JOKER
ヒュウガが座位に目覚めてしまった。
もともと興味がないわけではなかったが、正常位や後背位に比べて余り多くは用いない体位である。今は、お試し感覚で他の体勢で抱き、締めを座位にするようにしている。
「しかし、どこから攻めてもイイ反応するねぇ」
相変わらず余裕のヒュウガと、既に朦朧となっているコナツは、さきほどまでヒュウガの部屋で仕事をしていた。話を聞いていなかったヒュウガの顔を口を尖らせながら覗き込んだコナツの仕草が余りにも可愛くて、ヒュウガは速攻でベッドに押し倒したのだった。
「ああっ、あ、少佐……少佐!」
柔らかい声で喘ぐのはいつものこと。自分は男だから声など出さないと毎回啖呵を切る割りには女性以上に甘い声で啼く。
「なに、そんなに呼ばなくてもここに居るよ。さっきまではかっこよく仕事してたのにねぇ」
あやすようにヒュウガが答えると、
「だって気持ちいい! 私の中が……熱い、も、だめ……」
台詞がすっかり男を受け入れていることを証明している。
「うん、分かるよ。オレもイイもん」
コナツの秘所は理想的な閉まり具合で、かなりきついときもあるが、ヒュウガの手解きによってコナツはヒュウガ好みの、そしてヒュウガに合う躯に変化していった。
「意識が飛んで倒れそう。私を……離さない、で……下さい」
喘ぎながら途切れ途切れに艶っぽい声を上げるが、ヒュウガが座位にはまってしまったのは、必死の思いでコナツがヒュウガに”しがみついて”くるからだった。
腕を伸ばして肩に回し、これでもかと縋りつく。こんなふうに甘えるコナツの姿は座位でしか見られない。だから、面白くてやめられない。もちろん、コナツ本人はここまで赤ん坊のようにすがり付いていることに気付いていない。ただ、体勢的にそうしないと後ろに倒れてしまう不安があることから自然の流れでヒュウガに密着しようとしているだけである。しかし、ヒュウガにとっては”あのコナツが不安そうに必死で取り付いている”というだけで垂涎もの、顔を見れば本当に泣きそうで、快楽に溺れながら瑞々しい躯を開いて痴態を晒しているところは、我が部下ながらよくぞここまで色っぽく育ってくれたと喝采したいほどだった。
「離すわけないじゃん。危ないし」
「私……最後までもちそうにありません」
「また失神しちゃう?」
「したくはないんで、す。でも……ああ……! やぁッ!」
会話の途中で角度を変えて抉ると言動がおかしくなる。抱く前は冷静に仕事の話をしていたのに、一つ目の愛撫で早々に躯の中が溶けそうになってしまうのは、性感に鋭い証拠である。
「そんなに気持ちいい?」
「……はい」
恥ずかしそうに言いながらヒュウガを見上げ、サングラスを外しているヒュウガがコナツを優しく見下ろす、このやりとりもたまらない。
「可愛いねぇ」
至近距離で見つめながら、ヒュウガはちょうどいい身長差に満足し、一回りどころか二回りも違う躯を抱き締めながら挿入行為を愉しんだ。
いつもなら可愛いと言われて憤慨するコナツも、この時だけは何も言わない。体勢を維持するだけで精一杯なのか、大胆な体位に緊張しているのか言い返せずにいる。
「コナツ、怖い?」
「……少し」
だからこんなにしがみつくの、と聞いてみたかったが、聞いた途端に手を離しそうで、訊ねてはいけないと思い直す。
「あーあ、こんなカッコ、誰にも見せられないねぇ。今、誰か来たらどうする?」
「!?」
「オレたちはいつ誰に呼ばれるか分からないし」
「……それは」
「っていうか、オレが呼んじゃってるかも?」
「誰を!?」
そんな話は聞いていなかった。事実なのか冗談なのか、全くもってヒュウガは悪戯な立役者である。
「えー、大佐とか? クロたんとか?」
「本当ですかっ」
コナツが顔を真っ青にして大きな声を上げた。
「うーん、今日渡し損ねた書類があってね、取りに来てって言ってたの。そんで用事が済んだらコナツ抱こうと思ってたんだけど、思ったより早めに手を出しちゃったから鉢合わせしちゃうかもね」
「!?」
「いいじゃん、取り込み中って言って待ってもらうからさ。そこで」
「嫌! 私は嫌ですっ!」
こんなところを見られたらお仕舞いだ。その場をごまかすことも出来なし、翌日からまともに目も合わせられなくなる。
「嫌だろうけど、もう遅い」
「駄目ですってば!」
コナツは真剣になってヒュウガの胸に顔を埋めた。隠れようとしたのだろう、躯の構造上、密着は適わないが抱きついてさえしまえば自分の顔を見られなくて済むと思ったのだ。コナツはどうしていいか分からなくなって更にしがみつく形になると、ヒュウガはまた面白くなり、
「大丈夫だよ、コナツは見られないようにするから」
抱き締める腕に力を込める。
「駄目です、やめましょう、私は……私は業務に戻りますっ」
「あははー。やめる? やめるって言った? っていうか、この時間に仕事するなんてアヤたんくらいだよ? こんな状態で戻れる?」
「でなければ大変なことにっ! やめなくては!」
コナツは相当焦っていた。
「おかしなこと言っちゃやだよ。やめるじゃなくて、終わらせる、でしょ?」
「!」
「イカせてあげよう」
「また私一人で!?」
「とりあえず、コナツだけでも」
「嫌です!」
「……さっきからイヤイヤばっかり言ってて、コナツ我儘だよ?」
「どっちがですか!」
コナツが否定を繰り返しているのは理不尽なことが重なっているからである。決して気儘に振る舞っているわけではない。
「大体、人に見られて恥ずかしいようなことはしてないよ」
「は、はぁ?」
裸で男同士が躯を繋げている所は、果たして堂々と公開出来るものだろうか。
「むしろ見せたいくらい」
「少佐!?」
「だってコナツ可愛いし、綺麗だし? 皆に見てもらいたいよ」
「何を!」
「見せびらかしたいの、自慢っていうか?」
「ばかな! そんなのおかしいですっ」
「勉強や仕事が出来るくらいならともかくね、コナツの発展途上の色気は一見の価値あり。いいでしょ?」
ヒュウガにとって、見せたいというのは本音ではなく、意地悪な煽動用語である。
「お願いです、やめて下さい」
だが、本気にしているコナツにとっては一大事で、同じ男に貫かれ女のように嬌声を上げている場面など、誰かに見られたら舌を噛んでしまいたくなるし、鍛えているのに逞しいという表現には及ばない自分の躯も晒せるものではないと思った。
「じゃあ、終わらせようか」
コナツはきつく目を閉じた。
「オレの言うことを聞いて。いいね?」
「は、い」
震える声で返事をすると、ヒュウガは律動を早め、息遣いの荒くなったコナツの腰をがっちりと支え、
「ちゃんと掴まって」
そう言って今度はゆっくりグラインドさせ、中を掻きあげた。
「あ、あ、あァ!」
「ふぅ。奥に挿れても先まで締め付けられる。あんまりきつすぎても中々イケないんだけど、この吸い付きようはなんだろう。他のこと考える暇もないくらいイイ。なんかね、動かないで黙っててもイケそうよ? なに、これ。なんか仕込んでるの?」
「私は……ッ」
内臓のことを言われても分からない。ましてコナツは尻になんの細工もしていないし、そのために工夫を凝らして鍛えているわけでもない。
「ったく、コナツはさ……」
男に抱かれるように出来てるんだよ、と言いたかったが、敢えて言わなかった。いくら意識が朦朧としても、聞かれたら怒って手がつけられなくなる。綺麗だ可愛いと褒めるたびに喚くから、それらの形容詞は禁句になっているが、言わずにはいられない。
目の前で金色の髪が揺れ、そこにキスをすると更にしがみついて甘い声で何かを訴えてくる。始めは「駄目」だったのが「イイ」になり、「もっと」になって、最後には「来ちゃう」と泣きそうになりながら言うのをヒュウガは頃合を見て次の指示を出した。
「オレの腰に脚を回せるね?」
開いている両脚をしっかりと絡めておかないと躯の位置が不安定になってしまうため、ヒュウガも手伝って手脚を自分の躯に巻きつけるようにして密着させた。
「力……が入らないかも、しれな……い」
「いいよ、その時は、オレがちゃんと支えるから。でも、出来るだけ掴まってて」
「はい」
「そしてコナツはオレの声を聞いてて。出来れば集中させてね」
「……はい」
いつもはふざけてばかりのヒュウガである。喋る口調がおどけていて、ノリもよく、明るい。だが、体位によって声音を変える。それがヒュウガの数多く有するギャップのうちの一つだった。
「コナツ……やっぱりお前の肌が好きだよ。感触がすごくいい」
「!」
低く、優しい声にコナツはすぐに反応を示し、耳を済ませた。
「こうしていると不安かもしれないけど、オレがしたいから、今日は最後までこのままね」
「少……佐」
「慣れない体位できついよね?」
柔らかく深い声音の語尾がわずかに掠れるのは、ヒュウガも感じているからだ。
「私は……少佐に任せています」
普段はこんなふうに言わないコナツである。任せていると言えば男に頼る女のようで沽券に係わる気がしていた。だが、座位の時のコナツは殊の外素直になるのだ。
「それでいい。あとは任せて」
「はい」
そうして幾つかの睦言をコナツに贈る。頓狂な言い方ではなく、わざといやらしく囁き、声も武器だと教え込む。大人の男と違って胸声主体ではなく、頭声に近い声のコナツにとって、声域の低さは魅力であり、憧れでもあった。
「ああ……少佐はどこまで私を……」
ヒュウガの肩に腕を回してしがみつきながらコナツがうわ言のように呟き始める。
「どうかした?」
「私を気持ちよくさせてくれるのか」
「それがオレの愉しみでもあるもの」
「少佐……」
そうして残りわずかな時間で、いつもの何倍もの快楽にまみれ、ただひたすら淫らに頂きを目指した。コナツはこれでもかと乱れてヒュウガを驚かせたが、
「こんな姿、ほんとに誰にも見せられないね」
落ち着き払って言うと、コナツは涙をにじませて喘ぎながら、
「そんなこと、もうどうでもいいっ。今は何も考えられな……い、あッ、ああ!」
必死でしがみつき、叫んだ。
「あらあら、崩壊寸前」
「もう駄目っ、我慢出来ない、限界超えて、ます」
長い時間快感に浸り続けたコナツは自我など保っていられない。
「私……イッてもいいですか」
「どうぞ?」
「少佐が欲しいです、もっと奥まで来て!」
「エロいよ、コナツ」
「ァ……!」
この後のことは、コナツの記憶には残らなかった。凄まじい動きで二つの躯が揺れたが、どちらの息なのか分からなくなるほど感じ入り、このとき二人は同時に達したのだった。


朝になってコナツが目を覚ましたとき、ヒュウガも隣で寝ていたのを恐る恐る起こしてみた。
「少佐、少佐」
「んー」
「少佐、朝早くに申し訳ありません」
数時間前、狂的な絡みを見せていたとは思えないほどの雰囲気である。
「あー。なぁに、出勤時間?」
「いえ、まだです」
「じゃあ、もうちょっと寝るからあとで起こして」
ヒュウガが再び布団を被ろうとするのをコナツが遮り、
「あのぅ、私、どこに飛ばしました?」
そう訊ねた。
「え?」
どういう意味だろうと思っていると、
「最後に私、気を失いましたよね。イッたような感じはするんですけど、いえ、イッたのは分かるんですが、私、まさか少佐のお躯を汚していないかどうか心配になって」
「ああ、そのことね、どこに飛ばしたかって知りたいの?」
「はい」
「どこって、オレの顔」
「は?」
「あの体勢で顔射されるとはね。っていうか、あの体勢だからか。それにしても手で扱かなくても飛ぶんだから、やっぱり若いねぇ」
「うわぁ!?」
射精の際、コナツが放った体液がヒュウガの顔にかかってしまった。密着していたのにコナツが失神して後ろに倒れ掛かり、抑えようとしたヒュウガが顔を俯けた。タイミングが良かったのか悪かったのか、ヒュウガも予測していなかったことで、何よりも一番に驚いたのはヒュウガだ。そして、やはりこの体位で締めて良かったと一人で満足していたのだった。
「そんなバカな……冗談ですよね?」
コナツは疑っている。
「冗談だと思ってんの? ちゃんと証人居るからあとで聞いてみて」
「!?」
「終わったあとすぐにカツラギさんが来てさ。オレ、そのままお出迎えしたのよ」
「ハイッ!?」
どういうことかと問いただそうとしたが、怖くて聞けなかった。
「タオル持って顔拭きながらだったけどね。クロたんも来た」
「……」
「そりゃ下半身は隠したよ?」
「……」
「バレバレだったけど? あ、顔にかけられたのはコナツのだって言ったし」
「……」
「いやぁ、大変だったさ」
「……少佐」
「何」
「ご冗談が過ぎます」
「何が?」
「今のお話です」
「オレが作り話をしているとでも?」
「はい」
「冗談だと思いたいのはこっちのほうだけど?」
「……」
これは質の悪い戯言なのだろうか、もしかしたら策略か、陥れるための偽装条項か。それとも事実なのか、どちらにしても恐ろしいほどのジョーカーであることには違いない。
「だから、カツラギさんとクロたんに聞いてみなよ」
「そんなこと聞けるわけが……」
「だってさぁ、誰に見られてもどうでもいいって言ったのはコナツだよぉ? でもね、コナツはダウンしちゃったからベッドの中に隠したし、事後の凄い姿は誰にも見せてないから安心して」
「そういう問題じゃな……いで、す」
「じゃあ、何が問題? あっ、カツラギさん、コナツの声は聞こえてたみたいだ」
「ええッ」

この日初めて、コナツは出勤拒否を起こしそうになった。或いは記憶喪失になってしまいたいと本気で思ったのだった。