B.C.3 AFTER

製作者:表




※この小説は『第三回バトル・シティ大会』のアフターストーリーです。以下の5つが既読であることを前提としています。
 ・『やさしい死神』『逆襲の城之内』『心の在り処』『心のゆくえ』『第三回バトル・シティ大会』



第一章 世界を救う者

 第三回バトル・シティ大会――その激戦から、三ヶ月余りの時が過ぎた。
 季節は夏を迎え、太陽は燦然と輝く。陰鬱とした梅雨を終え、空は快く晴れ渡り――けれど、その少女の心は晴れずにいた。

 舞台は童実野高校、その一階の教室。春に入学した彼女は、一年生として三ヶ月余りを過ごしてきた。
 窓際の座席で、ぼんやりと空を眺める。普段は真面目な授業態度を見せる彼女が、しかしその日は様子が違った。
(まだ視られてる……? いったい誰が? 何で私を?)
 今朝目覚めて以来、彼女はずっと“視線”に悩まされていた。家にいるときも、通学路でも、学校でも、いついかなる場所にいても――その“視線”は彼女に付きまとった。
 誰かにずっと視られている、そんな気味の悪い感覚。けれどどれほど見回しても、その犯人は分からない。
(気のせいなのかな……少し遅い五月病とか? だってあり得ないもの、そんなこと)
 カーテンの閉まった自室でも、体育のときの更衣室でも、トイレの個室にいるときでさえも――その“視線”は感じられた。そんな状況に神経をすり減らし、疲れ果ててしまったのだ。

「――瞳子……どうかした? おなかいたい?」

 掛けられたその声に、彼女――岩槻瞳子(いわつき とうこ)は我に返る。
 生徒もまばらな教室の様子に、瞳子は状況を察する。いつの間にかホームルームも終わり、放課後になってしまった。
「……保健室、いく? それとも絵空たちよぶ?」
 不安げに見つめるクラスメイトに、瞳子は小さく笑みを漏らす。
 きっと気のせいだ、疲れているのだろう――自分にそう言い聞かせて、席を立った。
「ううん、大丈夫。部室に行こう、雫さん」
 瞳子は努めて明るい声で、そのクラスメイト――神無雫(かみなし しずく)にそう呼び掛けた。



 神無雫が瞳子のクラスメイトになったのは、入学式から一ヶ月が過ぎた頃のことだった。
 彼女は元々この学校の生徒であったが、事情により昨年から休学しており、一年生として復学することになったのだ。つまり瞳子よりも1つ年上ということになるのだが――その小さな体躯と容貌は、むしろ年下かと錯覚させた。
 瞳子は以前から彼女を知っていた。というのも、雫は第三回バトル・シティ大会でベスト8の成績を残した強豪デュエリストなのだ――大観衆の前で披露されたその奇抜な戦術は、強く印象に残っている。
 なお、その大会中に起こった“テロ事件”により意識不明の重体だったとの噂だが、瞳子から見る限り、もう問題はなさそうだ。

 隣のクラスの“ある友達”に頼まれたこともあり、瞳子は雫と親交を深めた。
 雫は内気でマイペースな少女であり、二ヶ月が過ぎた今でも、クラスに自然に溶け込んでいるとは言い難い。けれどそんな彼女のことを、瞳子は理解できる気がした。
 悪意などなく、むしろ優しさ故に、他人から距離をとってしまうタイプ――瞳子にはそう思えた。かつて自分もまた、似たような人間だったから。

 そんな彼女たちは今、ある部活動に所属している。
 瞳子の中学校以来の親友の熱意に始まり、すったもんだの果てにようやく創立できた部活動――その名も“非電脳ゲーム部”。2年生が1人、1年生が4人、合計5名により創部となったそれは、部室棟の一室を得て、先月から活動を始めている。
 のだが、

「――えっと、私は『岩石の巨兵』と『磁石の戦士γ』で直接攻撃するけど……何かある?」
「……ない。私の負け」
 部室での一幕。“非電脳ゲーム部”の活動内容は基本的にM&Wであり、瞳子は雫とデュエルをしていた。
 しかしその決着があまりに早く訪れ、瞳子はウーンと唸り出す。
 敗北した雫が手札を晒す。その中身はなんと、レベル8モンスターが6枚――盛大な手札事故である。
「……えーっと、もう少し魔法・罠を入れた方がいいかなあ。それか、やっぱりレベル4以下のモンスターも入れるとか」
「……? でも、レベルが大きいほうが強いよ?」
 概ね間違ってはいない。だから瞳子は再び唸る。
(どうしてこのデッキで勝てたんだろ……? たしかに回れば強いけど、全然安定性がないし)
 実際、雫とは何度もデュエルしてみたが、瞳子の勝率は8割以上だ。
 これほど無茶なデッキで大会を勝ち進むなど、“幸運の女神様”が味方でもしていたのだろうか――瞳子はそう思い、首を傾げる。実際の話、神は神でも“邪神様”だったのだが。

 そもそもバトル・シティ大会ベスト8の実力者に、予選落ちした自分がアドバイスして良いものか――瞳子はそう思い直し、残る2人の部員に向き直った。
 が、

「――じゃ、わたしは『古代の機械巨竜(アンティーク・ギアガジェルドラゴン)』で攻撃するけど……」
「――いま攻撃と言ったわね……? トラップカード発d」
「あー無理無理。このモンスターの攻撃に魔法・罠カードは発動できないから」
「なっ、何ですってぇぇぇっ!!?」

 彼女たちは実に盛り上がりながらデュエルをしている。
 いや、主に片方がなのだが。

「てか、何なのよそのカードは!? いつものデッキと違うじゃないの!」
「あーコレ? 開発中のストラクチャーデッキで、感想聞かせてってお父さんが……」
「まさかの構築済みデッキ!? ウソでしょ!?」

 大声で叫んでいる少女は――太倉深冬(たくら みふゆ)。瞳子の中学校以来の親友であり、恩人。彼女がいなければ今の自分はあり得なかった、そう思えるほどの存在。
 誰よりも負けず嫌いな性格で、競うことが大好きで、件の大会では本戦出場を果たしている。

「リベンジよリベンジ! てか、ちゃんと自分のデッキでやんなさいよ、絵空!」
「えー? だって深冬の戦術って単純だから、もう攻略法も見えたっていうか」
「何!? 攻略法〜!?」

 そして、いま深冬をあしらっている少女は神里(かみさと)――いや、月村絵空(つきむら えそら)。先月までは神里姓だったのだが、親の再婚により月村姓となったのだ。
 瞳子は詳細を知らないが、病気に入院していて、高校入学が1年遅れたと聞いている。つまりは同学年でありながら、雫と同じく1つ年上なのだ――もっとも絵空の容姿もまた、雫と同様なのだが。
 幼げな外見でありながら、しかし件の大会成績は何と準優勝。世界的にも注目される大会でのこの戦績は、彼女が紛れもなく国内有数のデュエリストである確かな証左と言えるだろう。

(2人とも仲良いなあ……同じクラスだし当たり前か。私も雫さんとそうだし)
 ちなみに、雫のことを瞳子に頼んできたのは絵空である。もっとも同じ部活で同じクラスである以上、言われずとも距離は縮まっただろうが。
(でも深冬ちゃんはああいう性格だし……中学では仲の良い友達少なかったんだけどな。私もだけど)
 心の中に、小さな嫉妬が芽生える。
 あの場所にいつもいたのは私だったのに――そんなふうに思ってしまう。

「――瞳子……やっぱり具合わるい? 今日はもう帰る?」

 雫に気遣われ、瞳子は再び我に返る。
 たしかに例の“視線”はまだ感じる――しかし今の理由はそれではない。
 瞳子は気を持ち直し、そして思い出したことがあり、カバンを広げた。

「――みんな聞いて! 夏休み中にこういう大会があって……みんなで出たらどうかな、って思ったんだけど」

 瞳子は3人に、自宅でプリントアウトしたチラシを配る。その記載内容を見て、深冬は小首を傾げた。
「3対3の……リレーデュエル大会? 何よそれ」
 深冬に振られ、絵空も首を横に振る。おそらく公認用語ではなかろうが、チラシに説明文があった。
「……要するに勝ち抜き方式で、ライフが0になったら交代……でもフィールドや墓地はそのまま引き継ぐ、と」
 絵空は要約しながら感心する。主催者側も色々考えるんだなあ、と。
「へー、面白そうじゃない。でもこれ、3人チームでの参加でしょ? どーすんのよ」
 深冬が瞳子に問いかける。いま部室にいるのは4人、幽霊部員である部長も含めれば5人だ。1チームには入りきらず、2チーム作るには人数が足りない。
「うん。それなんだけど……もし良かったら頼めないかと思って。武藤先輩か獏良先輩に」
 絵空の表情がかすかに曇る。
 けれど瞳子はそれに気づかず、話を続けた。
「2人とも三年生で忙しいだろうけど、一日くらいは大丈夫かなって。どちらかにお願いできれば、2チームで参加できると思うの。どうかな?」

 武藤遊戯と獏良了――彼らは同じく童実野高校に通う三年生で、ともに件の大会に本戦出場した実力者だ。とりわけ武藤遊戯はその優勝者であり、デュエリストなら誰もが知る決闘王(キング・オブ・デュエリスト)。世界で最も強いデュエリストとも称されているのだ。
 ちなみに同校には更に2人、世界に名の知れたデュエリストがいた。一人は海馬瀬人、彼は遊戯に比肩する程のデュエリストだが、このような誘いをできる人物ではない。そしてもう一人、城之内克也は――4月に学校を辞め、今は日本にもいない。孔雀舞と海外のデュエル大会を渡り歩いている、そう聞いている。

「――なら、アタシは武藤遊戯と別チームね! バトル・シティでのリベンジを果たす絶好のチャンスだわ!!」
 深冬は鼻息荒く、興奮気味に立ち上がった。
 雫も異論はなさそうで、瞳子を見上げて首肯する。
 しかし、
「あー……ゴメン。遊戯くんは無理だと思うな。夏休みはお父さんの所に入り浸るらしいし」
 絵空は気まずげにそう告げる。嘘は言っていない。

 絵空の母と再婚した父――月村浩一(つきむら こういち)は、M&Wの生産・運営会社“インダストリアル・イリュージョン社”で働いている。
 将来その道に進むことを希望した遊戯は、彼に頼み込み、夏休み中にインターンシップへの参加を約束しているのだ。
 長期休暇を利用し、就業体験を積むまたとない機会。もっとも浩一からは「大学は卒業するように」と言われているらしく、受験勉強も欠かせないのだが。

(……まあ、一日くらいは空くかも知れないけど。それでも)
 月村絵空は知っている。
 彼は――武藤遊戯がその誘いに応じることは、決してあり得ぬことなのだと。
「……てゆーか深冬、もう忘れたの? わたしに勝ち越すまで、遊戯くんへの挑戦は禁止だって約束」
「うっ……も、もちろん覚えてるわよ。うるさいわね」
 絵空にジト目で睨まれ、深冬は視線を逸らす。
 ヤレヤレと溜め息をひとつ吐き、絵空は話を続けた。
「それから、ミサちゃんも無理だと思うな。夏休みは全国公演とかで、もっと忙しくなるって言ってたから」

 ミサちゃん――こと、熊沢操(くまざわ みさお)。同校二年生である彼女こそ、5人目の部員にして部長である。もっとも創部以来、この部室にはほとんど現れていないのだが。
 彼女は絵空と幼稚園時代の友達であり、この高校で偶然にも再会を果たしたのだ。
 そして部員不足で困っていた彼女らのために、操は快く名前を貸してくれた。それどころか早々に顧問を見つけ、生徒会に捻じ込み承認させた、創部の一番の立役者と言えるだろう。
 しかしバイタリティーあふれる彼女は普段、昨年から行っている校外活動に忙しいのである――絵空もまだ観ていないのだが、“ある奇術師”の助手としてマジックショーに出演しているのだとか。

「……でもそうなると4人だから、なおさら2人必要だよね。獏良先輩が了解してくれても、あと1人……だけど」
 部長の操に代わり、瞳子は副部長として頭を悩ませる。ちなみに瞳子は中学時代に同部活の部長を務めており、それ故の副部長抜擢である。
(雫さんは人見知りだし……深冬ちゃんはまた「入部テストやる」とか言い出しそうだし)
 特に後者は厄介な問題になりかねない――部員集めの際の苦労を思い出し、瞳子は思わず唸ってしまった。
「大丈夫だよ瞳子ちゃん、そんなに悩まなくて。だって――」
 絵空は躊躇いなく、次の言葉を口にした。

「――わたし出ないから。瞳子ちゃんと雫ちゃんと深冬、3人で1チーム作れるでしょ?」

 あまりにさらりとした宣言に、3人は思わず反応が遅れる。
 その中で、一番に動いたのは深冬だった。
「――はぁ!? なに言ってんのよアンタ! あり得ないでしょ!」
「――そうだよ絵空さん。それならむしろ私の方が……」
 もし1人辞退するなら、それはやはり自分だろう――瞳子はそう考えた。

 瞳子の現在のデュエリストレベルは5、部室にいる4人の中で最も低い数字なのだ。
 第三回バトル・シティ大会での戦績により、深冬のレベルは6、雫のレベルは7、そして絵空はレベル8に更新されている。
 とりわけレベル8ともなれば、世界ランキング50位には入ると言われている。間違いなく彼女こそ、この部における最大戦力なのだ。

「……絵空。それなら別に、私が……」
 ワンテンポ遅れた雫の申し出にも、絵空は迷わず首を横に振る。
 そして陰りのない笑顔で、3人の想いに応えた。
「ありがとう……でもごめんね。わたし、しばらくは大会とか出るつもりないんだ」
 絵空はひとつ嘘を吐いた。

 しばらくではなく、ずっとだ。絵空もまた“彼”のように――二度とM&Wの表舞台に立つつもりはないのだから。

「――てゆーか、わたしが出たらブッチギリになっちゃうし? 三人抜きとかしちゃうと、みんなの出番なくなっちゃうよ?」
 ふふん、と鼻を鳴らしてみせる。
 なにおーと息巻く深冬と対照的に、雫は納得した様子で頷いた。
「……私も出たら、三人抜きしちゃう……かも」
 デュエリストレベル7という数字を信じ、雫は呟く。
 多分それは難しいかな、と瞳子はこっそり思った。

「――ま、わたしはその分サポートに回るからさ。みんなのデッキ調整の相手とか、いくらでも付き合うよ」
「――上等だわ! その鼻っ柱、へし折ってやるわよ!」
「――ウン。それじゃあ早速……次はどのデッキがいい?」
「――自分のデッキでやれーっ!!」

 どちらのテストだか分からないようなやり取りを経て、深冬と絵空は再びデュエルを始める。
 そんな絵空の様子を見て、瞳子は思うところがあった。



 月村絵空はとても不思議な少女だ――瞳子は常々そのように感じていた。
 正直なところを言ってしまえば、少しだけ気後れもしていた。

 子供じみているようで、時々ひどく大人びる。愁いを秘めた顔をする。
 それは至極アンバランスで、歪にすら思える。
 言うなれば不自然。他の誰とも一線を画する存在。
 彼女は果たして本当に、自分と同じ“人間”なのだろうか――そう思うことさえあった。

(考えすぎだよね……絵空さんは友達だし、すごく良い子だし。……でも)
 部活動を終えて、帰りのバスの中で――瞳子はぼんやりと想起する。それは三ヶ月前のこと、バトル・シティ一回戦“神里絵空VSヴァルドー”のデュエル。
(今も感じる視線……あのときの絵空さんから感じたものと、似てる気がする。あれ以来、絵空さんからあの感じはもうしないけど……それでも)
 無関係とは思えない。
 自分には到底知り得ぬところで、一体何が起きているのか――瞳子は思い悩み、途方に暮れる。
 と、次の瞬間、

 ――ビシィィィッ!

 突如訪れた強烈な痛みに、瞳子は反射的に額を押さえる。
 もはや懐かしくさえ思える痛み。目で確認するまでもなく、瞳子にはその元凶がすぐに分かった。
「えっ……深冬ちゃん? さっきバス降りなかったっけ?」
 涙目で見上げると案の定、そこにはこの“でこピン”を放った張本人、太倉深冬が立っていた。中学校時代から瞳子は何度も、彼女の“でこピン”を受けてきたのだ。
「気が変わったのよ。今日トーコんち泊まるから、よろしく」
「えっ、えええっ!? そんなこと急に言われても、晩ご飯とか……」
「別にいーわよ、コンビニで何か買うし」
「そんなわけにいかないよ〜」
 瞳子の意見などお構いなしに、深冬は再び隣に座る。
 彼女のマイペースはいつものことだ。瞳子は早々に諦めて、質問を変えることにした。
「もぉ……一体どうしたの? 何か相談事とか?」
「そーよ! 絵空のヤツをどうやって打ち負かすか……そのための作戦会議よ!!」
 バス内であることもお構いなしに、深冬はいきり立つ。
 その様子を見て、瞳子はヤレヤレとため息を漏らす。
(……また絵空さんのこと、かぁ)
 瞳子は少しだけ面白くない。
「でも何で急に? やっぱり大会のこととかあるから?」
「んーまあ、それもあるけど……何というか」
 深冬はふいっと視線を逸らし、瞳子は小首を傾げる。
「……ただ今日のアンタ、ちょっと様子おかしかったからさ。何となく」
 瞳子はぽかんと口を開く。
 そして、顔を背けたままの深冬の様子に、瞳子は思わず笑ってしまった。
「なっ……なに笑ってんのよ、アンタわっ!」
 深冬は照れ隠しにチョップを見舞う。
 それを頭に受けながらも、瞳子の笑みは崩れなかった。



「――お母さん大丈夫だって。行こう、深冬ちゃん」
 下車後、携帯電話で家に連絡をとってから、瞳子は深冬と歩き出した。
「……で? 結局なんだったのよ、今日のアンタは?」
 深冬の質問に少し考えてから、瞳子は応える。
「もう大丈夫。半分は解決したし……心配してくれてありがとね、深冬ちゃん」
 半分?と首を傾げる深冬に、瞳子は笑顔で返した。
 きっと気のせいだ、明日になればこの“視線”も感じなくなる――自分にそう言い聞かせる。
 その次の瞬間、

 ――ドクン……ッ

 瞳子は不意に足を止める。
 並び歩いていた深冬はそれに気づき、彼女の様子に目を見張った。
 瞳子の顔から血の気が引き、全身が震えている。
 甘かった、その考えはあまりにも甘すぎたのだ――瞳子は直感的にそう理解し、やっとの思いで口を開く。
「…………げて」
「? トーコ?」
 恐怖で声が上手く出ない。
 けれど、それでも――瞳子は深冬への想いを胸に、精一杯の叫びを上げた。

「逃げて――深冬ちゃんッッ!!!!」

 全身が総毛立つ。
 今日一日、彼女にまとわり続けていた“視線”の主――それが今、背後に居る。すぐそこにまで迫っている。
 振り返ることさえおぞましい、邪悪なる“何か”。その標的がせめて自分一人であることを祈りながら、瞳子は固く両眼を閉じる。
 しかし、

「――……!? あれ……っ?」

 瞳子は更なる異変に気づき、恐る恐る振り返る。
 そこにはもはや何も居ない。何の変哲もない町並みがそこにはあった。
(いきなり居なくなった……!? もう視線も感じない。何が起きたの?)
 呆然とする瞳子の肩を叩き、深冬は得心した様子で頷く。
「なるほどね……分かったわトーコ。そういうことだったのね」
「……? 深冬ちゃん、それって?」
 疑問の解を求める瞳子に対し、深冬は当然のごとく教えてやった。
「――ずばり、“中二病”ね! 人に見えないものが見えるとか、謎の組織に狙われてるとか……そういうのでしょ?」
「へっ……えええええっ!? ちっ、違うよ! 私はたしかに――」
「――いいのよトーコ。アタシにも覚えがあるし…そういうお年頃なのよね」
「いやいやいや! 深冬ちゃんにだけは言われたくないよソレ!?」
 生暖かい視線を送る深冬に対し、瞳子は抗弁を繰り返す。
 その後、その場を立ち去った2人には知る由もない――果たしてそのとき、真実として、一体何が起きていたのか。





「――うーん……気づかれちゃったか。失敗したなあ」
 “少年”は暗闇を見つめながら、頭を掻いた。
 夏であるにも関わらず、童実野高校の学ランを着込んだ、小柄な黒髪の少年。
「……ここは見逃してくれないかな? 僕はまだ、君と事を構えるつもりはないんだよ」
 少年は背後にそう語り掛ける。
 彼は今、暗闇の中に囚われていた。外界からの干渉が一切シャットアウトされた、檻のような空間――その発生源たる少女に向け、そう頼み込む。
「――アナタ……何者? わたしの友達に何の用?」
 童実野高校の夏服を着た、同じく小柄な少女――月村絵空は、彼に問う。
「……僕かい? 僕の名は無瀬(なぜ)、無瀬アキラ――この世界の救世主さ。お見知りおきを」
 少年は彼女に振り返り、邪気の無い笑顔で名乗ってみせた。




第二章 破滅の光

 静寂なる暗闇の中で、2人は対峙していた。そして少女の傍らでは、分厚い黒の書物――“千年聖書(ミレニアム・バイブル)”が浮かび、自転を続けている。
 敵意を放つ絵空に対し、アキラなる少年は飄々としていた。短く切り揃えられた黒髪に小柄な体躯、彼のその風貌は純朴な一少年という印象だ。
 しかし彼がただ者でないことは、彼女にはひしひしと感じ取れた――故に警戒は緩めず、再び問いを投げ掛ける。
「……もう一度訊くね。アナタは彼女たちに何をする気だった? わたしへの人質にでもするつもりだったの?」
「……は? 人質?」
 彼女のその質問に、アキラは唖然とする。
 彼女の大きな勘違いに、堪らず失笑を漏らした。
「そういうのは悪者がすることだろ? そんな真似するわけないじゃないか。だって僕は、この世界の救世主なんだぜ?」
 訝しげな彼女の様子に、彼はヤレヤレと両手を挙げる。
 仕方ないといった様子で、その真意を伝えてやった。
「考え方が物騒だなあ。ただ僕は彼女に――デュエルを申し込みたかっただけなんだよ」
 絵空は眉をしかめる。
 まさかそんな話を信じろとでもいうのか――絵空はそう言いかけるが、しかしアキラは待ったを掛ける。
「まあ聞いてよ。実はつい最近、ようやくデッキが完成してね。けど僕はデュエルというものを一度もしたことがなくて……その相手が欲しかった、それだけなのさ」
 アキラは左腕に付けた機械――“決闘盤(デュエルディスク)”をかざしてみせる。
 その様には微塵の邪気もなく、平然と言葉を続けた。
「ただ記念すべき初デュエルの相手だろ? その辺の冴えない男より、断然女子がいいじゃないか! で、君の“監視”をしているとき……彼女が目に入ってね。けっこう可愛いし、ちょうどいいかなって思って」
 絵空が唖然とし、言葉を失う。
 その様子にアキラは首を傾げ、「ああ」と手を叩いた。
「他の2人も外見は悪くないんだけどさあ。1人は落ち着きがない感じで、ああいうタイプ苦手なんだよね。かといって、もう1人は暗すぎるし……間をとって彼女にしたんだ。納得した?」
 意味が分からなかった。
 とれる気配のない意思疎通に頭痛を覚え、絵空は論点を変えることにする。
「わたしを“監視”していた……というのは? いつから、何の目的でそんなことを?」
 絵空のその質問に、アキラは驚いたように目を瞬かせる。
「あれ……気づいてなかったの? 意外だなあ。いつもってわけじゃないけど、結構チラチラ覗いてたんだよ?」
 気づいてはいた――が、絵空はその視線が彼のものとは思わなかった。
 時折感じる視線の正体は、てっきり“別の人物”のものだと思い込んでいたのだ。
「……えーと、それから目的だっけ? そんなの決まってるじゃないか。君は武藤遊戯の次に、この世界を壊しかねない“危険人物”なんだ。警戒するのは当然のことだよ」
 悪びれもせずそう言うと、「勘違いしないでよね」と続ける。
「別に責めてるわけじゃないよ。むしろ君には彼ともども“協力者”として感謝している。あの悪しき“ゾーク・アクヴァデス”の謀略を阻止してくれたんだからね。全人類を代表して、勲章でもあげたいくらいさ」
 彼のその発言を、絵空は不快に感じた。
 たしかに自分は“ゾーク・アクヴァデス”の手を拒んだ――しかし、彼女を“悪”と捉えたつもりはない。彼女は彼女で、あくまで人々のことを想って起こした行動だったのだから。
「――アナタは……自分のことを“救世主”と呼んだけど、どういう意味? 三ヶ月前のあの時、アナタは何かしていたの?」
 アキラは苦笑いを浮かべ、気恥ずかしげに後頭部を掻く。
「痛いところつくなあ。まあ正直な話、まだ何もできてないんだけどね……でも大丈夫、必ずそうなるよ。だって僕は“あの方”に選ばれたんだから」
 アキラは両手を大きく広げ、心底誇らしげに語った。
「そう! 僕は選ばれたんだ――光の女神“ホルアクティ”に! 一年前のあの日、僕は“光の波動”を受けた……“神”は僕を選ばれた! “光の使徒”として、僕は救う……この世界の全ての人々を!!」
 彼は興奮気味に語る。
 嘘を吐いているようには見えない。しかしその瞳には、狂気じみた輝きがあった。
「君たちは確かに“この世界”を救った……けれどそれだけだ。元よりこの世界を覆う黒い霧――人々の悲しみや苦しみや痛み、それらをどうにかしたわけじゃない。違うかい?」
 違ってはいない。
 それらを取り除き、人々を幸福に導くために、“ゾーク・アクヴァデス”は“楽園(エデン)”を再生せんとした――絵空たちはそれを否定し、阻止した。
 すなわち結果だけを見れば、現状維持。“この世界”が抱える数多の不条理は、何ら変わることなく在り続けている。
「“この世界”を、誰もが幸せになれる“平等”な世界に作り変える――それこそが僕の使命! 二度と“邪神”が生まれることのない、何より正しき世界に。だからもう解放してくれないかな? その偉業を遂げるために、僕はデュエルを学ばなくちゃいけない。それを邪魔しようだなんて、神への冒涜に等しいことだよ?」
 依然として敵意は示さず、彼は穏やかに要求する。
 絵空はわずかに逡巡した。ここで解放すれば、彼は再び瞳子たちのもとへ向かうのかも知れない――彼女らの安全のために、それだけは避けたい。
「……わたしはアナタを……信用できない。このまま放すわけにはいかない」
 絵空は左腕をかざす。そこに“闇”が集約し、形を成す――決闘盤が出現する。
「……“闇のゲーム”、ってやつかい? まったく、本当に物騒だね。たかがゲームに命がけなんて、馬鹿げてると思わないのか?」
 アキラはため息混じりに、同様に決闘盤を構えた。
「まあ仕方ないか。話し合いが通じない以上、神に選ばれし僕が無様に逃げるわけにもいかないし……予定外だけどちょうどいい。僕の初めての相手は君に務めてもらうよ。けど安心してね? 僕はゲームで人の命を奪うとか、そんなこと絶対しないからさ」
 彼は呆れたように肩を竦め、当然の如くこう続けた。
「“敗者は勝者に絶対服従”――それくらいがちょうどいい。ゲームの価値なんてそんなもんだろ?」
 彼は微塵の邪気も示さない。その不自然さに怖気が走り、絵空は思わず身を固くする。

 “千年聖書”が回転を速め、周囲の闇が深みを増す。
 そして2人は決闘盤を構え、同時に叫んだ。

「「――デュエル!!!」」


<月村絵空>
LP:4000
場:
手札:5枚
<無瀬アキラ>
LP:4000
場:
手札:5枚


「……じゃあ僕の先攻ね、ドローっと。えーっと、まずはどうしようかなあ」
 6枚に増えた手札を見つめ、アキラは軽く考え込む。
 不慣れに見えるその様子から、彼はたしかに“デュエル初心者”であるようにも思えた。
「ウン、まずはこれかな。『天使の施し』を発動! デッキから3枚引き、2枚を捨てるっと」
 アキラは8枚に増えた手札と睨めっこし、2枚を選んで墓地に置く。
「先攻は攻撃できないし、まずは守備でいいかな。カードを1枚セットして、『ライトロード・ハンター ライコウ』を守備表示で召喚。ターン終了だよ」
 アキラが召喚したモンスターに、絵空は驚き目を疑った。


ライトロード・ハンター ライコウ  /光
★★
【獣族】
このカードが表になったとき、効果を発動する。
フィールド上のカードを1枚破壊する事ができる。
自分のデッキの上からカードを3枚墓地に送る。
攻 200  守 100


 現れたのは、見覚えのある白い犬型モンスター。
 そうだ、見覚えがある――“ライトロード”とは、かつて闘った“ある男”が使用していたモンスター群。



「どうです……中々のものでしょう? 我が魂のデッキ“ライトロード”――これは、いま貴女が使っているデッキと“同じ”なんですよ。この言葉の意味、今の貴女なら理解してくれますよね?」



 その男――“ヴァルドー”はそう言っていた。
 一般流通しているとは思われないそのカードは、彼だけが所持するオリジナルモンスターなのだろう――彼女はそう理解していた。それなのに。
「――アナタ……ヴァルドーの関係者、なの?」
 絵空の口から出た質問に、アキラは初めて表情を曇らせ、わずかに不快を示した。
「……何の冗談だい? やめてよね――あんな“裏切者”と一緒にするのは」
 吐き捨てるように言うと、しかし再び穏やかに続ける。
「そんなことより君のターンだよ? さあ早く早く。それとも見逃してくれる気になったとか?」
 軽快な口調に促され、絵空は仕方なくデッキトップに指を当てた。
(あのモンスターは確か、厄介な特殊能力を持っていたはず。それを発動させないためには……!)
「――わたしのターン! 『ダーク・スナイパー』を召喚し、特殊能力発動! 手札から闇属性モンスターを捨てることで、“ライコウ”を破壊する!!」
 現れた小悪魔が銃を構え、“ライコウ”に照準を合わせた。


ダーク・スナイパー  /闇
★★★★
【悪魔族】
手札から闇属性モンスター1体を捨てる。
フィールド上に存在するカード1枚を選択し破壊する。
この効果は1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に発動できる。
この効果を発動したターンのエンドフェイズ時、デッキから
カードを1枚ドローする。
攻1500  守 600


「撃って――“カーシド・バレット”!!」

 ――ズガァァァンッ!!

 闇の弾丸に撃ち抜かれ、“ライコウ”は成す術なく砕け散る。
 壁モンスターを破壊され、アキラは驚いた様子で頭を掻いた。
「あーそうか。こうやって破壊されると表側表示にならないから、“ライコウ”の特殊能力は発動できないのか……なるほど、勉強になるなあ」
 語調に焦りは見られない。
 それを不気味に思いながらも、絵空は攻勢に出た。
「『ダーク・スナイパー』のダイレクトアタック――“ダーク・スナイプ・ショット”!」

 ――ズガァァッ!!

<無瀬アキラ>
LP:4000→2500

 次なる弾丸はアキラの腹部を貫く。
 彼は小さな呻きを上げ、軽くうずくまった。
「痛たた……1500でこんなに痛いのか? 嫌だなあ。痛いの苦手だし、あんまりダメージ受けないようにしよう」
 情けないような口調で、しかし余裕ともとれる言葉を漏らす。
 絵空は警戒を緩めることなく、2枚のカードを右手に掴んだ。
「わたしはカードを2枚セットし――エンドフェイズ! 『ダーク・スナイパー』の効果で1枚ドローし、ターンエンド!」


<月村絵空>
LP:4000
場:ダーク・スナイパー,伏せカード2枚
手札:3枚
<無瀬アキラ>
LP:2500
場:伏せカード1枚
手札:4枚


「ふぅ……じゃあ僕のターンね。でもその前にひとつ訊きたいんだけどさー……」
 アキラは小首を傾げ、純粋に疑問を投げ掛けた。
「きみ――何で本気でやらないの? 出し惜しみとか?」
 絵空は目を見張った。
 答えない彼女に代わり、彼は言葉を続ける。
「ホラ、背中にでっかい翼出すやつ! アレある方が強いんでしょ? 見た目カッコいいしさー……結構期待してたんだけど」
 絵空はやはり答えない。
 答えるわけにはいかないから――その“秘密”を知られることは、自身の不利に繋がりかねない。
「うーん……まいっか。その方がこっちもありがたいし。進めるね、ドロー。まずはトラップカード『閃光のイリュージョン』を発動! 墓地から『ライトロード・サモナー ルミナス』を復活させるよ」
 彼の発動したカード効果により、“ライトロード”の召喚師が復活する。『天使の施し』の効果で墓地に送られていたのだろう彼女は、すぐに呪文を唱え始めた。


閃光のイリュージョン
(永続罠カード)
自分の墓地から「ライトロード」と名のついたモンスター1体を
選択し、攻撃表示で特殊召喚する。自分のエンドフェイズ毎に、
デッキの上からカードを2枚墓地に送る。このカードが
フィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターがフィールド上から離れた時このカードを破壊する。

ライトロード・サモナー ルミナス  /光
★★★
【魔法使い族】
1ターンに1度、手札を1枚捨てる事で自分の墓地に存在する
レベル4以下の「ライトロード」と名のついたモンスター1体を
自分フィールド上に特殊召喚する。このカードが自分フィールド上に
存在する場合、自分のエンドフェイズ毎に、自分のデッキの上から
カードを3枚墓地に送る。
攻1000  守1000


「そして“ルミナス”の特殊能力を発動。手札を1枚捨てて、墓地から“ライコウ”を復活させるよ。念のため守備表示で」
 彼の場にモンスター2体が並ぶ。
 ともに『ダーク・スナイパー』を超えぬ低攻撃力モンスターだが、彼はさらなる展開を見せた。
「さらに『ライトロード・パラディン ジェイン』を召喚! 攻撃力1800……さらに、攻撃時に2100まで上がる特殊能力もある!」
 “ライトロード”の騎士が現れ、その剣を絵空に向けた。


ライトロード・パラディン ジェイン  /光
★★★★
【戦士族】
このカードは相手モンスターに攻撃する場合、
ダメージステップの間攻撃力が300ポイントアップする。
このカードが自分フィールド上に存在する限り、自分の
エンドフェイズ毎に、自分のデッキの上からカードを2枚墓地に送る。
攻1800  守1200


(『ダーク・スナイパー』の攻撃力は1500どまり……このターンのダメージは避けられない)
 この後の流れを見越し、絵空は身構える。
 しかし、
「――これで僕のフィールドに……モンスターは3体」
「!? え……っ?」
 3体のモンスター ――そこから連想される脅威に、彼女の思考は硬直する。
 いやしかし、そんなことはあり得ない――すぐにそう思い直した。
 だが、
「僕は、場の光属性モンスター3体をゲームから除外して――特殊召喚!」
 彼は手札からそのカードを抜き取り、高らかとかざしてみせた。
「――『ライトレイ・オシリス』」
「!!??」


LIGHTRAY OSIRIS  /LIGHT
★★★★★★★★★★
【DRAGON】
???
ATK/X000  DEF/X000


 あり得ないはずの光景が、少女の眼前に広がる。
 大いなる光を全身から解き放ち――“紅の天空竜”が降臨し、フィールドを照らし出した。


<月村絵空>
LP:4000
場:ダーク・スナイパー,伏せカード2枚
手札:3枚
<無瀬アキラ>
LP:2500
場:ライトレイ・オシリス
手札:2枚






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