残酷な言い訳。


正直、目のやり場にこまるときがある。
(わざと? わざとなのか? いや、男同士で恥ずかしがるオレが変なのか?)
テイトが頭を抱えているのは、いまや習慣となっているお風呂タイムだ。最近では、まるで一大行事のような大騒ぎが展開される。何故なら、面倒だからカペラと入るのは当たり前で、ついでにミカゲも入るから、大勢でお風呂に入るとゆっくりお湯に浸ることも出来ずに毎日お祭り状態なのである。カペラは相変わらずお風呂嫌いだが、注意をすれば素直に入ってくれるようになった。ミカゲも泡だらけになりながら気持ちよさそうにしている。
問題はもう一人だ。
やたらとでかくて、いつも共に行動している、見た目は怖いけれど実はとても頼りがいのある優しい男。そいつが一緒に入るのだ。そのほうが時間が短縮されるのと、お湯が冷めないうちに一気に済ませられるから経済的との理由で。
「フラウ! カペラの泡流してやってくれよ」
テイトがミカゲと湯船に入りながら声をかけると、フラウは「いいぜ」とカペラをひょいと持ち上げ、頭からシャワーをかけてやった。
「わぁ! フラウ兄ちゃん、目にお湯が入るよっ」
カペラは、まるでプールの水に顔をつけられない子供のように本気で慌てている。
「男ならこれくらい我慢しな」
フラウは笑いながら更にお湯の出を強くして、わざと顔にかける。
「わー!!」
「フラウ! カペラがびっくりしてるだろ!」
テイトが怒り出すと、
「これくらいでかぁ? 情けないぜ」
「ミカゲ! 行け!」
「ピャーッ!」
「うわっ! いででで!」
テイトの号令でミカゲがフラウの腕に食らいつく。カペラの仇をとっているのだった。
「分かったよ、ったく冗談も通じねぇな」
「お前のは冗談じゃなくイジメだ!」
「そうだよ! フラウ兄ちゃん、マジで死ぬかと思ったじゃないかっ」
カペラも口をへの字にして怒っている。
「はいはい。分かりました分かりました。もうしませーん」
「いい年して大人げないやつ!」
「お前はどこから見ても子供だけどな」
「バカフラウ!」
「なんだと、このクソガキ」
とにかく慌しい。せっかくのバスタイムも毎回こうなのだ。お風呂の中で大運動が行われているようで大幅に体力をつかう。
「あっつーい!」
フラウがシャワーを浴びている間にたっぷりと湯船につかったカペラは顔を真っ赤にして「もうあがる!」と言い出し、一人抜け出してしまった。
「のぼせちまったか!? 一人で着替えられるな!?」
「もちろんだよ! ボクもう自分で出来るもん!」
「髪も乾かすんだぞ!」
「分かってるっ!」
「心配だな。ミカゲ、ついてってやってくれ!」
「ピャッ!」
テイトは母親のようにカペラの面倒をよく見ている。奴隷だった頃の自分に重ね、カペラには寂しい思いをさせたくないと一生懸命だ。ミカゲもフュールングと呼ばれるドラゴンの子供でありながら、とても利口でテイトの片腕とばかりに役に立つ。主にフラウへの仕返し方面ではあるが、カペラが着替えのときに袖を通せずにいると服を引っ張って手伝うようにまでなった。何かあれば飛んできてテイトに知らせる。ペットというより大事な家族の一員である。
そんなカペラとミカゲがいなくなったバスルームで、タブに深く浸りながら、
「ふぅ」
やれやれとテイトがぐったりとしてため息をつく。
「なんだ? お手上げか?」
フラウがシャワーの蛇口をひねってお湯を止めると、ザブンと湯船に入り込み、テイトと向かい合う形で長い脚を伸ばしてリラックスした。
「ううん、楽しいよ。すっごく楽しい。夢みたいだ」
「……だろうな」
「気休めにしかならないのは分かる。こんなに楽しい時間も今だけだってのは分かってるけど」
「お? どうした? やけにしんみりして」
「べ、べつに……」
「大丈夫だよ。これからどんなことがあろうとも、ミカゲがそばにいるだろ」
「うん」
「元気出せ」
つかの間の幸福。どれだけたくさん笑っても喜びを感じても、それらは指の間から滑り落ちる砂のように儚い。
「フラウ……」
「ん?」
「お前もそばにいてくれるんだろ」
「……」
「そばにいるだろ」
「それは……まぁ……」
「そばにいろ」
「強制か」
「当たり前だ!」
「あのなぁ、俺は何のためにここにいると思ってるんだ」
「……ッ」
「そばにいるっての」
首輪の関係で離れられないから?
フェアローレンをおびき寄せるためのエサだから?
「ひねくれるな」
「!」
心を読まれた?
「顔に出てる。でっかく書かれてる」
「えっ」
思わずザイフォンでも出してしまったのかと勘違いをしてしまうほど焦るテイトだった。
「お、オレ先にあが……るッ、うわっ!」
含羞に耐えられずテイトが早業で湯船から出ようとするのをフラウが遮る。大きな手のひらがテイトの細腕をつかみ、一瞬で元の位置に戻す……どころか、
「あ、あ……ばか……!」
フラウの腕の中だ。むしろ胸に、抱かれている。
「お、おい……」
「離さねぇよ」
「!!」
「お前が嫌だっつってもな」
「ちょ、フラウ……」
「いいから、黙って聞け」
「……」
「何度も言ってるだろ。お前はオレの唯一の光だって。お前がここにこうしているのも運命だ。何があってもオレはお前を守る。その為にオレが居る」
「だ、だから恥ずかしいって、そういうの」
「ただかっこつけて言うだけの飾り言葉なら、言ってる俺のほうが恥ずかしいさ。だが、真面目な話なんだ」
「フラウ……」
「オレのほうがお前のこと好きなのかもしれないぜ?」
「えーッ!? フ、フラ……頭おかし……!?」
「なーんてな」
「は? 真面目な話じゃなかったのかよ!」
「真面目だ」
「……」
「真面目だよ、オレは」
「あ……」
フラウがテイトを抱きしめた。さすがにまずいと思った。この状態で躯を密着させるなど、頭の中でよくないことばかりが浮かんでは消える。
シャワーを浴びているフラウの一挙一動を横目で見つめて照れていた自分。とても追いつきそうにないと思える大人の色香を醸し出す破天荒な司教は、誰に対しても色仕掛けをするのかというくらい”おかしな”気持ちにさせるのだ。つまり、妙に意識してしまう……見蕩れてしまうという危険な罠にはまる。
「何もしねぇよ」
「えっ」
「しねぇから、このままでいろ。つうか、細いな、相変わらず」
「余計なことを!」
「抱き心地悪いだろ」
「な! だったら触るなよ!」
「あぁ? お前が触ってほしいって顔してるからじゃねぇか」
「な、なんだと!?」
バレている。
テイトは焦った。
「いいよっ! お前は女のトコにでも行きゃいいだろ!」
「遊びで女抱くのは卒業」
「はぁ!?」
「聖職者だから」
「ちょ、こんなことして何が聖職者!」
「こんなこと?」
「いやらしいくせに!」
「何もしてないぜー?」
「え、これのどこが……」
耳にくちびるを当ててささやき、両手はテイトの胸と下腹を撫でている。
「オレにとってはまだまだなんだけどなァ」
「そんなバカな! これじゃあせっかく風呂に入ってるのに全然ゆっくり出来ねぇ!」
テイトが叫ぶ。
カペラとミカゲの世話をしたあとにフラウにちょっかいを出されては、心休まる時間がないというもの。
「……だな。可哀相だからやめるか」
フラウは手を離してトンと背中を押す。
「!! ちょ、なんで!?」
「あぁ?」
中途半端に放り出されるのも実は納得がいかない。
「い、いや、なんでも……」
だが、この先を催促することも出来るはずはなく。
「オレは先にあがるぜ。お前はのんびりしてな」
フラウはバスタブから出ると、テイトの頭を撫で、そしてひらひらと手を振りながら出て行こうとした。
「えっ!!」
思い切り不満そうな声を上げてしまい、フラウに怪訝な顔をされる。
「なんだよ、文句あるのか。気遣ってやってるんだぜー?」
「そんなカッコで言われても、目のやり場に困る! あああ、何でもない! 今のは取り消し!」
本当はもう少しだけ一緒に入っていてもいいのだが、それも言えずに違うことを思わず声に出してしまい、我に返るテイトだった。
時すでに遅し。
「目のやり場……ねぇ」
ニヤニヤしはじめるフラウだが、
「いいぜー? いつでも貸すから」
「なにをっ!?」
「オレのカ・ラ・ダ」
「意味が分からねぇ!!」
「なんだよ今更。相手してやるっつうの」
「相手……」
テイトの顔が一気に赤くなる。
「お前……こういう話題、ホントにかわせないんだな。もっとノリツッコミで明るくサラリと流さねぇとオトナにはなれないぜ?」
「だ、だって……そんなカッコで目の前にいられたら……」
「あー、そうか、オトナのオトコにも免疫ないわけだ」
「だから困るんだって」
「困るって言われてもね」
「マジで」
テイトは首まで真っ赤にしてオロオロしている。が、それはのぼせてきたのか本気で照れて上気してしまっているのか区別がつかない。
「まぁ、いいや。オレは退散するから。あとで来いよ。って、テイト!?」
テイトが溺れている。
湯船の中に沈み始めてしまった。
「おい! お前、泳ぎ得意だろ!」
そういう問題ではなかった。
「め、めまいが……頭が、くらくらす、る……」
「ったく、しようがねぇな」
フラウはテイトを抱き上げると、びしょぬれのまま脱衣所まで連れ出した。タオルでくるみ、ベッドまで運ぶ。
「あれっ! テイト兄ちゃんどうしたの!?」
ミカゲと遊んでいたカペラが驚いて駆け寄ると、
「のぼせたみたいだな」
「えーっ!」
「長風呂だったからな。今日はカペラは一人で眠れるか?」
いつもは一つのベッドにテイトとカペラが一緒に寝ている。だが、今はテイトをゆっくり休ませたい。
「うん! ボクは大丈夫! でもトイレは……」
「そんときゃオレがついてってやるから」
「ホント!? 約束だよ!」
フラウのベッドに寝かせられたテイトは、朦朧としたままそのやりとりを見ていたが、それならフラウは何処で眠るのだろうと不思議に思っていた。
「フラウ……」
「どうした? 平気か? 今、水を持ってきてやる」
「お前、どこで寝る……んだ?」
「オレのことは心配すんな」
「出掛け……ないよ、な?」
フラウがギクリ、とした。本音としては夜は狩りに出たい。右腕がうずき、熱を帯びている。
「ああ、大丈夫だ。そばにいるから」
今だけは……。
とは言わずに、フラウはテイトに水を持ってきた。そしてカペラに向かい、
「カペラ、寝る前はちゃんとトイレに行ってこなきゃな」
「うん! 今だったら一人で行ける!」
カペラは走ってトイレに向かった。とても素直でいい子なのだ。
が、それに対してこの二人といえば。
「水」
フラウがコップに注いだ水を自分で飲み、そして、テイトの頭を少しだけ動かすと、
「……ッ」
口移しでテイトの乾いた喉に流し込んだ。
「もっと欲しいか?」
テイトがうなずく。
フラウはコップを手に取るが、テイトがそれを阻止するように首を横に振った。
「なんだよ」
何も言わずにくちびるだけでフラウを誘う。
「これか」
フラウはテイトに覆いかぶさると、噛み付くようなキスをした。二、三度角度を変えてテイトの口を吸い、
「こういう誘い方が出来るなんて、上等じゃねぇか」
フラウが笑う。
「だって、のぼせてるから」
「なんだよ、それ」
カペラが戻ってくるまで時間がない。
会話をするのももどかしく思いながら再びくちびるを合わせると、舌を絡ませた。もっとも、フラウが一方的にテイトの咥内を貪り、テイトはいっぱいいっぱいになってそれを受け入れる。当然、息が荒くなるのはテイトで、気持ちにも躯にも余裕がなくなってくる。
「一人で行けたよー!」
カペラが元気に戻ってくると、そのときの二人は何事もなかったかのように離れていて、
「よし、じゃあ、もう寝ないとな。明日も忙しいぞ!」
フラウがカペラのベッドで枕を整えていた。
「あい!!」
カペラはミカゲと共にジャンプをしながらベッドにあがる。大きな目がキラキラと輝いて、まっさらな魂はフラウにとっても愛すべき存在だった。
その純真無垢な笑顔を見せるカペラも、ベッドにもぐると3秒後には寝息を立てる。また朝になれば清々しい目でおはようと満面の笑みを見せるのだ。それがフラウとテイトの楽しみでもある。
もちろん、カペラがトイレから戻って寝るまでの間、テイトはブランケットの中に隠れていた。激しいキスをされて何事もなかったように振る舞えるのはフラウだけで、テイトの顔は更に真っ赤になっていた。
「おまえ、大丈夫か?」
フラウが声をかけると、テイトは目だけを出して、
「むり」
と答えた。
「……何が無理だ」
「おやすみ」
「ってお前!」
ブランケットをかぶり、テイトは身動きしなくなった。
「あ、外出禁止だからな」
一瞬だけ顔を出して言うと、まだブランケットを頭からかぶる。
「それは出来そうにない」
フラウがぼそりと言うと、
「オレの具合が悪くなったらどうする。のぼせたのはフラウのせいなんだぞ」
もごもごと声が聞こえるのを、フラウは空耳だと思うようにして窓際に近づいた。窓を開けて外に出ようとするのを、テイトが声を上げる。
「だめだっつってんだろ! だからオレの……」
「……」
「オレの……」
「ん? その先」
「看病しろよ」
「はいはい」
「この不良司教が」
「その通りです」

このあと、看病するどころかテイトの体調をますます悪化させてしまったのは誰のせいなのか、翌日になっても言い合いする二人だった。
テイトの躯じゅうにキスマークを残してしまったことも喧嘩の原因である。


fin