as you like
(いつものこと)

コナツは心の中で呟き、声を上げるのを我慢して、下半身にわずかな痛みを感じながらうっすらと目を明けた。視界に上司の姿が入り、改めて躯を繋げていることを実感する。その上司は部下を抱いている間も余裕の表情を見せていて、それでも強い色気があり、乱れずとも醸し出される淫猥なオーラは、大人になれば誰でも身に付くものだろうかとコナツはぼんやりと思っていたが、こうして抱かれるたびにそうではないことが分かってきた。強烈な色香は、彼ならではの魅力であり、そして彼にしかないものであった。
ベッドで交わってから1時間、二人はまだ一度も達してはおらず、コナツはそろそろ限界が来ていて、あと少しでも刺激されれば瞬時に果てるだろうと思われた。
それを訴えようと、
「ヒュウガ少佐っ」
焦りながら呼ぶと、
「なぁに、コナツちゃん」
ふざけた返事をしながら、同時に首筋に顔を埋めてキスをし、続けて耳を甘く噛む。ヒュウガは絶えずコナツに愛撫を繰り返し重ねて快楽を与える。
「あぁ……」
もう駄目だと言いたいのに、言えずに喘ぐしか出来ない自分が少し悔しい。

そもそも今日も昼間からヒュウガはコナツを強引に部屋に来るようにと呼び付けた。コナツは珍しく進む仕事に達成感を味わいながら、残業なしで帰れることを予期し、帰ったら昨日発売されたばかりの雑誌を読んでゆっくりしようと思っていたが、それはヒュウガを拒否する理由にはならず、コナツは有無を言わさず頷くしかなかった。
ヒュウガの誘い文句は、
「抱きたい」
というダイレクトなもので、特に変わった台詞でもなかったのに戸惑いを隠せず「私をですか?」と、おかしな返事をしてしまった。
「コナツに決まってるでしょ」
ヒュウガは笑ったが、
「では、今夜お部屋に参ります」
事務的な返事でその場は収まり、コナツは通常業務に戻った。
しかし、次第にコナツの頭の中は夜のことでいっぱいになる。毎回、躯を重ねるたびに病みつきになるほどの上司とのセックスは、仕事中にまで赤裸々な映像となって脳裏に浮かぶ。
コナツはもうヒュウガの躯は殆ど覚えてしまった。肩幅も腕の筋肉も、胸筋の動き、背中の広さ、そして下腹部にある雄々しい性器も、脚の長さすらも。
だが、実際見るたびにこんなに逞しかったかと改めて思う程、見事なまでの理想的な躯の作りは感嘆に値し、コナツもまたヒュウガに抱かれる時は顔の他に裸を見ている時間の方が多いのかもしれなかった。
そうして危うい感情を持ちながら今宵も上司の好きなように扱われるのだと思うと、昼間であろうと躯が火照ってくるというもの。
だから、
「いつものこと」
と自分に言い聞かせて仕事に集中した。

なんのことはない、いつものことで普通にしていれば大丈夫。

意味もなくただその言葉を繰り返し、事務処理をこなすように抱かれればいいのだと思うようにした。

夜になり、上司の部屋を訪れて会話もそこそこに強いられた行為は、事務処理をこなすように受け止めるわけにはいかず、余り乱れては引かれると焦り、冷静でいたいという思いはあったが、ヒュウガはコナツの心情を読んで、コナツの意気込みをあっさりと破ろうとするのだった。
「いいねぇ、本当に完璧。肌質も感じ方も表情も、締まり具合も」
「少佐っ」
いつものことながら、どうしてそこまで平然といやらしいことを語るのだろうと怒りにも似た感情が沸く。否、怒りではない、含羞である。
「もっと具体的に言おうか。オレが気に入ってるのは尻の形だなぁ。カラダ全体の肉付きも少ないながらしっかりしてるのに肌がしっとりしてるせいか滑らかだしねぇ」
コナツは言い返すことも出来ずに顔を真っ赤にして息を飲んだ。
「それにね、ココも若いよねー。ちゃんと男の子してるのに瑞々しいんだ〜」
あからさまにコナツの性の証に手を伸ばして触れる。
「わぁっ!!」
叫びはヒュウガの意地悪な手の動きによって喘ぎに変わった。
「あぁーッ!」
その瞬間、コナツは意思とは関係なしに射精し、躯を強張らせたまま数秒ほど動かなくなってしまった。凄まじい快感に手足が突っ張り、思考が止まる。ただ扱かれただけならまだしも、ヒュウガは右手の親指で裏側の筋をなぞり、同時に左手の人差し指の腹で先端部分を撫でつけた。しかも、ヒュウガは腰を引き、猛々しい雄が角度を変えて中の弱いところを突き上げたのだ。
コナツは性の快楽に狂いながら堕ち、女のように嬌声を上げることしか出来なかった。
「うっわ、コナツすっごい、エローイ!」
ヒュウガは嬉々としてコナツの感度を称賛するが、コナツには音が耳に入ってこない。耳までも快感にとろけそうになって自分がどうなっているのか把握できずにいる。
「あ、あ……あ、あ、ぁ……」
躯に残る長い悦楽の響きはコナツを解放することはなく、呼吸が整うまでに数分かかったが、ようやく落ち着いたかと思うとヒュウガは笑顔で再びコナツを揺すった。
「オレ、まだイッてないからね、イカせてね」
「わ、私は同時がよかっ……」
一緒が良かったと女々しいことを言ってから慌てて否定しようとすると、
「うーん? いいからコナツはオレがイクとこ見ててよ。っていうか感じて?」
「それはっ」
前以て注意をしようとしたが遅かった。
ヒュウガは絶頂を迎える際に強い快楽を受けるとコナツに何らかの「危害」を加える癖があった。今回は何をされるのかと思っていると、手首を力いっぱい、骨を砕く勢いで握ったのだった。ヒュウガの右手はコナツの左手首、左手は右手首を渾身の力で握り、コナツはその痛みで今度こそ叫び声を上げる羽目になる。
「痛ーッ!」
手が痛いと両手首を上げて見せると、ヒュウガは我に返り、
「あ、ごめん、あれっ、鬱血しちゃった!」
痛めた部分をさすってやる。
コナツの手首にはヒュウガの指の跡がくっきり残り、既に痣になっていた。誰がどう見ても縛ったというより握りつぶされたとしか言いようがない。
「血管が切れて骨が砕けるかと……」
「そこまでしないよ! 危ないじゃない」
「少佐こそ感度良すぎじゃないですか?」
「コナツほどじゃないし」
「私はまだ可愛いほうです! 少佐は怖すぎます!」
「え、何言ってんの。っていうかオレはフツーだよ。コナツなんて性別まで変わるんじゃないかってくらいだ」
「なんですって!?」
躯を離すと、今度は喧嘩が始まった。かと思いきや、ヒュウガは溜め息をついてしみじみと呟く。
「正直に言うと、誰が相手でもやること同じだから大した変わりなかったし、夢中になることもなかったけど、こんなに感じるのはコナツだけなんだよね」
「……」
「今日は燃えたとか今日はイマイチだったというのがない。当たり外れがないっていうか。相性かなって思うけど、どうなんだろうね」
ヒュウガの真面目な口調に聞き入り、
「それは私も……」
何かを答えようとしたが言葉が見つからず、コナツは一旦口を閉じた。
「だからコナツ抱くの楽しみでさ」
「少佐……」
「さすがにヤリすぎかな」
「……いえ」
「コナツ、断らないからなー。いくら上司の命令でもさ、強引に出ると言うこと聞くもんね。そのくせオレのことは邪険に扱うくせにさぁ」
昼間も昼寝をしようと逃げ出したヒュウガに抜刀の構えを見せ、サングラスごと斬ると言い出した。
「それは少佐が仕事をサボるからじゃないですか。きっちりしてくれたらそんなこと言いませんよ」
「じゃあ、その調子でオレが仕事サボっても笑顔で見送ってくれて、その代わり夜のお誘いはバリバリ断ってくれていいんだよ?」
「何ですか、それ」
「たまには逆のパターンでやってみない?」
「仕事をサボろうとする上司を笑顔で許したり私が少佐のお誘いを断るなんて……」
「前者は出来ないかぁ。だよねー。でも後者は?」
「だって、私がどう言おうと少佐は無理矢理だったり強引だったりで私は歯が立たないじゃないですか」
「あー、そうだよねぇ、オレ、完全に肉食系のノリで獲物狙ってる動物になっちゃってるもんね」
「はい」
「仕事さぼるときも全力だしね」
「仰る意味がよく分かりませんが、そうです」
「うーん」
ヒュウガが唸っていると、
「でも、基本的に私は少佐のお誘いは断れません」
コナツは吹っ切れたように呟いた。
「なんでー?」
「私だって楽しみなんですから」
「え」
「今夜はどう抱いてくれるのか、私をどう扱ってくれるのか、ベッドで最初に押し倒されたときにワクワクします。キスから始まって、それから? 一番に触れてくれるところは何処だろうって」
「ちょ……」
予想外の答えにヒュウガが驚いている。無理もない、真面目な青少年がとんでもないことを口にしているのだ。
「ワクワクっていうか、ゾクソクかな。昼間から誘われると頭の中がそれでいっぱいになりますし」
「マジでー?」
「そこから既に始まってる感じですね。おかしいでしょう?」
「コナツ……」
「だから、少佐の好きにして下さって構わないのです。毎回少佐のテクニックは新鮮です」
「えーっ」
「悔しいけど、デキる男って普段はどんなに不真面目でもいざとなったら誰よりも役に立つ人のことを言うのだと分かってきました。余裕があるからこそ不謹慎なんですよね」
「それは褒めてるのかけなしているのか」
「褒めてますが?」
「そう……ならいいんだ」
ヒュウガは複雑な表情をしていたが口元は笑っていた。
「私には真似の出来ないことで、少佐のようにはなれないのだと寂しく感じるときもあります」
「分かった、分かったからコナツ、もう何も言わなくていい」
「少佐?」
「我慢出来ないからもう一回やる」
「何をですか?」
「ここでするって言ったら何。言わなくても分かるでしょ、2ラウンド目」
「今から!? 無理です! 時間が! 体力が!」
「はいはい、文句言わない」
「さっき少佐は断ってもいいって言ったじゃないですか! 文句くらいは言わせて下さい! そんなふうに強引だから私だって断れないんです」
「コナツ、楽しみにしてるって言ったじゃん。次の扱いはさっきのと違うよ?」
「えっ」
「ほら、楽しそうな顔してさ」
「条件反射です!」
「好きにしていいって言ったし?」
「それは!」
上司には叶わない部下という構図は、どう足掻いても引っくり返ることはない。
「駄目、もう収まらないから」
「……凄い回復力」
完全に獰猛な雄と化したヒュウガを見て、コナツは観念するしかなかった。
「ごめんね、本気だから。でも痛くしないよ」
「じゃあ、私も好きにします。おかしなことを口走っても忘れて下さい」
「うわ、録音しようかな」
「あの?」
「何でもない」
思わずレコーダーが隠されていないかどうか辺りを見回すコナツだった。

欲望のままに求め合えば二人だけの特別な時間が生まれる。こんなに熱い夜の時、世界中どこを探しても見つからないような甘い囁きと狂おしい指、魅惑的なくちびる、一つになる心と躯、そのすべてが想いを明日へと繋いでゆく。

今宵もあなたのお好きなように。

結局、余りにも貪欲すぎて、”燃え上がる”という言葉を実際に朝まで体現した二人だった。