「少佐……また寝ていらっしゃる」
コナツはヒュウガのそばでため息をつく。
「机の上でどうしてこのように眠られるのか」
椅子に座り、机に突っ伏して寝ているヒュウガを見て、コナツは呆れるというより、感心した。この間は飴を舐めながら寝ていて怒ったこともある。
「ヒュウガ少佐は疲れているのですよ」
それを見てカツラギが笑う。
「そうですか? ああ、でも昨日と今日は外に出ていらっしゃいましたからね」
「大きな仕事を任されていましたから」
「そうですね。では、私は労わってさしあげなければならないのですが……」
「そうしてやってください」
カツラギ大佐と会話をすると和み、一々腹を立てていることが馬鹿らしくなるくらい問題が解決してしまう。
「かと言って私が少佐をベッドまで運ぶわけにはいかないし」
と言いながら、
「いやいや、仕事中なのだから寝ていてはまずい」
慌てて否定し、
「これは一体どうすれば……」
独り言を繰り返していると、
「そっとしておいてあげては?」
カツラギが助言する。
「やはりそうします。それが一番いいですね」
コナツはカツラギをじっと見て、笑って答えるのだった。やはり大佐は助言者として頼りになると心から思った。
そのとき、珍しくクロユリが一人で歩いてきて、
「あれー、ヒュウガってば寝てるー。僕、今日は眠くないよ」
ヒュウガを見て驚いている。
「中佐。お一人ですか? ハルセはどうしました?」
クロユリはコナツにとって上司ではあっても気が合うメンバーの一人である。
「うん。おつかいを頼んだの」
「なにか材料を買いに行ったのですか?」
ハルセは買い出しに行ったのだ。
「そう、また美味しいの作ろうと思って。コナツにも分けてあげるからね!」
「楽しみにしています。そうだ、味付けは私も協力しますよ?」
「あは! いいね! 一緒に作ろ! メニューは二人で考えればいいじゃん」
「じゃあ、オリジナルのものを考えておきます。見た目重視にしますか? 味?」
「うーんとね、手早く出来て色とりどりのもの!」
「隠し味は何にします?」
「ワカメ!」
「えっ、ワカメはあまり味がしませんよ!?」
クロユリとコナツがタッグを組んで料理をすれば何が出来上がるか知れない。本人たちは真面目なのだが、味覚がずれているため、普通のものを作っても、それが恐ろしい代物に成り果てる。そこへ、
「二人とも、いい奥さんになれそうですねぇ」
とんでもないことを言い出したのはカツラギである。
「えっ、そう!? そう思う!?」
ぱぁと顔を輝かせてクロユリが嬉しそうに反応した。
「そ、それはどういう……」
困惑したのはコナツである。
カツラギの意見がまともであるかどうか、性別がはっきりしていないクロユリが女の子であれば通じる話だが、それは自分には通用しないし、もしかしたらクロユリと同様に女だと思われているのではないかという疑問が湧き上がってくる。
コナツはクロユリと違って男女の区別を曖昧にしているわけではない。男だと分かって言っているのだら、「奥さんになれる」などということはおかしな見方であり、本心からの言葉なのか冗談なのかは分からず、カツラギはニコニコしているだけだった。
「なんだか可愛らしいですね、二人とも」
「ほんとっ!?」
クロユリだけは嬉しそうだ。
「箸が転げただけでもおかしい年頃でしょう」
「はぁ」
コナツはそこでも理解できず、若い女の子に言う言葉を二人に向けて使うとは、カツラギ大佐のほうが変わっているのかもしれないと思った。
「あっ、僕、そろそろハルセを迎えに行ってくるね!」
クロユリがパタパタと走りながら部屋のドアへ向かった。ハルセが到着するのを玄関で待ち伏せするつもりだ。そういうところがクロユリの可愛らしいところだと思う。
「気をつけて。走ると危ないですよ」
「うん、分かってる!」
確かにクロユリは可愛らしい外見をしている。小さくて、舌足らずな喋り方は愛らしいという表現がぴったりだ。お嬢ちゃんと呼ぶと本気で怒るが、そう呼ばれても何の違和感もなかった。だが、コナツは自分はクロユリとは違い、愛らしいところなどひとつもないと言い切れた。
「あの、大佐」
コナツは思い切ってカツラギに訊ねることにした。
「どうしました、コナツ」
「私は男ですが」
唐突な言い方かもしれなかったが、前置きは要らないと判断したのだ。
「そんなこと分かってますよ」
「なので、奥さんにはなれません」
真面目にこんな会話をするのも相当おかしな状況だが、正しい意見で突っ込む者が居ない。
「なれるかもしれませんよ?」
こう返されるとは思わず、
「……仰る意味がよく分からないです」
やはり困惑してしまう。
「ああ、私の説明の仕方が悪いのですね。あなたをそういう目で見ている人もいるかもしれませんということです」
「え? どういうことなのか理解出来ません」
「そうですか。そうでしょうね。あまり深く考えないで下さい」
「はぁ」
どんな説明を受けても相容れないのだと思った。
と、ここまでこんな話をしておいて目の前に積まれた書類を見て現実に引き戻される。
「これ、今日中に終わりますかね」
カツラギ大佐に問うも、
「みんなでやれば大丈夫です」
にっこりと微笑まれると、そのとおりだと納得してしまうコナツだった。
仕事をこなすためには人数も必要だ。クロユリとハルセを戻して、ヒュウガを起こさなければならない。クロユリとハルセはすぐに戻ってくるだろうが、問題はヒュウガだ。
「起きて下さい、ヒュウガ少佐」
耳元で声をかけると、
「起きてたよ」
声だけが聞こえた。
「なんです、起きてらしたんですか!」
「起きてたよ、最初から」
「最初から起きてって! 最初から……最初っていつのことです」
コナツの目が据わる。
「戻ってきて、寝たふりをしてただけ」
「午後からずっとですか!?」
「そう」
「なぜ!?」
「まぁ、一休み?」
「一休み……そ、そうですね。お疲れでしょうから。今夜は早めにお休み下さい」
「夜になると目が冴えるんだよねぇ」
「中佐から眠れるお薬を頂いては?」
「永眠したらどうしよう」
「丁重に弔って差し上げます」
「こわっ、怖ーい!」
二人の会話に終わりはなかった。
「それにしても凄い量だね、コナツ〜」
ヒュウガは書類の山を見て笑っている。
「人ごとのように言わないで下さいね。5等分します」
「え、ちょ、オレの分は5枚で」
「少な!」
二人はいつから漫才師になったのだろうか。カツラギ大佐が笑っていた。
「大佐に笑われてしまいました」
しゅんとするコナツだったが、時計の針は15時になろうとしている。休憩時間を返上し、残業覚悟で書類整理に臨まなければならないことは確実だった。

死ぬ気で書類を仕分けし、まとめあげるまでに5時間かかった。なぜこうも事務処理が多いのか、参謀部は多忙を極めている。これでまた出動命令が出たら、それこそ手分けをしなければならない。そもそも、結局最後まで事務をこなしたのはカツラギとハルセ、コナツである。クロユリは途中で眠ってしまったし、ヒュウガはまたしても何処かへ行っては戻ってきて、しばらくするとまた消えて居なくなり、気づくと戻ってきてるという有様だった。アヤナミに関しては、朝から長時間に渡る会議でずっと席を外している。
「ところでアヤナミ様は今日も大変ですね。軍法会議でもめているらしいですが」
コナツが心配そうに呟くと、
「上層部と、どこかの貴族がもめてるんですよ。権力があると振りかざしたくなるのが人間ですからね」
カツラギが半ば呆れたように呟く。
「きっと同じことを何度も言い合いして堂々巡りになっているような気がします」
「ええ、アヤナミ様は小言を聞くために会議に出席されているようで痛み入ります」
そんな会話をしながら仕事を切り上げて、それぞれの部屋に戻る際、コナツはヒュウガに呼び止められた。
「なんでしょう、ヒュウガ少佐」
「あのさ、オレ、明日の朝礼出ないから」
「……分かりました」
コナツの返事が一瞬遅れたのは、ヒュウガから女物の香水の匂いが漂ってきたからだ。
(これは……)
顔には出さなかったつもりだが、少しだけ動きが鈍ってしまったかもしれない。手に持っていた書類やペンを落としそうになって慌てた。
「アヤたんは知ってるから言わなくていいよ」
「はい。今日もお疲れ様でした」
「コナツもきちんと寝るんだよ。寝ないと大きくなれないからね」
「私は子供ではないですよ!」
「子供だよー」
「少佐!」
「はいはい、じゃあ、おやすみ」
そう言って別れたが、ヒュウガは明らかに自室へ向かってはいなかった。
(反対方向だ。一体どちらへ)
コナツは追いかけてみたくなったが、そんなことをしたら見つかってしまう。諦めて自分の部屋に戻りながら、
「そういえば……」
しばらく夜を共にしていないことに気づく。
いつも忙しくて早めに休みたいという思いもあってか、部屋に戻ると睡眠時間を優先したくなっていた。最近声がかからなかったためにコナツは、ヒュウガはアヤナミのところへ言っているのだと思っていた。
子供扱いされるのは、セックスが下手なせいだと自覚している。だから、最近は特に自分は相手にされないのだとも。こればかりは自慰や成人向けの本では学べない。練習相手を探すわけにもいかず、いっそ誰かに相談して実践してもらおうかとも考えたが、そんなことが出来るはずもない。むしろ、そう考えていることを知られたらどうなるか。
「そういうのは、私には向いてないのだから仕方のないこと。少佐には違う人で満足してもらうしかない」
まだどこか幼さの残るコナツがこんなことを呟く姿は、ひどく寂しそうに見えた。

数日経ってヒュウガが一人で忙しそうにしているのは、コナツだけではなくメンバーも気づき始めていた。
「ねぇ、コナツ。ヒュウガってばどうしたの?」
クロユリがこっそり話しかけてくる。
「少佐がどうかされましたか?」
「なんか最近無口だし、あと、妙な匂いがする」
「まさか血の匂いでしょうか。内緒で人を斬っているのでは」
「違うよ、なんか甘ったるい匂い。女の人の香水だよ」
「えっ、そうでしょうか」
コナツは知っていたが、敢えて知らない振りをした。
「もしかして恋人でも出来たのかなぁ」
「それは驚きですが、少佐ならいいのでは」
「えー、じゃあ、紹介してもらおうよ」
「そのうち紹介してくれますよ。今は内緒にしておきたいのだと思います」
「そっかぁ。なんか分かったら教えてね」
そしてコナツは一人で考え込んだ。香水の匂いは、ヒュウガがつけているものではないことは確かだった。あれは間違いなく女性用で最近気づいたのだから、明らかに誰かと会っていることには違いない。それが、以前言っていたヒヨコの小さいぬいぐるみを貸してくれた女性士官かどうかは分からない。もしかして本当に恋人が出来て、だからコナツを相手にしなくなったとしても、それはおかしなことではなかった。ヒュウガは見た目が可愛いらしい子を好んでよく目をつける。そんな人と巡り逢えたのなら、喜ばしいことで、本当は応援しなければならないと思うのだが。
「寂しい……かも」
ここで一人、本音を呟いてみる。それでも、これは誰にも聞かれなくないと思った。
そんなことを考えて書類を受け渡しに行こうと廊下に出たとき、ヒュウガとぶつかった。
「ああ、すみません、前をよく見てなくて」
「相変わらず忙しいね〜」
「少佐がちっとも手伝って下さらないから!」
「ごめんごめん、オレも忙しくてさ〜」
「はぁ。でも、出かける際は仰って下さらないと私はなんのための補佐なのか……」
「ああ、そっか。じゃあ、言うよ。オンナのところに行ってんの」
心の準備もないまま、突然聞かされた言葉は、コナツにダメージを与えた。だが、ここで悟られてはならないとコナツは歯を食いしばった。
「そうですか。何となくそんな気はしてました。でも仕事はして下さい〜」
平静を装うだけで精一杯で、無理に笑っている自分が情けなくなった。
「うん、外回りなら」
「いえ、室内で」
「ちょっとだけなら」
「せめて一時間」
「死んじゃう」
「大丈夫です!」
「厳しいなぁ。とりあえず、夕方までには戻ってくるから」
「はい」
ヒュウガは一旦執務室に入ると、またすぐに出て行った。コナツは仕事を忘れて、その背の高い後ろ姿がドアの向こうに消えても、残像を追うようにいつまでも見つめていた。
「もしかして、ホントに彼女さんが出来たのかな。そういうタイプじゃないと思ってたけど、いてもおかしくはないんだよなぁ。逢瀬っていうのを楽しんでいるのかな」
コナツはヒュウガに聞いてみたかったが、そんな勇気はなかった。
「私は剣の腕で少佐を追い越すことが目標だけれど……とても遠いところに行ってしまったみたいだ」
呟いた言葉は、ヒュウガには届かない。
いつも後姿を追っている。近づいたと思えば遠くなり、遠いと感じていると近くに来てくれる。そんな関係だったが、最近は遠くて遠くて、近づくことも許されないのだとさえ思えてくる。
「さぁ、仕事しなくては」
コナツはあまり考えないようにした。

しかし。

ヒュウガは夕方になっても戻らなかった。
「一体あの方は! まったく放浪癖がひどいですね!!」
浮気をして家に帰らない亭主をなじるような言い草で大声を出しながらコナツの苛々は頂点に達していた。
「まぁ、なにか理由があるのだと思いますよ」
カツラギが慰めると、
「何処かで野たれ死んでいるのではないかと心配ですよ。だいたい仕事なら補佐である私を……」
と、そこまで言って口を噤んだ。
女性に会いに行くのにコナツを連れていくわけにはいかないのだ。それを理解し、コナツは何も言えなくなった。
「あの人が野たれ死ぬわけはありませんね。たとえ地球が滅んでも生き延びるでしょう」
そう言ってごまかすと、
「少佐はどこか謎めいてますからね」
「確かに話はして下さいますが本心は見せて下さらないことは多いです」
「シャイなんですよ、きっと」
「えっ、大佐!?」
カツラギが笑っている。真剣に話を聞いていると、たまにおかしなことを言ってくるから聞き返してしまうのだ。本当にブラックホークには変わり者が多いと思うコナツだった。
「では、私は自分の仕事を終えたので戻ります。何かあったら呼んで下さい。アヤナミ様は今日も会議ですか?」
「ええ、私もじきに同席しますが、今日は士官学校から先生方がいらっしゃいますよ。コナツもどうです?」
「先生が?」
「主席で卒業しているあなたのことは先生方も熟知していらっしゃるし」
「でも、今日はもう失礼します。先生方に宜しくお伝え下さい」
「そうですか。分かりました」
コナツは自分の机の上を片付けて自室に戻ろうと廊下を歩いていると、一人の上級大将とすれ違い、敬礼をしている際、
「君は参謀部のコナツ・ウォーレンだね?」
声を掛けられる。
「はい」
「確か剣術の腕は確かと聞いたが」
「私はまだ修行中の身であります」
「士官学校をトップで卒業したとも聞いている」
「恐れながら」
「その腕を見せてもらいたいものだ」
「私が……ですか?」
「しかし、私のリクエストは人を斬ることではないのだが」
「はぁ」
「なに、余興だよ。剣舞だ。和の余興のね」
「はい?」
「誰にでも出来るものではないからね。私の知り合いに二人ほど剣の得意な男性がいるのだが、もう一人踊り手が欲しかったのだ。女役のね」
「……ええと……つまり……」
剣舞とは、文字通り、剣を持って舞うことである。剣詩舞とも言われるが、上官が言っているのは3人一組になって棒や懐剣、脇差などを持って踊ることを言い、歌舞伎にも似た動きをするため、女役が必要だった。それをコナツにやってほしいと要求したのだ。
「私の得意とすることではないのですが……」
「いやいや、剣を持てる人がほしいのだよ。真剣で立ち回りもやってほしいからね」
「ですが……殺陣だけでしたらまだしも、踊るというのは……」
「君ならぴったりだ。理想そのものなんだよ。私の知り合いの男性はどうにも図体のでかいやつばかりで女役はこなせないからね。是非君にお願いしたい」
「私がですか……」
「是非。これは上官命令と言ったらだめかな」
にこやかに微笑まれてコナツも拒絶できなくなっている。
「では、私は参謀長官や上司から許可を取ってまいります」
「いや、私から事後報告として説明する。君には迷惑がかからないようにするから安心したまえ」
決定したようなものだった。
(剣舞なんて……)
殺陣のように立ち回りながら踊る。
「たしか袴に白襷、白鉢巻の姿だったような……」
そんな格好はしたこともなかったが。これでは事務仕事をしているほうがラクだと思った。
「君には、今から私の部屋に来てもらうとしよう。時間あるかね?」
「は、はい」
本当なら断りたい。だが、断れないのがこの世界の掟だった。そのとき、
「お待ちください」
時間ごと切り取ってしまいそうな声で引き止める人物が現れた。
「アヤナミ君」
アヤナミだった。
「その者には仕事を言いつけてあります。改めて話をつけさせますので、この場はお引取りを」
「アヤナミ様……」
コナツはアヤナミを見て、神が現れたと思った。
「しかし……」
「彼には帝国のために働いてもらう大事な任務があります。それを怠っては欠陥とし、上層部の顔に泥を塗るようなもの。我々の任務はどれ一つ欠けてはならないのです」
「分かった。では、明日にでも改めて部下をよこすから機会を作ってくれないか」
「承知致しました」
上官は難しい顔をしながら退き、その場にアヤナミとコナツだけが残った。
「ありがとうございます、アヤナミ様」
コナツはほっと胸を撫で下ろした。
「それより会議はどうされたのです!?」
「今は大佐に出てもらっている。私が出なくてもよさそうなものだからな」
「そうなんですか。それにしても助かりました。本当に困っていました」
「この件に関しては私に任せろ。何も心配することはない」
「それで、あの、私に仕事とは?」
「……」
「アヤナミ様?」
「ヒュウガのところに行け」
「あ、少佐、戻られたんですか?」
「戻っているだろう」
「はい、では、様子を見てまいります。アヤナミ様は?」
「私は仕事に戻る」
「机の上に書類があります。サインをして頂くだけのものを右側にまとめておきましたが明日提出の分ですので宜しくお願いします。左側に置いてあるのは企画書で来週の会議に使うものなので、プレゼンテーション用に作ってみました。目を通して頂いて修正が必要でしたら直します」
コナツが伝達事項を言い終えると、
「ご苦労だった」
アヤナミはコナツを労うと、執務室へと向かった。
「ふぅ。こんな時間からまた仕事かぁ。アヤナミ様も大変だ」
コナツはぼんやりと考えていたが、自分はヒュウガのところへ行かなければならないことを思い出して小走りに歩いた。
この時間になって帰っていなかったら大問題だが、アヤナミに言われたからといってヒュウガの部屋を訪れても、もし女性が居たらどうしようかと思う。
だから、部屋の前についても暫くノックも出来ずに立ち尽くしていた。
「……いいのかな」
いつもならこんなに迷うことはないのに。
数分経った。
これはアヤナミからの指令でもある。仕事は仕事でも、いつも仕事の一環と言われている夜の特別な奉仕や、書類を見てもらうための残業もどきとは違うのだ。
「様子を見に行けってことで……特に何もないようだから……別に中に入らなくてもいいかな。不穏な気配もないし」
コナツの決心はまだ鈍い。すると、向こうからドアが開いたのだった。
「ギャー!」
叫んだのはコナツである。
「大声出しちゃ駄目でしょ。いつまでそこにいるの」
ヒュウガが顔を出した。
「しょ、少佐……何故……」
口をぱくぱくさせていると、
「コナツの足音が聞こえてきてドアの前で止まって、しばらく静かになったと思ったらブツブツ聞こえるし、おかしいと思うよ」
ヒュウガが面白そうに笑いながら答えた。
「申し訳ありません」
「いやいや、それより、どうしたの」
「いえ! 私は様子を見に来ただけですので、これで帰ります」
「ここまで来て帰るなんて、甘いねぇ」
「はぁ。でもアヤナミ様が」
「アヤたん? アヤたんに言われたの?」
「はい」
「アヤたん、会議終わったんだ?」
「カツラギ大佐が出ていらっしゃるようです。アヤナミ様は、私が将官から声を掛けられたところでお会いしまして」
「将官?」
「ええ。私のことを知っている方でした。剣について聞かれて……」
「ふーん」
コナツは詳しくは話さなかったが、ヒュウガもさして興味もなさそうに答え、追求することはなかった。
「アヤナミ様から、少佐のところに行けと言われたのですが、様子を見るだけでいいと思い……その……」
誰かが部屋に居るかもしれないので入れませんでした、とは言えずにいた。すると、
「うーん。そっかぁ。ってことは、コナツを抱けってことか、それとも……」
コナツが予想していた答えとは違う言葉が返ってきた。
「少佐!?」
「よし、コナツ、仕事しよう!」
「は?」
「外に出て」
「はー!?」
よく分からない事態になってしまったのだった。

数時間後。
もう深夜の1時を回っている。
ヒュウガとコナツは外で睨み合っていた。息を切らしたコナツは衣服も少し乱れている。
「強くなったね」
ヒュウガは満足そうに呟く。
「まだまだです」
真剣を持ったまま、向き合う。二人は剣の稽古をしているのだった。
しかし、3年前に初めて手合わせしたときとは違って、コナツもまともに剣を振れるようになっていた。士官学校一の剣の腕を持つと言われたコナツでさえ、あの頃はヒュウガとの間合いを詰めることすら出来なかった。峰打ちだけで何度も吹っ飛ばされ、骨を数本折られて血を吐き、それでも諦めなかったが、あの時は精神状態が普通ではなかったのだ。自分自身との戦いで生まれた狂気がコナツを生かし、動かしていた。そこにあるものは、黒く深い闇のみだった。
コナツが生まれたウォーレンの一族は他とは違い、代々フェアローレンから黒法術を授かっている。コナツだけがヴァルスファイルを使えずに一族から追放される身になるも、当時、フェアローレンの生まれ変わりと謂われていたアヤナミに仕えることが出来ればウォーレン家に生まれた意味があると祖父が教えてくれた。そのためにはまず、ブラックホークに入隊しなければならない。ここまで導いてくれたのはヒュウガであり、コナツは何よりも剣の腕で人より劣ってはならないのだった。
「残念だなぁ」
「何がです?」
金属音を散らしながら立ち回りで剣を交え、ヒュウガが肩を落とす。
「骨折られて、肉を裂かれて、それでもコナツが『まだまだぁ』って向かってくるところが見たいんだけど」
「……」
確かにあの時はしつこかったかもしれない。コナツは思い出して恥ずかしくなったが、ヒュウガはその気迫をも評価したのだ。
「コナツは気だけは強いから、絶対負けないもんね。死んでからオレに剣を刺すタイプ」
「それは物理的にも無理です」
「分かんないよー」
「それに、昔のまま上達していなかったら私は何のためにここに居るのか」
「そりゃそうだけどねー」
強くなるためにここに居る。守るためにここに居る。大切にしたいものがあるからここに居る。
「私には目標もあります。すべきことがある。それらをまっとうするまでは、進み続けます」
コナツの目に迷いはなかった。
「偉いねぇ。オレもうかうかしてらんないや」
ヒュウガが大きく剣を振りかざして振り下ろす。
「少佐?」
それを受けてコナツがヒュウガを見上げた。
「一番斬り甲斐があるのはコナツなんだよねぇ」
「は?」
「肉は少なめで痩せ型が好み」
「はい?」
「ん? オレが最も斬りたい理想型」
「少佐。馬鹿なことを仰らないで下さい」
「それくらい好きってことなんだけど」
「何がですか」
「さぁ?」
「仰る意味が分かりません。カツラギ大佐以上におかしなことばかり……」
「あは。オレも分かんないや」
「もう。少佐はいつもそうだから困ります。大体私の目標は……」
ここまで言いかけてコナツは口を閉じる。言うつもりもなかったし、言わなくてもヒュウガには気づかれているだろう。
「ああ、だから強くなって。コナツ」
「……分かっています」

結局2時まで稽古は続いた。
仕事というのは剣の腕を磨くことだったのだ。しかし、コナツにとってこの時間は精神統一、そして心身を鍛えるためには最高の舞台であった。こうしていることが一番安心出来て、有意義だと思う。
だが、話はここで終わったわけではない。
部屋に戻りながら、ヒュウガはまた同じ言葉を呟いた。
「それにしても残念」
「なにがです?」
今度の理由は、失神させることが出来なかったからではない。ヒュウガはにやりと笑うと、
「コナツが舞うところ、見たかったなー」
口惜しそうに呟いたのだった。
「えっ!?」
「剣舞でしょー? いいよね、あれ」
「はいー!?」
どうしてその話を知っているのだ。驚きのあまり、コナツの目が点になった。
「さっき言ってた将官でしょ、その話。こっちは事前に情報が入ってたからね」
「そうなんですか!?」
「うん、コナツは目をつけられてたの。いろんな意味で」
「それは一体……」
「可愛いから」
「ないです」
「世の中にはね、中々うまい人がいるからね〜」
「どういう意味ですか」
「コナツに余興の剣詩舞で女役をさせたいという気持ちは分かるけど、それを口実に呼び出して夜伽をさせたかったんだと思うよー」
「ええっ! それってつまり!」
そこまで考えていなかったコナツは、のうのうと部屋についていくところだった。これも仕事の一環だと思えば逆らえず、しかも相手は将校である。しかも位が高く、言うことを聞かなければ罰せられるのは自分だけではなく参謀部やブラックホークにまで及ぶ。雁字搦めとはまさにこのことだ。
「危なかったねー。まぁ、オレも似たようなことしてるしー?」
ヒュウガは哂ったが、
「それは……」
少佐は将官とは違うと言いたかった。たとえ同じでも、ヒュウガには何をされても構わないのだと本気で思っている。
「っていうか、舞の女役は見たいよー。残念。でもね、阻止しないとコナツ喰われちゃうから。練習だなんだって連れまわされて、いいようにされるのがオチだね」
「それはそうですが、まだその話はどうなるか分かりません。私は引き受けると申してしまいましたし」
コナツが不安げに言うと、
「ああ、それ、アヤたん断ると思う」
「そうなんですか!?」
「狼の群れに羊を送り込むようなものでしょ」
「でも……」
「大丈夫だって、アヤたん、部下を守るためなら何でもするよ」
「アヤナミ様の手を煩わせてしまうなんて」
「いいから。アヤたん、そういうのは強いよ」
「明日、アヤナミ様とお話をします。でも、アヤナミ様もこのことをご存知だったのでしょうか」
「そうだね。最初に教えてくれたのはアヤたんだもん。ただ、オレはオレで忙しくてコナツを監視するわけにはいかないから、カツラギ大佐には頼んでおいたけど」
「えー!?」
次々に明らかになる事実にコナツは今度は目を丸くする。アヤナミとカツラギには頭が上がらない。
先日ヒュウガに手錠を掛けられたまま抱かれたときも、アヤナミはコナツを忖度し、翌日コナツを部屋に呼び寄せ、ほぼ裸に近い格好をさせると怪我の状態を確かめ、医者を呼びつけて肩を診察させたのだった。以前にも骨折した経験のある左腕である。アヤナミはそれを知っていて慎重になっているのだった。
「アヤたん、心配性だから」
「私はアヤナミ様に尽瘁するためにここに入ったのに、守られてばかりのような気がします」
「いいんだよ、それで。コナツはアヤたんに十分尽くしてるよ。これからもそうだろ」
「ええ、この命に代えても」
「それはここに居る皆が同じだから」
「そうですね。でも、カツラギ大佐にまで……」
「オレがそばに居られないときはね。あーあ、こんなになるなら、オレ、コナツの用心棒としてずっとくっついてたい」
「……」
「危なくって目が離せないよ」
「……お言葉ですが、私にはそんなに隙がありますか?」
「可愛いってだけで、それが隙になるんだよ。どんなに鉄壁の防御を張ってても相手によるだろ。権力で来られたらひとたまりもない」
「それはそうですが」
決して弱弱しいコナツではないのだが、立場的にはまだ弱い。それを付け狙う輩が数多く存在するのは事実だった。
「だから、オレがいないとさ」
「それは私の台詞では」
「なんで?」
「少佐は気がつくと何処へ行かれたのか姿が見えなくなりますし、そもそも私は少佐のベグライターで常におそばにいなければならない身です。私が用心棒なのでは?」
「そうだけどー」
「でも、最近は少佐にもプライベートが必要なのだと思っているので、見極めることを覚えます」
「プライベートォ?」
「ええ」
コナツが少しだけ寂しそうな顔で頷いた。今も少し……否、手合わせしているときから漂っていた香水の匂い。近くに寄ればほんの少し女性の残り香がする。
「彼女さん、紹介してほしいってクロユリ中佐が仰ってましたよ」
この際だから言ってみた。隠しても仕方が無いし、いつかは明らかになるのだと思えば先に言ってしまったほうがいい。
「……」
「でも、昼間は仕事して下さいね! 遊びに行っちゃ駄目です」
コナツが手厳しい意見を述べると、
「なに、オレ、オンナが出来たことになってんの?」
ヒュウガが嫌そうな顔をした。
「違うんですか? 隠さなくてもいいですよ。香水の匂いですぐに分かりました」
「……消臭剤買うの忘れてた」
「はい?」
「そうだよね、オレ、言ってたもんね。オンナに会ってるって」
「でしょう? だから、きっと可愛い子なんだろうなって思ってたんです。少佐って好みうるさいほうですから」
「まぁ、事実だけど」
ヒュウガは肯定するも、
「ただ、コナツの予想は外れてる」
そう答えた。
「外れてる?」
「オレは仕事してただけなんだけどな」
「はぁ」
「未成年には言えないから公表してなかっただけで」
「え?」
「うーん。うまく言えないけど、風俗店のね」
「ふ!?」
いきなり風俗と言われてコナツはぎょっとした。
「あー、そうだな。風俗店の視察と言っておこう」
「はぁ!?」
まさかそんな答えが返ってくるとは思わなかった。大体、そんな仕事があるのかどうかすら知らなかったのだ。
「何でも屋みたいなことしてるけどね。っていうか、今は言えないけど、これは大事な仕事なんだよー」
「そうなんですか。私には出来ないんですよね?」
「駄目駄目。未成年お断り」
「じゃあ、二十歳を過ぎたらいいですか?」
「オレが許可しない」
「そんな!」
「コナツは事務職が一番!」
「なぜ!」
「可愛いから?」
「少佐ー!!」
どうしてもこんなやりとりになってしまうが、ヒュウガにとっては本音なのだった。
「でも、剣舞の女役は見たかったな〜」
「それはもういいです!」
「えー、絶対似合うと思うよぉ」
「出来ません! 少佐がやればいいじゃないですか」
「オレがやったらハマりすぎでしょ」
「……」
躯が大きすぎるとは言わない。言えない。
「でもね、結論としては、やっぱりコナツにはさっきのように剣術を磨いてるほうが合ってると思う。余興としてコナツを貸すのは容易いことさ。練習だ衣装合わせだなんて連れ回されてもオレがついていれば夜伽なんかさせることないからね」
コナツは立ち止まった。自分が思っていたこと、感じていたことを一字一句違わぬ言葉で言われ、驚いてしまったのだ。
「見世物で踊るんじゃなくて、まずは剣の腕を上げる。そうして鍛えられれば多少の怪我をしたって本望だろ?」
「はい」
全くその通りだった。
「よし、じゃあ、次の稽古の時は本気出すから!」
「って、さきほどのはまた手抜きですか!?」
「んー、どうだろうなぁ。オレ、本気ってのがなんだかよく分からないんだよね」
「だから少佐は!!」
「今度は本気出すよ!」
「分かりました」
コナツはいつだってヒュウガと手合わせしたいのだ。
「で、今からまた一仕事してもらうけどね〜」
これで終わりかと思っていると、やはりまだ何か仕掛けがあるのだ。本当に終わりがないというのはこのことだった。
「今からですか?」
「コナツ、痛いとこない?」
「はぁ。どうしたんです、急に」
「平気?」
「何ですか?」
「やだなぁ、これからたっぷり泣いてもらうんじゃない」
「な……」
この先は言わなくても分かることだった。

朝方3時。
「あ、あ……ッ!!」
何度貫かれ、奥を突かれてコナツが啼いても、ヒュウガは攻めることをやめなかった。
「コナツ、やっぱり綺麗だなー」
体位など、何度入れ替えたか知れない。
最初、挿入前にコナツを上位にした。そのとき、
「自分で」
ヒュウガが命令するも、
「出来ません」
コナツは真顔で断った。
「やって。命令」
ヒュウガが意地悪く言うと、
「……私が下手なのは十分わかっています。でも、出来ないものは出来ないんです」
コナツは本当に困った顔をして、震えていた。
「簡単だろ。ほら」
ヒュウガは自身を掴んで先端をコナツの秘所に当ててやる。
「このまま腰を下ろせばいいだけだよ」
「そんな……」
痛みが来るだろうとは思った。それがどの程度なのか分かっているから、コナツはひどく躊躇っているのだ。
「我慢して、やってごらん」
「少佐……」
狼狽しているコナツは、命令されても実行出来ずにいる。
「嫌なんだ?」
「ち、違います、ただ、私は……」
「じゃあ、手伝ってあげよう」
ヒュウガはコナツの腰を掴むと、自分のほうへ引き落としてしまった。
「ひっ!!」
息を呑むような声がした。
「あう! あ、あぁ!!」
痛い。
裂かれる。
どうして。
挿入を果たしたものの、痛みが混じり、呼吸が止まってしまう。前戯がてきとうだったわけではない。愛撫がなかったわけでもない。ゆっくりと時間を掛けて慣らしたのに、圧倒的な体格差が生じる痛みにはついていけないのだった。
「少佐……少佐……助け……て」
「あらあら」
こんなふうにパニックになるコナツは見たことがなかった。
「まだ半分も入ってないのに」
繋がっているところが丸見えで、ヒュウガはリアルな映像を目にしながら、コナツはどんなふうになっても美しい姿をしていると思った。
「ごめんね、ラクにしてあげようね」
ヒュウガはそのまま躯を起こすと、ゆっくりとコナツを寝かせ、かろうじて正常位にすると、あとは奔放に穿った。比較的コナツも躯は柔らかく、好きなように脚を上げることも開くことも可能で、何度も体位を変えたあと、いすかどりのようなコナツを横向きに寝かせた状態で犯すと、コナツは両の腕で自分を抱きながら悲鳴を上げるように啼くのだった。

午前4時。
同時に果て、呼吸が整わないままのコナツを抱きしめて髪や頬に何度もキスをしていると、
「しょ、少佐……」
コナツが焦点の定まらぬ瞳でヒュウガを呼んだ。
「どうしたの」
「すみません、私……とても無礼な態度を……」
「なんだっけ?」
「最初に……言われた通りに出来ず……」
「ああ、あれ」
「相手が女性なら普通はあんなこと言いません……か」
「さぁ? 人それぞれじゃない?」
「私にはテクニックもないし、こういうことには詳しくなくて……いつ少佐に愛想を尽かされても仕方がないと」
「ほら、言ったね」
「!?」
「これを言わせるためにあんなことしたんだけど」
「あ、あの?」
「コナツ、オレが満足してないって言いたいの?」
「私は少佐を喜ばせることが出来ていないのでは……」
「はーあ? そんなこと言ったらコナツは痛いって泣くでしょ。オレもほんとは居た堪れなくて見ていられないんだけど、だからってやめられないしね」
ヒュウガがコナツの頬を撫でて呟く。
「私は気持ちいいですよ? そりゃあ最初はあんなですけど……でも、少佐はよくなっているようには見えません」
ヒュウガが睦言を話す以外に無言なのが気になるのだった。
「コナツ、オレによがれっていうの」
「それは……。ですが少佐、ちゃんと気持ちいいですか?」
「なんでそういう可愛いこと聞くかな」
「わ、私は……」
「言わないよ、ほんとのことなんか」
「ええっ」
いつもはコナツにこれでもかと小言を言われているが、それもコミュニケーションの一つだとして、たまにこういうしおらしい姿を見せるから、コナツを選んでよかったと思う。

ヒュウガはコナツを手に入れることに成功した喜びにいまだに浸っている。他のすべてを払いのけても欲しかった人材である。
可愛いだけで自分の補佐が勤まるはずがない。ブラックホークの任務がこなせるはずもない。この前向きな努力と強さあればこそ。
そして暗闇のどん底にいたコナツに手を差し伸べて、彼の願いを叶えることにほんの少しでも力を添えることが出来るなら、これ以上のことはないと思った。

「そうだ、コナツ。今度天丼食べに行こう」
「はぁ!?」
情事を終えたばかりのベッドの中で言う言葉だろうか。
「そうそう、思い出したよ、天丼」
「なんですか、いきなり」
「コナツが入院したとき部屋で読んでた雑誌が天丼の特集でさ。うまいとこ載ってたんだけど」
「え? えええ?」
3年前、ヒュウガとの手合わせにより大怪我を追ったコナツはすぐに病院に運ばれた。ヒュウガは既にブラックホーク入隊の志願書にサインをしていて、目が覚めたコナツに自分の刀を渡すと、初めて彼を名前で呼び、入隊の許可を告げたのだった。
「あの時もベッドの上だったねぇ。病院のだけど」
「そうでしたね」
「今はちょっと状況変わっちゃったけど」
「ちょっとどころかだいぶ……」
「ベッドの上には変わりないか。オレの部屋のね」
「少佐っ」
コナツは顔を真っ赤にしながら恥ずかしそうにしている。
「願いは一人じゃ難しいなら、二人で叶えればいいよ。それでも駄目なら、みんなが居るし」
「……はい。はい、少佐」
コナツの目に涙が浮かんだ。
「あれ、泣くの?」
「いいえ!」

悲しみを背負って一人で走り続ける強さを求めて生きてきたけれど、ようやく手にした優しさは、絶対に手放したくないものだった。

「さぁて。起きる時間だ」
「……」
「今日の昼間の仕事はパスしようかな。コナツ、頑張って!」
「どうしてもこのパターンなんですね」
「いいじゃん。オレが真面目に仕事したら異変が起こるよ」
「そうですか。異変くらい、たまに起こしてみては?」
「えー、地球が真っ二つに割れちゃうよ? 太陽が接近するかもよ?」
「人類が滅亡するレベルですね」
「そうそう! 一大事。バルスブルグ帝国軍の手にも負えない!」
「どんなになっても私は少佐のおそばにいますけどね」
「……」
「少佐が一緒なら怖くないです」
「だめだ、今のでキた」
「何がです? え? あ、あれっ、少佐! もう時間が!!」

その後30分びっしり愛し合ったのは言うまでもない。正確には33分だったのだが、シャワーを別々に浴びる時間がなくて一緒に入ったのも、早着替え競争が勃発してコナツが負けたのも、どれもが耀映たる思い出になる。
小さな幸せでもいい、そのすべてが翔り飛ぶための珠玉になる。願いを叶えるための勇気になるのだ。

コナツは窓を開けて、朝日の眩しさを躯いっぱいに浴び、その光を腕に抱きしめる。
「10分ほど仮眠出来れば今日はもう仕事が出来ます。って、少佐、起きてますか?」
ヒュウガはソファの前のセンターテーブルに突っ伏して寝ていた。
「起きなかったら、どうやって執務室までお連れしよう」
やはりコナツは今日も頭を抱えるのであった。


fins