裁きの涓(しずく)


「カストル……カストルッ!」
ラブラドールが何度も声を荒げる。普段の穏やかな物腰からは想像がつかないほどの乱れようである。
「きついですか?」
名前を呼ばれたカストルは、ラブラドールを労わりながら白い背中にキスを落とした。
ラブラドールは首を振るも、呼吸が激しく乱れている。
「無理はしたくありません。辛いならそう言って下さい」
ベッドの上で四つん這いになり、カストルの精強な肢体に優しく包まれ、ラブラドールはすっかり自我を失くし、淫佚な行いに浸っていた。
娟々たる様子で、可愛らしい顔が、苦痛、そして快楽に歪むのだ。それもまたこの時にしか見せぬ表情だと思えば、カストルも顔が見たくなって無理やりに体位を何度も変えてしまう。
後背位からくるりとラブラドールを引っくり返すと、慌てて顔を隠そうとするのを手で遮り、
「泣きそうな顔が一番いいです」
そう呟く。
「あ……、ぁ……っ」
喋ることの出来ないラブラドールは、カストルの言葉に蹂躙され、涙を滲ませながら切ない声で啼くのだった。
「あなたの躯は本当に綺麗だ」
脚を抱えて深山本手の形を執り、ゆっくりと中を穿ってゆく。
「好きですよ」
「ぅ……」
どこがどんなふうに? と聞きたいのに、奥を掻き回されるたびに曇った声を上げてシーツを鷲掴みにして堪える。まだ背中に手を回すことはない。カストルがもっと激しくなり、猖獗が極まってから仕返しのように背に爪を立ててやるのだ。
それまで意識が保っていられれば……の話だが。
もっとも、カストルこそ聖人君子のようでありながら、ラブラドールを求めるときだけは激しく、ただ一点の頂きを目指して雄の本性を露わにしている姿は、汗ばむ姿さえも”絵”になる男だった。
「あなたは私が多少の無理をしてもこ何も言わない。朝まであなたを解放しなくても平気ですか?」
「……そ、れでも、い……い」
ようやくの思いで言葉にすると、小さな顎を反らして嗚咽のような呼吸を繰り返す。
「でも、そんなことしたらミサの時間に倒れてしまいそうですね」
ラブラドールの体力を心配して苦笑するも、
「そ、そんなこと……」
ない、と首を振った。
「私は徹夜など慣れてますから平気ですけどね」
まさか本気で朝までラブラドールを離さないつもりだろうか。そこまで性欲の強い男ではなかったはずだが。
「君が、そうしたい……なら……」
たとえ朝までこのままでも構わないと本気で思い、ラブラドールはカストルの腕を掴み、誘惑した。
「いいえ、しませんよ。その代わり、3日間、あなたを抱きます」
「カストル……」
「3日じゃ短い。一週間……次の土曜日まで」
毎日こうやって交わろうという。
「う、ん、僕はきっと大丈夫」
そう言いながらも不安げな表情は消えないが、
「ああ、その顔……」
ラブラドールの困ったような顔がたまらなくそそるのだった。意地悪をするつもりはないが、愛らしい表情が更に愛らしくなるという魅惑の罠がある。
「一緒におかしくなりましょうね」
「分かってる」
カストルは真面目で自分にも厳しく、そして他人にも厳しい。まして理性のない行動を嫌うため、普段から無茶をすることはないが、今はラブラドールを求めたい。
「私があなたを抱くのは、私が唯一人間らしくいられるからです。そして、あなたも」
「……」
「セブンゴーストであるけれど、感情も思考も、人であることが感じられる。気高い願望、醜い欲望、それらすべてがこうしていることで分かち合える」
カストルはラブラドールの白く細い脚を掲げ、少しだけ奥へ腰を進めると、振動で反射的に躯が逃げるのをわずかに目を細め、
「可愛いですね」
愛しそうに見つめた。
「僕も、こんなこと、すごくいけないことだと思う。でも、神に背いているとも思えない。僕は司教として失格なのかもしれない」
「そうですね、その考えは否定しません」
攻めながらも手を取り、1本1本の指にキスをしてカストルはラブラドールの言葉に答えを返すが、ラブラドールは時折深く息を吐いて強くなる快感を逃そうとしている。
「感じているのですね」
カストルは微笑み、少し角度をずらして中を捺した。
「アッ」
躯が勝手に跳ね、
「やめて……そこを突くのは駄目」
「どうしてです? ここが一番いいところでしょう?」
「だから駄目だと言ってるの!」
「しょうがないですね、では、外から仕掛けますか」
「あ、いやっ」
胸を触られても下腹を触られても感じるのに、カストルは羽二重でも味わうように長い指で脇腹をゆっくりとなぞる。その動きはまるで躯に文字を写すようななめらかな動きで、且つ、春情の色を含んでひたすらにいやらしい。
「ひゃあっ」
押さえても声が漏れ、ラブラドールは、
「もう何もしないで」
そう訴えてしまうほどだった。
「それは聞けませんね」
「いいの、ほんとにもう、僕……」
「そんな顔をされたら私だって困りますよ?」
「困らせてなんかない、それはカストルが……」
「私? 私がなんです?」
「うう」
「あなた、男ですよね?」
「!?」
「どうしたらそんな官能的な顔が出来るのか」
ラブラドールの悩ましげな表情が、カストルにとって弱点かもしれない。
「そ、それは今していることが……」
「ええ、分かっています、あなたが男であることもちゃんと証明されていますが、どうも腑に落ちない」
「何が言いたいの」
「とっても可愛らしいと言いたいのです」
「……っ」
本来男性ならば、そう言われれば必ず反抗するものだが、ラブラドールは頬を染めるだけで否定しない。
「可愛いものや綺麗なものは好きだけど、僕もそういうふうに見える?」
もう言われ慣れている。だが、もう一度確認してみたい。
「ええ、誰が見てもそうです」
「でもね、半分はカストルの欲目だと思うよ」
少し冷静に判断すればこんなことも言えるのだが、
「まぁ、私の下で泣いているから余計にそう見えるのかもしれませんが」
カストルの的確な状況判断も間違いではない。
「僕は……」
「ああ、もういいですよ。お話より、そろそろあなたに教えたいし」
「うん?」
「本当の快楽」
「!」
「この前抱いた時より、もっと悦くしてあげましょう」
カストルの優しい声が、強張るラブラドールの躯と心に少しだけ安堵をもたらすが、
「酷くはしません、けれど、ついてきて下さい」
そう言われて、やはり肩を竦めたまま指を噛んでしまうラブラドールだった。
「僕、大丈夫、かな」
「心配しないで」
「カストル……」
くちびるの先で小鳥のようにキスをするのも、手の甲に爪を立てるのも、自分から腰を動かすのも、すべてカストルに教えて貰った。そうするように導かれた。
カストルは、ラブラドールが自分の躯であるのに、自分のことを何も知らずにいた未知の部分を引き出し、ありとあらゆる快楽を与えた。
「もっと」
と言うのを焦らし、その代わり他のところを刺激する。混乱した所で更にさきほど欲しがっていたくちづけや律動を繰り返し、当惑させながら徐々に強い快感を送り、カストルはラブラドールが本有的に流す涙を待っているかのようにゆっくりと攻め続けた。
そうしているうちに、体位を変えて後背位に臨もうとするとラブラドールは「これは苦手」と言って首を振る。
「そうですか? 男は皆好きですよ? まぁ、こちら側としてはね」
立ち役をしているから言えることであるが、本来ならば男性同士、ドッグスタイルが一番とりやすい姿勢なのに、ベッドでのラブラドールは引っくり返したとたんに腰が抜けたようになり、内股で座り込んでしまうのだった。
「だめ……僕はもう……」
躯に力が入らない。
「せめて腕を立てることが出来ればいいのですが」
腰はカストルが持ち上げる。そのつもりでいても、
「分かって……る、けど」
フラフラとしながら心許ない状態で、
「酔ってしまいましたね」
カストルがラブラドールをそっと抱き寄せながら呟く。
「悪酔いじゃない。何だかぜんぶ溶けそうで……」
「そうでしょうね、あなたの躯から物凄く甘い香りがします」
「……それって抱いてオーラのこと?」
「ふふ、こんな時にそんなことを言う余裕があるとは」
カストルがラブラドールがだいぶ場の雰囲気に慣れてきたことに喜んだが、
「でも、この先は今度こそ無理だよ」
「ええ」
どうせまた言葉も発せられないくらいに狂おしく乱れるのだと思うと、それも楽しみなのだった。
少しだけ意地悪をして、苦手だと言っている後背位で無理やり攻めたあと、声を出すのも精一杯になってきたラブラドールを寝かせ、一度躯から離れようかとカストルが様子を見ていると、ラブラドールは頼りなく腕を伸ばしてカストルに触れようと必死になった。
「どうしました?」
声を掛けても返事はない。ただ、口を開いて何かを言おうとしているが、言葉にならないのだった。
「あ、う……」
呼吸も整わず、うつろな状態で苦しいのかと思ったが、
「分かりました、続けます」
ここでやめられるはずもなく、それはラブラドールも同じ意見だったようで、わずかに頷くと、腰を押し付けるようにして促し始めた。
「おや、今日のあなたは積極的だ。こういうの、いいですねぇ」
カストルが微笑むと、ラブラドールは顔を背け、目を閉じる。
「本当にそそる。私より年上のくせに、その可愛らしさは一体何なんでしょう」
柔らかく癖のある髪を梳き、次に頬を撫で、そして指でそっとくちびるをなぞる。わずかに開いている口は、あどけない形をしているが濡れた舌先が覗き、その官能的な魅惑に誘発されてカストルの動きが激しくなってゆく。
「ああッ」
熱い、とカストルは思った。躯に温度はない。だが、心の中が鮮烈になっていくのが分かり、更に求め、目の前にある美しい裸体をすべて我が物にし、好きなように貪りたい、そして、この愛欲を満たしたい、そんな思惑に駆られ、雄の本能が暴走しそうになるのを抑えながら、凄まじい快楽に浸りきる。
ラブラドールはカストルから与えられる快感を悲鳴を上げながら受け入れ、後先考えずに乱れまくった。
腹につきそうなほど昂ぶった彼処は、既に先端が濡れている。躯を揺さぶられる度に大きく振れて、まるで行き場がなく、宙に弄ばれているような動きを見せていて、酷く濫りがましい光景だった。
「いいですよ、先に達っても」
カストルが譲ろうとしたが、ラブラドールはくちびるを噛むことで抵抗した。
「……嫌なんですね。一緒がいいんですか?」
そう言いながら松葉崩し、つばめ返しへと慌しく体位を変えると、ラブラドールは背をそらせながら声にならない声を上げた。
「やっぱり……先に……僕、もう……」
ようやく口にした台詞は我慢の限界を指していた。
「どうぞ?」
一方のカストルはだいぶ余裕がある。
「どうして、君は……っ」
ラブラドールが何か言いたげにしていたが、
「もったいないからですよ」
カストルが先に答えてしまい、ラブラドールは驚いた顔で振り返った。
「まだあなたの中に居たいですからね」
「でも、僕が先に終わったら……」
気を失うかもしれない、それでなくとも溜まったものを出してしまえば男の躯は一度それで満足し、心身ともに萎れてしまうというもの。
「いいんですよ。それは後でどうにでもなります」
「!?」
「すぐにその気にさせることも可能ですから」
それはそうかもしれないが、ラブラドールはカストルと一緒に達きたいのだった。
「……僕は……」
涙目になっている顔を見て、
「嫌なんですね」
そう言うと、
「僕は一人じゃ不安なの。イキたくないの」
「?」
カストルは動きを止めた。
「どういうことですか」
「一人でお茶を飲んでもつまらないってこと」
「え?」
「僕がお茶を飲む時は必ず君を誘うでしょう?」
「……そうですね」
「一人より二人がいい」
「……」
日常での例えが、そのままベッドでの行為に繋がっているのだ。
「それに僕一人がおかしくなるのは嫌」
「ラブラドール……」
「お願い」
はっきりと訴えているようで、実はもういっぱいいっぱいである。呼吸もまともに出来ないほど息苦しさを感じる中で、精一杯、それこそ力を振り絞って会話に挑んでいるのだ。カストルはその姿を見て、罪責感を抱いた。
「そんなに私と……」
こういった催促をするのは女性でも一部だけで、男性はこんなことにこだわらないかと思っていたが……。
「もしかして僕は君を困らせている?」
ラブラドールも、本当なら、こんなふうに急かすようなことはしたくない。
「いいえ。あなたがますます愛しくなりましたよ」
「……そう。よかった」
ゆっくりと躯を戻し、向かい合って見つめると、カストルが上体を倒し、繋がったままキスをした。
波打つように腰を動かし、更に深く、更に濃密に滾る熱を打ち込んでいくと、
「あ。嫌だ、変……!」
カストルの腕を叩きながらラブラドールが快楽の度合いを表現し始めた。だんだん会話が成り立たなくなるため、カストルは詳しく聞き返すことはしないが、腕を叩く手をとり、
「いいですよ、あなたに合わせます。……それで、この手をどうしましょう。そろそろいいですよね?」
自らの背中に回した。爪を立てられることも覚悟しているし、あちこちつねられることも予想している。カストルはラブラドールが感極まった頃に背中に腕を回してくることを知っていて、いつもその手順を見ていたが、今夜は予定を早めて自分からそういた。
どんなことをされても、カストルは優しくラブラドールを撫で、頬にキスをして耳朶を噛む。
「ああ……ああ……」
息が上がり、顎を反らして躯を強張らせている様子に、そろそろ限界であることが分かったが、最後になるとこんなふうに躯に力が入るせいで、”そこ”がよく締まるのだ。
「さすがにこれは……」
カストルも形無しだった。
「ん……んっ!」
言葉では伝えられないため、甘えたような声を上げて自身の極点を知らせると、ラブラドールは不規則に躯を痙攣させながら達した。わずかに遅れてカストルも至ると、強い快感にフラッシュをたかれたように頭の中が白くなり、躯の奥にくすぶっていた欲望が放たれる。その劣情は猥らな証拠となってラブラドールの体内へと注がれたのだった。
中に欲しいと言ったのはラブラドールだ。そのために準備をしたし、どうしてもそうしたかった。与えられることで幸せだと思えるのはカストルを独占しているような気分になれるから。そしてカストルも、そうすることで互いが一番熱くなれることを知るのだった。

そうしてこの時、これから暫くの間、毎晩愛し合うことを改めて約束した。

3日目の夜、カストルの前戯にとけそうになりながらも、ラブラドールは口での奉仕を積極的に行った。カストルにしてみれば、これに対してラブラドールが全く躊躇しないのが不思議なのである。
「やりたくなさそうに見えるんですけどねぇ」
毎回そう言って笑うも、
「どうして? 嫌いじゃないよ、だって、僕がされているわけじゃないから、少しは冷静でいられるし、口の中ですごい変化するから、楽しい」
童顔であるその可愛らしい表情で言われると、返答に困る。
「嫌がりそうなんですが、実際は違うんですか。というか楽しいって……」
「うん。あまり上手には出来ないけど、カストルのだと思うといっぱい舐めたくなっちゃう」
「……!」
脳天から火が噴きそうなほど昂奮したが、ラブラドールは決して男慣れしているわけではなく、口に含む際もぎこちない動きを見せ、時折迷うような、困ったような顔をするのもまた酷く刺激される。
「今夜はあなたの口の中で終わってしまいそうですね」
冗談で言うと、
「いいよ。ぜんぶ飲んであげる」
ラブラドールは嫌がることなく奉仕を続ける。
「まさか。まぁ、あなたにも同じようにお返しをしますけどね」
「僕は口でされたら一瞬で果てると思うの」
「それは大丈夫でしょう。私も加減します」
「うーん、自信ない。それより僕がこうやって口で最後まで出来るかどうか、そっちの方が重要だし」
「いいですよ、無理しないで」
「でも……」
ラブラドールにとって問題なのは、する方よりもされることの方だった。何故なら……。
「アーッ! イヤー!!」
順番が変わって、今度はラブラドールが口での愛撫を受けている。
「だめーっ、あんまり気持ちよくしちゃだめー!!」
とにかく叫んでいるのだ。
「……感度良すぎ?」
カストルが口を離して呟くと、
「だって! おかしくなりそうなくらいイイんだもん。口でされるのって危険!」
「それは私も分かりますが……とにかく続けますよ」
「う、ん。あっ、あっ、あああ!!」
普段はおとなしいラブラドールがここまで”暴れる”のは珍しかった。
「すご……すごぉい! やだ、そっち側は強く押さないで! キャー!」
「……」
こんなふうに騒いでいるのを見て色気が減るのかと思えばそうではない。ムードが壊れることもなく、
「ほら、そんなにバタバタしてると最後までもちませんよ」
まるで子供をあやすようにしているが、
「あ、そこでやめるなんてヒドイ。駄目、凄くイイからもっとして」
「……最初は嫌だと言っていたくせに?」
「嫌なのは最初だけなの」
「面白ですねぇ」
「ただ、一つだけ心配なことがあるんだけど」
「何です?」
「ううん、それは……後で」
「?」
どういうことかと思っても、ラブラドールはすぐには答えようとはしなかった。そして、
「もうちょっと口でしてくれたら、今度は僕のここに……」
尻を指してねだる。
「いいのですか?」
「やっぱりここに欲しいもの」
「では、準備もしましょうね」
「あ……慣らすの?」
「もちろんです。でも、今日はスペシャルメニューですね」
「えっ」
カストルは口でラブラドールの性器を刺激しながら、同時に指で後ろをなじませていった。秘孔の入り口からゆっくりとなぞり、中は浅めに指を出し入れする。入れながら一度前立腺に当たる部分をそっと押せばラブラドールが息を呑むのが分かる。
「! ……!!」
あまりにも恍惚感が強すぎて声も出なかった。
「そんなに激しくいじってはいませんよ?」
「ふ……ッ、お願い、どちらかにして……僕、もう出てしまう」
「一度出しますか?」
「それは嫌」
「仕方ありません、口でするのはキスだけにしましょうね」
「?」
ラブラドールの淫らに揺れている自身に何度もキスをした。最初は小鳥のようにくちびるの先で、そして今度はくちびるでディープキスをするような動きで。
「ああ……」
それだけでも激しい快感が脳天に走る抜ける。受け入れる箇所を指で弄られるのは余り好きではなかったが、カストルが”楽しそう”にするから拒否出来ない。
拡張をしっかりと施し、カストルの滾る欲望の証をローションでたっぷりと濡らしてから挿入を開始するが、そこでまたラブラドールは息を止め、苦痛に耐えるような顔で躯を震わせる。
だが、それは決して嫌悪でも痛みでもなく、圧迫感はあるものの、カストルの絶妙なタイミングと加減で、ラブラドールには佚楽しか感じない。
「ん……っ、うわぁ、こっちに来る……っ」
「どうしました?」
「カストルが僕の中にッ」
「ゆっくり……ね。でも、これから激しくなりますよ」
「そうしてっ」
「あなたは意外な反応を見せてくれるので私としては嬉しい限りですが……」
「意外? そんなことないよ、これが本当の僕なのかもしれないし」
「そういうところも含めて、です」
「……」
見つめ合って暫く、カストルが少しずつラブラドールの中に進みながらの会話である。こうしていると、やはり正常位でのコミュニケーションはいいと思う。普段これほど密着することはないし、相手との距離が一番近く、そして実際に躯は繋がっていて、気が触れそうなほどの快楽を共にしているのだ。心まで溶け合い、もし、今、世界が終わっても構わないと後先の考えも見失うほど、至福の時を迎えているのだった。
たとえ、それが須臾の楽園であろうとも。

4日目、5日目も衰えることなく交わり、その度合いはますます激しいものになり、ラブラドールも最後には失神するようになってしまった。
六日目になり、
「気持ちよくて気を失うなんて、経験がないから分からなかった」
前戯の時のお喋りで、そう言って心情を吐露したが、恐れている様子はなく、それどころか待ち望んでいる素振りを見せていた。だが、
「そろそろ無理は出来ませんね。今夜は手淫で済ませますか?」
カストルは見ていられなくなったのか、せめて一日だけでも軽減させることを望んだ。
「手? 手だけ?」
「そうです」
「つまらない」
「……」
「僕は平気」
「今はよくても、明日が心配です」
「仕事ならちゃんとするよ? 明日は朝早くに庭の手入れをしなければならないけど、お花さんたちが僕を癒してくれるから」
「我慢をすることはないのですよ」
カストルが宥めようとすると、
「激しくしてくれなきゃ、思う存分愉しめない。そっちの方が我慢がならない」
「それは勿論ですが」
「カストル。僕たちは狂わなければ意味がないんだ」
悲痛とも言えるラブラドールの訴えにカストルは真摯な面持ちで
「……その通り」
司教としてではない、ただの”人”として狂いたいのだ。
彼らはセブンゴーストであり、普通の人間ではない。だが、今を生きる人でありたい、他の司教や、教会に祈りに来る街の人々のように、人間として、ごく普通の人である感情を味わいたいと思うことがあった。
そうすることで己を形成しなければ自我が崩れるほど彼らは脆くはないし、何の不安もなかったが、現の中で生きる証を、たとえ後世に残らずとも、今、それを感じていたいだけ。
何もかも忘れて、ただ愛しい人と結ばれ、感情の渦に堕ちていく。それが彼らにとっては心地よかった。
繋がって何度も名前を呼び合い、狂ったように快楽を求め、もっとも人間らしく、もっとも自分に正直でいられる瞬間を分かち合いたい。
「僕たち、変だね」
「変……ですか」
「いけないことをしているのに、それがすごく気持ちいいなんて」
「でも、私たちはこれでいいのですよ」
「うん」
手を繋いで、最後の一瞬を迎えるまで、ただ相手を見つめ、躯を捺し合って、もっと感じて。
「やっぱり綺麗ですねぇ。イク前のあなた、まるで最後の力を振り絞るように色気が増します」
「……だって……それは……」
「分かっていますよ、私も同じです」
”そこ”に辿り着くまで、もうすぐだ。
「……ッ、ラブラドール」
「あ、あ……もう……」
何も見えない、分からない。強烈な快楽がすべてを奪う。
「!!」
言葉もなく、ほんの数秒、二人の動きが止まると、カストルは更に奥へと腰を押し付けた。
「もっと!」
ラブラドールも欲しがって絡めた脚でカストルの腰を自分の方へと引き寄せると、最後の一滴たりとも逃さず中へ注ぎ込まれるように締め付けながら絞る取るように自らの腰を動かした。
「……ッ」
あまりに悦すぎて、二人とも気を失ってしまいそうだったが、ラブラドールに関しては、いつもならこの時既に意識を失っているはずなのに、今夜はどうにか耐えることが出来たのが幸いした。
終わった後はどちらも無言で、キスだけを繰り返す。そうしているうちに二度目……と誘発されそうになるも、また明日抱き合うのである。何も焦ることはなかった。
「なんだか僕、ハマっちゃいそうなだなぁ」
ラブラドールが苦笑している。
「何に?」
「んー、こういうこと」
「……」
「今までこんなふうに思ったことないんだけど」
「毎晩激しすぎましたかね」
今度はカストルが笑う。
確かにここのところ、かなり猛烈な勢いだったが、このようなことは稀にしか起こらないのでにあった。
「だって、カストルは滅多に抱いてくれないから、本当はすごく淡白なのかと思ってたんだよ?」
ラブラドールの台詞に対して、カストルの本音はこうである。
「そうなんですか? でも、あなたこそ、こういうことには全く興味のなさそうな顔をしていましたし、苦手な体位もあるし、好きではないのかと思っていました。まして、男に抱かれるのは心外だと非難されるのかと」
「そりゃ、そう思われても仕方がないけど」
「たまにしか抱かないと言っても、たまにするからいいんですよ」
「そうだね、それに……」
二人がこうして夢中になるのには理由があった。その理由を今、口にすることはない。

そして約束の7日間が過ぎ、翌日、教会では大規模なミサ聖祭が行われた。彼らは前日まで猥らな行為に耽っていたが、その行為を償うために故意にミサの前に貪欲になっていたわけでない。その逆で、人としての感情と心理を理解することでより一層、ミサで祭壇に登り、典礼を受けられるというものだった。
背徳的な営みが、彼らにとっては心を清めることにもなる。特にカストルはラブラドールが涙を零すたびに、その美しい貴粒を裁きの涓と呼んだ。
ミサの前、こそこそと昨夜のことを思い出してはカストルの頬が緩んでしまうのを不謹慎だと言ってラブラドールは「もう忘れて」と訴えるが、それは飲めない条件である。
「忘れろと言われましてもね、私が記憶喪失にならない限り無理です」
「だったら、せめて何も言わないで」
そう言っても、
「一週間、あなたがどうだったか、他の人に言いふらさないだけでもいいと思って下さい」
カストルに丸め込まれてしまう。
「まぁ、ミサの間は無心になるから、それまでの辛抱だね」
「そうですか? 私は典礼の最中も頭の中はあなたのことでいっぱいですよ」
「!」
「今更どうにもなりませんねぇ」
「もう、カストルはふざけすぎだよ」
「私ほど真面目な人は居ません」
「否定していいのやら肯定してもいいのやら」
このような会話が続き、これから礼拝を行うようには見えないが、二人きりの時にはさりげなくキスをして、本当の想いを伝え合うのも儀式となっている。
「さぁ、あなたのお陰でとても清らかな気持ちになりました。今日はミサの時間も長いですが、あなたにもすべての人にも、神のご加護があらんことを願います」
その後でラブラドールが沈黙したまま目を閉じ、カストルに向かって祈りを捧げるように手を合わせる。

こうしたやりとりは慣習として二人の間では当たり前のことになっている。また次の大きなミサが来るまでは、狂ったように抱き合うことはなくなるが、その募る想いが後の二人を熱くさせる。
カストルが再びラブラドールの涙を欲するようになるまで、ただひたすらに相手を想い、感傷にも似た眼差しで互いの姿を追う。
そんな愛し方も悪くない、今はそれでいいのだと遊び心を抱き、二人はいたずらな感情に身を任せるのだった。
垣間見せるその余裕は、確かな愛がここにあると信頼を得ているからである。


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