「22時になったら部屋においで」
昼間、ヒュウガに言われたとおり、コナツは時間きっちりに上司の部屋の前に立った。ここに来るまでの間、廊下の窓から夜空を見上げ、無数の星がまるで月のように地上を照らしす美しさに見入った。しばしガラス越しに星空を眺めていたが、時間に遅れることを思い出し、今度は走る羽目になる。 部屋に着き、ドアをノックする前はいつも緊張する。 これから行われることを思えば当然の心情だが、今夜はいつもより我が上司は優しいはずだ。困惑することはないとコナツは右手を上げて、叩きなれた部屋のドアに2〜3度軽く拳を当てた。 「はーい」 中から、まったく緊張感の無い明るい声が聞こえる。 「入ります」 「いらっしゃーい」 「少佐……元気ですね」 「うん、仕事終わったもの」 「そうですか」 どうも調子が狂う。自分の思いとは裏腹に、この上司はいつも自然体で明瞭である。ただ、どんなに笑顔でも目は笑っていないし、腹の底でとんでもないことを考えていて、考えているだけではなく、それを実行する。たとえ人殺しであっても容赦なく遂行し、情けもかけない。コナツはそれを見習うべきか、自分には出来ないことだと諦めるか、どちらをとるか未だに葛藤している。 「ここに来るまで廊下がすごく明るくて。今夜は星がよく見えますね」 他愛ない会話で場をもたせようとすると、 「ああ、オレもさっきまで眺めてた」 そんな答えが返ってきた。 「少佐も?」 まさか同じ頃に空を見ていた? そう思うと、胸が締め付けられるような恋心にますます身が焦がれ、今夜は少しくらい乱暴にされてもいいと思ってしまうのだった。 「ま、テキトーに座ってー。コナツは未成年だからお酒飲めないしねぇ。お茶にする? ジュース? それともオレ?」 「……」 「そんな顔しないでさ。そういえばカツラギさんから貰った美味しいゆず茶があったなぁ。寝る前に飲むといいらしいよ」 「ゆず茶ですか? 美味しそうですね。寝る前にビタミンCを摂るのもいいと聞きました」 「うん。でも、寝かせないけどね」 「……」 語尾に星マークを付けながらヒュウガは手早くお茶を淹れ、コナツに差し出した。コナツは敢えて平常心を保ち、 「いただきます」 素直に飲んだ。するとヒュウガはコナツの顔をじっと見つめて、 「それさ、媚薬が入ってるかもしれないとか疑わないの?」 そんなことを言い出す。 「ごほっ」 驚きのあまりにコナツが咽った。 「アヤたんは、いつもオレに先に食べさせたり飲ませたりして最初は疑うよ」 「げほっ、げほっ。わ、私はアヤナミ様のお立場とは違いますから」 コナツは胸をトントンと叩きながら、はっきりと答える。 「そりゃそうだけど」 「それに、私は別にそのような薬が入ってたとしても……」 「いいの?」 「はい」 「わぁ、先にそれを言ってよー。入れとけばよかった」 「先に言えと言われましても……」 むちゃくちゃな展開になっているが、さりげなく大胆な会話をしていることに気付く。これですでに前戯が始まっているというのなら、ヒュウガの力量と言えようか。 「なーんて、もしかして入っちゃってるかも? 少しだけ……ね」 「そう……なんですか?」 誘い、誘われる危うい熱。 少しずつ崩れてゆく理念の欠片。おそらく数十分後には、そんなものは跡形もなく無くなっているだろう、深夜の密会。 「オレはただコナツにそばに居て欲しいから呼んだだけ」 「……はい」 従順な部下は有り難い。だが……。 「ねぇ、コナツ」 「なんでしょうか」 「どうして断らないのかな」 「は?」 「オレの言うことは絶対なのは分かるけど、それは昼間の仕事。でも、こんな時間にわざわざ呼び出されて辛い思いして、我慢しなくてもいいんだよ。三回に一回は断るとかさ? 仕事の一環だからコナツは仕方なく言うこと聞いてるけど、相当負担がかかっているだろうから、いつもみたいに『冗談はよして下さい』って煙に巻いても、オレは許すのに」 「……」 ヒュウガは、コナツが無理をしていると思っているようだった。 「次の日足腰が立たなくなるまで抱いてしまうのはオレも反省してるし」 「えっ、ヒュウガ少佐が反省ですか!?」 「突っ込むところ、そこ!?」 「あっ、すみません」 「いやいや、ええとね、コナツ、躰の関係を強要したのはオレだけど、イヤならイヤって言ってくれても構わないんだ」 「……」 「いつもいつも無理してさ?」 「……」 「絶対に言うこと聞くし。もしオレがコスプレしてって言ったら、しちゃいそうだよね」 「ま、まさか本当に衣装を用意したわけではありませんよね!?」 「突っ込むとこ、そこー!?」 「あ、いえ。とにかく私は少佐の命令には逆らいません」 「それだよ、それ。そうじゃなくて。なら、オレが死ねと言ったら死ぬの?」 「ご命令とあらば」 「コナツー」 「私にも自分の意思というものはあります。人権がどうのというつもりはありませんが、私にとってヒュウガ少佐は絶対的な存在です。アヤナミ様も」 「うーん、それも分かるけど、コナツがそんなだからオレは抑えが利かなくなるんだよね」 「抑えが利かない? それは私のほうが……」 そこまで言いかけて慌ててやめた。 「コナツ?」 「少佐。私は自分の意思でここに来ているのです。合意の上だということを分かって下さい」 「それってさ」 「はい?」 「オレのことが好きってこと?」 「!!」 「どうなのー?」 コナツは真っ赤になって、突然思い立ったようにヒュウガの前に跪く。そのままの勢いで、コナツはソファに座っているヒュウガの脚の間に身を置くと、大胆な行動に出た。 何も言わずにヒュウガの前を開き、いつも自分を淫らに狂わせる雄の印を口に含んだのだった。 「ワォ」 ヒュウガは驚きの声を上げるが、コナツは黙って行為を続けた。 次第に硬さが増してゆく。もう、口の中には入りきらない。だから、裏を舌で捺しながら這わせ、先端を吸い上げた。鈴口を刺激するのも忘れない。 自分も男だから、どこをどうすれば気持ちがいいのか分かっている。決して慣れているわけではないし、自信もないが、尽くしたいという思い一つで口淫に没頭するのだった。 「どこで覚えたんだか……」 ヒュウガがため息をつく。 相手が好きだからこそ出来ることで、誰にでもする行為ではない。 中心で動くコナツの柔らかい髪の色。それをヒュウガは長い指で撫でながら、自分のものを扱いているコナツの穢れを知らぬような白い指がいやらしく動き、徐々に理性が奪われるのを感じていた。さきほどまで会話をしている間の瞳は、星の光のように美しく、そんなコナツが一生懸命になってくれるのを見て、たまらなく愛しい気持ちになると同時に、自分のほうがコナツに堕ちているのだと確信したのだった。 「……ッ」 しかしコナツの心の中では、テクニックが未熟な自分に嫌気が差していた。舌を使うだけなら誰でも出来る。性感帯を当てることも。だが、これだけでは物足りない。せめて口でするなら喉まで使いたかった。だが、コナツがそれをしたら間違いなく窒息して最悪の事態になるだろう。コナツはまだ喉を使ってフェラチオをするディープスロートを知らない。 たぶん、目の前にいる上司は物足りなく思っているだろうと考えると切なくなったが、それでも休まずに口を動かした。くちびるで挟み、中で舌を動かし、余しているところは指でなぞるように愛撫する。頬が緊張してしびれてきたし、元々こぶりの口の作りである。無理して開けているため、顎が外れそうだった。 すると、 「はい、終わり。もういいよ、コナツ」 ヒュウガがそう言った。 「最後まで、します」 一瞬だけ口を離して訴えたが、 「無理に決まってるでしょ」 ヒュウガは冷たく言い放ったのだった。 「……」 下手くそだから、出来るはずがない。 コナツにはそう聞こえて、悔しさにきつくくちびるを噛むと、 「でも、やってみないと分からないですよ」 一言だけ伝えてみた。 「駄目。これは命令」 「は、い……。なら、もう少し続けてもいいですか? そしたら、やめます」 「……あと少しだけね」 許可を貰うと、再び口に含み、何度か上下に動かしながら、そのままゆっくりと口蓋の奥まで太い先端をずらしていった。コナツは咽頭を使うつもりだった。 が、しかし。 「!?」 ヒュウガはコナツを力づくで引き剥がすとビロード・ヴェルヴェットの絨毯が引かれてある床に押し倒した。 「!!」 反動で後頭部をしたたか打ちつけ、意識が遠のく。 それはわずかのことだったが、その間に下半身に身に着けていたものは脱がされ、我に返ったその瞬間、ヒュウガは何の準備もされていないコナツの後ろを犯したのだった。 「うああああああッッ!!」 色気もなにもない絶叫が響いた。演技をすることも、せめて色っぽく振舞うことも出来なかった。 「あ、あ、あ……」 痛みを逃すために短く息を吐く。何か縋るものはないかと手が宙を掻く。どうにか体勢を立て直そうとしたが、それでも、懸命の努力も空しく、劇痛によるショックでコナツは意識を失った。 ヒュウガは始終無言だった。 翌朝早く。 目が覚めたコナツは見慣れた天井を凝視しながら何故自分の部屋のベッドで寝ているのか考えた。昨夜のことは途中まで覚えているが、どうやってここまで来たのか、どうしても思い出せない。それとも、あれは夢だったのか。 「まずい。そろそろ起きなければ」 気合いを入れるために声に出して起き上がろうとすると、尻に劇痛が走った。 「いたたたた」 腰を動かそうとすると痛みがくる。やはり、あれは夢ではなかったのだと実感出来たのはいいが、途中で気を失ったのは間違いないのだと確信し、更に落ち込む結果になった。 「うう……」 泣きそうな声を上げていると、 「相当痛むみたいだね」 ヒュウガが立っていた。 「えっ、少佐! いつの間に!?」 「ずっと居たよ?」 「いつから!?」 「最初から」 「最初!?」 訳が分からない。 「コナツを運んできてからずっと」 「えっ、ええっ!?」 「だから言ったでしょ、抑えが利かなくなるって」 「……」 それは、お互い様だった。 「起きられる?」 「はい、何とか……いたたた」 ヒュウガが手を貸しながらコナツを起こす。 「鎮痛剤飲んで」 ヒュウガはコナツに薬とコップを渡す。本来なら口移しで飲ませてやりたいところだが、今はそれすらも禁じなければならなかった。そのままベッドインの可能性があるからだ。それほど、ヒュウガはコナツを欲していた。 「仕事は無理しなくていいよ」 「今日は事務だけなので大丈夫です。少佐が真面目にやって下されば」 最後にきつい一言がきた。 「ぐ……。だよね、やっぱりそうだよね」 「はい」 軍服に着替えるのも精一杯だった。 ハルセがクロユリにしてやるように、抱きかかえて執務室まで連れてってもいいのだが、アヤナミにバレる。 というより、一発でバレた。 朝礼の場で、一目コナツを見ただけで、アヤナミはヒュウガを睨んだのだった。アヤナミはヒュウガとコナツの関係を黙認しているが、決して無理をするなと厳重に注意してある。それを破ったことになるから、当然罰を受けることになるだろう。 「あーあ。あとで怒られちゃうなぁ」 隣に立っていたコナツに漏らすと、 「私も弁明します」 提案してみるものの、 「うーん、そうなると火に油を注ぐだけだよ」 「そうですか……でも、私にも責任がありますから」 両者一歩も譲らない。 「大丈夫、言い訳は考えてあるから」 ヒュウガがにっこりと笑って答える。 「言い訳……ですか?」 「そう」 「どんな?」 「ナイショ」 「えーっ」 「ウソは言わないよ」 御伽噺の一つに満月の夜は発情するという謂れがあるように、星月夜は危険なのだと言えばいい。御伽噺が月のせいなら、この場合は星のせいにすればいいのだ。 果たしてそれがアヤナミに通じるかどうかは不明だが、部下思いのアヤナミならば分かってくれるだろうと思う。 手っ取り早くコナツ自慢をしてしまえばアヤナミも呆れて何処かへ行くのではないかと邪推する。 そして、実際にその日一日は安泰に過ごすことが出来たのだった。しかし、その言い訳は二度も通用しないことはヒュウガも分かっている。次の理由を考えるのに必死で、仕事がはかどらなかったのは言うまでもない。コナツにどやされながらも事務処理をこなしたのは、褒めるべきか否か、判断のしようがない不条理な有様である。 |
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