる。 「いい反応」 「これは不可抗力です! 条件反射なんです! あ、あ……ああ」 「素直に気持ちいいって言えばいいじゃん。コナツ、とろとろになってるよ。表情も躰も」 「いやらしいこと言わないで下さい」 「いやらしいことしてんのにいやらしいこと言わないでって無理じゃない? コナツも素直に言っていいんだよ?」 「何をです」 「えー? 普通に気持ちいいって」 「……言えません」 「なんで」 「言いたくないからです」 「出たよ、コナツの意地っ張りが」 「……」 「昼間も全然嫉妬してくれないしさ」 「あれは私にはどうこう言う資格がないので」 その言葉を聞いて、ヒュウガが律動を止めた。 「口出すつもりはないから、好きにしろってことかな?」 「そうは申しませんが、そうとって頂いて結構です」 「ふーん」 「あ、あと、気付いたのですが、女性を口説いていたことはアヤナミ様には言いません」 「アヤたん?」 「はい。私に空気を読めと仰ったのは、アヤナミ様には言うなとのご命令でもあったのではないですか? あの時気付かなくて申し訳ありませんでした」 冷静になって言うと、ヒュウガは頷きながら、 「なるほど。なるほどね」 そう言って考え込んだ後で体位を変え、コナツを横抱きにした。 「あ……っ」 横にされ、片脚を高く持ち上げられたまま犯されると、繋がった部分の更に奥へと侵入してくるヒュウガの猛々しい雄の感触が強烈になる。 「うッ」 少し律動を早めた途端、コナツはシーツを握り締めて呻いた。 「じゃあ、好きにするさ」 ヒュウガは短く答え、更に腰を進める。 「ああッ」 大きなものを飲み込んだままコナツの背がしなる。ふわりと髪が揺れて、横顔なのにひどく色気があり、このまま思う存分泣かせたい、もっと痛いことをしてやりたいという奇妙な独占欲が生まれた。ヒュウガは悪い癖に自嘲しながら今はそんなことをしている場合ではないと思った。 その危ない思考を追い払うように、 「飽きるまで遊んでみようかな」 開き直って呟くと、コナツが息を止めるのが分かった。 「だってコナツがいいって言ったんだもん」 子供のように言うと、 「いいとは申してませんッ」 必死になって言い返す。潤んだ瞳が切なく揺れて、今にも涙が零れそうだった。 「そんないやらしい顔で怒られてもね」 淫らな表情でムキになられても効果はない。 大体、躰の相性が良すぎて、こうしているだけでも快感が全身に押し寄せてくるのに普段見せたことのない色香を漂わせながら泣きそうな顔をされると、それだけでどうにかなってしまいそうだ。 そのせいで余裕がなくなり、他のことを考えながら達してしまいそうになるのを我慢しなければならない。 ところが、そんなふうにヒュウガが複雑な気持ちになっているところにコナツの一撃がやってきた。コナツは横抱きにされているのをいいことに、決して視線を合わせようとしないままシーツに顔を埋めるように隠し、 「だいたい、今こうしているのだって……私はあの人の代わり、なのでしょう」 コナツも少しずつ快感が強くなってきているのか、息を乱しながらたどたどしい口調で思いのたけを伝える。 ヒュウガは一瞬動きをとめたが、 「代わり……。まぁ、そうだね、その通りだ」 はっきりと認めてしまった。 「最低です」 憎らしいと思いながら吐き捨てると、 「コナツのせいだもん」 ヒュウガはコナツが悪いと言った。 「私が……あの時邪魔をしてしまったから、最後まで口説けなかったのですね」 悔しそうに呟く。 「そう。よく分かったね」 「私で満足……しますか? できません、よね?」 抱きたかった相手ではなく、間に合わせでこんなことをして何が楽しいのだろう。そう思っていると、 「満足? そんなの、するはずない」 ヒュウガは追い討ちをかけるようにはっきりと答えたのだった。 「……しょう……さ」 あからさまに言われてコナツは落ち込んだ。 こんな状態でいたずらに抱かれる立場を初めて悔やんだ。しかも躰は反応し、求めているのだ。もっと欲しいと貪欲になっている。 (私は愚かだ) 偽りの絡みごとに溺れている自分が嫌で、本当は何もかも拒絶して受け入れなければよかったと思うが、例え遊びであろうと代わりであろうと、コナツが躰を合わせたい相手はヒュウガ一人なのだった。 (それでもいい。いいんだ、これで) コナツはそれからは何も言わず、ヒュウガが乱暴になっていくのを感じて躰を震わせたが、 (たぶん、次に気が付いたときは朝になっているだろうか) そう感じながら、いつも失神してしまうからいけないのかな、と心の中で苦笑していた。ヒュウガが満足出来ないのは、そのせいだと。 案の定、次に気が付いたときは場面が変わっていた。だが、朝ではなかった。 「あれ。気が付いた?」 「えっ、少佐!? ここは!?」 「コナツ、何ボケてんの。オレの部屋でしょ」 「あ、はい、そうでした」 「気を失ってたのは数分だよ」 「すみません」 「っていうか、失神とイクのが同時っていうか、若干ズレてた。しかも失神してからイッてたよ。 相変わらずだね、コナツ」 「す、みま……せん」 会わせる顔がないというようにコナツはシルクケットの中に隠れてしまった。ましてヒュウガはどうしたのか、きちんと最後まで出来たのか聞くことも出来ない。 コナツはますます落ち込んだ。そのコナツの気持ちを代弁するように、 「代わり……ね。さすがにそう言われると落ち込んじゃうな」 ヒュウガが静かに呟くと、コナツは慌てて顔を出し、 「余計なことを言いました。忘れて下さい。申し訳ありませんでした」 隠していた秘密を当てられて気にしているのだと思い、コナツが謝る。 「謝る必要はないよ。だって本当のことだもん」 「……ッ」 どこまで追い詰めれば気が済むのだろうと悲しくなっていると、 「身代わりにしたのは間違いじゃないし」 「そんなの、分かってます!」 「彼女がね」 「?」 「彼女がコナツの身代わりだった」 「!?」 「コナツに似てた。すこーしだけ、出会ったときの、昔の面影があった」 「えっ? えっ? えっ?」 鳩が豆鉄砲を食らう、というのは、まさにこの顔なのだろう。コナツはきょとんとして口を開けていた。 「あ、あの? あの方はお知り合いでは?」 「まさか。今日初めて見た子だよ。初対面。オレは知らない。向こうはオレのこと知ってたみたいだけど」 「え? ええ?」 「歩いていたら昔のコナツに似た後姿を発見して、女性だと分かってたけど声かけちゃってね。振り向きざま壁に押し付けて口説いちゃった」 「……はい?」 「あのね〜、髪型がすごく似てたんだよー。甘い感じにふわふわしてて。彼女はアッシュブロンドだったけどね」 「確かに士官学校時代の私は髪が今より少し長かったですけど……」 「でしょー? オレ、コナツの髪の色好きだしさ」 ベビーブロンドの髪は、いつもきらきらしていて触るとするりと指をすりぬける感触がある。 「で、嬉しくなっちゃって声掛けてみたわけ」 「そんなバカな。だったら最初から言って下さい!」 「言わなくても分かると思ってたよ」 「分かるわけないでしょう! しかも、その方にだって失礼です」 「オレの行動は咄嗟のことだったけど、彼女にはちゃんと謝っておいたから」 「って、その方は納得されましたか?」 「ビックリしてた」 「それは当然です。訴えられたらどうするんです」 「えー?」 「ナンパされた、いたずらされたって言われちゃいますよ」 「声掛けたのはいきなりだったけど、一言ずつ断ってから行動に移ったんだけどね。あの子も動揺しながら『はい!』とか言っちゃって、ますますコナツに似てて可愛かったなぁ」 「もう! 信じられません!」 「オレも信じられない。コナツに似た子を見ちゃったなんて」 「話がズレてます」 「まぁ、途中で本物が通ったから見比べてみようと思ったけど、コナツってばさっさと行っちゃうし」 「だって、お邪魔をしてはいけないと思い」 「せめて嫉妬の一つや二つでもしれくれるのならまだしも、抱けば自分は身代わりとか言うし、好き勝手に遊べとか言われちゃうし」 「それは、その……」 「オレ、泣くよ」 「またその手できますか」 「オレの想いは分かってもらえてないわけだし」 「違います! 私の言ったことがすべて本音だと思わないで下さい」 「嘘ついてたの!?」 「嘘ではありませんが、言いながら凄く悲しかったんです。身代わりなんて嫌だなと思ったし、好き勝手されたら辛いと思ってました」 「ほんとに?」 「……はい」 最後に恥ずかしそうに頷いたコナツが可愛くて、ヒュウガは力いっぱい抱きしめたくなるのを堪えて髪にキスをした。 「ただ、その……」 「なに?」 「私では満足出来ないと仰ったので、本当によかったのか」 確かにそんな会話があった。それについてはコナツも自分で分かっている。 「ああ、セックス?」 「はい。私だけよくて、少佐がつまらないのでは申し訳なく。こればかりは努力してもどうにもならないんですね。私には何が足りないのでしょう」 「ん? 待て、コナツ、それは……」 「なんですか?」 「満足出来ないというのは、つまり」 (欲望が次々に表れては膨らむから、どんなに抱いても抱き足りないってことなんだけど) そう言おうとしたが、やめた。言わないほうが面白いと思ったのだ。 しかし。 ただ横たわっているだけでも昇天ものなのに、これ以上努力されたら本当に天に召されてしまいそうだ。 「コナツはそのままでいいよ」 「ですが……」 「いいんだ、コナツはオレの手の届くところに居てくれれば」 「えっ」 「そばに居なさい」 こんなふうに距離など無いほど、そばに。手を伸ばさずとも触れ合えるところに。 「別に躰の関係だけがすべてじゃないでしょ。何よりコナツにはオレの背中を安心して預けられるしね」 ベグライターとして、これ以上有り難い言葉はない。 「はい! ありがとうございます!」 共に戦おうと約束し、誓う。 お人形のように居るだけではない。成長し、学んでいきたいと思っているし、そのためにヒュウガはコナツが望む道へ導いてくれる。 ヒュウガもコナツを育てていきたい。コナツが望んでいることを叶えてやりたい。もっともコナツはヒュウガの思うように躾けられていることには違いない。礼儀正しい上に真面目、上司の言うことには逆らわず、抱けば妖艶に啼く。こうなるまでに少し時間はかかったが、コナツは着々とヒュウガの色に染められているのだった。 「それにコナツの背を覆っていいのはオレだけだし」 「え? 覆う? 任せるではなく覆う? それは意味が違うのでは?」 「でも間違ってないでしょ」 「はぁ。そっち方面の話ですか」 「うん!」 「……」 確かにベッドの中でバックスタイルで犯されることは多い。裸のまま背中を覆われてもいいのはヒュウガだけであるから間違いではないのだが。 おかしなふうに話がまとまってしまったが、それでも結果は分かりきっている。 ひとときを過ごす幸せを覚えてしまえば時間をシェアしていける相手を大事にしたいと思う。限られた命、有限の時の中で独占したくて我儘を言っても、こんなスリルと甘さを味わえるのなら、多少強引なやり方でも許されるはず。 コナツは自分が動けることが分かると、心地よい疲労感を残したまま躰を起こした。 「戻ります。明日……って、もう今日ですね、朝にお迎えに上がりますから」 そう言って着替えようとするのを、 「はぁ、何言ってんの」 ヒュウガがコナツを引っ張ってベッドに沈ませた。 「おわっ」 「帰るって何」 「私、起きてしまいましたし」 「は?」 「いつもは私は気を失って気付いたら朝というパターンが多かったので今までは甘えさせてもらってましたが、今は帰れそうなので」 「ムードないね、コナツ。そんなにココが嫌?」 ヒュウガがいじけたような顔でコナツを見つめる。 「はっ。すみません、ムードとかここが嫌というのではなく! ただ、私が居たのでは少佐がゆっくりお休みになれないかと思って!」 コナツは上司の機嫌を損ねてはならないと理由を話すのだが、 「うわ、また空気読みすぎてるし。あれでしょ、一緒に寝てもいいけど寝返りうったり寝言言っちゃったらオレが起きちゃうんじゃないかってことでしょ?」 ヒュウガはコナツの言い分を認めるつもりはないようだった。 「はい」 「そんなのどうでもいいじゃん」 「よくないですって。また日中眠いと言ってどこかへお出かけになるじゃないですか」 「昼寝はいいよ、とてもよく眠れる」 「そんなこと聞いてません」 「っていうか、今更一人寝なんて出来ないよ。コナツが帰るなら誰か呼ぶよ」 「うっ!!」 ヒュウガが恐ろしいことを言い始めた。 「大体ね、このベッドだってコナツがベグライターになる前にわざわざ買い替えたんだから」 「え?」 「最初はダブルサイズだったんだけど、いつコナツが隣で寝てもいいようにキングサイズに替えたの」 「なんですって!? それ、ほんとですか?」 「こんなことで嘘ついてどうすんの」 「でも、少佐のことだから女性をお連れするために買い換えたというのも……」 コナツがじっとりと疑う。 「だったらもうワンサイズ小さいクィーンでもいいじゃん。女の子は幅とらないし。コナツは男の子だから、もしかして体格よくなるかもしれないと思ったんだけど、3年経った今でも細いという」 「それはっ」 事実を指摘されてまたしても屈辱を浴びたが、ここで手放しで喜んでは絶対にあとから騙されると思い、 「私のために買い換えたというお話は、そういうことにしておきます」 気持ちを抑えて冷静に答えた。 「疑ってるでしょ。このことはハルセが知ってるよ」 「えっ」 「ハルセには言ったから。っていうか気付かれたんだけどね。彼は鋭いからバレちゃったよ」 「そうなんですか?」 「今度ハルセが元気なったら聞いてごらん」 今はハルセとは会話が出来ない。いつか心を取り戻して以前のように話が出来るようになったら、こっそり聞いてみようと思う。 「分かりました。では、お言葉に甘えて、今夜は一緒に休んでも宜しいですか?」 「もちろん」 ヒュウガは裸のコナツを抱き寄せて、満足そうな笑みを見せる。 「んじゃ、おやすみのキス」 「!」 「もう1回」 「少佐! このままでは終わりがありません」 「いいじゃん、終わらなくて」 「駄目です。明日は寝不足などと仰らないで下さいね」 「言わないよ」 「それならいいです」 「寝不足とは言わない。寝足りないとは言うかも」 「なんと偏屈な」 コナツは丸められてばかりで歯が立たない。 「冗談。明日はちゃんと仕事するし」 「約束ですよ」 「分かってるって。昼寝も仕事のうちなんだけど」 「少佐ー」 もうコナツの手に負えず、すべてを投げ打って寝てしまおうかと思った。 「うそうそ、コナツは何でも本気にするんだから」 「私はいつだって本気です」 「そうだね、そこがコナツのいいところなんだよね」 「じゃあ、お休み下さい」 「まだいいじゃん、せっかちだなぁ、コナツは。もうちょっとだけいい?」 「じゃあ、あと少しだけなら」 「うん。そうそう、聞いておきたかったことがあるんだよね」 「なんでしょう」 何かと思っていると、 「今度の休みドコ行く?」 突拍子もない質問をされて目を丸くする。 「次のお休みですか? 今決めなくてもいいじゃないですか」 「こういうのは早めに決めて楽しみにしたい方なの」 「子供みたいなことを仰る。私はドコでもいいですが」 「ストレス解消するとなると躰を動かすほうがいいよね」 「そうですねぇ」 「ゴルフ」 「いいですね!」 「ボウリング」 「それもいいです!」 「どうしよっかなー」 「バッティングは」 「嫌だね、あそこは」 「どうしてです!?」 「だってコナツが変なこと叫ぶんだもん」 「えっ? 私が何を!?」 「んー、少佐のイジワルとか鬼畜とか、指テク凄いとか? しまいには遅漏とか強姦魔とか」 「ええええええッ!!」 コナツが飛び起きて仰天している。 「恥ずかしいこと叫びながら打ってるよ、場外ホームラン」 「ばかな!! そんなはずありません! 嘘です! 絶対嘘です!!」 嘘である。 が、一部は事実であることには違いない。もちろん、一部は事実に反することでヒュウガ自身も自分で言っておきながら笑いたいのを堪えているのである。 「それ聞いてオレは傷心を癒すために旅に出たくなったよ」 「そんな……」 「ま、コナツに何を言われても痛くも痒くもないんだけどねー」 「どっちですか! もう私一人で行きますからいいです」 「え、駄目だよ。放送禁止用語叫ぶんじゃないかって心配で様子見に行かなきゃないじゃん」 「叫びません!」 「ほんとほんと、コナツ、自分で分かってないだけ」 「……」 「それにナンパされたら大変だからオレがついていかないと!」 「ナンパなんかされませんよ」 「される!」 「されません!」 「オレがする!」 「は!? 意味が分かりませんから」 「しょうがないな。一番いいのは部屋で遊ぶしかない」 「それじゃあストレス解消にならないじゃないですか」 「大丈夫だよ。暴れればいいんだから」 「どうやって?」 「場所もとらずトレーニングにもなるスポーツと言えば腕相撲でしょう」 ヒュウガの提案はいつも突飛である。 「……私に勝ち目はありません」 全く勝負にならないのは目に見えていた。 「手加減するから大丈夫」 「私も力をつけたいと思って努力はしていますが、少佐の力は恐ろしいです。とても追いつきません」 「そうかな?」 「その体格ですからね、仕方ありませんよ」 「人を怪力みたいに」 「だってその通りですもん」 「じゃあ、指相撲は?」 「えっ、ああ、なるほど……」 これもスポーツのうちに入るといえば入る。よく考えればこれならコナツにも勝算があるのではないか。 「それでいいです」 ようやくコナツが納得した。指相撲は力技だけではなく、器用さや賢さが大事である。 「いいの? ほんとに?」 冗談で言ったつもりが本気にされてしまった。 「ええ。少佐は攻めてくるでしょうから、私はうまく誘います」 「……」 その台詞で違うことを考えてしまったのは言うまでもない。 「でも、それじゃあオレの理性がもつかどうか」 「理性? 指相撲に理性は関係ありませんが」 知性と言ったのかと考えるも、コナツは勝負の計算で頭がいっぱいになり、ヒュウガはヒュウガであられもないことを考えているのだった。 「何か賭けましょう。何回勝負で負けたほうには罰ゲームとかどうですか?」 「いいね、それ」 すでに勝負は始まった。 コナツはヒュウガから初の勝利を奪えるかどうか綿密な作戦を立てることに力が入り、ヒュウガにとってはコナツがどんなふうに誘ってくれるのか考えるだけで顔がニヤけそうな、理性との戦いになった。 次の休日がどうなるか楽しみだ。 どのみち一日中ベッドで過ごすことになりそうだが、何をしても飽きることなく色変わりな会話や行動があって、更に愛情が育まれていくことになるだろう。それが、ヒュウガとコナツの在り方なのだ。 これは必然と偶然が絡み合って出会った二人の、綺靡なる物語である。 |
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