Be the One
「大丈夫? 痛い? 我慢出来ないなら言って」
 ベッドの中、コナツを組み敷いたままたっぷりと時間を掛けた性技のあとで、ゆっくりとひとつになろうとしている最中、ほんの少しでもコナツが顔を顰めるとヒュウガは動きをとめて早急に問う。
「う……っ」
 明らかな苦痛の表情は下半身に受けている衝撃のせいだ。
「ごめんね、痛いよね」
 いつもそう言われてコナツは首を振る。そのたびに普段はあれだけ身勝手なのに、どうしてこんな時に限って心配性になったり律儀になるのだろうと不思議に思う。昼間の遊惰な態度を照らし合わせれば、ベッドの上でも自分だけさっさと済ませてあとのことはどうでもいい……という扱いを受けてもおかしくないのに、ヒュウガは一切手を抜かないどころか、やたらとコナツを気遣い、予想を上回るほどの技巧を施す。まさにコナツはヒュウガの寵を受け、その熱さに自分自身の感情のコントロールも出来なくなって、毎回泣く羽目になるのだ。
「平気で、す」
 やっとの思いで呟いた言葉は真実ではなかったが、そう言わなければ自身を繕えなくなりそうで怖い。しかし、
「分かるよ、無理してるでしょ。だから……本当は……」
 ヒュウガには何一つ隠し通せることなどない。演技をしても見抜かれるし、言わなくても通じてしまう。今まで何度も気を失うほどの痛みに耐えてきたのだ。コナツが一番恐れているのは、「だから、本当は抱きたくない」と言われることで、あまりに慣れないコナツに対して、時折ヒュウガが苦笑いをしていることにも気づいていた。そろそろ「まだダメなの?」と呆れられるだろうと心の準備もしている。
「いいんです、私、何ともありません」
 言い終わったあとにくちびるを噛みしめて泣きそうな顔をしてしまうのも説得力に欠け、
「可哀想だなぁ」
 しまいには同情されてしまう。
 それでもコナツは、やはりひとつになる瞬間が一番好きだった。他の女性もそう思うのだろうかと疑問を抱いたこともあるが、欲しいものが手に入る喜びと直に躰に感じる相手の体温や圧迫感が心地よい。
「受け身の立場でなければ分からないこともあります」
 コナツは冷静に答えた。
「それを言われると答えようがないけど」
「私は、これが好きなんです」
「これって……痛いのが?」
「そうです」
「変わってるね。普通は嫌がるよ」
「他と比べないで下さい」
 きっぱりと言い切ったコナツは、少しだけ悲しそうな顔でヒュウガを見つめた。
「別に比べてないけど……でも、無理強いは嫌だし」
「……」
 今更何を言うか、というのがコナツの本音である。それならば平日まともに仕事をしてくれと訴えたい。何故こんな時だけ謙虚になるのか分からないし、大事にされているのは身に染みて感じるが、かなり慎重なのだ。
「まぁ、ここまで来てやめるわけにもいかないし、ちょっと我慢してね」
「あッ」
「ん、何だろうね、今日は……調子よくない? って、滑りが悪いのか」
 ヒュウガは結合部を見下ろして呟いた。
「もっと濡らそう。っていうか、我ながら……硬いな。これは痛いはずだ」
「?」
 ヒュウガは進みが悪いことや、コナツがやたらと痛がることでコナツを卑下するのではなく、逆に自嘲していた。己の昂ぶり具合に笑いがこみあげているのだった。
「オレ、興奮しすぎかな。何でこんなに張っちゃうんだろ」
 まだ笑っていてかなり余裕だが、実際はそうでもない。
「半勃ちくらいで入れられれば丁度いいんだろうけど、コナツにはそれが出来ないんだ。もうガンガン勃って……抑制出来なくてごめんね」
 ローションを手に取って手の中で温めながら繋がった部分に塗り付け、その濡れた手で今度はコナツの性器をおもむろに掴み、ゆっくりと扱き始めたのだからコナツは下腹部を震わせて叫んだ。
「やめて下さいっ!」
「ん? だってマッサージするにはいいかなって」
「要りませんっ、要らない! 要らない!!」
「えー、よく滑るのに……」
 ヒュウガにとっては扱きやすく、コナツにとっては湿った感覚がまるで口で犯されているようで、後ろを占領され、前にも強烈な刺激を受けるとヒュウガが二人居るような錯覚に陥り、二人がかりで犯されている気分になってしまう。ここまでくると発狂しそうだ。
「嫌ですっ! これじゃあ集中出来ないっ」
「集中? 何かよく分からないけど、じゃあ、また今度ね」
 執拗にはせず、ヒュウガは言う通りにやめると脚を抱え上げて自分の両肩に乗せ、コナツの右手を左手で掴み、空いた右手を伸ばしてコナツの肩を抑えると、
「一気にいこうか」
「ひ……!!」
 突然深くまで挿入した。
 コナツは反射的に仰け反ったが、本当はこれが欲しかったし、いつもの三浅一深や慎重な九浅一深よりは、たまに酷く激しいのもいいと思った。特にヒュウガの激しさは表現のしようがないのだ。ほぼ狂気に近く、容赦がない。これが男の真の姿だと思わずにいられず、だからといって自分本位な進め方はしないし、必ずコナツ優先にするから癖になる。むしろコナツの快感の方が強いのではないかと思われた。
「辛い時は一気にやると、後からグンとよくなるよ」
 調子がいいから激しくするより不安な時に大胆なことをするのも一興で、有機感覚の違いが分かる。
「ああ……あ、あ……!」
 がっちりと抑え込まれて身動きがとれず、完全に支配されてしまったことでコナツは従順になり、ただヒュウガに任せることにした。そしてヒュウガは決して裏切らない。
「んー、ハンパない……。中、やばいな。何だろう、これ。コナツの躰って他と違う」
「!?」
 比べられるのは好きではないが、ヒュウガはコナツを様々な表現でベタ褒めするのだった。
「お前、絶対男と寝ちゃダメだからね? オレ以外はダメだよ? 女を抱くのはいいけど、男に抱かれるのはオレだけにしといて」
「そ、それは……」
「躰のバランスかなぁ。骨格が綺麗だから筋肉も綺麗なんだろうねぇ。こすればこするたびに精気ぜんぶ吸われそうな……。勝手に腰が動くっていうより、これね、動かさなくてもイケるってことは、女でも中々出来ないことだよ」
「何を……」
 ヒュウガの言っている意味がよく分からなかったが、ヒュウガが嬉しそうなことだけは確かで、それを知ったコナツは、ヒュウガにもっと喜んで貰いたくて、つい危険な一言を発してしまった。
「それなら、更に強く締め付けてみたい」
「は?」
「どうすれば……こう、こんな感じに?」
 コナツは先に脚に力を入れようとして、ヒュウガに駄目出しをされ、
「じゃあ……こう? こうすれば……」
 ぎこちない様子で尻に力を入れようとすると、
「ま、待ってコナツ、きつけりゃいいってもんじゃない、そうなるとオレが痛い」
 ヒュウガが慌てて訴えたが、
「……それでも……」
「えっ、ちょ……」
 コナツは括約筋に力を入れた。
「くっ、いつからそんなに意地悪な子になったの!」
「……」
 コナツは答えることなく更に力を加えていった。
「……ッ、やめなさい、コナツ。っていうか、こんな寸止めしたことないよ」
 まさに射精寸前だったのをギリギリのところで抑え、ヒュウガが大きく息を吐き、
「何だかオレが犯されている気分だ。しかし随分な仕打ちだねぇ。日頃の恨み?」
 にやりと笑ってコナツを見下ろす。もっともサングラスを外している状態では素顔がよく見えて、コナツはヒュウガの表情にゾクリと背を震わせた。
「あ……私は少佐にもっと気持ちよくなって欲しくて……」
「よくなるとかならないとか、そういう問題じゃない。半分しかない魂が昇天するところだったよ」
「えっ」
「さー、お前も気持ちよくしてあげようねぇ」
「……!」
 脇に手を入れて横腹を抱くようになぞりながら、続けて親指で淡い色の突起を刺激する。
「ほんと、いやらしい胸してるよね、男のくせに女みたいでさ、舐めたくなる形っての?」
「……うっ、あ、何す……る……」
「色々触るし弄くりまわすよ」
「……ア……」
 挿入したまま、よく一度に違う動作が出来るものだと驚かずにはいられない。対してコナツは喘ぐばかりでどうすることも出来ない。
「腰なんか動かさなくても気持ちいい。マジでやばい。でも勝手にオレの躰が動くのは本能なのかなー。ストップ掛けよとしても反応しちゃうー」
 ヒュウガはコナツの両手をとって、その腕をコナツ自身の腹の上でクロスさせた。
「うん、ベストショット。やっぱいやらしいな。あ、お手々はこのままじっとしててね?」
「?」
「で、奥まで突っ込んで……いい?」
「……はい」
 コナツが頷くと、
「じゃあ、遠慮なく」
 ヒュウガはその長い肉の棒を根本まで埋め込むようにして腰を入れていった。
「アッ!」
「どうしても途中で止まっちゃうんだけど……無理やり突破すれば……」
 内臓に傷がつくかもしれないという心配もあるが、ヒュウガは無言のままひたすら圧し続け、
「!! 苦しッ、痛ッ、あう! ア……」
 コナツは言われた通り、クロスさせた腕をそのままに手のひらで自らの下腹を抑えた。
「お腹が痛い?」
 ヒュウガの問いに、再びコナツは頷く。
「やめる?」
 次にコナツは首を振る。
「これだとイイところ突けないからね、気持ちよくないかな」
 ヒュウガが独り言のように呟いていると、
「いい、え……」
 コナツが声を振り絞った。
「イイわけないと思うけど」
「違う……犯されてる、から……」
「えー?」
「精神的にイイ」
 そう一言だけ言うと、
「ああ、そうか。でも、それって……」
 女の子のセリフなんだけどね、という言葉を飲み込んでヒュウガは出来るだけ奥へと進ませた。
「ぜんぶは無理だけど、ここまでなら今日はいいかな」
 満足げに動きを止め、そしてコナツの様子を見た。
「あ……、ァ、ア」
 わずかに震えていたが、暫く様子を見ていると歯の根も合わないほどの痙攣が始まったため、ヒュウガは一度躰を引き、ずっと一人で腹を押さえていたコナツの手の上からヒュウガが自分の大きな手を重ね、内臓の位置を戻すように動かし、
「刺激が強すぎたね。奥への挿入時間も長かったし……いつもと違う角度でやっちゃったからきつかったかな?」
 慰めるように声を掛けた。コナツは少し朦朧としていて答えることは出来なかったが、何度も首を振っていて、
「嫌になった……か、やめて欲しくなかったかのどっちかなんだろうけど、お前がオレとのセックスを拒むはずがないから、後者だよね」
 自信たっぷりに言い放つところが憎らしいが、実際にその通りでコナツは否定するはずもなく、
「失神……させて欲しくて……」
 ようやくはっきりと告げたが、
「何?」
 ヒュウガには意外な内容で思わず聞き返してしまったほどだ。
「このままイケば、きっと……」
「待ってよ。気を失ったら面白くないでしょ?」
「失神……好きです」
「ええ? 普通は異様に苦しくなって嫌だって言うじゃない……なんで好きなの? 精神的に気持ちいいの?」
「分かりません」
「もしかしてオレから痛めつけられるのが当たり前のことだと刷り込まれてるんじゃ……」
「それも分かりません」
「オレも分かんない。……から、ここからは普通にしようねぇ」
「?」
「優しくするよー」
「……はい」
 それからはコナツを丁寧に目指す場所へと導いた。体位替えで抱き上げる時も、首の座っていない赤子を抱くように両腕で包み込んでそっと動かし、コナツが何も言わずとも望んでいることを献身的に尽くし、コナツは、こんなに良い思いをするなら何度抱かれてもいいと望んでしまうほど特別な待遇を受けるのだった。状態によって後背位や上位が出来ない時はコナツが一番ラクな体位しかとらない。これほど気が利いてテクニックに優れているなら仕事もスムーズに出来るはずだと思うが、よく考えればヒュウガは仕事が出来ない上司ではなく、ただ仕事をしない上司なだけであった。コナツには、それが口惜しくもあり、この調子で昼間も熱心に仕事をしてくれたらどれだけいいかと思わずにはいられない。どうしても仕事に結びつけてしまうのは昼と夜の態度が余りに違いすぎるからだった。そして、夜のヒュウガは決して性欲が強いわけではなく、驚くほど自分を愛してくれ、大事にしてくれるという事実が明らかになっていき、昼間の態度を恨むことも忘れてしまうことに困惑し、上司に対してどういう態度をとればいいのか分からなくなるのだ。巧い応え方が見つからず、このままでいいのかと苦悩していくうち、こういった心情は”慣れない恋愛事情”として処理されるのだった。
 痛みを感じていない時のコナツは躰じゅうの力が抜けていて一人では何も出来ない状態になっている。だからヒュウガも無理にコナツを動かすことなく寝かせて、愛しそうに見つめるだけだ。そのせいか顔の表情が甘く変貌し、いつもは大きな目を吊り上げて怒ってばかりいるが、
「そんな顔もするんだ」
 とヒュウガに言わせるほど盪けそうになっている。
「どんな顔……ですか」
「お前見てると、水飴とバターを混ぜ合わせてはちみつ加えてキャラメルを作ってる気分になる」
「?」
「お前抱いてて終盤になるといつも思うんだよね」
「どうして?」
「躰からいい匂いがするし、髪の色も目の色も肌の色も甘さが際立ってきて、そういうイメージが浮かぶ」
「……」
「そういうだらしない顔も」
「だらしない……」
 褒め言葉ではないと思ったが、好きで顔の締まりのなさを強調しているわけではなく、快感を得ると勝手にそうなってしまうのだから仕方がなかった。むしろ人でも動物でも気持ちがいいと皆そうなるではないかと力説したいくらいだ。
「それに、お前のイキ方って面白いし」
「えっ」
 どこがどう人と変わっているのか分からない。
「物凄く罪深そうに『どうしよう、どうしよう』って言うでしょ? なんでそんなに控え目なの」
「あ……それは……」
 余りの良さに乱れていく自分が信じられないことと、気が遠くなる瞬間に思考停止と心身の離脱現象を引き起こすからだった。
 その最後の時間が迫り、コナツの息遣いが早くなると、
「ゆっくりイクよ」
 ヒュウガが抱えた脚にキスをして更に体勢をとりなおし、コナツは手を伸ばそうとして指先を震わせながら、
「少、佐」
 それだけ呟いた。それが何のサインであるのか分かったヒュウガは、
「ん? こう?」
 コナツの手を取り、右手、左手の順番で自分の両肩に引っ掛けるように置くと、
「掴まっていられるのー?」
 心配そうに見ていたが、コナツは取り敢えず正常位で抱かれる時は、こんなふうにヒュウガの肩に手を置いたり、もっと近い距離の場合は首に腕を回すスタイルを好んだ。痛みを受けている時の両手はシーツや枕を握りしめていることが多く、前戯などで愛撫を受けている時は万歳の恰好だが、最後はどうしても触れていたいと思う。ただ、ほとんど力が入らず、ずり落ちないように押さえていて欲しい。もっとも、コナツはヒュウガの肩のラインが好きで一度触ると、筋肉の付き方や骨格を味わいたくなるが、この時はそんな余裕がない。
「終わったらね」
 その一言で後戯の内容が決まり、ヒュウガはコナツが気を失わないように緩く、そして確実に二人だけの特別な絶頂点へと連れていった。
 静かで、聞こえるのは想像の通り、重なる息遣いとベッドが軋む音のみ。
 達したのは同時で、コナツが顎を反らしてわずかに声をあげビクビクと腰を揺らしながら放ち、ヒュウガは動きを止めていたが、コナツの揺れに沿って中に収まった肉茎が刺激を受けて、それに促された形での吐精だった。ただし、ヒュウガはゴムをつけていたため、コナツの中に出したわけではない。
 そして時間をかけて味わった快楽の余韻を引きずりながら、意識が混濁しているコナツが落ち着くのを待ってヒュウガは後処理を行い、それが済むと、
「いいよ、ほら」
 今度はヒュウガが寝ころぶ。寝るといっても完全に横たわるわけではなく、背にはクッションを当てているから上体は起こした姿勢だ。それを見て、コナツがよろよろと起き上がり、さきほどまで掴んでいた肩に触れると、そこから、今度こそ本当に筋肉や骨格をなぞるようにしてヒュウガの躰を指や手のひらで触り、胸筋や腕、腹の筋肉までじっくりと愉しむのだった。
 こんなことを事後にするのも珍しいが、コナツは終わって冷静になってから改めてヒュウガの躰に触りたがり、ヒュウガもそれを拒絶することはなく、好きなようにさせてコナツが納得するまで何処でも隠すことなく指診させる。一度、脚の付け根あたりの腸腰筋や縫工筋を念入りに調べられた時は慌てたが、コナツは普段は自分もされているからとやめることはなかった。
「ほんとにオレの躰好きだよね……フェチだよね」
 呆れるほどの執着ぶりだが、
「駄目ですか?」
 と言われて、
「これは何てプレイだろう」
 道楽の一種と捉えたかったが、
「普通に触っているだけです」
「あ、そう」
 コナツは真剣なのだった。
 この時、性欲は治まっているが互いに全裸である。しかもコナツの手は休むことなくヒュウガの躰を這い回っていて、どちらが先に正気を失くすかは時間の問題だった。ここで二回目に移行するかどうかは時間帯と翌日の予定にもよる。特に翌日が休日ならば数分後には新たな展開を見せることになるだろう。しかし、コナツが指を咥えて物欲しそうにし始めたら時間が遅かろうが明日が激務だろうが一切おかまいなしに2ラウンドが開始されるのだった。