「い、いたっ、痛ぁッ!!」
闇の中に、テイトの悲痛な声が響く。窓から差し込むわずかな月の光が絡み合う対照的な二つの躯を照らしている。テイトの小さな体躯を捺すようにして支えているのはフラウで、その冷たい皮膚は月を欲するように夜に溶けてテイトを覆いつくしていた。 最初のゴーストハウスであるハウゼン家で一つめの呪いの切符を手に入れたテイト、そしてフラウ、カペラの三人は、第五区の外れで慌しい旅を続けている。フラウの顔の広さで宿はどうにかなっているが、ほんの少し立ち寄るつもりでついつい長居をしながら、人の温かさに触れるたくさんの出来事に遇った。テイトはそこで学んだ多くのことを頭と心と躯で精一杯吸収し、知らないことが自分のものになっていく喜びを素直に受け止めた。 そうして今回借りている部屋は、安普請ではあるがリネンの手入れが行き届いていて、いつも心地よい眠りを誘う。幸せだった。特にカペラは母親と貧相な暮らしをしていて、仕舞いには奴隷として売られた身である。幼いながらも物事をよく弁えていて、賢く、よく働き、テイトに負けず劣らずさまざまなことを覚えて一日を終えると、疲れ果てて瞬く間に眠りに落ちる。この日も、テイトとフラウ、そしてカペラの3人でお風呂に入ったあと、夜が更けぬうちにカペラを先に寝かせ、テイトがフラウのベッドに潜り込んだのだった。 暗黙の了解で始まった行為。 キスと愛撫、睦言、どれもいまだテイトには慣れないものだったが、フラウが導いてくれるから、それを黙って受け止めていればよかった。しかし、いざ躯を繋げる場面になって震えながらもフラウを中に迎えようとした瞬間、いつもと同じ劇痛がテイトを襲った。 「ああッ!!」 「静かにしねぇとカペラが起きる」 冷たく言い放つのはフラウ。 「あッ、ぁ、ぁ……!」 「暴れるなって。力抜け」 もはやテイトの耳にはフラウの忠言など耳に入ってこない。華奢な躯は、烈しい痛みに苛まれ、どこまで続くのか分からない苦痛に呻くことしか出来ないのだ。 「そりゃ、平気なわけねぇのは分かるが」 フラウが少しずつテイトの中に自身を進めて、中の熱さを直に感じ取って更にその狭い領域を犯すと、テイトは力いっぱい歯を食いしばり、 「が……がまんっ、が、まん……だ」 自分自身に言い聞かせて、息も言葉も切らしながら痛みに堪えても、そのあまりの痛覚に涙を零すのは我慢することが出来なかった。 「ひ……ッ」 戦闘用奴隷として幼い頃から苛刻な訓練と酷い仕打ちを受けてきたテイトでも、この営みにはそれとは違う苦痛が刻まれる。 「こりゃ、無理かな」 フラウがやめようとすると、 「だ、誰がやめろって言ったよ!」 涙に濡れた大きな目をまっすぐフラウに向けて強気に出る。 「殺しちゃいそうで」 冗談交じりに言うと、 「酷くされるのは、慣れてる。ただ、フラウのは……すごい、から、だから……っ」 テイトはその続きを口にするのをやめた。 「あぁ? どういう意味だ」 「な、なんでも……」 「口じゃあ言えねぇことか?」 「……っ」 真っ赤になったテイトを揶揄し、これ以上無理は出来ないと判断したフラウは、躯を離そうとした。 「イヤだッ!」 痛くても、やめてほしくはない。本当に嫌なら最初からこんなことしないのに、とテイトはやっとの思いで呟く。 「くそっ」 フラウが自棄になり、そして苦笑した。 テイトの華奢な躯にどれだけの負担がかかっているのか、この有様を見れば分かる。しかし、始めにこの行為の先手を切ったのはテイトで、抱かれることを望んだのは、フラウの下で痛い痛いと泣き叫んでいるテイト本人なのである。 今までもフラウは幾度となくテイトを抱いてきたが、それらすべてはテイトが望んだことであった。もちろん、フラウ自身も合意の上で、テイトを前にして抱かずにはいられない衝動がいつも心底には存在したし、そこにある感情は特別で、フラウが人間らしさを保っていられる所以でもあったのだ。 「だったら、限界まで我慢するんだな」 フラウが肉薄し、そのまま続けた。 「あ、ぁ……ッ」 テイトは細い顎を反らして両手でシーツを握り締める。迫る痛みをどうにか逃そうと試みるが、こればかりはどうすることも出来なかった。息を吐け、躯に力を入れるな、腰を上げろ、それらの台詞は散々言い尽くし出来るだけのことはやったが、いつまで経ってもフラウを受け入れるのは慣れない。 これでもフラウは百戦錬磨である。かなり経験豊富で、女性に関しては知悉で性的に悦ばせるのはお手の物だが、テイト相手では体格差がありすぎたし、フラウの凶器にも似た雄の印はテイトの躯には合わなかった。女性は男性を受け入れることが出来るが、テイトは少年である。もともとそういう作りには出来ていない。 「まだ半分も挿れちゃいないんだぜ」 実況中継など趣味の悪いことをするつもりはなかったが、念のために言っておくと、 「そんなの全部入るわけないっ」 テイトは必死になって否定した。 「……」 フラウは何も言えなかった。まったくその通りだと肯定したくても、痛みに堪えているテイトが可哀相に思えて苦汁を嘗める心境である。 「で、でもやめちゃ駄目」 テイトが細い脚をフラウに絡ませた。 「おまえ。一丁前にこういうことはするんだな」 「だって!」 「もう泣いてもやめねぇぞ」 「泣いてねぇよっ」 「じゃあ、コレはなんだ」 目じりを塗らしている真珠のような涙をすくうと、 「嬉し泣きだろっ」 テイトの口から意外な言葉が出てきた。 「は?」 「いいから!」 痛いと泣いているのに、テイトがフラウを欲している。 「ったく。俺のほうがどうにかなっちまいそうだぜ」 舌打ちするも、始めフラウが後背位を執ればイヤイヤをして正常位をせがみ、あまりの苦痛の表情にやめようとすれば激しく催促をする。どちらにせよ、テイトが好きな体勢を望めば言うとおりにしたが、痛がっている相手を手篭めにするやり方は好きではなかった。泣かれて更に泣き顔を眺めるのは趣味ではない。だが、テイトは抱かれるという行為を素直に喜ぶ。苦痛に埋もれて震えているくせに、これでも彼は幸せをかみしめているのだった。 小さなときの記憶がなく、戦闘用奴隷として扱われていた頃は愛情というものを全く知らず、人の温もりや情の厚さなど、他人と触れ合うことを知らなかったせいで、テイトはたとえそれが性行為であっても、最初のほうこそ抵抗はあったものの、フラウの想いを知ってからは次第に心地よささえ感じるようになった。 テイトは人に抱かれること、そして、そこから生まれる安堵を覚えてしまった。それを与えたのがフラウだから尚更その意味の広さが身に染みた。彼は厚くテイトを包み込み、盾となり守った。まず躯が大きいこともテイトを十分に魅了する原因の一つとなっている。普段からフラウの胸板や腕の太さ、鍛え抜かれた腹の筋肉、どれをとってもテイトには羨望と憧憬の一言に尽き、その大きな手で触れられると、すべての不安が払拭されてしまう。だから、たった一瞬の安寧であろうとも、それを欲してしまうのは、幼いテイトには当然のことなのかもしれない。 そしてフラウは、そんなテイトの弱みにつけこんだわけではないが、彼を守らなければならない理由があったし、彼自身、そうしたいと思った。フラウにペドフィリア嗜好はなかったが、腕の中に小さくも美しい少年を抱くことは、本来彼が持つ慈誨の念を満たすことでもあった。 「フラウ! フラウ……!」 うわごとのように彼の名を呼ぶのは、最中のテイトの癖になってしまった。 「ここにいる」 テイトの肩をつかみ、空いている左手をテイトの右手に絡ませる。重なった指に次第に力が入り、浅めに嵌めたまま、すこしだけ律を早めると、テイトはわずかに焦りを見せる。フラウがテイトの性感帯を中から刺激しているから、否応なしに反応してしまうのだ。 「あ……だめ……」 普段は生意気な言葉を吐き出すくちびるが、しどけなく開かれて淡い色の舌を覗かせている。緑色の瞳が濡れて、子供のくせにひどく煽情的だった。年端もいかぬ少年が大の男をここまで惑わせるとは、将来が実に不安で仕方がない。テクニックで女を泣かせるくらい立派に成長すればいいが、ヒモか或いは躯を売る男娼にでもならないかと心配になる。テイトならば高く売れるし客もつくだろう。と、ここまで考えてフラウは、自分のほうがテイトに溺れてしまっているのではないかと苦い思いに駆られ、呆れるのだった。 テイトには、人には想像も出来ないような未来が待っている。こうして自分から躯を開くのも今だけ。ならば、精一杯愛してやりたい。彼の世界が満たされるまで、そばにいてやろう。 白く細い肢体を組み敷いたまま、すべてをさらけだしている少年への募る愛しさに焦がれながら、そう誓う。 やがて、フラウが先に快楽の砦に達し、欲望のすべてをテイトの奥に注ぎ込む。そしてフラウの手を借りながら、やや遅れてテイトが自らの腹の上に欲情の証を落としてゆく。 幼さを残した躯は、まだ情事には向かないというふうに快感に慣れないテイトは、射精の瞬間、反射的に一度大きく腰を揺らして、そのまま気を失ってしまうのだった。 後処理のときは息をしているのか確かめなければならないほど儚いのに、抱いたあとは必ず眠りながらフラウの名前を呼ぶ。 呼ばれるならば、世界の果て、夢の果てまでもついていこう。 そう呟いて、フラウは両の手でテイトの魂にくちづけをする。 遠くても、見えない未来でも立ち止まらず共にゆこう。それがどんなに辛く寂しいところでも、決して揺らぐことのない想いと絆が、二人にはあるから。 と、そんなふうに一人誓いを新たにするのもいいが、テイトが気を失ってしまってからの後処理と、隣のベッドでぐっすり眠っているカペラに毛布をかけなおしてやらなければならない現実が待っていた。 「いいさ。もしかしたら今が一番しあわせなのかもしれねぇな」 フラウの笑みは、柔らかく、温かかった。この表情を、カストルやラブラドールが見たらなんと言うだろう。 |
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