私は比較的早く降りたが、後から後から人がはき出されていくといった感じだ。今年は、確かにテレビ放送の関係か、式根島に人は多い。
 
 いつもは乗客が降りてからバイクを受け取るが、今年貨物係に入った人は仕事が早く、早めにコンテナを開けてくれた。キャンプをするものからすれば、大変ありがたい。おかげで、先頭でキャンプ場に着くことができた。

式根島キャンプ

 少し疲れてきたので、私も海から上がり温泉に向かった。途中、また奥山商店でアイスを食べた。ここは、外にベンチが出ていてゆったりできるので、すっかり日課になってしまった。足付き温泉にバイクで降りていった。 

 奥山商店でアイスを食べ、再び式根島港の方へやってきた。つり客の姿がたくさん見られた。若い女性の2人組がつりをしていて、珍しいのか周囲の人の注目を浴びていた。彼女らは、1匹だがタカベを釣り上げていた。

 管理人さんとの挨拶もそこそこにテントサイトを探した。予想よりもまだ混んでいた。JYOさんが撤収作業に入っていたので、一番はしを空けてもらった。 ここは、先日ミーニーが張っていたところで、狙っていたところだ。 テレビ放映では、ローラーがテントを張った場所だ。高台の「ビバリーヒルズ」の方が人気があるが、私は一番海に近いこの「ダウンタウン」の方が好きだ。
 テントを設営中に、今乗ってきたサルビア丸が沖合に見えた。これから神津島に行くところだ。 海の表情は、最高だ。

 乗っていくバイクを替えたために、今回は忘れ物が多かった。いつものように道路をただ走っているだけでなく、信号で止まるたびに、頭の中で荷物のチェックリストを確認していた。
 蚊取り線香を忘れた。ブルーシートを1枚しか持ってこなかった。気付くたびに、スーパーやドラッグストアーにより、必要な物は購入した。かなり時間がかかってしまった。

2013.8.16−25

 家内と一緒に行った神津島&式根島の後、2013年夏の島旅第3弾と言うことで、再び式根島にシングルキャンプに出かけた。自宅には3日しかいないので、家内はあまりいい顔をしていなかったが、今年は天候にも恵まれた年なので、思い切って出かけることにした。

 お盆の時期のキャンプは、どこの島でも大変混む。キャンプ場が1カ所しか使えない式根島では、それこそ大混雑になる。そのため、お盆の3日間は仕事を入れ、終わると同時に出かける作戦だった。

 夏の終わりは、台風の心配があるが、そのときはそのときで考えればいい。

 今度は1人でのキャンプなので、テントも小さくなるし、荷物もやや少なくなる。連れて行くバイクは、大きめの青ポシェから小型のGチェスタに変えた。

プロローグ
出発の時
8月16日(金)

 今回は持参したTシャツも少なく心配で1枚購入した。後で思ったが、式根島で買う方法があった。
 ハンバーガーとアイスコーヒーで早めの夕食をとって外に出たら、空は夕焼けになっていた。 それほど急がなくてもバイクを預ける時間には楽に着くが、はやる気持ちを押さえられない。少なめの予算しか持ってこなかったので、島ではやや節約しなければ・・・。

 東京タワー通過時は、もう真っ暗になっていた。竹芝のシンボルである増すとのポールにはきれいに灯りがともっていた。

 荷物預かり場でバイクを預けた。2430円。続いて乗船券を、株主優待券を使って購入した。東海汽船に払った金額は、全部で14000円ちょっと。夏場は、やはり高い。

 後は出発まで自由時間。竹芝周辺を少し歩いた。東北大震災の後は、節電が叫ばれていたが、都心はかなり灯りが戻ってきたような感じがする。

 先に出発する八丈島行きのカメリア丸が乗船を開始していた。 乗船客の数を見て、まだまだシーズンなのだなと思った。

 待合場の中では、切符を求める人の長蛇の列ができていた。そんな人たちを尻目に、私は比較的早くサルビア丸に乗り込んだ。

 まず自分の席は確保した。といっても今は指定席なので昔に比べて楽だ。貸し毛布を敷くと、後は朝まで寝ていればよい。

 私の隣は、12人くらいの男性だけの団体だった。ダイビングやボードをするような雰囲気の方ではなかった。年齢幅も大きく、髪型も多種多様だった。どんなグループなんだろう。どこまで行くんだろうと、少し気になっていた。貸し毛布のことで聞かれたので、ついでに聞いてみると、新島で演奏をするんだと言っていた。そういえば、彼らの荷物は楽器だ。私は知らなかったが、何かイベントがあるのだろう。

8月17日(土)
式根島到着の日

 夜中トイレで起きたら、階段の歩取り場にもたくさんの人が寝ていた。お盆の3日間は終わったが、よく考えたら昨日は金曜日の晩だった。
 船は汽笛を鳴らし、午前8時頃式根島に到着した。

 かなり汗をかいたので、そのまま大浦の海に飛び込んだ。昨夜からシャワーを浴びていないので、Tシャツごと体を洗った。そして一息ついたのであがってくると、若者が海で突いてきたというブダイとぬるぬるしている魚をさばいていた。調理法がわからないようで、いろいろ聞かれた。

 昼食は、管理人とK宇佐さんと3人で食べた。私は昨夜買ったパンの残りを食べた。おかずにイサキのぬたをいただいた。

恒例の式根島散策

 船酔いはほとんどしなくなったが、初日は体調が今ひとつだ。式根島に体を慣らすために、バイクで恒例の島散策を行った。

 足付き温泉に少しつかり、そのまま海に出た。海水温は高く、泳いでいて楽だった。シュノーケリングを30分ほど楽しんだ。

 続いて、珍しく泊港にも足を伸ばした。ここでも湾内を軽く1周泳いだ。

 午後5時を過ぎると、急激に人の姿が見えなくなった。民宿の食事の時間なんだろう。

 私も宮寅に買い出しに出かけた。ガスコンロの準備もしていなかったので、簡単にお弁当にすることにした。大好きな焼き鮭と島のりとイカの煮付けが入っていた。ついでに、賞味期限が長いうどんも購入した。スープ付きで、家でも使っているものだ。いつもはスーパで安く買っていたが、あまり値段は変わらなかった。
 夕暮れ近い式根島港の灯台で食べることにした。

 弁当を平らげると、慌てて大浦に帰った。夕日のことを思い出した。

 キャンプ1日目と言うこともあり、やや疲れたので、今日は早くテントに入った。

 私の隣のテントは、外国籍の方を含めて大人2人子供5人の不思議な組み合わせのグループだった。寝る瞬間までごたごたしていたが、私の眠気の方が勝って、いつの間にか気が遠くなっていった。

8月18日(日)
JYOさんご一行帰還

 朝起きてテントからはい出し、外を見て驚いた。大浦のすばらしい海の色が、目の前にあふれていた。ダウンタウン1丁目に住む私には、まるでフリーズしたようにその場を動けないでいた。海の青が、私に魔法をかけたように、本当に動けなかった。

 突然魔法が解けた。
 「クンクン 何か臭うぞ。 く・さ・い。」 魚臭が漂ってくるのだ。
 鼻をクンクンさせながらテントの周りをかぎ回った。 どこか1カ所ではなく、5,6カ所からにおってきた。これは、魚の内臓かなにかを、周りにばらまいたような感じだ。さらに雨が降らず、天気がいいので、腐敗が相当進んでいると想像される。


 テントを移動させようと思ったが、どうせ臭いはすぐ消えるだろうと思い、管理人室の前のテーブルで朝食をとることにした。

 朝食の後、汗を流す意味も含めて海に入っていった。1時間ほど、大浦の海の中をシュノーケルで探索した。そして、シャンプーを使い、頭と体を服の上から洗った。

 バイクで、野伏港桟橋に行った。昨日新島に行った後宿に泊まったJYOさんご一行が大型船で帰るというので、お見送りをするためだ。JYOさんとはそれほど話をしたことがなかったが、何か親近感を覚えていた。
 さすが、JYOさんだ。すでに自分のために、紙テープを購入していた。

 船の最後尾というリクエストだったが、船が出航した瞬間、紙テープの回収で大変そうだった。紙テープは船の横が一番いいと思った。

 船は出て行った。続いて、Jet船が入ってきた。
 私はバイクに荷物を積み込んでいたので、午前中はこのままどこかで泳ぐつもりでいた。バイクを走らせ、展望台から何枚か写真を撮った。ヨットが写真に入ると、本当に絵になる。この後、大浦に戻った。

大浦でゆっくり泳ぐ

 自分の庭のような大浦で泳いでいると、沖の方から、たくさんのカヌーの集団が現れた。何年か前から始まった、式根島のカヌー教室の人人だ。右手の方から、たぶん吹の江だと思うが、そこからこいで戻ってきたところだった。
 私も奄美大島や西伊豆でやったことがあるので参加したいが、参加費用が高くて諦めた。キャンプにおける私の1日の生活費よりも高い金額が、看板に出ていた。

午後は中の浦へ行く

 昼食はラーメンを食べた。キャンプ場で食べている人が多くて、私も食べたくなった。鍋を使って自分で煮るやつだが、賞味期限が切れる直前のものを1袋50円で売っているのを見つけた。それにキャベツをたくさん入れた。
 食器を洗い、干してから中の浦へ行くことにした。K宇佐さんが毎日せっせと通っているので、その秘密を知りたいと思った。

 バイクでキャンプ場から降りてきて、思わずどっきっとした。
 自転車置き場に、人が仰向けで倒れていた。脳卒中か心筋梗塞か、あるいは熱中症で気を失ったか。バイクを降りて声をかけたら、ただ寝ているだけだった。
 どうせ寝るなら日陰だったら、そんなに心配しなかったのに。
 そんなことを言いながら、カメラに納めている自分も自分だ。

 気を取り直して、いざ中の浦へ・・・・

 バイクを駐輪場に止め、石の階段を下りていくとき、少しずつ海がみえてくる光景の美しさはは、中の浦が一番だろう。また、私が知る限り、この中の浦が一番海水浴客が多いと思った。

 泳ぎだそうとした瞬間、なおちゃんに会った。子連れでやってたかつての仲間を、案内しているところだった。少し立ち話をした。

 ここは冷たい海という印象だが、かなり水温が高く、沖のブイが立っているところまで行き、帰りは反対側の岩沿いを泳いできた。ちょうど、中の浦を1周回ってきた計算だ。少し気合いを入れてクロールで泳いだので、帰りはへとへとになった。
 私が戻るやいなや、なおちゃんは友人達と温泉に行った。私はその後も、休んだり泳いだりした。

 足付き温泉に着いたときは、まだ水深が低く、入るには熱すぎたが、しばらく海に入っていたら適温になっていた。正直なもので、お湯が熱いと誰も入らないが、適温になると多くの人が入り出す。島の長老達は最高にいい時を狙って、三々五々集まってくる。

 泳ぎ疲れて、今日も食事を作る気持ちは失せていた。また宮寅の弁当でいい屋という軟弱な気持ちになった。明日の朝のパンも仕入れた。

 時刻は午後5時15分。
 まだ早いので、石白海岸をのぞいて帰ることにした。夕暮れの色をした海と浜辺に、人はほとんどいなかった。

 バイクを停めてみていたら、突然ライフセーバーが来た。彼らはボードを海に入れ、丁寧に洗っていた。

 式根島港にも足を伸ばし、桟橋内をバイクで1周した。今日は誰もつりをしていなかった。
 神津島を背景に、灯台の記念撮影をした。

 夕食の弁当を食べながら夕日を眺めた。今日は式根島が誇る「島のり弁当」だ。おいしかったが、式根島に来ると2,3回食べるので、少し飽き気味だ。昨日より、夕日ははっきり見えた。

 夜、K宇佐さんが釣りをすると言うので見に行った。狙う獲物は「イサキ」だ。
 今日は潮の状態がいいのか、釣り客は多かった。満月に近い月が、桟橋を照らしていた。月明かりが明るい日だった。野伏港の左端の先端だけでも、4人の釣り客がいた。

 私が着いたときは、もうK宇佐さんはいいピッチで魚をあげていた。2本針だったので、2匹かかるときもあった。隣の3人組は目を丸くしていた。彼らは今日の船で来たらしい。1晩中釣りをしていて、明日の大型船で帰るという。盛んに技を盗もうとして、話しかけていた。途中、わざとかどうかわからないが、K宇佐さんの釣っている場所に仕掛けを投げ入れた。

 午後9時にあがるとき、クーラーボックスは満杯に近い状態だった。全部で30匹以上は釣った計算になる。

8月19日(月)
今日も1日海

 今日も1日海とふれあって過ぎて行った。
 夏の式根島で、「暮らしている」のだから当たり前か。
 こんな生活を1週間以上していると、現実に戻れるか心配になってくる。そのため、仕事のある前日に帰ることにしている。1日早く戻って体を休める方もいるが、そんなことをしていたら、ますます現実から逃避したくなる。そんな余裕を与えないことが、私の経験から仕事にすぐ戻れる一番いい方法だと思っている。

 朝目が覚めて、テントから出たら、またまた青い世界が広がっていた。しかし、その海の中に人の姿があることが、少し許せなかった。楽しみにしていた料理をつまみ食いされたような気分になった。しかし、私だけの海ではない。これだけきれいな海を前にして、そんなくだらないことは考えないようにしよう。

 少し離れたところから、自分のテントを眺めた。隣のメッシュ付きのタープは大きいので、私は片隅に押し出されたような気がする。思わず苦笑いしてしまった。
 周りを見回すと、だいぶテントが少なくなってきているのがわかった。

 午前中は、また足付きに行き温泉と海で楽しんだ。2時間ほど海の中を泳いだり、温泉につかったりした。
 さらに場所を移して石白海岸にも足を伸ばした。

 お昼は、趣向を変えて今日は「千両」に行った。神津島であまりづけ丼を食べていなかったので、急に食べたくなった。
 中は混んでいた。1人だけだったので、少し待たされた。
 水着が濡れていたので、ゴミ袋を渡された。これに座るようだ。ちらっとメニューを見たが、迷わずづけ丼を頼んだ。注文が終わってからゆっくり読んでみたら、「めだい」が食材らしい。
 かなり甘い味付けだった。 950円もした。・・・・・・・・・

 再び足付きに行った。
 気付いたら、私のバイクがこちらの方角を目指していた。
 少し疲れていたようで、松の木の下にあるベンチに横たわったら、1時間近く寝てしまった。
 貴重な時間を無駄にしてしまい、今日は1日がかなり早く過ぎてしまった。

 弁当を買いに行った。売り切れるのが怖いので、いつもやや早めに行動している。前から気になっていたのは、カットスイカだ。4分割されたスイカだが、ついに今日は残り1つになっていた。250円で、けして安くなかったが、スイカが好きな私は、残りの1つを買ってしまった。これを、店の横に出してあるパラソル付きのいすに座って、「マイスプン」で食べた。マイスプンは、島にいるときはいつもバッグに持ち歩いている。
 弁当はやはり好きな「鮭弁」。煮野菜など、いろいろなものが入っていて、栄養のバランスがいい。

 今日の夕日は、島にいる間見た中で、もっとも美しいものだった。
 いつも休憩舎付近で見ているが、今日はやけに賑やかだ。それもそのはずだ。夏休みに入って1月近くずっと海水浴客の命を守ってきたライフセーバー達が、今日でお役ご免なのである。ほぼボランティアなのに、毎日が炎天下の中の重労働だった。その最終日となり、普通の大学生に戻るわけだ。スマホで写真を撮る合ったり、バーベキューをしたりして、命の洗濯をしていた。
「今日は遅くまで騒ぐかもしれませんが、お許しを・・・」  そんな言葉に、どうぞどうぞ。

夕日が沈んだ後、最高の夕焼けが見えた。

 夜、また野伏港桟橋に行った。夏の夜の桟橋は、心地よい。昔から夏の桟橋が好きだ。
 釣りをすると言うわけではない。緩やかな風に当たっているだけで、満足だった。

 船のロープをつなぐところに座っていて、恍惚状態になっていたとき、西の方の空から何か光るものが目に入ってきた。ゆっくり移動していた。最初は飛行機だと思っていたが、それほど高いところを飛んでいるわけではなかった。オレンジ色の光で、点滅はしていない。北の方の空へ動いていったと思ったら、突然空に消えてしまった。上の右の写真がそれだ。まさに謎の未確認物体だ。一緒にいた人は、UFOかもしれないと言った。

8月20日(火)
なおちゃん御一行帰還

 ミーニーから電話をもらうまで、なおちゃんの顔を忘れていた。メールでの「なおちゃん」という言葉から、式根島に住む別のなおちゃんしか浮かばなかった。
 確かに GWに大島から帰還したなおちゃん達に、竹芝で1度会っているのだ。そのなおちゃんだった。
 気付いたときは、昨夜。 昨日も、昼頃会って話をしていたのに・・・。そして、今朝はもうキャンプ生活を切り上げて帰るところだった。大型船ということだったので、野伏港桟橋まで見送りに行った。もう少し早く気付いていたら、もっとたくさん話ができたのに・・・。

 10時半初のサルビア丸になおちゃん達をみおくった後、そのまま中の浦にきた。バイクに海のものを積み込んだ状態なので気ままに移動できる。

 先端の岩の方まで泳いでいき、5mほど潜ったら大きな円錐型の貝を見つけた。上に浮いてからよく見たら、オサダガイだった。こんなに大きなオサダガイを見たことがなかったので驚いた。裏返してみる。最近は地球温暖化の影響で、奄美諸島の貝が、この伊豆諸島まで来ているのを知っているのでそこを見たら、既存種だった。八丈島では、調べた8割方が奄美などの南方型だったが、式根島はまだ、昔からのオサダガイがいることを知り、ほっとした。(鍵は比較よう)

 お昼になったのでキャンプ場に戻った。近道で行けば、大浦までバイクで5分もかからない。

 Fさんが甘酢をかけたイサキを作っておいてくれた。先日イサキを腹一杯食べたいと言ったからだ。食パンしかなかったので、パンで食べたがものすごくおいしかった。
 昨日食べたものより、遙かにおいしかった。

 午後は、足付きの方面でゆったりと過ごした。

 空が青いと、灯台が輝いて見える。まもなく譲渡するGチェスタを写真に収めた。このときはまだ決まっていなかったが。
 釣りを見ていたら、ビギナーラックといった方がいいようなメジナが釣れた。メジナをあげた本人が一番驚いていた。

 夕食は、今式根島で話題の「赤いか焼きそば」を食べた。
 B級グルメとして、式根島で売り出し中のものだ。

 いろいろな決まり事があるようで、説明を聞いたが忘れてしまった。
 @赤いかの使用量はOOg
 A焼きそばは太麺を使う
 B値段は550円とする

 などが決まり事だと聞いた。

 普通のイカ入り焼きそばとの違いがよくわからなかった。

 隣のテントの住人も帰り、少し空間ができたので、引っ越しをすることにした。

 やはり、魚の生臭さが気になったからだ。

 隣の外国人と別れ際に話をしたら、「風が動くたび、臭いました」と言っていた。

 これからやってくるミーニー達の場所も確保したいので、思い切っての移動である。ついでに、ちょうどよいテーブル代わりの箱も見つけた。

 水平線に雲が集まっているのか、今日は余りよい夕日は見えなかった。しかし、その後に続く夕日はすてきだった。

 夜、また桟橋へ散歩に出かけた。桟橋の夜風に当たることが、すっかり日課になってしまった。桟橋に、1時間ほどいた。

 キャンプ場に戻ってくると、K宇佐さんのバイクが不調になり、いろいろ部品をネットで探していた。自分で直せる人は羨ましい。だが悲しいかな、式根島のネット状態はそれほどよくないようで、手こずっていた。

8月21日(水)
神引湾に案内する

 昨日から一人でキャンプに来ている「やや若者」がいた。レンタル自転車屋を教えたことから、挨拶を交わし話すようにはなっていた。
 その彼が、朝
「神引湾に行きたいのですが、どのように言ったらいいですか。」
と聞いてきた。

 神引は誰でも行ける場所ではないので、
「島の人でも行かない場所だから、やめた方がいいよ。」と忠告した。

 それでも、「行きたい」というので、私が案内してあげることにした。ある程度泳げ、足ひれも持っているというので、潮の時刻を調べ、10時半に中の浦に集合することにした。

 先に中の浦にバイクで来た私は、沖合を見て驚いた。今日は波が立っていた。沖縄の方に抜けていった台風の余波のせいだとわかった。それでも、中の浦の湾内は穏やかなので、彼を待って決行することにした。

 中の浦の左側の崖沿いに泳いでいき、ブイを越え、沖合の岩礁の間をくぐり抜けて神引湾に出る計画を立てた。
 監視台がちょうど見えなくなったあたりで、沖の方から水が、急に押し寄せてきた。沖の方へ出て行く潮は怖いが、これは逆だ。
 前を泳泳いでいる私が、足ひれを動かしているのに後ろ向きに戻されてしまう。
 かなり潮流が強い。

 海の潮流は平均しておらず、強くやってくるときと弱いときがある。このときはまさに強いときだった。角くん(角刈りから角と呼ぶことにする)に「潮の流れは強いが、このまま行くか?」と聞くと、「行く」という。
 角君の泳ぎはどれくらい達者なのかわからなかったので不安だったので、「やめる」と言う言葉を期待していた。

 その後、多少の波やうねりが入ってきたが、岩礁の中の入り江を進み、無事神引湾に着いた。さすがここは波が穏やかで、プールのようだった。透明度が高く、底までが見通せた。

 男同士なので、それぞれ勝手に泳ぐことにした。私にとっては、久しぶりの神引湾だった。残念なのは、水中用のデジカメを持って行かなかったことである。1時間以上かかることはわかっていたので、今回はわざと置いていった。そのため、50cm以上はある大きなアカヒトデを撮影できなかった。

 角君は、さすがに疲れたみたいで、帰りは岩礁を泳いで回ってくるよりも、所々岩の上を歩いて帰る方を希望した。
 50m以上はショートカットしたことになる。

 12時過ぎに中の浦で分かれた。私はバイクで、彼は自転車だからだ。
 昼食は、おにぎりを買っていき、FさんやK宇佐さんに「いさきのさしみ」を ごちそうになった。めちゃくちゃうまかった。

 後日談になるが、角君はあまりにも疲れたらしく、昼食をとると、夕方まで昼寝をしてしまったそうだ。

 午後は、日課となった足付き温泉に行き、泳いだり温泉につかったりと、今日はゆっくり過ごした。

 弁当に飽きてきた。といっても作る気はおききない。今日はサンドイッチを夕食にした。野菜不足が懸念されるので、ハム野菜とタマゴサンドをチョイスした。それだけでは足りず、食パンとマヨネーズをバイクで持ち歩いていたので、サーモンフライも購入し、パンに挟んで食べた。

 バイクのトランクにマヨネーズを入れておいたら、油が分離して黄色くなっていた。臭いをかいだが、異様な感じはしないので、そのまま使ってしまった。2週間ほどたっても大丈夫なので、ほっとしている。

 夜の桟橋、今日は月明かりがきれいだった。特に海の上が黄色い絨毯みたいになって感動した。

8月22日(木)
K宇佐氏突然の帰還

 K宇佐氏が今日の船で、帰還することになった。 朝食の時、突然言い出した。
 先日から調子の悪かったバイクが、ついにとろとろしか動かなくなってしまった。都心にいればすぐに、その部品が手に入るが、島でな入手が難しく、仮に入手できても日数が読めないという。そのため、自分の足で探しに行くことになった。
 大型船で帰るので、その見送りに行った。 今年の夏3回目の見送りである。
 長蛇の列に、キャンプをしていた外国人の姿もあった。さらに、昨日一緒に神引に行った角君の姿もあった。彼は、式根島に2泊した後、大島に渡るそうだ。

 船が出て行った後、泊港の様子を見に行った。

 昨日から波が出てきて、今日はさらに高くなっている。夏の期間、一度も台風が来ないで安定していたのに、ここに来てなぜ突然海の状態が悪くなるんだ。新たに台風でも発生したのではないか。そんな疑心暗鬼の状態が続いた。とりあえず、海が荒れてきても泳げる海を確保しておきたい。

 泊港にも白い波が押し寄せていた。ほとんど鏡のような海が続く泊港でさえ、これだけ波がやってくるのだからほかの場所はもっとすごいだろうなと思った。これから、さらに波が強くなっていくかもしれない。
 そう思ったら、「ここで泳ぐしかない。」と勝手に確信して、バイクから荷物を取り出し、浜に降りて行った。

 手前の砂浜に近いところでは、ほとんど波の影響もなかった。親たちは安心して、子供達を泳がせていた。
 しかし先端の方に行くにつれ、うねりが激しい。体が、予想外の方へ流されていくのだ。そして、上下の振動も大きい。

 いつもは美しい泊港も、空がどんより曇っているためか暗い海のように見えた。

 小1時間ほど泳ぎ、大浦に戻ってきた。沖合の方は、激しい白波がどんどん押し寄せている。
 干潮が幸いしてか、手前の特に左側は比較的波が少ない。それでも、砂浜には白い波が届いていた。
 せっかくなので、ここでも少し泳ぐことにした。
 残念なことに砂が舞い上がってしまい、視界がほとんどない。何も見えない状態だ。

 がっかりしながらテントに戻ってきた。この新しい場所は、何度か張っているので、私との相性はいい。居心地がいい。
 ここでゆっくりしようとしたが、曇りでも暑いので、どこか海に行くことにした。
 中ノ浦も、こことほぼ同じ方向を向いているので、海の状態も同じだと、あまり期待しないで行った。

 確かに周辺の岩にぶつかる波はやや強そうだ。しかし、ぷかぷか浮かんでいる限り、大丈夫そうだ。

 式根島港の内側にある船着き場では、親子がシュノーケルを楽しんでいた。父親が子供に、教えている場面を見た。確かに、ここなら大きな波が出ても安心だ。

 足付き沖は見た目以上に波が強く、誰も泳いでいない。さすがの小学生達も、おとなしく温泉に入っていた。別の女性2人は、恨めしそうにデジカメで海の写真を撮っていた。
 さすがの私ことバボも、今日は入る気がしなかった。入れることは入れても、砂が巻き上がって視界が悪ければ楽しみは半減してしまう。

 今日もお弁当を買い、大浦に戻ってきて夕日を見ながらゆっくり食事をすることにした。大好きな鮭弁だ。
 考えてみると、1日おきに、この幕の内弁当風の鮭弁を食べていることに気付いた。

 すると近くのテーブルで、何回も見ている大浦の住人が、写真のようなバーベキュー台を使っていた。カンの下側に、どの面も3カ所ずつ穴が開いていて、上手に空気の流れができていた。感心しながら、写真を撮らせてもらった。これなら、カンの中に荷物を入れてきて、帰り処分していくこともできる。

 厚い雲が水平線のあたりを立ちこめているようで、夕日は雲に隠されてしまった。
 ほとんど夕日を見に来る人はいなかった。私も、すぐにカメラを置いてしまった。

 桟橋の散歩は続けた。
 ここから家内の携帯へ、「元気です」というメールを送った。

 波が強くても、夜風は心地よかった。
 アオリイカが2はいやってきた。盛んに、ミナミハタンポという魚を襲撃しているが、うまく捕まえられないでいた。網があれば、簡単に捕まえられそうだ。

 その時、桟橋から10mほど沖で大きな魚の姿を見つけた。サメだ。人間の背丈ほどはあるかなと思った。その瞬間、イカは姿を消してしまった。

 バイクに乗ってキャンプ場に戻り、そのまま寝た。

8月23日(金)
ミーニー式根島に登場

 昨夜メールで、ミーニーはサルビア丸で到着することを知らせてきた。早めに寝てしまった私は見ておらず、朝になって気付き返信した。早々に朝食を済ますと、バイクで迎えに行った。
 接岸してタラップがおろされると、体の前後にリュックサックをつけて、ミーニーが3人目にとび出してきた。
 捕まえて話をすると、式根島在住のなおちゃんが迎えに来るという。そこで、バイクで早めに戻り、頼まれた場所を確認した。

 管理人室の前で待っていると、女性が2人足取り軽く、坂道を上ってきた。にこにこしていた。
 なおちゃんに付き添われて、今夏3度目のミーニーの式根島大浦に登場だ。

 ローラーのいた場所を確保しておいたが、臭うという私の言葉に、ミーニーはテント設営場所を悩み始めたようだ。しかも、迎えに行っている間、別のカップルがすぐ隣にテントを設営していた。
 最終的に、その場所に張ったようだ。
 私はまだ今日泳いでいないので泳ぎに行った。今日は石白海岸に行った。お昼までの間、ここで泳いだ。
 

 沖合の亀のような岩のところまで泳いでいった。しかし、強いうねりや流れが入ってきて、なかなか着かなかった。岩の上に上がり、少し景色を楽しんだ。
 石白海岸の入り江の中をゆっくり泳ぎ回って、戻ってきた。少し休みたくなり、石白海岸に降りていく途中にあるテーブル付きのいすに座った。そこから見える景色も、なかなかおもしろかった。

 そのままサンバレーに行った。そして、味噌ラーメンを食べた。おいしかった。スープも全部飲んでしまった。

 大浦に戻ると、ミーニー、なおちゃん、管理人の3人で昼食をとっていた。少し物足りなかった私は、一緒に座ってパンを1枚食べた。イサキのぬたが少し残っていた。「全部食べろ」と言われたので、きれいに平らげてしまった。大好きな青唐辛子が入っていたので、心の底からおいしいと思った。

 大浦は、どんどん入ってくる波やうねりのために、手前半分が茶色くなっていた。上から見るときれいなツートンカラーだが、岸側は濁っていて何も見えないだろう。大浦で泳ぐことは早々に諦めた。

 波が高かったが、足付き沖で泳いだ。キャンプで顔を合わせた同姓のKOしろう君もいた。岩場で休んでいると、「バボちゃん」という声が聞こえた。いつの間にかミーニーとなおちゃんも足ひれをつけてシュノーケルをしていた。少しだけ一緒に泳いだ。

 彼女達が帰った後も泳いでいて、あがろうとした時だった。不覚にも波にもまれて、フジツボがいっぱい並んでいる岩に撃墜してしまった。フジツボに突っ込んだことのある人はわかるが、左足は血だらけになってしまった。
 シャワーを浴び、足付き温泉に1時間ほど浸かった。けがに効くという足付き温泉だったので、化膿しないようにそこで静かにしていた。

 さすがにのぼせて、船を見ながら、バイクのそばで横になった。コンクリートが暖かく、気持ちよかった。このまま寝てしまってもいいと思った。 空を見ていると、ほとんど雲は動かなかった。波の音だけが、ピチャピチャ聞こえてきた。

 海側から、足付き温泉や雅の湯を眺めた。

 沖の方から直接波が入り込んでくるところは、かなり白い泡ができていた。 。

8月24日(土)
大さん、式根島に上陸

 今日はミーニーのご主人である大さんが式根島にやってくる日だ。出迎えを頼まれていたので、朝食が済んでゆったりした後、バイクで野伏港に迎えに行った。今年は、見送りや出迎えと、2日に1回以上野伏港に足を運んでいる。バイクでさーっと行ってしまうので楽だが・・・。

 船が着く前から、一際赤い派手な服を着た女性が桟橋内に進入していた。誰かを待っている仕草だった。
 タラップがかかり、そちらの方を見たら大さんが大きなリュックを背中に背負って出てきたようやく夏休みがとれ、式根島に来られたようだ。荷物を受けとり、背中に担ごうとしたら持ち上がらず驚いた。こんな重いのを担いできたことにさらに驚いた。バイクの足下に乗せ、先にキャンプ場に運んであげることにした。

 結局大さんとミーニーは私の隣に正式にテントを設営した。昨日いたカップルも去ったようで、空間が広がった。
 昨日けがをしたところが、海の水は消毒になると勝手に解釈し、中の浦へせっせと出かけていった。

 昨日に比べ、だいぶ波は静かになっていいた。ダイビング客がたくさんいて、遠くから見ると黒装束の人に砂浜が占領されてしまったかのような気がした。1時間ほど、ここで泳いだ。

 昼食は、大さんが持ってきてくれた5種類の西京漬けの魚をおかずに、白米やそばやそうめんを食べた。デザートにスイカも出てきた。

 ミーニーの知り合いの親子が2組。この小さな子供は、みんなのアイドル的存在だった。そして高校生は、父親とキャンプ場を後にした。

 昼食後、みんなで、足付き方面に出かけた。泳いだり、温泉につかったりするには、ここが最適だ。
 バイクで、私だけ先に到着した。空は、急激に晴れ間を増していった。明日帰りたくないなと思った。

 べた凪になった足付き沖を、足ひれをつけてシュノーケルをした。大さんとミーニーはロングフィンなので、追いつくのは大変だった。
 テーブルサンゴの周りに青いコバルトスズメが群れで泳いでいた。本当にきれいだと思った。
 2人は早めにあがったが、私はまだ泳いでいた。昨日、あれほど荒れ狂っていた海は、今日は穏やかだった。自然って本当に神秘的だと思った。

 この後ハリセンボンと遭遇し、追いかけていって、手で捕まえてしまった。直径30cmほどにふくれたフグを両手で大事そうに持って、雅の湯に現れたら、そこにいた人々から大喝采を浴び、うれしいやら恥ずかしいやら・・・・・・・・
 このハリセンボン食べたかったが、今回は海に戻してあげた。

夕食はバーベキュー

 明日帰らなければならない私にとって、今日が最後の晩餐である。本当に時間がたつのは早い。大さんの提案でバーベキューの夕食になった。

 楽しい晩餐会になった。スプラッシュシャンパンをいただき、バボはかなりアルコールが体内を回ってしまった。
 焼き肉、ウィンナー、アスパラガス、ナス、ピーマン、生揚げ、温泉卵、野菜サラダ・・・・いろいろな食材が体の中に吸い込まれていった。

8月25日(日)
帰らなければならない日

 「帰る日を延期しない?」
 盛んにミーニーは誘ってくれたが、明日は講習会の講師だ。そのため、どうしても帰らなければならない。

 死刑を宣告されたような気持ちになり、朝6時前から帰り支度を始めた。天気予報では、朝7時は雨と言うことなので、テントや濡れては困るものを優先的にせっせと片付けていった。

 管理人室の前で、みんなで記念撮影。

 また9月に来ます。