カストルの独り言が増えている。
それは、余り言いふらせる内容ではなかったが、始めは人形たちにのろけているだけだったのに、最近では物足りなくなったのだ。 どういう独り言かというと、 「ああ、ラブラドールの寝顔は本当に可愛い」 ということをシスタードールに一日に何度もこうして話しかけている。きっと人形たちは皆「またか」とうんざりしているに違いない。カストルの心と繋がっているとはいえ、主人があれではどうしようもない、というのが現状なのだ。 「可愛いというだけでは物足りません。そう、例えば彼の寝顔を撮った写真を寝顔コンテストに出したら優勝間違いなしだと思っています。もちろん、そんなコンテストなんて聞いたことありませんけどね。赤ん坊のなら分かりますが、彼はもう大人ですし、まして男ですからね、有り得ないと言われそうですが、私としては一押しというかお勧めというか、誰にも見せたくないのに見せびらかしたい衝動に駆られるというおかしなジレンマに苛まれるほどです」 長い独り言だ。これを一日に何度も呟くのだから、やはり人形たちは呆れるしかなかった。 「ラブラドールの可愛さは周りにも定評がありますから、寝顔が可愛いと言えば誰もが納得すると思います。マシュマロみたいにふわふわしていて、柔らかくて、いい匂いがして」 カストルが腕組みをして真剣な顔で説明を続けるのだが、すぐに声音を変え、 「ラブラドールは気付くとあちこちで眠ってしまう癖があるので、複数人が彼の寝顔を目撃していることになります。見せたくないのに皆が見てしまうというこの焦燥感は誰が分かってくれるでしょうか」 要するに、ラブラドールは無防備すぎると言いたいのだが、おっとりした性格のラブラドールは、カストルに幾ら助言をされても、いつ何処に居ても眠ってしまう。 「ですが、私がこうして許容するのは、日中にする居眠りと、抱いた後の彼の寝顔は違うので、皆が知っているのは昼寝をしている時の顔だけ……という優越感があるからです。さすがに夜の顔は皆知らない。ついどちらも自慢したくなりますが、自重しているのです。まぁ、夜の顔をバラされたらラブラドールにどんな仕返しをされるか分かりませんからね。ああ見えて結構気が強いですから」 確かにその通りである。 ベッドで交わり、果てたあとのラブラドールは相当無防備になっている。それこそ大地震が起きようとも目を覚ますことはないだろうと思えるくらい、深い失神をしてしまう。目が覚めたとしても意識が朦朧としていて、言動が危ない。そんな態度を見ていると益々愛しくなり、切ない顔で名前を呼ばれると、またきつく抱き締めてしまう。抱いて背中をトントンすれば、そのうち眠りにつくとはいえ、 「その顔がこれまた愛らしいんです。もともと童顔というか女の子のような顔をしてますから、少女に間違われても仕方がありません。しかし、あの年齢であれはない。幼少時はどれだけ可愛かったか計り知れません」 言いたいことには上限がなかった。 確かに、ラブラドールが子供の頃は少女のようだった。女の子と見間違われてもおかしくはなかったし、むしろ本当は女の子ではないかと言い切れるほどに愛らしい子供だった。 カストルが出逢ったときは既に少年で年上だったが、やはり初めて見た時は女性だと思っていた。だからといってカストルがラブラドールの外見に惹かれたわけではない。 「私がラブラドールに惹かれたのは彼の内面の清らかさと強さなのですが、最近では容姿も理想的であることに気付きました。ほんとに首ったけですね」 カストルが一人で照れて赤くなっている。 自室で何を囁こうが勝手だし、人形たちが聞いていても、それも今更である。独り言が長くなってしまうのは、辺りには漏らせず、まして本人にも言えないために心の隅にある想いを隠すことが出来なくなっているからだ。このままだと本人を目の前にしてつらつらと愛を語ってしまいそうだった。 睦言を囁くならばいい、だが、ここまでくると既に愛の囁きを越えていた。絶対に引かれると思うが、カストル自身、ラブラドール本人を前にここまで赤裸々な告白は出来なかった。 或る日、午前中のミサを終えて昼食を終えてから、午後の予定を確かめるためにラブラドールがカストルの元へやってきた。 「どうしました?」 「うん、今日って午後からのミサないよね。それを確認したくて」 「今日はありませんよ。フラウなんかそそくさと何処かへ行ってしまいました。さっきテイト君が探してましたねぇ」 「そっか、じゃあ、僕は存分に花の手入れが出来るかな」 「中庭ですか?」 「ううん、温室」 「お手伝いしましょうか」 「えっ、いいよ、僕一人でも出来るし」 「そうですか。もし人手が必要になりましたら言ってください」 「ありがとう。じゃあ、またね」 ラブラドールは飛び切りの笑顔を見せて温室へと向かった。まるで妖精がパタパタと小さな羽根を揺らしてワンダーランドへ飛び立つようであった。 「……今日の笑顔も可愛らしい」 カストルの独り言である。そして、 「押し倒したいですね」 突然とんでもないことを口走り、 「ではなく!」 慌てて否定し、カストルはコホンと咳払いをすると、 「私は教区長の仕事があるんでした」 やるべきことが溜まっていることを思い出し、姿勢を正して聖堂に向かった。 午後2時になり、手が空いたカストルはふと思い立ってラブラドールの温室に向かった。もしかしたら、また鋏を持ったまま寝ているのではないかと思ったが、ラブラドールは歌を歌いながら花と戯れていた。 「いらっしゃい、カストル」 「おや、バレてしまいましたか」 「うん、お花さんがね、君がやってくるって教えてくれたの」 「そうですか。お仕事の邪魔をしてしまったら申し訳ない」 「まさか。来てくれて嬉しいよ」 ラブラドールがにっこりと笑う。 笑顔がここまで可愛い男性というのも希少価値だと思う。 「邪魔はしませんから、続けて下さい」 「ふふ、もうすぐ終わるんだけどね」 「そうなんですか?」 「でも危なく寝そうになって、一人であっち行ってみたりこっち来てみたり、睡魔をごまかすのに大変だったよ」 「寝そうだった?」 「うん! だって一時半くらいからって、魔の時間帯だと思わない? フラウなんか午後からミサがあるとよく寝てるし」 「ああ、分かります。お腹いっぱいになっていい感じに眠くなりますね」 「でしょ? 今日は特に天気もよくて温室暖かいからフワーッとしてきて寝ると気持ちいいだろうなぁって思っちゃった」 「たまにはいいんじゃないですか」 「なにが?」 「ここでお昼寝するのも」 「まさかぁ。だって、いつ人が来るか分からないのに。たぶん、もう少ししたら見学したい人がやってくるかもしれないよ」 「そうですねぇ。司教がここで寝てたらお客さんはびっくりだ」 「でしょ」 「でも、あなたなら皆許してくれるかもしれませんね」 「どうして?」 ラブラドールは手を止めてカストルを見つめた。 「どうしてって、可愛いし」 「なぁに、それ。カストルってば変なこと言わないでよ」 「毎日一生懸命教会の花や草たちの手入れをしてくれているあなたには、誰もが感謝の気持ちでいっぱいです。そんなあなたがここでうとうとしていても、文句を言う人なんて居ませんよ」 カストルは蜜をたっぷりと蓄えた花に顔を近づけて香りをかいでいる。 「そんなことないよー」 「いいえ、こうして花たちが素晴らしく実っているのもあなたのお陰です。花たちだって許してくれます」 「もう、カストルは甘いなぁ」 ラブラドールが目元をほんのり赤らめながら言う。 「甘やかして言っているわけではありません」 普段仕事への姿勢には厳しいカストルである。それは決して差別をすることなく、フラウにもテイトにも同じ態度で接し、当然、ラブラドールにだけ贔屓することもない。 「よく働いてくれるから、ご褒美として当然なのでは」 「えーっ、そんなこと言われたら本当に眠っちゃうよぉ」 ラブラドールはにこにこしながら草花を首や腕、そして躯にくるくると巻きつけた。 「大丈夫です、そんな時は私が起こして差し上げます」 「あ、王子様のキスー?」 「え?」 王子様と呼ばれて誰のことかと思っていると、 「君でしょ、僕の王子様って言ったら」 「ええ!?」 「駄目!?」 「いや、その……そういうシチュエーションは考えたことがなかったので」 お互いそういう年齢でもないのだが、、それは敢えて口にしない。 「僕が寝ちゃったらキスで起こしてね」 「はぁ」 「カストルが寝たら、僕が起こしてあげるから」 「私がですか?」 「そうだよ。ってなわけで、今、どう?」 「何がです」 「僕の温室で、すこーしだけ午睡を楽しむのは?」 「いけません、それは無理です」 「どうして?」 「私は仕事中です」 「じゃあ、そういう仕事だと思えばいいじゃない」 ラブラドールが突拍子もないことを提案する。 「なんですか、それ」 「僕の温室は居心地がいいかどうか、それを確かめて欲しいの。寝心地で居心地を決めるなんていいアイディアでしょ。臨床実験みたいなものだよ。こういうのは他の人の意見が聞きたいのであって、手入れしてる僕が実験体やるわけにはいかないもの」 「……」 「ね、どう?」 「どうと言われましても」 「どうせ君、昨夜も遅くまで仕事してたでしょう? 疲れてない?」 ラブラドールは催眠術をかけるように誘導している。 「あなたが隣に居てくれたら、それもいいですけどねぇ」 「僕? そんなこと言って、人形たちに嫉妬されたらどうしよう」 「それはありませんよ。温かい目で見守ってくれるでしょう」 「呆れるってことじゃ」 「まぁ、それでもいいですが」 「じゃあ、一緒に」 「仕方ありませんね。確かにこの場所は寝やすそうです」 「でしょー! そのために手入れしてるんだから」 「そのためにって……」 「あ、何でもないの。僕としては、寝転がったときの景色がどんなか意見を聞かせてほしいしな」 「ああ、それも重要かもしれませんね。って、寝転がったときの景色なんて、そんなの私かラブしか必要ないのでは?」 「いいの、いいの! お客さんにくつろいでもらうためには、温室を午睡スペースとして提供するのも悪くないかなって思ってるし」 ラブラドールの新たな試みでもあるが、そうやって教会へ来ることが癒しの場になって欲しいと願っている。 「でも、そうするとフラウが陣取りそうですねぇ。まぁ、フラウは屋根の上でいいとして」 「滑り落ちるよ」 「そのくらいがちょうどいいです」 「もう、カストルってば」 「それにしても気温も最適です」 「一応調節はしてるけど」 「さすがの私も眠くなります」 「うん。だから、本当は午後一番にここに来ちゃいけないと思う」 「ですが、この時間が一番いい時間帯なんですね」 「そう。って、あくびがでちゃうよ」 ラブラドールが手に口を当ててあふあふとあくびをしながら両目をこすり始めた。 「赤ん坊のよう……」 カストルがドキリとしてしまった。赤子のような仕草にときめくのもラブラドールだからである。決して赤ん坊に興味を示したわけではない。 「ん、なに? 僕がどうかした?」 大きな目がとろりと潤み、動作が鈍くなっていて、 「ああ、駄目。僕、眠い……ねむねむ」 「ネムネム!?」 これで自分よりも年上だろうかと疑ってしまいたくなる瞬間だった。 「あのね、教会に遊びに来た町の人が居れば……こんなふうにはならないんだけど……カストルだと安心しちゃって」 「……」 「じゃあ、ちょっとだけ休みましょうか」 「ん」 コロン、と横になった。こんな光景は今に始まったことではない。二人でここに居るときはリラックスして座りながら談笑することも少なくないのに、同じことを繰り返しても、やはりラブラドールが眠くなったときの様子は赤子のようで見ていてほのぼのとするのだ。 「私も横になりますよ」 「うん、隣、隣!」 大の男が二人大の字になって寝ているのは、ここでしか見られない。 「じゃあ、僕が先に起きたらキスで君を起こしてあげる。君が先に起きたら僕にキスをして」 「……本当にやるんですか、それ」 「もちろん」 「私のほうが早く起きると思いますが」 「そう? 楽しみにしてる」 「言いますね、あなたも」 「うふふ」 そんな笑い方が似合ってしまうラブラドールは、やはり少女のようにあどけなく、愛らしかった。 「おや……」 既にラブラドールは夢の中だ。その寝顔を見つめながら、ずっとこのまま見ていたいと思ったが、 「ああ、私も眠いです」 やがて自分も睡魔に引き込まれるようにして目を閉じた。どちらが先に目を覚ますかは、宣言したとおりにならないかもしれない。たとえ気付いたときにラブラドールのほうが起きていたとしても、一番最初に愛しい人の顔が見られるのであれば、それで幸せだと思った。 うとうと、うとうと。 どのくらい時間が経ったか、眠った時間はそんなに長くないはずだ。だが、心地いい眠りを妨げられるように誰かに呼ばれている夢を見て、それが現実だと分かったのが、たった今の出来事である。 カストルはうっすらと目を開けた。もちろん、まだ焦点は定まらない。 「ん……あれ?」 隣でラブラドールの声が聞こえた。その瞬間バッと目を開けたカストルは想像とは違う人物を見て声を上げた。 「フラウー!」 フラウが立っていたのだった。 「なんだよ、デケー声出すな。つか、メガネまでここで寝てるってどういう?」 改めて、下から見上げるとフラウは本当に大きい。それに圧倒されつつも、 「いつからっ!?」 カストルが飛び起きる。 「えーっと、5分くらい前?」 「5分ー!?」 カストルが慌てている。慌てる理由は、フラウに寝顔を見られてしまったという失態と、ラブラドールの寝顔まで見られてしまったという悔恨である。 「ラブの寝顔は知ってるけど、メガネも寝てる時は可愛いんだな」 「ガーッ!」 「ガッって……変だぞ、お前。どうした?」 カストルがフラウの台詞に一々叫び声を上げるため、不審に思ったフラウは、とりあえずカストルの顔色を窺がった。すると、ラブラドールが目を擦りながらとんでもないことを要求してきた。 「うーん。フラウに起こされちゃった。っていうか、起こす時はキスで起こすって約束だったんだ。キスしてよ、フラウ」 言う相手を間違っている。というより、言ってることも少しおかしい。 「ラブ。今、なんて?」 「キスで起こすの!」 「それは流行ってんのか?」 「流行とかじゃなくて、昔からそう決まってるんだよ。一人で寝てる時は仕方ないけど、誰かが居るときは、キスで起こすんだ」 「間違った見方……」 「いいからー」 しばし、ラブラドールとフラウの会話が続いている。その横で固まっているのはカストルだ。 「寝ぼけてんのか、ラブ。とりあえずオレは潔く退散することにして、温室の周りをキープアウトにしてやるから、もう一回寝直せば?」 仕切りなおしを提案した。 「それ、いいですね」 今度は冷静になって答えるカストルだったが、今更そんなことは出来ない。 「ったく、ラブがキスしないと目を覚まさないなんて初めて知ったぜ」 やれやれと頭を掻いてカストルを見ると、 「まぁ、お前が居なきゃキスしてやってもいいが、ここはお前に譲ってだな」 何故か偉そうに言っている。 「なんです、その態度。まるでラブラドールをものにしてるような言い方ですね」 「えー、オレ、ラブのこと嫌いじゃねーし? 好きだぜ?」 「なっ!!」 ラブラドールを嫌う者など、この教会には存在しない。だから、フラウの台詞は教会の中の者、そして町の人々すべての意見である。もちろん、恋愛の意味はないから何も焦る必要はないのに、 「私にはライバルが沢山……」 カストルは本気で青ざめていた。 「やだ、もうー」 一人、ラブラドールだけが喜んでいる。 「あ、そうだ。大事なこと言い忘れてた」 フラウが今頃になって用件を思い出す。 「なんです、大事なことって」 カストルが立ち上がり、司教服を調えて眼鏡のブリッヂを中指で上げた。 「大司教様が呼んでる」 あっさり、実にあっさりとフラウが呟いた。 「えーっ!!」 大声を上げたのは、またカストルだ。 「わりぃ、お前らの寝顔見てたらすっかり忘れちまった」 「そっちのほうが重要でしょう! あれから何分経ちます!?」 「さぁ」 「急いで行かねば、怒られてしまいますよ!」 「んー、お前とラブなら怒られないんじゃね? そんでオレだけ怒られるんだよ。ほんと、日頃の行いがいい奴って、こういう時、得だよなー」 あっけらかんとしているフラウに、やはりカストルだけが青ざめている。そしてラブラドールはというと……。 「まだ、立てない」 ぼんやりと座っているのだった。 「ラブラドール、そんな女の子座りで寝ぼけている暇はありませんよ」 「えっ、ラブが女の子座り!? 司教服着てんのになんで分かんの?」 フレアスカートのように裾が広がる司教服だが、座ればあぐらか正座の見分けはつく。だが、女の子のように横座りをしているかどうかまでは判断出来なかったが、カストルにはしっかり分かっていた。 「分かるでしょう、この角度で」 ほんの少し、右側に上体が傾いていて、右手が地面についている。そして靴の先が左のほうに揃って見えているのだ。 「え、そう? ちょっと司教服めくっていい?」 「な、駄目です!」 「確かめるだけだって。司教服の下は裸じゃねぇだろ?」 「あなたじゃないんですから!」 今度はカストルとフラウの言い合いが続いたが、 「えへへ、カストルの言う通りだよー」 ヒラリ、と裾を捲くってみせた。上品な横座りで、それをしていても全く違和感のないラブラドールには、後光が差して見えるのだった。 「お、いいもん見ちまった」 フラウが笑う。 「もう少し危機感を持って下さい!」 カストルが窘めたが、 「だって服を着ているもの。裸だったらしないよ」 「……」 その白い裸をよく知っているのはカストルなのだ。だから、これ以上諌めることは出来なかった。 「仕方ありませんね。今回はいいでしょう」 「もしかして焼きもち?」 「……それより大司教様のところへ急がねば」 「あはは、はぐらかされたっ」 この辺りは、まるで恋人同士のやりとりだが、いつまでもそれに浸っているわけにはいかなかった。 「さぁ、行きましょう」 「ほら、行くぜ」 フラウとカストルが手を差し伸べる。 「うん、ありがとう」 右手でカストルの手を、左手でフラウの手をとり、 「んしょ!」 そう言って立ち上がった。そしてすぐに、 「両手に華!」 ラブラドールは、そのままカストルとフラウの腕を組んで歩き出そうとする。 「おいおい、どうなってんだ」 フラウが笑う。 「ね、このまま大司教様のところまで行こう」 ラブラドールはご機嫌だった。こんなドタバタ劇でも寝起きが良かったのだろうか。 「え、冗談ですよね? 無理ですよ、ラブラドール」 「やべぇって、オレらどんだけおかしいの」 しかし、フラウもカストルもラブラドールに絡まれた腕を振り解くことなど出来ない。これでは3人腕を組んだままで、大司教に見られたら何を言われるか分からない。考えるだけでも恐ろしかった。 まるで酔ったようなラブラドールに、カストルはひしひしと午睡の危険性を感じたのだった。 「昼寝はもうしません」 一人反省文を書くようにうなだれると、夜は懺悔室に引きこもろうかと考えた。司祭は居なくてもいい。”一人赦しの秘跡”である。ここまでくると、いっそギャグにしか思えなかった。 ただ、ラブラドールの可愛さだけが際立ったことは確かである。本当に可愛らしく、すべての動作に胸をきゅんとさせていたことを思い出すと、自然に顔がにやけたが、またハッとして、自戒の念を新たにする。 やはり、懺悔だ。 昼寝で懺悔という構図が成り立つのは、カストルくらいなものだろうか。 |
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