最近の慌しさと言ったら尋常ではない。
バルスブルグ帝国陸軍参謀部の直属部隊であるブラックホークのメンバーは、ここのところ毎日全員に任務が与えられ、遠征をしては外部勢力の鎮圧と、暴動を治めていた。 「ああ、今日も疲れた」 ヒュウガが現場で落着したあと、空を仰いでやれやれとため息をつく。 「まだ午前中ですよ、少佐」 コナツが後ろで呟くと、 「午後からは昼寝をしないとね!」 ヒュウガは声高らかに宣言するのだった。 「申し上げておきますが、今日は戻ったらここ数日分の書類整理があります」 コナツが釘を刺す。 「そうだね、頑張って」 「少佐……」 ヒュウガは完全にサボるつもりなのか、それに対してコナツは諦めつつも、どうやって上司を机に向かわせるかを頭の中で必死に考えていた。 「あ、アヤたん、もう撤退するんでしょ? 長居は無用だよね」 「お前たちは先に戻っていろ」 「アヤたんは?」 「私は少しここに残る」 「じゃあ、オレも残ろうかな。でも何すんの?」 ヒュウガが訊ねると、何も言わないアヤナミの代わりにカツラギが口を開く。 「ここに残っている文献を調べて処分するのです。帝国に対する反乱なので、残しておいてはまずい」 「文献……本……書類……」 それを聞いたヒュウガは嫌な顔をすると、 「すぐ済みます。アヤナミ様には私がついているので大丈夫ですよ」 カツラギ大佐が笑って答えた。 「どうしよっかなぁ」 ヒュウガはアヤナミと残りたいと思ったが、戦地まできて書物など見たくない。昼寝を優先させたかった。 「ほんと、アヤたんは仕事熱心だなぁ。アヤたん居ないならオレは帰っても寝るしかないじゃん」 それを聞いたアヤナミの表情がわずかに動いた。 「ヒュウガ。ならばお前がここに残ってやるか」 「えー。オレ、テキトーにやっちゃうよー?」 「貴様」 鋭い視線でヒュウガを見つめる。ここに鞭を持ってこなかったからよかったものの、もし携帯していたらヒュウガは敵地でまで鞭打たれるところだった。 「じゃあ、早く帰ってきてねー? アヤたん居ないと寂しくて死んじゃうからさ、オレ」 アヤナミの視線をものともせず、熱い想いを語る。そんなやりとりなど慣れたのか、カツラギは、 「クロユリ中佐とハルセにも先に戻ってもらうので、残りのメンバーで事務仕事をお願いします」 夕方からは会議も入っているし、出来るだけ書類整理だけは進めていて欲しかった。事務的なことはコナツが引き受けるのは目に見えている。そうであれば何とかなると思った。 「毎日これではたまりませんね」 カツラギが独り言のように言う。 寝る間もないほどの多忙を極め、いつか誰かが倒れてしまうのではないかと思った。いつも何処かで暇を取っているヒュウガが疲労で倒れるというのは該当しないだろうが、実践で一番よく動いているのは彼なのである。無駄のないスマートな裁きと颶風のような動きは他の誰にも真似できない。 「それにしても少佐の活躍は見事です。本当に人を斬るのが好きなんですねぇ」 彼が一人で敵陣を仕留めたと言っても過言ではない。彼の強さはどこからくるのか、その実力はどこで学んだのか、そして彼を突き動かすものは何なのか、カツラギ大佐のヒュウガのイメージはいつも不確かで、恐ろしいものだった。 「まぁね」 ヒュウガは当たり前のように言ったが、自慢しているようには聞こえない。 「それがオレの仕事だもの」 謙遜しているわけでもないが、ヒュウガは自分の強さを鼻にかけることはしないのだった。 「クロユリ中佐も見事ですが、途中で眠ってしまうのがなんとも」 「えー? クロたんはさ、状況を判断するのが早いから自分の役目を終えると満足しちゃうんだよ。あとは体力温存しないとね」 「そうですね。戻ったら山のように仕事が残ってますからね」 「うん。頑張る」 コナツとハルセが。 と、ヒュウガが心の中で呟くと、 「二人に押し付けるような真似をしたらどうなるか分かっているだろうな」 アヤナミが念を押した。 「え、なんの話?」 ヒュウガは明後日のほうを向きながら知らない顔をする。ヒュウガの思うことはすべてアヤナミに読まれているのだった。 「じゃあ、頑張ったらなんかご褒美くれるのー?」 「もう一度言ってみろ」 「言っていい? リクエストしてもいいってこと?」 「貴様……」 そしてアヤナミとヒュウガが話をしている間、 「コナツ」 カツラギが離れていたコナツのそばに行って呼び止めた。コナツは用意されたホーククザイルを調整し、ヒュウガが来たらすぐに乗って帰れるように準備していた。クロユリとハルセは一足先にホーブルグ要塞に向かっている。 「なんでしょうか」 「事務処理はコナツに一任します。ぜんぶ出来なくても帰ったら私もしますから。一任するとは言ってもあなたにだけ押し付けるわけにはいきませんからね。私はあなたが過労で倒れるんじゃないかと心配で仕方がないですよ」 カツラギが本気でそう言った。 「まさか。こう見えても体力には自信があるんですよ」 「若いですからね。では、その言葉を信じましょう」 「でも、万が一倒れたら大佐が手厚く看護して下さいますか」 「いいですよ。お粥なら、軍の食堂のより美味しく作れます」 「わぁ、楽しみだなぁ、なんて言ったら不謹慎ですかね」 「いえいえ。内緒にしてて差し上げます。本当に倒れたって一時も離れずに診てあげますから、安心して下さい」 「そう仰って下さると嬉しいです」 「では、向こうに着いてからのことはお願いしますよ」 「はい。では私は少佐を呼んでまいります」 そして先に戻ってきた4人であるが、始めはクロユリも懸命に書類に判を押し、サインをしたりと細かい作業に熱心に取り組んでいた。 眠くなるとあくびばかりするようになり、ハルセが抱き上げて自室へと運んでしまった。ハルセはすぐに戻ってきて、コナツと共に再び書類の山に埋もれ、一枚一枚処理していく。 もちろん、ヒュウガも居る。 昼寝をすると言っていたが、それどころではない状況で死ぬほど苦手なデスクワークをしなければならなかった。今は耐えているが、そのうち本気で机をひっくり返しそうだ。 「半分片付きましたね。でも、今日は残業でしょうか……」 コナツがぼやくと、 「仕方ありません。昨日も一昨日も出てましたから」 ハルセが苦笑いをして手早く次ぎの仕事に取り掛かる。 「これを上層部に持って行きます。あと、資料を取ってきますので少し席を外してもいいですか?」 かなりの重さの書類を抱えてハルセが立ち上がる。これはコナツには出来そうになかった。 「はい、お願いします。明日までに届けなければならないものが何部もあるので一気に回って頂いて、あとは今夜アヤナミ様が出席なさる会議の資料を作りたいので、前回までの議事録を借りてきて頂けますか?」 「分かりました」 ハルセが足早に出て行った。 「少佐、こちらの書類にサインをお願いします。内容は口頭でお伝えしますのでサインをして頂くだけで結構です」 「あー、それなら簡単」 ヒュウガは組んでいた脚をほどき、椅子に座りなおした。 「でも、オレはもう飽きちゃった」 「はい?」 「なんか刺激的なことしよう」 「あのぅ、仕事中ですが?」 「だからじゃない」 「そういうのは、終わってからということで」 「いつ終わるの、これ」 「夜中……でしょうか」 「なら、今すぐなんかしよう」 「少佐……時間がありません。では、こちらからお願いします」 コナツは書類をヒュウガの机の上に置くと、内容を読み上げようとした。 「ええと、これは昨年から問題になっている領土についてですが」 「ああ、もしかして南の島国?」 「はい。どうも制圧に梃子摺っているようなのです。これについて、近々我々を召集するとのお達しが来ておりまして……」 真剣に説明するコナツに向かい、 「コナツはいい声をしているねぇ」 余計なことを言い始める。 「私の話を聞いていますか?」 「聞いてるよ。だから褒めてるんじゃない」 「ですから、一週間後の会議には我々全員が一度出席して、最終的にアヤナミ様が呼ばれるはずですので、それに対しての認印をお願いします」 「はいはい。そんなことより、オレはコナツの喘ぎ声が聞きたいなぁ」 「……」 「コナツ、ほんといい声で啼くって知ってた?」 「……自分の声がどうなのかなんて、知りたくもありません」 「コナツの声を聞くたびに喘ぎが頭の中に浮かんできちゃってね。さっきも斬ってるあいだ、コナツがそばで数を数えてるから、それを聞いてたら啼かせたくなってきて困ったよ」 「……」 「なにを数えてたの」 「……」 「愚問かな」 斬った数を。 刀を振り下ろした数を。 悲しみの数を。 「あれは無意識?」 「……いいえ」 「そう」 「……その話はいいです。次の書類の説明ですが」 「コナツ〜、もっと色っぽく〜」 「少佐ァァァ」 「おっと、怒ったりしたら駄目だよ? こういうときは笑って。でないと立派な大人になれないんだから」 「……」 「んじゃ、書類をいい声で読み上げて?」 「無理です」 「ケチー」 「! 大体、どうしろというんです。少佐が今抱いてくれるならいやらしい声を上げてしまうかもしれませんが、仕事中ですよ!? 書類をどうやって喘ぎならが読み上げろと言うのです。場所を弁えて下さ、うわぁ!!」 一瞬だった。 コナツは予期せずヒュウガに押し倒されたのだった。 「いたぁ……ッ」 構える時間も、受身を取る余裕もなかった。床に頭と腰をぶつけて痛みに顔を顰める。見上げるとヒュウガが笑っていた。 「な、何を……」 「うーん? 何しようか」 「ま、まさかここで……」 「えー? 抱かないけど、コナツに声を上げさせる」 「な……!」 「ちょっと乱れさせよう」 「少佐!」 「コナツが自分で言ったんじゃん」 「!?」 「抱いてくれるなら声出すって」 「わ、私は仮説を申し上げたまでで、抱いてくれと懇願したわけではありません!」 「同じ意味だよ」 「そんな!」 軍服の襟を緩め、中に着ているシャツのボタンを外す。露わになった白い首を見て、冷静なはずのヒュウガがわずかに興奮する。 「オトコの首見て欲情するとは我ながら……」 一人で呟くも、 「コナツだからいけないんだよねー」 若く瑞々しい躯。吸い付きたくなる白い肌は、性感帯には当たらないようなところでもいやらしく見える。 「……ッ」 コナツはどうやって逃げ出そうかと思った。隙を見て躯を動かそうにも、力技でヒュウガに隙などないのだった。 「暴れたら駄目だよ。腕の骨折っちゃうからね?」 両手を一まとめにして束縛すると、その美しい首筋に顔を埋め、くちびるを当てた。 「!!」 舐めてから吸い、吸ってから舐め、舌でつつき、歯で甘く噛む。空いている手で耳朶をくすぐるとコナツはビクビクと躯を震わせた。 「あれ。声出さないんだ?」 「出しま……せん。絶対に」 こうなったら、声など上げてやるものかと意固地になる。 「上司の命令でも?」 「……」 服従せねばならない相手である。たとえどんな理不尽な要求を突きつけられても、コナツはヒュウガの言いつけには何としても従わなければならないのだった。 「まぁ、いいや。強がりがいつまでもつのやら」 ヒュウガは面白そうに言うと、集中して感度のよい左の首筋、そして左肩にかけて音を立てながら吸い上げていった。 「……!!」 くちびるを噛み締めて耐えるコナツの顔は今にも泣きそうだったが、拳を握り、足先にも力を入れて踏ん張って何かで気を紛らわせているようだった。 「なーに考えてるの? 違う人のこと?」 ヒュウガが意地悪く言う。 「なにも……」 コナツはそう答えたが、更に胸を広げられて胸部に触れられたときは、もう駄目だ、という顔をして目を見開いた。 「コナツ、ここ、弱いもんねー、でもね、男でもここは感じるんだから、いいんだよ?」 平たいのに、ヒュウガの手の動きは胸を揉むという動作以外のなにものでもない。まるで胸の膨らみがあるのではないかというほど、優しく触れ、柔らかな動きで揉むのだ。 そして人差し指と中指の間で淡い色の飾りをはさむと、わずかに動かして刺激を与える。同時にもう片方の胸の飾りを吸っては舐め、舌で捺して躯に変化をもたらせる。 「── !!」 これがベッドの上での情事なら躊躇うことなく乱れるのに、ここは仕事場で、そしてハルセがいつ戻ってくるか分からない。 コナツは余りの快味増幅に、気が狂わんばかりになっているのだった。 つう、とヒュウガが衣服を見につけたままの下腹部に手を伸ばす。だが、下半身に触ることはなかった。 「……」 「いつ誰が入ってきてもいいようにしないとねぇ。そろそろアヤたんと大佐が戻ってくるかも」 「……」 「見られたらどうしようね」 胸をまさぐり、舌で鎖骨を肩側から首のほうへとなぞるように舐めた。更に上へ這わせて再び耳朶を噛むと、コナツがガクンと仰け反った。 それでも声は出さなかった。 躯を痙攣させながらも声を我慢して我慢して、最後には涙を零して耐えている。 「コナツ……いい子だなぁ」 「?」 「本当のことを言おう。オレね、声が聞きたかったんじゃなくて、声を出すのを必死で我慢してるコナツが見たかったんだ」 「な……」 「我慢しきれなくて泣く顔ね。まさに今みたいな」 一体どれが本当なのだろう。 コナツは落とし穴に落とされたように愕然として、言い返すことも掴まれた手を振り払うことも、押さえ込まれた躯から逃げることも出来なかった。 「歯を食いしばってくちびる噛んで、胸まで反らせて耐えているのはまさに絶景だったよ」 「少……佐」 コナツが何かを言いかけたとき、 「だからって喘ごうとしても遅いよ?」 ヒュウガはコナツの口を手で押さえた。 「!?」 声が聴きたいと言って躯を弄り、今度は口を塞ぐ。混乱するのも無理はないが、後者のほうが圧倒的に恐怖を感じるのだ。 コナツが本能的に暴れようとしていると、 「だーめ!」 ヒュウガは押さえ込んだ自分の太腿でグイと力いっぱいコナツの股間を押し上げたのだった。男性に対してこの仕打ちは地獄を見るより辛い。 「ア──!!」 絶叫が響く。 はずだった。その声はヒュウガに口を塞がれたせいで、くぐもった音にしかならずに、それは却って苦痛となってコナツの知覚神経を圧迫した。 これは罰だと思った。 そう、罰なのだ。 帰り際にコナツがカツラギ大佐と親しげに話をしたことへの、ヒュウガの嫉妬。 「なに話してた?」 ヒュウガは笑顔で……しかし、目は笑っていなかったが、くちびるの端を吊り上げて尋問を始めた。コナツは答えようにもヒュウガに口を塞がれている。 「んぅ! んんんッ」 もがいてもヒュウガはコナツを解放することはなかった。 「体力に自信があるというのは分かるよ。それはいい。軍人としてもコナツ個人としても、いいことだ。でも『万が一倒れたら大佐が手厚く看護して下さいますか』って何かな?」 カツラギと会話していたときのコナツの台詞をそのまま再現した。 「!」 どうして知っているのだろうと思った。あの時ヒュウガはアヤナミと話していて、コナツはホークザイルの調整のために場を離れていて、距離はあったはずだ。 「『楽しみだなぁ、なんて言ったら不謹慎ですかね』ってのは? 何が楽しみなの? 看護してもらうこと?」 「……う!」 コナツの台詞を全て知っているようだ。 「『そう仰って下さると嬉しいです』って、何を言われたの。コナツの具合が悪くなったら夜通し面倒をみてあげるとでも言われたの?」 「んんっ!」 涙を零してもがき自由を求めるが、ヒュウガは簡単には手を離さない。 しかし、何故会話を知っているのだ。それが信じられなかった。すると、 「どうしてオレがコナツが言った言葉が分かるかフシギでしょ? でもちゃんと分かったんだよ」 ヒュウガは相変わらず微笑んでいる。もちろん、目は笑ってはいない。 「……」 何故だ。盗聴器でも仕組まれていた? あとからカツラギ大佐から聞いたのか。否、あれからすぐに帰ってきたのだから、ヒュウガとカツラギが話をする時間はなかったはずだ。ならば、どうして。 コナツは混乱し、恐怖と絶望の渦に追い込まれた。 「読話だよ」 「!?」 読話、とは読唇術のことである。 つまり、彼はコナツに対して唇の動きを追って会話を突き止めたのだった。 「ちょうどコナツはこっちのほうを向いて喋ってたからね。オレはアヤたんと喋りながらコナツの顔見てたんだよ。大佐は背を向けてたから何を言っていたのか分からないけど、今度からオレに会話を読まれたくなかったら背を向けることだね。まぁ、そんなことしても相手のほうを読んで内容を分析しちゃうけどさ」 恐ろしい男だと思った。 「駄目だよ、コナツ。他のオトコたぶらかしちゃ」 「!!」 そんなつもりはなかった。確かに気分がほぐれて冗談めいたことを言ってしまったが、色恋沙汰にする気はなかったし、誘ったわけでもない。 涙が零れた。 「殺意……感じちゃうよね、ホント。でも、そんな顔されたら許してあげたくなる」 「!!」 そう言ってコナツをやっと解放した。今までの苦しみが嘘のように消えた。 「あ……ああ……」 大きく息を吸って吐いて、コナツは呼吸を整える。だが、乱れた服を直す余裕はない。 「さ、仕事しようか」 「……」 コナツは起き上がることが出来なかった。ショックのあまり腰を抜かしたようになっている。腕を動かすことも出来ない。 「コナツ?」 「は、い。今……」 起きます、と言いかけて咳き込み、真っ赤になった目で天井をじっと見ていた。こんなところで寝ているわけにはいかない。ハルセは確実に戻ってくるし、アヤナミとカツラギも、そろそろ要塞に着くはずだ。 コナツはかろうじて上半身を起こす……と言っても、仰向けからうつ伏せに変え、なんと、腕だけで這って移動を始めたのだった。 「う……」 誰かに見られたら転んだと言えばいいと考えたが、服も乱れ、顔も涙に濡れている。言い訳のしようがなかった。 体力には自信があるし、多少の喧嘩にも負けない、まして剣術でもヒュウガ以外には負けたこともない。なのに、このザマは何だ。そう自分に訊いても、それとこれとは違うというアバウトな答えしか出てこなかった。 「よし、コナツはもう休もう。そうしよう」 「えっ」 ヒュウガが突然言い出し、コナツはそんなことを言われるとは思わず、這ったまま不思議そうな顔で見上げた。 「部屋に行こうか」 「え……」 そして。 まさか軍内を横抱きにされて運ばれるとは思っていなかった。いわゆる姫抱っこをされたまま運ばれたのだ。ヒュウガはわざとゆっくり歩いているようで、それが尚更恥ずかしかった。たまたま人通りが少なかったからいいものの、それでも何人かには見られてしまい、自分で歩くと言いたかったが、脚に力が入らないのだ。 「明日まで寝てていいよ」 「そんなこと出来ません」 「顔色悪いもん、コナツ」 「それは少佐があんなことをするからです」 「そうじゃなくて、今朝から。だから大佐も心配したんだと思う」 「体力には自信があります」 「鍛えてるからね。でも、イマイチ説得力に欠けるなぁ」 「でも仕事が」 「それはオレがやるって」 「えええええっ!?」 「なんでソコで驚くの。しかも本気で驚いてるし」 「だって、少佐が仕事なんて……」 「するよ。普段しないのは、する人が居るからじゃん」 適当なことを言っているが、それに対してどう答えていいのか分からない。 部屋に着いてベッドへ寝かされたが、 「大丈夫です。少し休んだら行きます」 コナツも頑固である。 「駄目」 「でも!」 「あとは任せて。また様子を見に来るから。大佐じゃなくてオレがね」 「それは……」 「コナツ」 「はい」 「オレは愛し方が分からないから、こういうことしか出来ない。ただ言えることは、コナツにしか、こういうことはしない」 「!」 「それがオレの愛し方なんだ」 彼の場合は激しいのだ。それは出会ったときからそうだった。 「……はい。これが愛の鞭だって分かってます」 コナツが言うと、 「そう。ならいいや。じゃあね」 ヒュウガは薄く笑って部屋を出て行った。 廊下を歩きながら、 「っていうか、こうでもしないとコナツは休んでくれないっしょ」 そう呟いて。 頬を撫でるのはやめようと思った。だが、それをしてやるのは深夜になるか明日になるか分からない。本当は優しくキスをしてやりたいのに、今はしないほうがいい。きまぐれなくらいで調度いいのだ。何故なら、想いを溜めて溜めて、これでもかというくらい溜めて溢れてから触れ合えば、普段の倍は気持ちがよくなる。ほんの少し、手が、その指先が触れただけで嬉しくなる。いつもいつも甘いばかりでは平凡すぎていけない。もちろん、平凡であるのもいい。平和で穏やかで、安心できる。けれど、それでは面白くない。 「だってコナツが可愛いからいけないんだよ」 第一の理由が、これである。第二の理由も「コナツの気が強いから」で、第三の理由も「コナツがいい子にしてくれるから」。 「もう、このまま外から鍵を付けて閉じ込めちゃおうかな。オレしか入れないようにしてね」 恋の病につける薬はないのだった。 |
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