たくさん泣いた夜

write a novel in third person
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本当は、”怖くない”と言えば嘘になる。けれど、怖いというよりも知らないことを教えられているという興味や、本当はいけないことをしているのではないかという背徳感が先立ち、テイトは戸惑いながらびしょ濡れになった軍服の上着を脱がされていた。
「……っ」
まず最初にアヤナミが軍帽をとり、自ら上着やシャツを脱いだ時点でテイトが固まっていた。自分を介抱するのにバスルームで服を着ていたら濡れるから脱いだのだろうと思ったが、お互い半裸のままくちづけをしていることは、この行為によって一線を越えることは確かで、あとは堕ちていくしかないと覚悟を決めるしかなかった。
「あ、あのっ」
どんどん深くなるアヤナミのくちづけを懼れ、テイトはアヤナミの腕を掴んで発言の許可を請う。
「言い足りぬことがあるのか」
おとなしくしていろと言わんばかりにアヤナミが無愛想にしていた。
「いえっ、ただ、変で……あ、オレが変なんです。ここがおかしなことになってきて……」
テイトはズボンの上から自分の下腹部に手を当てると、真剣な顔で悩み相談をするように打ち明けた。
「……」
今頃になって何を言い出すのか、わざとなのか、アヤナミは仕事のように計画通りに進まないのだと頭を抱えたくなっていた。大体、どんなふうになってきたかなど確かめなくても分かるし、そんなことを一々主張してくるテイトが稚気満々たる様子で、アヤナミはテイトの言動がおかしくてたまらなくなった。
「気にすることはない。私も同じだ」
そう答えると、テイトはアヤナミをじっと見つめ、
「参謀もですか? よかった!」
などと歓心を得ている。
その姿を晒すのは、今、行なっている長いくちづけが終わってからだが、テイトは自分で脱ぐ余裕がなく「脱げ」と言われてもそれが出来ずに困惑するだけで、アヤナミがしてやるしかない。それなのに、
「じゃあ、オレの裸見ても驚きませんよね」
要らぬ確認をして雰囲気を壊そうとしていた。しかし、壊れることはなく、逆にアヤナミを煽る形になり、
「驚くことはないが、お前もそう意識するな」
「……意識……するなと言われても無理です」
「何を構える必要がある」
「だって、参謀と裸になるって……お風呂一緒に……って、えっ、あ、んッ……!」
言い切る前に口を塞がれ、一々うるさいと怒られたような気がして怯んだが、
「私がこうしたかったのだ」
くちづけの合間に囁かれた言葉が信じられずにテイトは思わず閉じていた目を開けた。
「怖がらなくてもいい。私は酷くすることはない」
「!!」
こんなに優しい人だったろうか。
冷たい眼差し、冷たい躰、いつも言葉少なで感情が伝わりにくく、関わりづらい。それなのに、こんなにも自分を必要としてくれて、熱い想いで求めてくるから、それだけでテイトは何も言えなくなってまた静かに目を閉じてくちづけを待ち、もっと深く繋がりたいと渇望してしまうのだった。
アヤナミは頬や耳朶、首筋に何度もくちびるを這わせ、そっと吸い、テイトが震えているのを心配しながら、
「まだこれからだというのに……実は怖がりだったのか」
「こ、怖いっていうより、たまらなく気持ちがいいだけでっ」
耳を噛まれるとこんなに気持ちがいいとは思わず、首筋を吸われると躰中が痺れてくるから絶対に何か仕込んでいると疑って薄目を開けてしまうことがある。
「え、でも……あれ、オレの服……」
いつの間にか脱がされているというのは、昔、戦場から怪我を負って意識を失って戻ってきた時くらいしか記憶にない。
「あれは邪魔なものだからな」
「じゃあ、参謀も……」
同じく素っ裸になるべきではないかと思う。
「案ずるな。言われずともそうする」
アヤナミは笑いを堪えているようだった。そしてベルトに手を掛け、テイトの目の前で美しい裸体を晒していく。
「……ッ」
テイトは顔を真っ赤にして、アヤナミがすべてを脱ぎ終える所を見ることも出来ずに、その間、横を向いたまま必死で目を逸らしていた。その様子を見て、
「何処を見ている」
アヤナミが責めているような口調で問いかけた。
「あ、あの……じっと見たら失礼かと」
「そこまで不自然に視線を逸らさずともよい」
「は、はい。では、もう見てもいいでしょうか」
「……」
最中にそんなことを言われたのは初めてである。
「一応断っておかないと申し訳なくて」
「何故一々聞く必要がある。好きなだけ見ればいいだろう。私は逃げも隠れもしない」
「それはそうですが」
と言いながらもテイトは頑なに視線を戻そうとはしなかった。
「手の掛かる奴だ」
アヤナミはテイトの顎をとり、ぎりぎり正面を向かせた。
「さ、参謀っ」
普段から顔を見ることも難しいのに、上半身ですら見学料を取られそうだと思う。ましてそれより下など死んでも見れない、と真っ赤になっていると、
「何やら面倒なことを考えているようだが……」
アヤナミが前置きする。
「お前がどう思おうと、嫌でも私の躰を知ることになる」
「えっ」
そう言いながら無理やり顔を自分の方に近づけ、
「よく見ておくことだ」
グイと下へ向けたのだった。
「!」
視界に入ったのは、逞しい上体と、雄々しい下半身だった。
「すご……!」
思わず口に出してしまったのは、見た目よりもずっと躰が出来ており、テイトにはない筋肉が脚にもしっかりついていて、どうすればこんなふうに美しい躰が出来上がるのだろうと驚愕したからだ。
「なんて綺麗! 芸術……彫刻みたい! このまま美術館に飾れるくらい!」
恥ずかしがるどころか、すっかり感動している。
「……それは褒めすぎだ」
「決して言いすぎじゃないです。本当に……男らしくて……なんだか女性にも人気なのが分かります」
媚びるつもりはなく、ただ本音を言っているだけで、アヤナミに自分の思いを伝えたくて必死になった。
「どんなことはどうでもいい。今の私はお前に興味がある」
「!」
「しっかり相手になってもらおうか」
「……っ」
テイトは躍々としている場合ではなくなり、濡れた躰は更に火照って、それを冷ますには一度狂ってしまうしかないと諦めるのだった。
アヤナミはテイトの緊張が解けてきたのをいいことにくちづけを繰り返しながら躰をゆっくりと愛撫していった。途中、テイトは脇や腰などの敏感な所を触られるとビクンと反応したが、アヤナミは手を止めることなく皮膚の性質や骨組みまでも確かめるように接していった。もっとも、吸い付くような感触がたまらず、
「女のようだ」
瑞々しい肌を嘆じたが、それはそれでテイトにも納得出来ないものがある。女のようだと言われて喜ぶ男子はいない。もっと他に言い方はないのかと思っていると、
「納得がいかないようだが、この躰で男を語るには10年早いな」
アヤナミに心の中を読まれてピシャリと牽制されてしまうのだった。
「ですが……」
「何だ」
「一応軍人なので……」
言い訳が面白い。軍人だから男らしく扱って欲しいと言おうとしたのだろうが、
「今はその肩書きは必要ない」
「えっ」
「そして私はお前を女のようだと発言はするが、当然、お前を男として見ている。不満か?」
対等なのは互いの気持ちと、すべてを晒しているこの躰、今を共用している特別な時間。
「……いいえ、そう思って下さっているのなら嬉しいです」
アヤナミは部下を卑しめたり戒めるためにこんなことをしているのではない。ただテイトが愛しく、躰に触れたくてこうしている。恐らくアヤナミも”情熱的な自分”に驚いているに違いないのだ。
時折せわしくなる愛撫にテイトの呼吸が乱れ、その度にアヤナミに真面目な顔で、
「変な声が出そうです」
と報告する。最初のうちはアヤナミも、
「出せ」
と言っていたが、そのうち、
「ずっと啼いていろ」
と言うようになり、意図的に弱いところばかりを攻めるのだった。まだ一つになる前からこんな騒ぎでは躰を繋げるのは容易ではないと察したが、どちらもやめるつもりはなかったし、むしろそれが待ち遠しかった。
テイトは、まるで眠り薬を飲まされたかのごとく朦朧としてくる意識の中でアヤナミに触られながら、
(参謀の手は大きい。オレなんかより、ずっと大きくて大人)
見ておきべきものは見逃すわけにはいかないと必死になり、視界に入るものをすべて目に焼き付けようとしていた。
(肩幅もある。筋肉もついてる。参謀ってこんなに逞しかったんだ……着痩せして見えてたのか)
不躾にも視線を凝らし、一つ一つの部分を検証し始める。
(普通、こんなとこに筋肉つくの? 何処をどう鍛えればこんなふうになれるんだろう)
背中に手を回して指で確かめ、そのまま腕も触る。本当に見事だと思った。
(そして白い。嘘みたいに白くて綺麗。女々しいとか頼りなさそうとかじゃなくて、うまく言えないけれど、ちゃんと男の美しさというのがあって……)
地位も人としての人格も顔と躰も、今のテイトには逆立ちしても敵わないものをアヤナミは全部持っていた。
(やっぱり凄い人なんだ。万能というか不可能がないっていうか……神様はこの人に一体幾つの物を与えたのだろう)
そう心酔してしまうほどに。
「もう、いいだろう」
アヤナミが言った。
「えっ?」
「確かめられたのか」
「な、何を……」
「私を見定めていたのだろう」
テイトの行動はお見通しだった。
「え、ば、ばれて……、あの、参謀のことオレはよく知らなくて、こんな機会は滅多にないから……」
朦朧としていた意識が覚醒するようにクリアになり、テイトはどう言い訳をすれば怒られずに済むか、そればかりを考えていた。
「怒っているわけではない。無論、お前には私を知る必要があると言った」
「!」
「ただ、これからはそんな余裕はなくなるかもしれないが」
「!?」
「これからお前がどんな態度をとろうとも、私はそれを非難することはない。ありのままの姿を見せろ」
「……!」
「羽目を外しても構わん」
「それは……」
折角アヤナミが許可を出し、どんなことになっても構わないというのなら、そう言われた方がラクだと思った。たが、テイトには自分がどうなるか計算も出来ないし、予想もつかない。
「安心しろ。後でくどくど言うこともしない」
「……はい。オレにはよく分からないけれど……」
恥ずかしそうに呟いたテイトは、
「もうぜんぶ参謀に任せるしかないんです」
逸らしていた視線をアヤナミに向け、言い終えてから下くちびるを噛み、小さな手でアヤナミの腕を力を込めて握った。態度では不安で仕方がないという仕草をしてみせるのに、言葉では精一杯強がって、
「どんな結果になっても、後悔をすることはないと思います」
自らも欲しているのだと意思表示する。
そんな潔さにアヤナミも満足し、思う存分味わってやりたいという欲望と大事にしたいという愛情とが混ざり合い、アヤナミは少し強めにくちづけを施しながら両脚をグイと広げ、テイトの性器に手を伸ばしてやんわりと握った。
「!!」
本当は絶叫したかったが、さすがにそれはまずいと思った。何故なら、よそに聞こえる可能性があったからだ。外部に悲鳴が漏れたら誰に通報されるか分からない。
我慢するのもきつく、テイトは恥ずかしさの余り、本気で泣きたくなっていた。自分でも滅多に触らない所をアヤナミに弄られているというだけで発狂しそうだ。しかも、扱かれているわけでもないのに、やたらと気持ちがいい。それをテイトはお湯の中で触られているからだと勝手に解釈してしまう。
一人で暴れるだけで湯船の中の浅めに入っているお湯が波打ち乱れ、二人が動くと慌しいことになるに、じっとしていられず足掻くように躰を捩じらせ、時には引きつらせ、じたばたと悶絶していた。テイトにしてみれば、風呂の中でこんなことをしていることが信じられなかった。
アヤナミは暫くテイトの男の子の印を弄り、指先で捺し、或る程度の刺激を加えてから完全に形を変えるまで待つと、やがてその手が硬さを帯びたの性器を握りながら上下に激しくスライドしはじめる。
「あぁーっ」
耐え切れずに声を出したが、テイトなりに抑えたつもりでもバスルームのせいか、かなり響く。
「声が、声がっ」
どうしたらいいのか分からない。
「気にするな。我慢をせずともいいと言っている」
「でもっ」
「いい声だ、続けろ」
「ええっ!? アッ、ア、や……っ、そこっ」
張りを増してきた裏側を撫でられるとどうしようもなかった。躰が勝手に跳ねるし、妙な快感に精神が正常でなくなるのが分かるのだ。
「この感情は……っ」
「ただの欲情だろう」
「そんな簡単に言われてもっ」
「難しいことではないのだ、テイト=クライン」
「参謀……っ」
頭では分かっているのに、と言いたいが頭でも躰も分からない。怪我や孤独には慣れているのに、性器を弄られるたびに今まで感じたことのない快感に魂ごと乗っ取られそうで、自分が何に変化するか想像も出来ず、テイトはお化けを見た時に出るような悲鳴しか出せなくなってしまった。
「ひぃぃぃ!」
アヤナミは驚いていたが、
「それでいい」
と納得していた。
「いいんですかっ、こんなんでいいんですか、オレ、おかしいですよね!?」
「中々面白い」
「お、おも……」
テイトが口をパクパクさせていると、
「余裕がある証拠だ」
「余裕!?」
これの何処に余裕があるのかテイトには理解出来なかった。余裕がない場合はどんな態度になるのか聞いてみたい。
そして、空いている手が後ろへ移り、秘孔を捕らえると指の腹で押しながら挿入するための準備を始める。
「!? え、何処触ってるんですか」
その質問には答えず、中指の先を潜入させた。
「何か……変なものが……入って……」
ムードのない一言がアヤナミの耳に届いたが、
「私の指だ。少し動かす」
テイトが子供っぽい言動を繰り返していることに構わず、いきなり前立腺を捜し当てるように指先を曲げて中を掻き回す。
「ひゃあ! 何、何ですか!? ううう! あっ、何でー!?」
コリコリとしたイイ所を見つけてそこを優しく押すと、テイトはバタバタと暴れ始めた。こうした行為でも快感が得られることを知らず、その仕組みが理解出来なかったようだ。
「このままこれだけで終わらせてもいいが……」
「えっ、えっ!?」
「そんなお遊びのためにお前を抱くわけではない」
「!」
アヤナミから施されるくちづけも愛撫も、すべてが優しく、何をされているか分からない時でも驚くだけで怖いと思うことはなかった。風呂の中で二人がずぶ濡れになり、いつもと違う状況で特別なことをしているという感覚はテイトの混乱を正しいものにしていった。
(心地いい)
そう感じるほどに、むしろテイトが本能でアヤナミを求めていて、アヤナミもそれが分かっていて行為を続けている様子だった。
指が抜かれ、次に宛がわれるものが何か分かっていないテイトは、尻に奇妙な感覚がなくなったことで少し正気を取り戻し、
「今の……」
どういう現象が起きていたのかアヤナミに訊こうとする。
「そのうち教えてやる。次はこれだ」
そう言ってテイトの手をとり、アヤナミは怒張した自分の性器を触らせたのだった。
「!」
そのまま後ろの孔苑へ持っていくと、そこに挿入するのがはっきりと分かるほどテイトに直に確認させる。
「……っ、あの、これ……本当に……」
不安がるのを僅かに微笑んで宥め、
「お前からはよく見えないのが残念だ」
「!?」
先端をゆっくりと押し込んでいったのだった。
「アアッ!」
今度の感覚はさきほどよりも鋭くて、痛みが混じっていた。
「やっ、いたっ、な、なにこれ……ッ、かたいー!」
お湯の力を借りても挿入は難しく、逆にテイトは、湯の中でこんなことをしていいものかどうか、躰の中にお湯が入らないのか、など、パニックに陥る。本来なら無視するアヤナミも、
「心配するな」
いつもの仕事場とは違う優しい口調で声を掛ける。
「痛っ、いたっ、無理……っ」
かなりきついのはアヤナミ自身も感じている。先に進めないのは中が狭いせいだ。
「少し息を吐け、躰を浮かせるように力を抜くのだ」
珍しくアヤナミが助言する。
「う……っ」
懸命に言う通りにしようと思っても躰が言うことを聞かずに涙がこぼれた。
「辛いか」
アヤナミが苦々しい顔でテイトを見つめたが、その表情も普段はすることのないもので、いかにテイトを気遣っているのか分かる。
「さ、参、謀……」
「苦しいのだろう?」
「そ、うでは、なくて……」
「何だ」
「参謀とオレ、い、ま、繋がって……る?」
テイトは現実に起きていることを忠実に表現しようとしたのか、言葉で疑問系を用いて説明し始めた。
「そうだ」
「ど、うして、こんなことを?」
この行為の意味が全く分からないわけではなかったが、うっすらと微々たる知識しか持ち合わせていなかったテイトにとって、歴史的椿事である。
「私がこうしたかっただけだ」
そう答えるアヤナミに、
「違う。違い、ます。オレが……したかった」
具体例はない。ただ、どうすればアヤナミの一番近くに居られるのか、どう頑張れば互いがもっとも間近で居られるのか、テイトには分からなかった答えがここにあった。
「お前が抱かれることを望んでいたとは思えぬ」
普段は軍人として軍律の厳しい生活をしておきながら、テイトはまだ年端もいかない少年といってもいい。確かに成長期ではあるが、同じ年ごろの男子と比べて少々幼いところもあったし、頭の中が性欲でいっぱいになっているようには見えなかった。だが、テイトはただの肉欲ではなく、精神的な愛情から生まれた想いを伝えたかった。
「オレは……参謀の特別な人に……」
テイトが涙をこぼして呟くと、
「ああ、そういうことか」
アヤナミがふと笑った。
「だから、嬉しくて、すごく嬉しくて……」
「泣くほどのことでもあるまい」
「オレにとっては、あるんです」
「お前は変わっているな」
「だって……こんなこと、こんなこと……」
テイトはいっぱいいっぱいになっていた。その姿には愛くるしさが滲み出ている。大きな目に涙をため、
「抱いてくれて……ありがとうございます」
そう呟き、酷いことをしていると責めるでもなく痛がって拒否するでもなく、テイトは力の入らない躰に笑顔を作って、たくさんの涙を落とすのだった。
「お前は……」
アヤナミはテイトを見下ろし、少し降伏気味に、
「可愛いやつだ」
甘く囁く。
「! でも、……参謀だって……」
驚いたテイトは、同じことを言おうとしたが、
「私が可愛いか?」
言葉遊びのようになりながらも、
「……ええと、参謀は……綺麗、かな?」
うまく表現出来ないから正直に述べた。
「お前がそう思うのなら、そうなのだろう」
アヤナミが再びテイトにくちづけると、テイト自ら腕を絡め、その後は言葉を忘れて涙なのか汗なのかも分からないほどに濡れながら、頻繁に水の音を立てて愛し合った。
互いの中心を通じ合わせるように、繋がった部分をこすり、これ以上深い関係はないのだと論証していく。深さを感じるたびにテイトは大粒の涙をこぼし、涙腺が壊れたのではないかと心配するほど嗚咽を繰り返した。
「泣くな」
「な、泣かせると言ったのは参謀です」
涙をアヤナミのせいにして、テイトは何度も刺激を欲し、くちづけと愛撫をせがんだ。
「こんなに欲しがるとは思っていなかったな。意外なものだ」
「オレだってこうしたかった。今まで出来るとは思ってなくて、こんな近くに参謀が居るって、夢みたいで……っ」
言葉に詰まりながらテイトはしゃくりあげて懸命に意思を伝えた。
この関係はアヤナミも望んでいた結果であり、どんなにテイトが夢に見てもアヤナミが行動に移さなければ叶わなかった。快楽のためだけの行為ではなく、それぞれの気持ちを表すための手段で、肌を合わせ、一番近い距離で見つめ合い、互いの存在を確かめる。たったそれだけのことでも、たくさんの想いが詰まっている。
それでもテイトは不安になるのか、、
「これが最初で……最後?」
最中にそんなことを訊ねてしまった。
「……」
「参謀?」
何も答えようとしないアヤナミを見上げると、
「お前が私の名前を呼べば、次の約束もしよう」
「!」
「今は仕事中ではない。もっと私に甘えてもいいのだ」
「……!」
普段はあれほど厳しいのに、こんな時だけ甘やかそうとするアヤナミの頬に手を伸ばし、そっと触れながら、
「名前を呼ぶ? 呼べばいいのですか?」
一度確認し、
「そうだ」
いつもの冷たい表情が柔らかな笑顔になったのを見て安心したのか、
「アヤナミ……?」
と疑問系の呼び捨てにしたのだった。それがテイトの精一杯だったのである。
「もう一度」
及第点にはならず再度要求されると、
「アヤナミ」
再び呼び捨てで答える。
「それでいい」
アヤナミはまた微笑んでいた。もっとも、こんな会話も特別な時だから許されるのだった。

蜜のような語らいと甘い房事は、ゆっくりと緩やかに続けられた。ベッドの中と違い、お湯が邪魔をしてスムーズに動けないというよりも、アヤナミは故意にそうしているところがあった。それでもテイトの反応は凄まじいもので、痛みや快楽がごちゃまぜになって精神的な乱れが生じ、涙がとまらず、
「どうしてオレは泣いているのでしょうか」
などと真面目な顔で訊く。アヤナミも、
「泣き虫だからだ」
と答え、テイトは咄嗟に「違います」と反論し、そのうち、これは汗だとか湯気だとか湿気だとかでごまかし始め、
「素直なのか頑固者なのか」
アヤナミが苦笑する。
「だって、後からすぐ泣くとか子供とか言われるのが嫌だからっ」
こうして言い訳をするのは自己防衛のためである。
「その通りだろう?」
「ち、ちがいます、もう今日からオレは大人です」
「……」
「参謀が立会人で」
「!」
犯し、大人へと導いている相手を証人と呼び、
「せめて案内人と言って欲しいものだが」
アヤナミが代わりの言葉を探すと、
「分かりません」
と却下する。
「さすがに口がよく回る」
アヤナミも、そろそろお手上げなのだった。
「今は部下じゃないって言いましたよね。でも、生意気になったら怒りますか?」
「その態度は好ましく受け取っておこう」
「良かった。……でも、今の関係って……」
口にしてはいけない質問を呟いてから、
「やっぱり、そんなのどうでもいいや」
言い直してテイトはアヤナミの腕にしがみつくのだった。

互いの躰をきつく接(は)ぎ合わせ、じわじわと押し寄せてきた奇妙な感覚がテイトのいとけない心理を凌駕し、
「躰が溶けるそう。脳みそがはちみつみたいになっている」
と言って息を吐き、快感を追いやろうとしていた。
「おかしなやつだ」
快楽に浸ろうとせず、逆に逃がすとはテイトらしいと思ったが、自身も同じような感覚に至っている。冷静にならなければ狂気じみた行動をとってしまいそうだ。
アヤナミが決して変わった体位をとったり激しく動いたりしないのはテイトを慮ってのことで、しっかりと手を繋いだまま、狭く小さな花のような開口部を穿つのだった。

時折大きく揺らぐ以外は、テイトが仰け反ったりアヤナミが自分の方へ抱き寄せるくらいで、本来はもっと獣のように騒々しい雰囲気があってもいいものを、アヤナミはそれを嫌い、且つテイトを不安にさせないように手ほどきをしながらじっくりと味わった。しかし、それも時間が経てば変わる過渡期のようなもので、
「少し、きつくなる。お前も我慢するな」
そう言ってアヤナミは挿し曳きの拍を上げた。泣き疲れと湯疲れを起こす前にすべてを終わらせたかったのだ。
「あっ!」
テイトはアヤナミに性器を握られてぎょっとするも、拒否はせず、左手で扱かれるのを息を呑んで見つめていた。
「……あ、あの、あの!」
「黙っていろ」
文句は受け付けないという意味だが、
「また声が出ます!」
「……」
「ああ、だめっ、やめて下さ、い、ああッ」
拒絶の言葉が出てしまうのは自分の意思とは関係がなかった。つまり、やめて欲しくないのに、そう言うしかなく、腰が勝手に揺れるのも、アヤナミが突き上げているせいだとこじつけ、
「参謀がめちゃくちゃいやらしい!」
と叫ぶしかなかった。
「あーッ、ああああ! 躰がっ!」
上半身を捻り、ついにガブリと自分の手を噛んだ。
「おかしな真似はするな。私に掴まっていろ」
「が、我慢……できな」
「しなくてもいいと言っている」
「ひ……っ、頭が、腰が溶けるっ、ああ、うう、うぅ……っ」
必死で訴え、自分の状況を説明しようとするのだが、うまく出来ずにまた泣いている。
「しかし、よく泣く……どこをどうしたらそんなに涙が出るのだ」
アヤナミはふと手を空かせ、指先で流れる涙をすくった。
「参謀が……」
「私のせいか。……そうだな、その通りだ」
額に張り付いた前髪をどかし、おでこにキスをすると、
「お前を解放する」
そうして二人は最後の瞬間を迎えるのだった。

モノクロの画面、歪む視界、脳天に響くほどの快感と浮遊感、今まで知ることのなかった感覚、初めての行為。アヤナミの手で絶頂へ導かれ、悲鳴を上げて射精をした後、テイトは糸が切れたように躰からずべての力が失われ、暗闇に堕ちるように泣きながら意識を失った。
残されたアヤナミは、小さな躰を抱きしめ、空虚の中へ秘密を隠そうとする。

「この記憶も消してしまうか」

それを実行するのは、とても簡単なことだった。


次の目覚めはベッドの中、見えた光景はテイトにとって珍しくもないものになった。
「また参謀の……」
起き抜けに呟いた声は掠れていて、何故か躰に疲労感がある。だが、それが不快ではないことが分かり、十分に休めたのだと思うも、時計を見て、テイトは思わず声を上げた。
「あ、やばい、もうこんな時間。帰らなくちゃ。ん? でも、何でオレはここに居るんだろう?」
アヤナミのシャツを着せられていることから、また倒れたのか、それとも最初からここで寝ると約束していたことだったかと混乱気味になるが、そこへ、
「まだ時間にはなっていない。寝ていろ」
アヤナミが隣の部屋から姿を現し、テイトを気遣う。就業時間にはなっていないから眠っていても構わないという指示だったが、テイトは状況が把握できていないために辺りをきょろきょろと見回している。
「参謀、ずっと仕事を? オレ、また眠くて寝てしまったのでしょうか。って、あれっ?」
そこでテイトは自分が涙を流していることに気付いた。
「何故泣く」
アヤナミが怪訝そうな顔をしたが、その表情は、どちらかと言えば悲しそうで、何かの痛みに耐えているようにも見えた。
「何故でしょう!? どうして泣いてるんだろう? なんで泣けてくるのか」
アヤナミの声を聞き、姿を見た途端にそうなった。
「困ったやつだ」
ため息をつき、テイトのそばに寄ると顔色を確かめ、そっと頬に触れた。
「あ……」
何かをされると思ったテイトは身構えたが、
「仕事中も泣くか」
問われて慌てて首を振る。
「それはまずいと思います! 皆の前で泣くとか変ですし」
「その前に、この顔を他のやつに見せるな」
「えっ」
みっともないからだろうかと危惧し、しゅんと黙り込んだテイトだったが、
「笑い方を覚えたのだろう? お前は笑っていればいい」
「!」
意外な発言に驚くも、
「笑えるようになったのは最近です。だから、苦手と言えば苦手だけれど、参謀がそう仰るなら笑います」
「無理にせずとも良いが、大勢の前で泣かれては困る」
「泣きません、ただ、今はどうしても涙が止まらなくて……参謀を見たらこうなるって、どうしてなのか……怖いとかじゃないし、仕事だってしたいし」
独り言のように呟いている最中に、アヤナミはテイトの頭を撫でた。
「参謀?」
慰めてくれているのかと思い、テイトはアヤナミを見上げる。アヤナミの口がわずかに動き、言葉を紡ぎ出したが、テイトには、その言葉の意味がすぐに理解出来なかった。
「今、何と?」
知りたくて問うと、アヤナミは答えることなく背を向け、寝室を出て行った。
「……ア、ヤナ、ミ……参謀、長」
ここでもまた、届くことのない言の葉が宙に迷う。

アヤナミが呟いた台詞には伝えられない思いがあった。たとえ永遠に分かり合えず、俟とうことも叶わずとも、
「赦せ」
楼閣の咎を贖うための呪文。そしてそれは、ラグス語だったために今のテイトには通じなかったのだ。

この夜の奇跡は、まるで失われた大陸のような一場の夢か。

しかし。
ベッドの上で膝を抱き、ぼんやりと時計の針を見つめながら、無意識に呟く。
「ああ、そうだ。オレは……あの人に……抱かれたんだ」
テイトが光を失うことはなかった。