「おい、クソガキ」
「クソガキーじゃねー!」 「じゃあ、マセガキ」 「マセ!?」 いつ自分がマセただろうと0,3秒で考えたテイトだったが思い浮かばなかったので、 「マセてねー!」 きっちり言い返した。 「しょうがねぇなぁ、そろそろ違うあだ名で呼ぶか」 「!?」 「やっぱりコレだろ。”おチビちゃん”」 「テメェー!!」 テイトが切れた。 「オレはクソガキでもねぇしマセてもいねぇ、チビでも……」 ない、と言いたかったが小さいのは事実である。 「背はそのうち伸びる! 絶対にお前を追い越すんだからな! いいか、今のオレは伸び盛りだってことを忘れんな。追い越されてお前があとから足掻いても無駄だぜ!」 ずいぶんと思い切った啖呵である。 「ほーう」 「今に見てろ」 「見てるぜぇ、ちゃーんと見ててやるから大きくなれ」 「……」 頭を撫でられてテイトは何も言えなくなった。 ようやく手の空いた時間を見計らってフラウの部屋に遊びに来た。フラウの部屋である1075号室はやたら遠くて、来るだけでも大変なのに、顔を出すたびにこうした喧嘩になる。どんなに抗っても子ども扱いされるのは日常茶飯事だが、いつか大きくなって、フラウと酒を飲んだり大人の会話をすることが出来るようになるのかと思うと、そんな未来がとても遠く感じた。 それとも、長くかからずとも待ち望む日が訪れるのだろうか。 「マジで楽しみにしてるんだぜ。一緒に大人の店に行こうな」 「んなトコにゃあ行かねぇよ! つか、フラウはいつもオレはガキ扱いするけど、オレだって必死なんだから」 「そりゃそうだろ。誰だって生きるのに必死だ」 「じゃあ、あんまりオレをからかうなっつうの」 「別に憎くてイジメてるわけじゃないんだぜ」 フラウが煙草を吸いながら真顔で呟く。紫煙を燻らせる姿がこれほど似合う男はそう居ない。ここは教会内だから特にそう思えるが、士官学校でも司教という立場とは真逆の軍人を見てきて、尚、感じる。ただ、天邪鬼なテイトは自分が見蕩れてしまうのを認めたくなくてわざと視線を外す。 「そ、そんなの分かってるけど」 「お前は本当はいい子だ。素直だし、優しさも知っている。人の痛みも知っている。だから、オレはお前の成長が楽しみで仕方ない」 「まじめに何言ってんだー」 たまにフラウは真剣な口調でテイトを褒めるから調子が狂う。 「事実だろ? オレは悪いヤツのことなんて冗談でも良く言わねぇぜ?」 「フ、フラウだって、その、そんな顔していい奴じゃん。普段といい時のギャップが激しいのは困るけど」 「そんな顔……」 ひどい言われようだと思った。確かに躯も大きいし、見た目は怖い部類に入るかもしれないが。 「いや、えと、なんていうか。ええと、お、お前の場合は……」 ここで真実を言ったらどうなるだろう。 見事な金髪も、美しい碧い眼も、テイトとは全く違うものである。テイトは時折フラウの髪や目の色が珍しくて見入ってしまうことがあるのだ。だが、それだけは本人に知られたくない。知られてしまったら、ここぞとばかりにネタにされる。会話をしている間に見つめる瞳の色がとても好きで、もっと近づいて見たいと思うほどなのに。 難があるのは、普段はそこまで近づけないということだ。担がれることはあっても、顔を間近で見られるわけでもないし、髪に触れるわけでもない。フラウはよくテイトの頭を撫でるから、自分がしょっちゅうあちこち触れられることはあっても、その逆はない。 近くでもっと相手を感じることが出来るとすれば、その方法はたった一つ。 「なんだ、どうした。いきなり黙り込んで」 「べつに……ええと、なんていうか……うまく言えないけど」 「ほんとに、迷える子羊ってのはまさにお前のことだな」 不安に苛まれ、優しいが故に傷つき、いつも心の中で泣いている。どうすればいいのか分からず戸惑い、先にある未来が重い枷になっていて、テイトは背中にある見えない羽根を広げられずにいる。 「は? オレは羊じゃない」 「……じゃあ、猫でいいか」 「猫でもない!」 「熊と言ってやりたいがお世辞にもそういう形容はできねぇし。お前にピッタリの小動物はなんだろうな。ウサギか? それともハムスターか」 「ハ……!」 「文句あるか? いいたとえだろ?」 どうしてこうも可愛い者扱いされるのだろう。それが男の沽券に関わるということが分からないのだろうか。フラウだって幼少の頃に「かわいい」と言われたことがあるとしたら、反発しなかったのか。 だが、テイトが小さくて見た目も小動物並みだということに違いは無い。本人がそれを認めないだけである。 それでも、少しは男らしい扱いをしてくれてもいいと思うのに、フラウはテイトを子ども扱いしてばかりいる。 「もぉ、頭にきた。折角お前のこといいヤツだって言おうとしたのに! かっこいいし、強ぇし、すっげー頼りになるって思ってたのに、もうぜってー思わねぇからな!」 「……」 「ハッ」 心の声を暴露してしまった。こんなことを言うつもりなどなかった。それが勢いで言ってしまったのだから後悔先に立たずである。せめてフラウの金色の髪と碧い眼が好きだということを言わなかっただけマシか。 「ふーん。お前、それ本音?」 「ち、違う。嘘音だ!」 「うそね……そんな言葉はどこにもありませんがね」 「今作ったばかりだ!」 苦し紛れの言い訳がいっそう苦しくなる。 「そうか。お前の本心はそうだったのか。いやぁ、やっぱりいつも悪態つくのは愛情の裏返しだってわけね」 フラウがニヤニヤしはじめた。こうなるとすっかりフラウのペースである。首輪の関係で契約的にはフラウがテイトの主人になっているが、テイトが世話を焼かせすぎなのか、フラウが世話を焼くのが好きなだけなのか、この二人の関係は平等かどうかは誰も判定出来ない。 「お利口さんだねぇ、お兄さんがいいコいいコしてあげよう」 「知るかー!」 爆発寸前のテイトは口から火を吹きそうである。 「まぁ、そう怒らずに。最近ヒステリー気味だな、お前」 「誰のせいだと……」 「そんなんじゃ前に進めるのも進めないぜ? 気をラクに持てよ」 「……」 「そうだな、ラブからもらったお茶があるが、飲むか? それともなんだっけ、お前の好きな飲み物」 「要らない」 「子供がお茶で癒されるわけねぇか」 フラウがそう言うと、 「そっか。お前、そうやってオレを怒らせることで慰めてくれてるんだよな」 最近、何となく分かってきたと思うテイトだった。 「ま、オレはカストルみたいに穏やかな言い方もできねぇし、ラブのような癒し系でもねぇし」 「……あ、ありがとう。でも、オレ、フラウに助けてもらってばかりじゃん」 「そうでもねぇよ」 「それに、フラウだってオレを癒してくれてる」 「ほぉ?」 「癒すっていうの? 安心させてくれるっつうの? それって一番ありがたいことだろ」 「オレが好きでしてることだ。お前は年長者の言うことに従っていればいいのさ」 「……うん。って、オイ! 何するッ!」 フラウが例のごとくテイトを担ぎ上げた。 しんみりすると、いつもこのパターンになるが、フラウはテイトを突然ベッドの上に乱暴に放り投げたのだった。 「って! 痛ぇだろ! 危ねーじゃねーか!」 「大丈夫、優しくするから」 「はぁ!?」 まるでギャグのような掛け合いになっているが、フラウが司教服を脱いで、いつも着ているコート姿になると、テイトがおとなしくなった。司教服のときは、やはり職業を優先した目で見てしまうため、邪な念はないにしても、普段着になると変わってくる。 テイトが静かになったことでフラウは、 「いいコいいコしてやるって言っただろ」 便宜上の名目を言ってみる。 「遠慮する」 「そう言わずに」 「オレは別にこれが目的でココに来たんじゃないぞっ」 必死の弁明をするが、 「んなことは分かってるよ」 さらりと言われ、 「分かってねーじゃん!」 言っていることとしていることが違うと訴える。 「お前の顔見りゃ、それくらいの区別はつくっての」 「へ? じゃあ、オレがしたいときってどんな顔してんだよ」 自ら「したい時」と表現していることに気付いているのだろうか。そんなことはお構いナシにテイトはあくまで自分に非は無いと思っている。 「それはヒミツ」 「オレ、そんな物欲しそうな顔なんてしたことねぇよ?」 「しねぇって。最初はな」 「さいしょー!?」 「オレの仕事はお前をその気にさせることだ」 「あ……あ、あぁ……」 そんなバカな。 テイトの心の声が聞こえた。もっとも、本当にそう言ったのかもしれない。物欲し気な顔は、最初には表れなくて、だんだんそうなってくるということだった。 「さぁ、いいコいいコしてやるから、いいコにしてろよ?」 「意味分かんねー!」 テイトは既に混乱している。 そこへフラウが艶を添え、更にテイトを惑乱させる。 左手で剥がされてゆく衣服。右の大きな手のひらは頬から首、肩、胸へと流れ、脇を挟むように愛撫されると、意思とは関係なく声が漏れる。 「う……、くッ」 「おとなしくなるもんだなぁ?」 フラウが揶揄する。 「もう暴れてもしょうがない」 「諦めたのか?」 「違う」 「へぇ?」 「ここはオレの特等席」 「?」 フラウを一番近くで見るための、一番近い場所。金色の髪も、碧い瞳も、それしか視界に入らないほどの距離で見られるシチュエーション。 こんなふうに他人に興味を示すようになるなんて自分でも信じられなかった。 フラウはいつもテイトを気に掛け、心を癒してくれる。だが、フラウには謎が多すぎて、その過去もいまだ知らず、教えてもくれない。どうしてこの教会に来たのか、たまに聞く10年前に亡くなった仲間とはなんなのか、そして、どういった成り行きでセブンゴーストに選ばれたのか。 テイトはフラウの過去をいつか知りたいし、教えてほしいと願った。 戦闘用奴隷として生きてきた頃、士官学校に入って同じ年の生徒たちと机を並べても、或る一人を除いては他人に興味などなかったのに、誰かを知ろうとすることが、これほど温かいものだとは思わなかった。 大切な親友はもう居ない。「ダチ」と呼べる人はもう居なくて、テイトはフラウへの気持ちと重ねてフラウを「ダチ」と見ていいものかどうか迷っていた。 けれど。 友達ともまた違う感情のような気がした。 初めて「かあちゃん」という言葉を辞書で引いたときのように、今まで知らなかったことが心の中に流れ込んでくる感覚を思い出す。 だが、「母親」という言葉を知ったときとは明らかに違っていた。どこか甘くて、くすぐったくて、切なくて、愛しくて。出逢ったばかりなのに、たった一人の相手に狂おしい気持ちになるのは何故だろう。 「フラウ……」 「いい顔してる」 「?」 「いやらしい顔じゃなくてな?」 「それは……」 フラウのことを考えていたからだ、とは言えず。 「なんだか抱くのも忍びねぇな」 今更良心が痛むのだろうか。幼いテイトに手を出してしまったのは、あくまでも合意の上である。むしろテイトが望むときもあった。 「なんで……」 「んー、このまま朝まで居るってのも悪くねぇか」 抱きしめたまま眠るのもいいだろうとフラウは思った。 「ああ……フラウがそばに居てくれるなら」 ベッドで一緒に眠ることの何がいいのかというと、目線が同じになることだ。足元に大きな差は出るものの、枕を並べていれば互いの顔がよく見えるようになる。立っていれば見上げ、担ぎ上げられれば見えるのは背か地面か、そんな状況ばかりの中で共に眠ることは、何よりも安心出来るアウトラインなのだった。 「なんてな、黙って帰すわけねぇだろうが」 含み笑いをしながらフラウは更にテイトの衣服を剥がす。 「……」 抵抗はしなかった。しようとも思わない。それどころか、自分から服を脱ぎ、 「フラウも脱いで」 そんなことを言い出した。 「おいおい、どうした? キャラじゃねぇぜ?」 「いいんだ」 「……」 互いに服を脱ぎながらくちびるを重ねるなんて、フラウはともかくテイトには出来ない行動だろうと思っていた。 キスが激しくなるのが先か、服をすべて脱いでしまう動作がもどかしくなるのが先か、めちゃくちゃな心理が働いてフラウは噛み付くようにテイトの口を貪った。 「ん……っ」 テイトの甘い声が漏れる。 初めて口付けを交わしたときは、目を閉じるのを忘れていたし、目を閉じるのを覚えたと思ったら呼吸も止めてしまっていた。ガチガチになってキスのハウツーすら分からずに口をへの字に結んだままくちびるを合わせ、フラウから笑われたのが懐かしい。だが、その時フラウは嘲笑したのではく、そんなテイトを大切にしたいと思ったのだ。 今でもキスがぎこちないのは、まだ慣れないせいで、その恥ずかしさをごまかすように、 「こういう気持ち……」 テイトが小さな声で呟く。 「なんて言うんだろう」 今ここにある想いは、なんだろうと問う。 「分からない」 呼び方を知らない。なにもかもが初めてで、とても複雑すぎて、今まで過ごしてきた世界とは全く違うもので。 「……言葉にしなきゃ駄目か?」 「ううん」 「じゃあ、いいだろ」 「うん」 「いつか教えてやるよ」 「……分かった」 もう、今からのことはフラウに任せたい。任せたいというより、包まれたいといったほうが正しい。 テイトの二倍以上もある躯はすっぽりとテイトを覆い、両の手首を一纏めにして掴まれるたび、その力強さに引き込まれる。フラウのそれは雄の姿であり、性的な魅力でもあった。もちろん、初恋も知らないテイトにとって性に関することには疎く、想像もつかないことで、同性に対して性的魅力を感じるなど範疇外であった。しかし嫌悪もない。 重ねる手の大きさも違って、指を絡ませると、やっぱり大人と子供である。本当ならばここでいじけてしまうのに、その手を離したくないと思ってしまう。 そしてフラウも。 いつもはクソガキだなんだと小ばかにするように遊ぶテイトの小さな躯を前にして、様々な思いが頭の中を巡る。すっかりしおらしくなったテイトに向かって、 「お前、どうしたんだよ」 声をかけるも、 「そんなに変?」 まっすぐに見つめ返されて、フラウのほうが返答に困る。 「いや……」 このまま好きなだけ目の前の少年を扱っていいものか。黙っていれば言うことを聞くのだろうかと思い、 「どうなっても知らねぇぜ?」 テイトの脚を抱え上げて秘所を晒し、愛撫をしながら少しずつ感覚を麻痺させてすぐにでも受け入れられるように拡げていった。 テイトは腕を噛んだり背中を小さく仰け反らせては感じているのを堪えていたようだが、フラウはその体勢で嵌入することはなかった。 本手を組む体位を好むテイトに少し酷かもしれないと思いながら、ぐるりとテイトを抱き上げて上位にさせてしまったのだ。 「!!」 その状態でフラウは自身を手で導き、テイトの中へ進入を果たす。 「い、いや……いやだ……ッ」 見事なM字開脚にさせたまま、フラウは自分がテイトを犯すシーンを最高の眺めで愉しむ。たまらないポジションだった。しかし、テイトは今にも暴れそうだ。 「イヤ!! これは駄目っ!!」 「お前、上になるのも嫌なの?」 後背位をひどく嫌うことは分かっていたが、せめて上位くらいはいいと思っていた。 「違……」 「何が違うんだよ」 テイトは自ら膝をつく格好に変えてフラウの上に跨る。自分では逃げるどころか体位は変えられない。 「恥ずかしがってばかりじゃ成長しねぇっての」 そう言われるも、フラウの胸に手をつき、 「こういう意地悪は嫌いだっ」 ぎゅっと目を閉じたままブンブンと首を振るから可愛くて仕方がなくなる。それをフラウが下から突き上げた。 「ああ……ッ」 フラウがグイと先に進めるたび、テイトが背を逸らす。 「お前……柔らかいのは股関節だけじゃねぇんだな」 仰け反ったテイトの背中が美しいカーブを描いて後ろに倒れてゆく。 「おおっと」 フラウが膝を立てて完全に倒れこむのを抑えたものの、 「ったく、世話が焼ける」 いつのも台詞をここでも呟いて、フラウは上半身を起こし、座位をとった。 「これなら文句ねぇか?」 テイトは自分では動けない。主導権が握れないのは屈辱だが、嫌がることをされない限り、素直な態度を見せる。 「う、ん」 テイトは本手と座位ならよくて上位と後背を嫌うタイプだった。前者二つの密着型はとても難しく、変に腰を使うため、男同士には向かない体位である。それが出来るのは体格差とフラウの技巧、そしてテイトの柔軟性だった。もっとも、テイトのような初心者は自分でコントロールや体位替えが出来ないからすべてフラウに委ねなければならない。 「掴まってな」 フラウはテイトの腰に手を添えてゆっくりと動かした。 「ひゃ……っ」 反応を確かめてから活塞させると、双方に大きな刺激が加わる。フラウは締め付けられ、テイトは内壁いっぱいにフラウを感じる。 「意識保てんだろ?」 確認しないと、いつ飛んでしまうか分からない。テイトは言葉に出来なくて首を振った。 「もう駄目か?」 次第に激しくなるラウンドトリップに早くも根を上げそうだった。 「フラウ……」 「まだまだ」 「ああっ」 「……ってぇな、こら、オレの首引っかいてどうすんだ」 爪を立てるなら、せめて背中か肩にしてほしかった。それを正面首から胸にかけてくっきりと5本線を引かれてしまう。 「このマセガキ!」 「う……ッ」 意識が朦朧としはじめた。 「このくらいで……」 まだ始めたばかりでフレークアウトするなら、3分で終わらせなければならないのではないか。そう思うと笑えてくるが、テイトはもう涙目である。 「お前、マジでやばいな」 フラウが本気で心配すると、テイトは更に首を振って「もっと」と催促する。言っていることと置かれた状況が噛み合わない。 「……」 フラウはテイトが気を失わないように壊れ物を扱うようにしながら、最上級のもてなしで浮遊感たっぷりの快楽を味あわせてやった。フラウなら望めばいくらでも好きなようにしてくれる。激しくも優しくも、きつい痛みも、まどろむような冶悦も、望むものは与えてくれるのだが、そのすべてを一身に受けるには、テイトの心躯はまだ幼すぎた。 途中でとったのは、巣篭もりから松葉崩しと、どちらも片方の脚を抱え上げてのスタイルだった。 「な、な……んで」 何か言いげに口を開いたが、出てくるのは嬌声に似た声で、意見は終わったあとに述べたほうが利口かと思われた。テイトが言いたいのは、最初にとった巣篭もりで抱え上げられた脚はともかく、腰まで浮かせられて、かろうじて上半身はベッドに投げ出された状態ではあったが、下半身は好きにされたまま穿たれる自由自在のテクニックに翻弄される驚嘆と、例えようの無い快感だった。 最後は必ず本手に戻すのは、テイトの希望だが、顔が見たいというのは女性の心理であって、フラウは、朦朧としているテイトがもはや自分の顔など見ているものかと思わずにいられなかった。 だが、本手に戻したとたん、テイトはフラウを見て泣きそうな顔で無理やり微笑んでみせたのだった。 「お前……」 最後の最後で堕とされた。 フラウの完敗である。垣間見せた安堵の表情が、抱かれたままのいやらしさと、持っているあどけなさが足し算ならぬ乗算されて、テイトを美しく彩る。 それなのに、 「オレ、やっぱり……こういうの、向いて……ないの、かな」 そう言って悲しい顔をする。うまく振舞えないと思っているあたり、自分のことがまるで分かっていない。 「何言ってんだ」 「フラウは……すごく巧いのに、オレ、下手で……ごめんな」 フラウの血管が音を立てて切れそうだった。もちろん、怒りに震えているわけではない。 「下手って何だよ。お前はいい子にしてろって言ったろ」 「いい子じゃ……なかったような……」 フラウは笑いながら長い腕を伸ばしてテイトの頬に触れた。優しく撫で、そして肩へと滑らせ、そのまま肩口をシーツに縫い付けるように押さえると、再びテイトを突いて貪欲に躯を揺らした。 「あぅ!」 「可愛いな、お前は」 今ならこんなことを言える。でなければ蹴りを入れられるか噛み付かれてしまうだろう。 いつも思っていても口には出せない言葉がある。それらをすべて打ち明けるわけにはいかないが、少しずつ告げていきたい。フラウにとっても、テイトにとっても、互いが心の中にある限り、満たされ、救われることを確信出来る唯一の存在だから。 名前を呼び合って果ててから躯を離しても、テイトは珍しくおとなしいままだった。 「なんだよ、どうしたっつうんだ」 フラウが着るものを羽織るためにベッドから降りると、 「それ、どうしたんだ?」 首と胸を見つめてテイトが問う。 「はぁ? お前が付けたんだろ」 「えっ!?」 さきほど引っかいた痕である。 「興奮するからだ」 「オ、オレ!? そんな……いつの間に……ご、ごめ……」 「なんだよ、最中に野良猫がやってきてオレに飛びついたとでも言えばいいのか?」 「それは……ないな」 「大体ネコがこんなきっちり5本線残したりしねぇよ」 「あ、うん、ホント、マジで悪い」 「いいぜ、オレは気にしねぇから」 普段着のコートはがっちり胸が開いている。明日は何があっても司教服は脱げないのは確実だった。 「……」 「お前もシャワー浴びるだろ?」 「え、もう少ししたら……」 「なんだよ、面倒だから一緒に浴びようぜ」 「あー、ちょっと待って」 テイトが顔を顰めながらベッドから抜け出そうとすると、 ドタン! まっすぐに立てずに床に倒れてしまった。 「おい!」 「脚に力が入らな……」 何が起きたのか自分でも分からなかった。 「おいおい、腰が立たねぇんじゃねぇの?」 「そうなのか?」 「お前、相当鍛えてたんだろ?」 テイトは帝国軍の戦闘用奴隷で、小さな頃から尋常ならざる訓練を受けていたこともあり、体力には自信がある。だからまさか倒れるとは思わなかった。 「それとこれとは違う。お前こそ、なんでそんなに切り替えが早いんだ」 「別に早くもねぇよ。オレは仕方なく次の行動に移したんだぜ?」 テイトが可愛くて終わってからも名残惜しく躯を密着させていたのだが、時計を見れば起床時間が迫っている有様で、これ以上悠長なことはしていられないと無理やり躯を起こしたのである。 「……フラウ。立てない……どうすれば」 「あーあ、ほんとにお前、どこまでもツボを突いてくるヤツだな。いいか、怒るなよ」 「? ……!!」 姫抱っこで運ばれた。さすがにここでいつもの横抱きや担ぎ上げることはしたくない。 「は、恥ずかしい」 「しょうがねぇだろ。しかし、女みたいなこと言うんだな。お前の呼び名は今度から乙女ちゃんでいいんじゃねぇか」 「あとで覚えてろよ」 「……」 元気になったときのテイトがやんちゃなのは十分に分かっている。フラウは報復を恐れて何も言わなくなった。 シャワーを浴びるときもちょこんと椅子に座らせられ、フラウは幼児の面倒を見るようにして手を掛けた。 「あとでミルクをあげよう。哺乳瓶あったかな」 そうやってからかうと、 「てめぇ」 キッと睨みをきかせて拳を握るも、まだ力が入らない。 「暴力反対だぜ」 「どっちが」 「ミルクが嫌なら飴ちゃんやるよ。カストルから貰ったやつがある」 「飴? どうしてカストルさんから?」 「子供たちにやる分だろ。常に用意しておいたほうがいいんだ」 「そっか……」 カストルもフラウも教会の子供たちと一緒に遊ぶことが多く、カストルは得意の人形劇や紙芝居などで情緒を育てる役割を果たしている。フラウはほとんどが躯を使った遊びで、子供は泥だらけになって遊ぶものだと豪語している。 シャワーを浴びてテイトを横にさせてから、フラウはカーテンをきっちり閉めなおし、 「もう少し寝ろ」 テイトの頭を撫でた。 「フラウは?」 「さて、どうしようか」 「……そっちの棺に入るんだろ?」 テイトは自分が眠ってからフラウの寝床である棺桶に入るということは知っていた。 「お前も入るか?」 「二人も入れる?」 「大丈夫だ」 「ほ、ほんとに?」 「連れてってやる」 再度姫抱きをされ、移動する。 「マ、マジで?」 初めての体験で、生きている間は絶対に経験しないと思われる驚愕のイベントだ。 「アトラクションに乗る気分だろ?」 「えっ、待て、心の準備が」 「大丈夫だって。死ぬわけじゃねぇんだから。こっちのほうが落ち着くんだぜ?」 「それはお前だろ」 「しょうがねぇな」 フラウはそばにあった飴を一掴みして開いていた棺の中に放り込み、テイトを抱いたまま棺に入った。 「わぁぁぁ」 「なんだその反応は」 「だ、だって……!」 「飴ちゃんでも食って落ち着け」 キャラメル味のものを差し出すも、テイトは挙動不審になっているだけだ。 「え、ちょ、えっ、待っ……」 「中々新鮮な反応で大変よろしい」 「初めてなんだぞー!」 「だからこそ貴重なんじゃねぇか」 フラウは飴の包みをとって食べながら笑う。リラックスしているフラウは、慌てているテイトの頬を掴むと、ゆっくりと顔を近づけて口付けたのだった。 「!!」 キャラメル味の飴は、フラウからテイトの小さな口へ移ると、二人、離れることなく長い間、甘くなめらかな味を貪った。 まさか棺桶の中で飴を食べながらキスをするとは思わなかった。危うくもセカンドタイムにならなかったのは、夜が明けてきたからだ。 「フラウ……」 テイトがフラウにしがみついている。 「どうした?」 「このまま眠ってもいい?」 「いいぜ」 「蓋は閉めないで」 「怖いのか」 「怖くないよ。フラウと一緒だから」 閉めたら、たぶん。 キスの続きがしたくなる。 テイトは胸裏で呟いて目を閉じた。きっと、フラウには読まれていたかもしれない。いつだってそばに居てくれる、とてもとても近い人だから。 「おやすみ、テイト」 フラウは艶やかな濃い色の髪にくちづけた。 |
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