けなげな天使とカワイイ悪魔
昼間にコナツに散々怒られたヒュウガは家出をすると言って参謀部を出て行った。
「またですか!? しかも家って、ここは職場ですッ」
最近、そういった類の逃亡が増え、コナツはうんざりしていたが、本心としてはそれを理由に誰かのところへ行って慰めてもらっているのではないか、サボるための口実にしてはだんだん我儘度が上がっているのではないかと思っていた。
「もう! ほんとうに手の掛かる人!」
今は探しに行くことは出来ない。時限つきの書類は、コナツの手を休めることを許さず、コナツは必死になってそられを処理し続けなければならなかった。
「今度こそ絶交ですからねっ」
幼稚園児のように頬を膨らませて恨み言を呟くが、そんなことは出来ないという事実も分かっている。何故なら、求められれば絶対に拒否出来ないからだ。

その日の夜のこと。
昼間に腹を立てていたコナツは、夜になってほとぼりが冷めた頃、ヒュウガの部屋でベッドの中でうつ伏せになり、犯されていた。
「きつっ、まだきつい、コナツ、わざと?」
挿入が思うようにいかず、痛がるコナツに気遣いながら先へ進めようとしたヒュウガだったが、あまりの圧迫感にわざとしているのかと問う始末だった。
「うッ、あ……っ、だって少佐が……っ」
わざと何をするのか、コナツはシーツをぎりぎりと握り締め、頭を振った。それ以上はどうすることも出来ない。
「抱いといてなんだけど……きつすぎる」
始まったばかりで挿入時はいつもこうだから流れとして違和感はないはずだ。
「……ッ、あ、痛ッ」
「ねぇ。もしかして、ほんとは嫌だったりする?」
「?」
「オレのこと、拒絶してるような……」
「えっ」
「コナツは誘えば快く応じてくれるけど、もしかしたら実は触られるのも嫌なのかな?」
「何を、仰って……」
身に覚えの無い謂れに驚き、大きく息を吐きながら躰を弛緩させて、コナツは会話に絡もうと必死になった。
「でもねぇ、やっぱりお前がいいんだよねぇ。これじゃ躰だけの関係って言われちゃうかなぁ」
「!?」
「コナツにその気がないのに、オレばっかり求めちゃってるよね。そのうちはっきり断られたりして」
ヒュウガは苦笑したが、セックスの誘いを断られるほどショックなことはない。傍若無人な上司に愛想を尽かし、いずれ全面拒否されることを或る程度覚悟はしているが、コナツからすれば、ヒュウガに勘違いされていることや、気遣われて逆に誘われなくなることの方が不安なのである。もしかしたら、スムーズに出来ないことを理由にヒュウガが「欲求は外で晴らす」と言いそうで怯えているのだった。
「私……凄く、緊張……してしまって」
「何が?」
「抱かれると安心……するのに……」
「どういうこと?」
「あなたの躰に、緊張す、る」
「!?」
その意味が全く分からないわけではなかったが、それは嫌悪感から来るものかと聞いてみたくなる。
「私、意識……しすぎ、て……ッ、あ、ああ……」
片言隻句で懸命にヒュウガに伝えようとするコナツだったが、そう長くは続かず、ただ喘ぎ声だけが出てしまう。
「ぜんぶ聞くのが怖いな」
コナツに喋らせないためにヒュウガが押し入ろうとして腰を進めると、コナツがくちびるを噛んで息を詰めた。
「駄目だよ、喋らなくていいから、せめて息をして」
「……っ」
毎回、こうである。
ただ、コナツが感じているのは決して嫌悪や恐怖ではなく、ただ至幸のみ。もう何度もこの行為を繰り返してきたのに、相手に対する憧憬や、その相手が醸し出す大人の魅力に意識が席巻されそうになり、極度の緊張をもたらす。一度心を奪われた者に対して、尊敬の念がたやすく消えるはずはなく、たとえ昼に悪態をつかれて中腹しようとも、それはあくまでもその時の話であり、ストレスを解消するための策は講じてあるし、ましてベッドの中ではまた違う感情が芽生える。
「ごめん……オレ、うまく気が利かなくてさ」
前戯はこれでもかと甘く、ローションをたっぷりと使って孔径を広げようとして慣らしたはずだが、コナツが苦々しい顔をするたびにヒュウガの心が痛んだ。
「ですから、最初はどうしても……動いているうちに、よくなるので」
「それは分かってるけど」
最後の方になればコナツは別人のように乱れる。最初からそうであれば何の心配も要らないが、普段は好き放題のヒュウガでも、コナツが弱っている姿を見るのは忍びないのだった。そのためにコナツは多少の無理をしてでもヒュウガを受け入れようと懸命になり、
「だから、早く私を……狂わせて」
肩甲骨の浮いた背中を震わせて呟く。とにかくけなげで、ベッドでのコナツは天使のようだ。
「オレもそうしたんだけどね」
尻を撫で、更に中へと性器を絡めてゆくとコナツが仰け反り、
「ああ! 来た……」
そんなことを言って悶え始める。
「狭いけど、なんてこんなに具合がいいんだろう」
「あ、少佐、奥まで欲しい!」
「……」
何に影響されたのか、たまにそういった扇情的な台詞が飛び出すが、あくまでもコナツの意思であり演技でも偽りでもない。
「最近言うようになったね。前はいっぱいいっぱいで泣くだけだったのにな。っていうか、凄い気持ちいい……どうしよ、オレがおかしくなりそう」
背中にキスをしながらヒュウガが少しずつ腰を動かしていく。その動きに揺さぶられたコナツは、
「う……わぁ、少佐が……」
たまらずに声を上げる。
「えっ、どうしたの?」
「少佐がいやらしい」
「……」
「その腰の動きが……」
「なんでよ。それにオレは普通だよ」
「あ、あなたがそんなふうに動くと……! 他の人より、いやらしく思えるんですっ」
「ええっ、めちゃくちゃ言わないで」
バックで犯されながら躯を捻って見ているコナツの方がいやらしいと思うのだが。
「ね、何処まで挿れました?」
「!?」
コナツは手を伸ばして繋がった場所に触れた。場所というより、ヒュウガの性器だ。
「まだぜんぶ入ってない……」
「今は無理だからしない」
「どうしてっ」
「そんな急にぜんぶ挿れたらきついでしょ?」
「大丈夫です」
「ほら、またそうやって無理なことをせがむ」
「だって、中途半端は嫌……だったら私が上に乗れば出来るはず」
上位になれば自分が思うように動けるし、全体重を掛ければかなり深くまで挿入されると思う。
「それはもう少し慣れてからだよ」
「だったらもっと動いて下さい」
「……何なんだ」
ずいぶんと自己主張をするようになったが、どうにも主導権がコナツ側に移っているような気がしてならない。なのに、結局泣かされるのは自分だとコナツは弱い立場であることを訴える。
だが、コナツなりに懸命に馴染もうとして頑張っているのだ。
「私は少佐に気持ちよくなって欲しいから」
「そうだね、一生懸命なのは分かるよ」
やっぱり可愛いと思ってしまう。
体位を替えて正常位にすると、どうすればヒュウガが動きやすくなるのか自ら脚を抱え上げてみたり、ヒュウガが腰を引くときに締め付けてみたり、ずいぶんとテクニックを身に付けた。
「これはもうイジメだ。絶対昼間の仕返しをしてる」
ヒュウガが嘆くのも無理はない。
「どうしてですか? 私、全然よくない? まだ駄目?」
「そうじゃなく!」
まだこれからだというのに終わってしまいそうだと思った。
「少佐……」
一瞬、怯えたようにヒュウガを見上げたが、
「オレにどれだけの耐性があるか試しているの? 他のことでも考えない限り、すぐに出ちゃうよ、これ」
「?」
ここで意味の通じない顔をするのが意外で、
「ウブなんだかプロなんだか……」
ヒュウガが困惑していると、
「激しくして! いつまで様子を見ているんです、私は平気です!」
そんな言葉が飛び出した。驚いたヒュウガは、
「……痛い目に遭いたい? いいよ、意地悪しちゃうから」
そう言って突如激しい動きで中を攻め始めた。
「アッ! ア、ア……ッ」
コナツは仰け反ったまま振動に耐えるように呻いたが、
「さぁ、何処まで我慢出来るかなぁ。脳震盪起こすまで揺すっちゃおうか」
ヒュウガは暫くやめないつもりだった。
「ぐ……っ」
こうも簡単に躰を揺さぶられるとコナツも余裕がなくなる。口を開けば舌を噛みそうで、言葉を返すことも出来ない。
ベッドが波打つように揺れ、コナツは上下左右が分からなくなるほど振られて無言のままもがき、時折悲鳴を上げたが、どうにか堪え、ヒュウガの勢いが収まるのを待っていた。しかし、
「平気そうじゃん」
そう言って更に撞入し、劇動を広げていく。
「うあ── ッ」
一度だけ大きく声を上げ、そのまま沈み込んでしまいそうなほど、もう気を失う寸前のところまできていた。必死で何かにすがろうとしたが、その腕の動きさえも危うく、ただシーツをつかむしかない。ここで失神してしまったら元も子もないと薄れる意識を戻すためにどうにかしようと考えるが、たとえ案が浮かんだとしても、どうすることも出来ない。だが、そうこうしているうち、
「ん? あ、痙攣か」
気付くとコナツはガタガタと躯を震わせて意識を朦朧とさせていた。
「ぅ、ぅ、ぅ」
吐息とも声ともつかない小さな音が漏れ、ヒュウガは一度動きを止めた。コナツの腕がシーツの上でピクピクと蠢いている。
「あら、もう駄目かな?」
痙攣が収まらないまま、コナツは言葉もなく、呻くことも出来ずに目の焦点を合わせることもなく震えていた。
「パニックを起こして発作を起こすのもいい反応だ。予定通りだよ、でも失神だけはしちゃ駄目だからね」
聞こえていたのかどうかは分からないが、そのまま失神してしまうのではないかと思う頃、少しずつ意識を取り戻すように、コナツはようやくの思いで息を大きく吐くと、何度も呻いて涙をため、じっとヒュウガを見上げた。
「お、よく耐えた」
悪びれもせず、ヒュウガが言う。
「ただね、こんなことして何が楽しいのかって思うし、オレも気持ちいいわけじゃない。でも、こういうことをするのがいいと思って、こんなことばっかりする男もいる。何ていうのかな、激しいと相手が喜ぶって勘違いしてるの。武勇伝みたいに白目剥いて泡吹かせてやったって自慢する男とか、どれだけ激しく出来るかむちゃばっかりする話とか色々聞いてきたけど、やっぱりオレは信じられないと思う。コナツに同じようにしても予想通りの反応で……一つだけ予想外のことがあったけど」
「……ッ」
コナツは返事をすることもなく、ヒュウガの話を聞いていた。
「ま、やっぱり可哀相としか思えない」
ヒュウガはやんわりとした動きに変えて、正常位のままコナツの腰を浮かせて覆いかぶさった。
「おとなしくなっちゃったね。てっきりオレのこと蹴飛ばすんじゃないかと思ったけど、そんな気力もないか。しかもいきなりだったから驚いたんでしょ」
ここで初めてコナツは首を横に振った。何ともないとアピールしたのだが、
「じゃあ、もっと激しくしてもいいの?」
「……」
これ以上、どう酷くしようというのだ。ヒュウガが腰を引くと、コナツは目を閉じてシーツを握りなおし、そうされるのを待った。
「なんで抵抗しないんだろう」
先端だけをコナツの中に残して呟く。
「抵抗されるのも愉しみなのに」
この言葉を聞いて、コナツは大粒の涙をポロポロと零したのだった。
「えっ、今泣くの!?」
「抵抗なんか、出来ない」
「!」
「だって、何をされてもいいと思うのに、抵抗なんか……」
「えっ、いいって、今のが?」
「はい」
「痛い……はずだよね」
本来ならとうに出血しているし、事実、炎症が酷くなっている。
「だって、少佐、凄いんだもの」
「……」
「もっとして欲しいくらい」
「もしかしてこういうの、嫌いじゃない……とか?」
「はい」
「……やっぱり……どうりで萎えないはずだ」
予想外というのはこのことだった。コナツの性器はずっとイレクトしたままなのだ。今までなら、こんなふうに乱暴されれば怖がってすぐに萎縮したのに、今日はその症状が見られない。
「でも、苛められたいわけではないです」
「説得力皆無」
「違います。これはれっきとした性行為だから」
「……」
確かにそうだ。世の中には恋人とのセックスで相手をこんなふうに扱う男性も居る。
「でも、今から少佐は優しくしてくれるはず」
「あれ、先に言われちゃったよ」
ヒュウガの抱き方はもっとスローでスマート、そして何処までも甘い。結局ヒュウガは相手を悦ばせることに徹し、不遜な扱いはしない。
「本当は少佐は激しいのが似合っていて、優しいとびっくりするけれど」
「そうだろうねぇ」
「だから交互がいい」
コナツが意外事なことをねだった。
「うーん、それはコナツの出方次第かなぁ」
「?」
「今からオレに甘えてくれれば」
「……」
そう言われたコナツは、もっと自分を見て、躰を見て、触ってと積極的に迫り、自ら腕や脚をヒュウガに絡めていった。キスが欲しくても後背位からされてうまく伝えられない時は、5分後の自分を想像し、その時はきっとキスが貰えているはずだと信じ、実際5分を少し過ぎた頃に体位を戻され、ヒュウガにキスをされて初めて「何も言わなくても少佐は私の欲しいものを知っている」とヒュウガを褒め称したのだった。
「コナツ、本当に上手になった。いい子だね」
ヒュウガは莞爾として微笑み、優しく慰撫する。

体位や会話をたっぷりと愉しんだあとは同時にゴールラインに到達するまでの最終姿勢に入る。二人とも最後は正常位がいいという意見は一致していて、どちらかが「我慢出来ない」と言うまで躰を揺すり合う。どうしても声が漏れるのはコナツの方だが、その色香は毎回華々しいと言ってもいい。それほど美しく、可憐だった。
そろそろ限界という頃、コナツは一度子猫のように鳴きながら催促をし、次に女子のように高めの声で喘ぐ。
「そんな顔見て声聞いただけでオレはすぐに終わる」
思わず、これが見たくて抱いている、と言ってしまいそうだった。ここまでくると我が身の性欲などどうでもよく、コナツをまるで狂乱物ならぬ狂乱者にさせるのが目的のようになってしまい、まだまだ抱き足りないと貪欲になる。
しかし、無理は禁物、焦りも禁物、今夜はこれまでだと思いながらほぼ同時に沖天の勢いで絶頂に達すると、ヒュウガですら意識が飛びそうになるほど強い快感に襲われた。
「く……ッ」
本来なら、この瞬間だけで終わりのはずなのに、後を引く。満足出来ないという意味ではない。快感が長引くのは男子には見られない症状だが、コナツはすぐに次の催促をするために、
「少佐は萎えちゃ駄目」
と言い出した。
「え、一回中から抜くよ?」
「駄目。また私のここでこすればいい」
自分の尻を指差して言うのも、今までにはなかった行為だ。
「そんなに次が欲しいの?」
「満足だけど、もっと欲しい。私をこんなふうにしたのはあなたです」
「……」
悪魔だ。
ヒュウガはそう思ったが、小悪魔と言った方が正しいのか、とにかく、それでもヒュウガにとってはコナツは可愛いのだった。
「もしかしてご希望の回数があるの?」
「……最低3回は」
「そう」
無理な数ではないが、
「本当は7回」
「ええっ」
「いい数字でしょう?」
「数としては」
「私の乱れる姿が見たいんですよね? だったら私をもっと気持ちよくさせて下さい」
確かにその通りだが、やはり悪魔だ。
そう思ったが、
「仰せの通りに」
語尾に「お嬢さん」をつけようか「お姫様」をつけようかと迷いながら、後が怖いから何も言わないでおこうと思ったヒュウガだった。