Hazy Moon
 外は雪が舞う季節、夜半に月が雲に隠れて闇を一層昏く染める時間帯、惜しみなく部屋を暖かくし、明かりをフロアライトの柔らかい間接照明だけに絞った、その寝室のベッドの上で、コナツは金色の髪を枕に乱しながら、
「あ、だめ、イキそう」
 もともと男にしては高めの声質だが、更に鈴の音のような可愛らしい声で呟き、顎を反らして首を振りながら射精衝動を堪えていた。
 その間ヒュウガは無言だったが、これで三度目の体位替えを済ませ、今は正常位でコナツの両脚を揃えて掲げ、浅い抽送を繰り返し、しっとりと汗ばんだコナツの躰を満足そうに見つめていた。
「どうし、よう、あ、ああ……」
 こういう時のコナツは決まって怯えた言動をとる。ヒュウガは「イッてもいい」と目で伝えるが、コナツはまた首を振って逆らうようにくちびるを噛むのだ。そして、
(ああ、また私ばかり)
 コナツは顔を顰めながら心の中で呟いた。
 自分がこれほど敏感だとはヒュウガに抱かれるまでは知らなかったし、どちらかというと性欲も淡泊な方だと思っていた。当然、最初の頃は右も左も分からず、何をされているか理解出来ないこともあって、挿入されている時は痛みの余り尋常ではいられなかった。ほぼ叫んでばかりで、すぐに失神するという色気のない失態をさらしていたのも過去現在を含めて数えきれないほどある。ヒュウガは物理的にコナツへの負担を軽くすることは出来なかった。挿入さえしなければ苦痛は免れたが、時々は躰を繋げる行為を望み、それが頻繁になるとますますコナツは激痛に悶え苦しんでヒュウガの下で泣き叫ぶ日々が続いていた。或る日、
「慣れないね」
 と言ったヒュウガの一言がコナツを酷く落胆させたが、ヒュウガはそれを自分のせいだとしてコナツには必要以上に気を遣っていた。しかし潤滑油などの薬に頼っても中々うまくいかず、ヒュウガはコナツを性欲の対象にしてはならないと強く感じていたこともある。
 それが、確かに今でも痛みはあるが、時間が経って慣れてくると快感を感じるようになり、性器を弄らずとも尻に挿入されただけで射精することが可能になった。その喜ばしい成長をコナツは安堵感と共に受け入れていたが、今度はヒュウガの冷静さが目につくようになった。つまり、いつでも何処でも慌ただしくしているのは自分だけで、目の前の上司は至って平常心を崩さずにいるのだ。声を出すのも自分だけ、痛いと泣くのも、イイと悶えるのも、イキそうだと叫ぶのも自分だけだと気付いた。
(もしかして、うるさい?)
 そう気にするようになってしまったし、みっともない姿を晒して赤っ恥をかいていることも猛省しているが、こればかりはどうしようもないと最近では諦めていて、最初の頃のように一々ヒュウガに訊ねることも少なくなった。一度「うるさいですか?」と訊いたら「全然」という答えが返ってきたことがある。ヒュウガはいつも「コナツは抱いている時もおとなしい」と言うが、それは上司が部下に気を遣って嘘をついていてくれているのだと思っていた。
 しかし、今はタイミングが中々合わないことが気になりだした。タイミングとは射精の瞬間である。何もわざわざ同時にしなくてもいいのに、コナツは女のようにそれを気にした。同時がいいというより、いつも自分が先なのが嫌だった。
「あの……少佐……」
 息荒く呼吸が整わない状態のまま、コナツは耐えきれずにヒュウガに声をかけた。
「ん?」
「私の躰では……イケませんか」
「……ッ、……は?」
「リードする立場とされる側がこんなに違うのかって……」
「え、何の話?」
「……少佐が……静かなので」
「あ、ああ……?」
 何を言われているのか分からないといったヒュウガも、暫く考え込んだあと、
「オレが気持ちいいんだかよくないんだか分からないって言いたい?」
 ほんの少し笑って、コナツが言いたそうにしていることをしっかりと口に出した。
「はい」
「そっか、そう見えるのか、オレ」
「……はい」
「別に無反応なわけじゃなくて……だからといってオラオラ言うのも嫌だし、逆にオレがアンアン言ってたらおかしいし」
「それはそうですが」
 ヒュウガは前戯の時に睦言を呟いたり、扇情的な言葉を呟く以外はほとんど喋らなかったし、挿入してからは躰を動かしている割りには随分と静かだった。そうなるとコナツにしてみれば退屈なのか、飽きたのか、どちらかにしか思えない。ましてヒュウガは飽きっぽく、興味がなくなると途端に冷めてしまう性格をしている。途中で「やーめた」と言われて放り出されてもおかしくないと思っている。コナツはあまりいいことを言われないだろうと最初から落ち込みながら様子を窺ったが、やはりヒュウガの冷静沈着な態度が気になるのだった。
「ごめん、そんなこと考えてるとは思わなかった」
「いえ、すみません、私、どうしたらいいのか分からなくて。でもこれ以上声を出したらうるさいって怒られそうですし、もっと体位を替えて下さいって言う勇気もなくて……騎乗位は出来そうもないし」
「いいよ、必要ない」
「……」
 そんなにつまらなそうな顔をしないで欲しいとコナツは泣きたくなった。自分にテクニックがないのが悔しくて、これほどまでに抱かれ上手になりたいと渇望したことはない。もっと脚を絡めたり、締め付けたり、いやらしいことを言ってみたり、他にも受け身なりに出来ることはあるはずだと想像してみるが、どれも自分には似合わないとますます控え目になってしまう。そんなふうにコナツは女々しさに駆られていると、ヒュウガが意を決したように動きを止め、ゆっくりと男性自身を引き抜いた。
「あ、どうして……!」
 ここでやめるのか、途中で放棄するのかと絶望的になりかけたとき、
「っていうか、白状するよ」
 ヒュウガがゆっくりと呟いた。
「えっ?」
「オレね、黙ってたけど、もう既に2回イッてるの。あ、さっきので3回目」
「……え?」
「もう出してんの」
「はい?」
「だから、3回もイッちゃってるわけ」
「……」
 コナツはあんぐりと口を開けた。
「言わないでてごめんね」
「え、ちょっと待って下さい、どういう……」
 そんな素振りもなかったし、しっかりとゴムは着けている。3回もイケばゴムを取り換えたり何らかのアクションが必要なのに、そんな様子もなかった。
「ほら、見て?」
 ヒュウガがゴムを外して中にたまった精液を見せる。
「!!」
 本当だった。
「最初は四つん這いのバック、2回目は途中で膝の上に乗せて後ろからやったでしょ? その時にゴムも取り換えてるんだ。お前は意識朦朧としてから分からなかったかな? 3回目はたった今、お前が自分の躰じゃイケないですかって変なこと聞くからゾクゾクしちゃった」
「ぜ、全然気付かな……」
 少なからずショックを受けてコナツはまだあんぐりと口を開けていた。
「あはは。そこのゴミ箱漁ってみる?」
「えええっ」
「さーて、もう1回着けようね」
 そうしてベッドヘッドから四つ目のコンドームを素早く取り出し、慣れた手つきで封を切ってあっという間に装着してしまう。だが、
「やっぱナマでやろうっと」
「!!」
 ヒュウガは着けたばかりのコンドームを外し、ポイとその辺に捨てる。
「中、綺麗にしてきたもんね、終わったらすぐに洗うから、ナマでやってもいいかな」
「……っ」
 コナツは顔を真っ赤にして視線を逸らした。
「なんで恥ずかしがるのさ」
「い、いいえ……3回も出した割りには回復力が尋常ではないので」
「お前に言われたくないよ」
「わ、私は普通です」
「いやいや、若さには勝てないからねー」
「でも、どうして最中に仰って下さらなかったんです。しかも素知らぬ振りをして……ずるいじゃないですか」
 コナツが不服そうに文句を言うと、
「あー、そうだね、どのくらいイケるのかって実験しようと思ってたから」
「は?」
「お前相手だと、どのくらいイケるのか知りたくなったんだ。まぁ、大体想像はつくけど、実際に記録作るのもいいかなって」
「な、何ですか、それは! 私を実験体にするなんて」
 コナツは目を剥いていた。
「いやぁ、実験とか言うと何か変だけど、利用するとか悪い意味じゃなくて、やっぱり相性がいいって確信したわけで……」
「しかも無表情で無言で勝手に一人で気持ちよくなってるなんて」
「うん、実はめちゃくちゃ気持よくて、こっちが気を失いそうだった」
「ちっとも良さそうには見えませんでしたが!? じゃあ、少佐はつまらなそうで私だけがいいと思っていたのは違うんですか」
「ん? お前よりオレの方が気持ちいいかもねー」
「ええええっ」
「だけどお前、凄い我慢してたみたいだね。何回くらい耐えた?」
「……出ちゃうって思って堪えたのは3回でした。しかも、1回目と2回目は少佐が体位を替える時のタイミングだったので……今考えると殆ど同時期ですね」
「やっぱりー?」
「やっぱりじゃありません、せめてちゃんと教えて下さい」
「今度からそうする」
「許しがたい事実ですよっ」
 コナツは頬を膨らませていたが、ヒュウガが面白くなさそうだったというのはコナツの勝手な勘違いで、実際はとんでもないことになっていたのだから嬉しいような複雑な心情になっている。
「でもねぇ、オレは自分でも思うんだけど……ここまで来ると病気かと思うね」
「は!?」
「あ、性病じゃないよ」
 ヒュウガは笑いながら答えたが、確かに回復力は普通だと思えないし、満足しているはずなのに行為を続けたくなるし、こんなふうに性欲に収拾がつかなくなるのは初めてのことなのだ。コナツが好きだからと言えば済む問題ではない……と密かに悩んでいるものの、
「よく分かりませんが……私……あの……」
 コナツが言いにくそうに言葉を濁していると、
「ああ、お前はまだイッてないもんね、終わりじゃないから安心して」
「大丈夫ですか?」
「オレの心配してくれるの? だよね、色んな意味で大丈夫かって話だよね」
「……もう何でもいいです」
「あはは」
 そう言って笑っていても、中断していた時間が嘘のようにくちづけも濃厚で、コナツはすぐに濡れた声を出し始めた。
「お前の声がまずいんじゃないか?」
「……ぇ?」
「いや、何でもない」
 違う、肌の色か肌の質か、髪の色か目の色か……とヒュウガは今更ながら原因を探ろうとしていた。考え事をしていても愛撫に手を抜いたりしないし、逆に絶妙になるからまたしてもコナツばかりが喘いで悶え、一人でトチ狂ったようになっている。
「悔しい……で、も、もう黙ってはイカせ……ませ、ん」
 まるで宣戦布告のように言うと、
「分かってるよ、もう内緒にしないから」
 ヒュウガがあやすように呟く。そんなことを言われただけでコナツは限界を迎えてしまう。
「ああ、ああ、やっぱりもたない……、我慢できな……っ」
「いいよ、ほら、イッて」
 ヒュウガに促されたものの、コナツはキッと睨み返し、
「あなたも道連れです」
 きゅう、と締め付けたまま自分から腰を動かして裏筋にこれでもかと刺激を与え、直腸で亀頭をみっちりと包み込んだ。
「コナツ! う……ッ、あ……!」
 ヒュウガが意図せずガクリと上体を倒し、コナツに覆いかぶさった。そして躰を密着させたままコナツはヒュッと息を吸い込んでビクビクと痙攣しながら達したのだった。若い性器から白い液体が大量に飛び散ったが、それは互いの腹や胸を濡らしただけで、コナツはヒュウガも達したことをはっきりと確信すると、
「あぁ……やっぱり同時って……いい」
 などと朦朧としながら呟いていた。
「お前……オレはまだイキたくなかったのに」
「駄目です、許しません」
「誰も内緒でイクとは言ってないよ、ただ、もっと後が良かっただけなのに」
 強引にイカされたことで納得出来ない様子だったが、コナツは頑として意思を曲げるつもりも意見を聞くつもりもなかった。
「また続ければいいじゃないですか」
「あのね……お前はこれで1回目かもしれないけど、オレ、もう4回目よ? そろそろ勃たなくなるって」
「ふふっ」
 コナツが笑っていた。
「え、何で笑われてるの、オレ」
「EDですか?」
「!!」
 ここにきてそんなふうに揶揄されるとは思っておらず、さすがのヒュウガも言葉に詰まって目を丸くしてコナツを見つめていた。
「少佐がそれだけなんて」
「ちょ、ED呼ばわりされる筋合いはないけど。むしろオレの方がまだイケるし」
「え、怖い」
「どっちなの!」
「ほんと、もう病気ですね」
「他人事だと思ってー」
 ヒュウガがうんざりとしていると、
「いいえ、私もですよ」
 コナツがにっこりと微笑んだ。コナツが笑うと可愛い……のは分かっていたが、普段仕事中は鬼のように怒っていることが多いため、笑うとまるで女神が微笑んでいるようにしか見えなくなる。いや、天使だ、奇跡だ……とヒュウガもパニックになるほどだ。
「……じゃあ、当然まだやれるよね?」
「どうぞ?」
 誘うように答えたコナツは女神や天使というよりも小悪魔に近いほどの魅力があったが、ヒュウガはもうほとんど性欲盛んな獰猛な肉食動物のようになっている。喰い尽くす勢いで再びコナツのくちびるに噛みついた。
「あ、激し……ッ」
「まぁ、これからが本番だから」
「!」
 コナツが思わずぶるっと震えてしまったのは恐怖感からなのか、狂喜のあまりに反応してしまったものか自分でもよく分からなくなっていたが、めちゃくちゃにされたいと思ったのは確かである。もちろん、そんなことは言わずともヒュウガが叶えてくれるだろう。だからコナツはヒュウガが好きなのだ。欲しいものを与えてくれる相手に惚れるのは、男も女も変わりないようである。

 こうして今宵もまた、たっぷりと愛し合うのだ。