バボの海Topへ

 午前6時。家内はまだ熟睡中。そうっと私だけテントを抜け出し、周りの物から整理を始めた。テントを停めているアルミのくいを1つずつ外していく。鍋や食器も大きなビニールシートの上に並べていく。 家内はというと、まだおねんね中・・・・
 そして、テントのカバー部分を取り外す。これで起こしてしまったか?? −−−セーフ。−−−−−まだ熟睡中。とりあえずカバーを広げて乾かした。私のマットも乾かした。仕方ないので、周りに張り巡らしたロープ類をしまい始める。

 テントの中身をあらかた出し終わったところで、ようやく家内が目覚めた。これで、テント本体を干すことができる。

2011神津島

 神津ストアーにより、少しだけ買い物をした。豆腐とプチトマトとバナナを買った。
 そしてキャンプ場に戻る。着替えをし、水で洗濯物を洗って干していたら、夕焼けが始まっていた。夕日は、どうやらお預けのようだった。

 今回は、2台の原付バイクを持ち込む計画を立てた。それは、家内も、自宅のある青梅から乗っていったバイクで島に渡ると言うことだ。 都心を抜けて、3時間ほど走るので少々心配だが、若かりし頃、2人で八丈島や三宅島をツーリングしたことがあった。その頃も竹芝桟橋までバイクを乗り付け、島に渡ったのである。「昔取った杵柄」ではないが、交通量の少ない道を進めば大丈夫だろう。
 五日市街道、井の頭通り、そして六本木通りを少しかすめ、東京タワーを目指して進んだ。バイクを預けられるのは、午後7時半以降だが、明るい内に竹芝に着いた方がいいと思い、早めに出発した。

テントに戻って
温泉はボイラーが故障中

 「後れをとってはいけない」と思い、そこそこに準備をし、手すりを持ちながら海に入っていく。水は引いている。
 ようやく、私が見たいと思っていたポイントの、海の中を見られることになった。すぐに魚を見つけ、デジカメを手に、そっと近づいていく。 動きが速く、なかなか写真の中に入ってくれない。写真を撮らせてくれない。
 「最初から潜って、魚が近くを泳いでくるのを待ち構えていたこと」を思い出した。そうだ、あの作戦をやってみよう。

 今年は記念すべき年になった。ついに、家内が『島キャンプ』にデビューすることになった。

 きれいな海で魚と泳げ、かつ安全で、それほど暑くないという条件をあげていくと、行き先は絞られてくる。 私の経験から神津島に決まった。神津島に行けば、キャンプ仲間にも会えるという楽しみもある。昨年行かなかったこともあり、神津島以外考えられなくなってしまった。

 「今回の島キャンプが、家内にとってお気に召さないもの」であれば、2度と島でキャンプをするとは言わないだろう。そのため、かなり緩めの計画を立てた。全てキャンプ生活をするのではなく、後半訪れる式根島は、なじみの民宿に3泊することにした。

 8月6日土曜日、日本の東に台風10号、沖縄方面には台風9号という、少々不安な天気図だったが、予定通り出発した。

バボの海Topへ

 持ってきたランタンに明かりを付け、蚊取り線香の煙の中、そうめんを茹でた。鰹だしの付け汁と、今はやりの辛いインスタント汁で食べた。シンプルだが、ここで食べると、おいしく感じる。豆腐は、酸っぱい味がしたので食べるをやめた。
 食後、少しの間、海の風に吹かれていた。 涼しい風だった。空が暗くなるまで、2人でじっと並んで座り、海を見つめていた。

 午後7時30分。テントに入る。お休みタイム・・・・

 のはずだったが、午後9時過ぎ、突然の絶叫と花火の音に驚かされた。
 キャンプしている人たちは、みんな良識のある人たちだが、上の「中O」と言う民宿に泊まっている学生達が、ハイになって浜辺に繰り出してきたのである。 学XX大学の学生らしい。その後、いつまでも男同士で寄り添って話している連中、そして肝試しをしている連中で、11時過ぎまで悩まされた。私自身、この場所でいろいろな大学生と出会ったが、こんなのは初めてあった。大学によって、常識という概念にずいぶん差があると思った。

 前浜を目指した帰り道、長浜を少し行った先から、山に向かって坂を登る。木でできた展望台があった。3階建てという言い方をするとわかりやすいだろう。
 そこに登って、先ほどまで泳いでいた赤崎海岸を眺める。
 盛りを過ぎた太陽の光は、それほど強くなく、体を温めたり、衣類を乾かすにはちょうど良い。長浜も見下ろした。

 手前に見えるのが式根島。それと重なって遠くに見えるのが新島だ。
 こうしてみると、神津島から近い。
 かつて沖縄に行ったとき、やはり北の端から与論島を眺めたが、そのことを思い出した。
 海を見ると穏やかそうに見えるが、岩に当たると白い波が砕けて見える。 潮の流れが、まだ収まっていないようだ。

 このあたりでも、珊瑚が見えた。青いスズメダイが見られて、ほっとした。 ベラばかりでは、やはりさびいし。

 家内は、船酔いで調子が悪かったので、日陰に寝かしておき、写真の所に設営した。雨よけはそれほど期待できないが、数時間日射しは避けられるだろう。
 椅子を1つしか持ってこなかったので、この石でできた腰掛けはなかなか役に立つ。
 今回持ってきたテントは、家内と一緒ということで、ロゴスの3人用のを、事前にネットで購入した。 荷物を置く場所があるものや、タープがついているのも候補に挙げたが、バイクに積んでくる関係で、軽さをより重視した。

テント設営

 浴衣を着た連中が、納涼船に乗り込んでいった。
 それを合図に、ようやく空が暗くなり始めた。
 近くのラーメン屋さんに入り、つけ麺を食べた。つけ麺の好きな私は、本日2度目である。
 夜風に当たりたくて、そして船の明かりに触れたくて、展望デッキに行った。夜景がすてきだった!!
22時過ぎ、カメリア丸には多くの人々が飲み込まれていった。
 「どうか、船が揺れませんように・・・・」

 マストの下にバイクを置いた。納涼船の関係で、今夜の船は、20時以降でないと購入できない。
長い、待ち時間の地獄に遭遇する。4時間以上、ここいら編で時間を過ごすのである。

東京タワーの真下に来ると、何ともいえない安心感を感じる。

 キャンプ中、わずかしか話をしていないのに、お隣の方々と別れにくい雰囲気を感じた。「感傷」というものか?
 最後になって自己紹介をし、一緒に記念撮影をした。Oさんペア。また来年の再会を約束して、キャンプ場を後にした。

 神津島空港の前にも、伊豆諸島の7人の神々が降臨していた。全員で美しい夕焼けの方向を向いていた。何か新しい力がみなぎってくるような気持ちになった。

神津島南部へツーリング

 今日は、やや早めに海からあがった。家内がまだ知らない、神津島の南部を案内してあげようと思った。天上山という選択肢もあったが、山の方は霧が出ていたので、楽しみは後日にとっておくことにした。
 まず多幸湾に行き、その雄大な姿を目に焼き付けた。 続いて、空港、灯台、千両池、有馬展望台などを回る予定で動き出した。
 時刻は3時を回っているので、あまり無理をしないようにと思った。おそらく、全部は回れないだろう。

8月9日

 沖に向かって桟橋の左側はかなり波があって、誰も泳いでいない。遊泳禁止のマークは別に出ていない感じもするが・・・・。そこで桟橋の右側、丸島といわれる丸っこい島が浮かんでいる方で水浴びをすることになった。
 この丸島周辺までくると、ケガキが岩にぼこぼこくっついていた。下手すると足を切りそうだ。
 家内も、先ほどの赤崎で泳いだイメージがあるので、ここでは泳ぎたくないらしく、さっさと上がってしまった。シャワーを浴びている。
 私もシャワーを浴びることにした。ここで、またまた偶然が・・・行きの船の中でもお会いした浮田さんと遭遇したのである。浮田さんとは、昨年の八丈島キャンプでお会いしてから、ずっとご無沙汰している。すごい確率だなと思った。並んでシャワー浴びながら話しているうちに、多幸湾キャンプ場の彼のテントを拝見することになった。多幸湾のシャワーは、少し水が冷たいと思った。

再び赤崎へ

 午後は再び赤崎の海に入りたくて、赤崎遊歩像の所まで行った。
 ところが、先ほどとは少し様子が変わっていた。海水が、予想を超える速さで満ちてきているのであった。
 深くなったばかりでなく、押し寄せる波の影響を受けやすくなっていて、午前中のように快適ではなかった。
 ライフセーバーも心持ち、緊張しているように思えた。それでも、約1時間ほど泳いだ。

 昼食が終わると、軽くバイクでツーリング。「よい子はすぐに泳いではいけない!!」−孟母の教えだっけ? なんて冗談を言いながら、多幸湾の水を飲みに行った。途中、ハマカンゾウの花が鮮やかに咲いていた。

 「ぶっ通し岩」、長浜、沢尻湾の撮影ポイントなどに寄り道しながら、よちゃれはうすに到着した。
 私は相変わらずのワンパタンである「海鮮丼」、家内は「イサキの焼き魚定食」を注文した。
 交換しながら食べたが、イサキもおいしかった。最高である。

バイクで水着を乾かしながら昼食へ

 ふと気がついたら、もう2時間が通過していた。途中ドリンク休憩をわずかに入れただけで、全然飽きることなく、海の中の世界を楽しむことができた。
 そろそろお昼を食べに行こうということで、水シャワーを浴び、バイクにまたがった。少し遠回りしながら行けば、食堂に行くまでは少しでもよく乾くだろう。

 海底にはテーブル珊瑚ができかかっていた。そしてかけ上がりには、チュウチュウウオの仲間が、全然人間を意識していないような感じで、すぐ近くを通過していった。

 ツノダシが、その長いセビレをまるで新体操のリボンのように使いながら、海の中を優雅に泳いでいた。
 私が上から潜ると、その動きを察したかのように、グングン私から遠ざかってしまう。
 右は、海の中に1分近く潜って我慢した結果、ようやくとれた傑作だ。

 あまり泳げない家内も、魚たちに魅了され、いつも以上に泳いでいた。ゴーグルで水中を覗いている。
 私も負けじと、魚たちをシュノーケルで追いかけまわしていた。

コバルトスズメダイ

ツノダシ

8月7日
神津島到着

 おいしい名水を飲み、気絶状態のバボ

 神津ストアーの前を通り、赤羽根洞門を越え、多幸湾に向かってバイクを走らす。
 突然視界が開けて、海がちらちら見えるではないか。
 思わずバイクを停め、景色を楽しむ。何とも言えない海の色がそこに広がっていた。

多幸湾に向かう

 今日は、天上山がよく見えた。たいていは雲がかかっているが、頂上がよく見える。
 島の反対側に当たる多幸湾にも足を伸ばしてみることにした。−−−−その理由は4つある。
   @名水100選にえらばれた湧き水を飲むこと
    A多幸湾の美しい風景を見ること
     B多幸湾で泳ぐこと
      C多幸湾キャンプ場を視察すること

 冷や奴、魚の南蛮漬け、野菜サラダ、アシタバのおしたし、そしてメインデッシュのづけ丼。これで約1000円は安いかどうかわからないが、毎日食べたいと思った。漬け物に、あら汁もついていた。家内も同じのを注文した。
 下の写真は、広場側から見たよちゃれはす。ここで食事した。

よちゃれはうすにてづけ丼

 休憩の途中、遊歩道に沿って一番高いところを歩いた。下で泳ぐ人間がとても小さく見える。通行禁止のロープが張ってある最先端まで行った。岩に守られていないところは、白い波しぶきが立っていた。今日も式根島と新島の島影が見えた。

 途中休憩を入れたが、2時間ほど、ここ赤崎海岸にいて、「お魚になって」泳いだ。一昨年よりも、珊瑚の数が増えたように思う。
 青い魚、赤や黄色の鮮やかな花を咲かせるイバラカンザシ、そしてサンゴの大地が思う存分見られて満足であった。

 家内は「足が立たないところは怖い」というので、安全を確かめながら、岩に沿って泳いだ。そして、たくさんの珊瑚や魚を見せることができた。

 なんと、今日も「遊泳注意」の黄色い旗が立っている。
 遊歩道から見ると、昨日と比べて全然海の状態がいいように思われたが、進入禁止のロープを乗り越えるだけの勇気はなかった。
 仕方ないので、エントリーできる場所から入り、昨日よりはもっと場所を広げて泳いだ。
 波がない分、昨日よりも海がきれいだ。深さがあるので、緑色の神秘的な海を見せてくれている。たくさんの人たちが、水面を進んでいった。

赤崎海岸到着
神津島の海風景

 わずか10分足らずの道だが、それこそ景色を楽しみながら、ゆっくりと進んだ。途中、スピードメーターを見て笑ってしまった。なんと時速20kmである。

 ゆっくり準備し、海に出かけることにした。家内は、昨日行った赤崎に行きたいという。私も賛成で、すぐ決定。

 なんとなんと、目の前をさるびあ丸が通っているではないか。
 自分一人なら、「お〜い」と大声を上げたいところだが、家内から指導が入りそうだったのでやめた。

8時になると暑くて眠っていられない

 この広い沢尻湾キャンプ場で、テントの数はわずか7張りである。
 いつもは、6時頃から動き出すが、家内をそっと寝かしておいてあげようと、テントの中でうつらうつらしていた。
 8時になると、さすがに暑くなって、テントの中にいられない。−−−−−そう、今日も晴れだ。
 海の色がまぶしい。 テントのチャックを開けたときに、飛び込んでくる「青い光」が私は好きだ。海辺の朝は最高だ。

 家内は「暑い」といいながら、東屋の方へ避難していく。
 今回のキャンプは、私が食事当番なので、またしても麺を茹でることにした。そうめんとパスタの両方を、2つの鍋で茹でた。そうめんは、めんつゆ。パスタは、和風たらこのさっぱり味。

8月6日

 今日こそ、よっちゃれはうすで「づけ丼」を食べたい。 家内に懇願する。
 まず水シャワーで体に付いた塩を落とす。昨日よりも、幾分か水温が低いような気がしたが、気持ちよい。 少しでも水着を乾かさなければと思い、バイクで島内を遠回りした。
 いつものように、山の上の方に向かって走る。
 かなり高いところから、我々が泊まっている沢尻湾を眺める。天気がいいので、海の色が素晴らしい輝きを見せてくれた。

 ライフセーバーがまだこないうちから、もう海に繰り出している人たちがいる。
 時間はまだ9時前だ。しかし、こんな素敵な海を見ていたら、やはり我慢できないのだろう。
 私も洗い物をしたら、すぐ泳ぎだしてしまった。外から見る海の色に比べて、水中はやや物足りないが、それでも十分満足のいくものであった。
「気持ちよい」そんなことをいいながら泳いでいた。とても幸せな気持ちになっていた。

8月8日
夕焼けを見ながら夕食
景色を楽しみながら・・・

 初日であるし、昨夜の船旅で疲れているので、午後3時には海からあがってしまった。 自分1人では、おそらく5時頃まで泳いでいるだろうが、家内に対する心遣いである。
 シャワーを浴びる。水は、意外なほど冷たくない。5分ぐらい浴びていても大丈夫なくらいの水温である。髪もしっかり、塩を落とした。後はバイクに乗っていれば、1時間ぐらいでラッシュガードも乾くし、海パンもマジッククロスでグングン水分を吸収してくれるだろう。
 まずは、北側に行き式根島を眺める。そして、少し高いところまで行き、神津の海をゆっくり展望しようということにした。

 せっかく神津島に来たので、最初に赤崎の海を家内に見せてあげようと思った。ここの魚影がすごいからだ。
 バイクで海岸線を走り、キャンプする沢尻湾、錆が崎温泉、長浜の景色を堪能しながら、赤崎に着いた。 バイクを駐輪場に停め、水着に着替えた。と言っても、すでに私は海パンをはいている。

 ここで一つ残念なことが・・・。台風の関係で、変な波が入ってくるということで、「水泳注意」という黄色い旗が立っていた。そのため、飛び込み台の下側だけしか海は開放されていなかった。つまり、魚がたくさん見られる側の海が、今日は入いれないということだ。
 仕方なく、木でできた遊歩道を 奥の方へ進む。

 水温は28度くらい。温かい。そして、すぐに魚たちと遭遇する。今年最初の魚君は、なんとフグであった。

赤崎遊歩道

 また、やたらと足をつつくやつがいた。よく見ると、黒と白の縦縞模様のイシダイ?の子どもではないか。近くの子どもの足を攻撃していたので、写真におさめた。ゴーグルを付けて覗いていると、にらんでくる。普通の魚なら、人間様に恐れをなして逃げていくのに、こいつらは違った。気が強い性格なのか、単なる戯れが好きなのか・・・・

よっちゃれはうすには大きな丸形水槽がある。そこには、シッタカガイやサメなどの魚がごちゃごちゃに入っている。神津島近辺に採集されたもの達だ。それを見ながら、凍ったパッションフルーツをほおばる。冷たさと酸っぱさのハーモニーがなかなかいい。大人の味である。
 昼食は、結局 神津ストアーでパンを買うことにした。・

よっちゃれはうすにて

 ここ神津島は、東海汽船や観光協会が入っている建物を 「まちゃれはす」、そして隣接している、お土産や食事をできるところを 「よっちゃれはうす」 という。
 私はお腹がぺこぺこだったので、ここよっちゃれはうすで食事をしたかったが、家内は、食欲がないという。そこで、1個250円する冷凍パッションフルーツを食べることになった。

 トイレや炊事場の状態も確認した。OKだ。水は、いつもより冷たかった。

 そして、海に入る準備を済ませ、家内と2台のバイクを連ね、前浜にある観光協会に向かった。キャンプの申請と温泉の券を購入するためだ。

 青ポシェにテントなどの荷物をくくりつけ、キャンプ場を目指した。
 実はこのときまで、キャンプビギナーの家内には、多幸湾の都立公園がいいか、私がよく行く沢尻湾がいいのか悩んでいた。そこで、多幸湾のキャンプ場をみながら沢尻湾を目指した。場所取りのことを考えると、真っ先に行きたいところだが、その辺は臨機応変にと思っていた。
 沢入湾に来て、すぐに6つのテントが目に入った。しかし、この6つのテントは1つのグループだったようで、後はあいていた。この空き方は、珍しいと思った。ここで、沢尻湾に決定!!
 次にテントを張る場所だが、「沢尻湾」という表示板があるところにしようか、それとも日射しを遮る屋根の下にしょうか、またしても悩んだが、いつもはとれない後者の方を選んだ。

 海上で迎える朝はすばらしい。風が心地よい。
 大島、利島、新島、式根島と 船は順々に寄港し、人々をおろしていった。 台風の余波のためか、予想以上に船は揺れた。特に、利島周辺と、式根島を超えた海域で、大きな動揺があった。 船に弱い家内は、船酔いに苦しんでいた。
 新島に到着すると、家内を寝かしたまま、デッキに繰り出して赤灯台を撮影した。そして、式根島でも、ずっと港をみていた。
 今日は珍しく、式根島の東側から船は神津島に向かった。

 サルビア丸は、神津島に到着した。 
 雲はあるものの、空は晴れている。やはり日差しは強い。コンテナからバイクが出てくるまで、サルビア丸と、そこから出てくる人を眺めていた。
 バイクを受け取り、船から少し離れた。すると、天上山が突然目の中に飛び込んできた。美しいと思った。各島経由で、いろいろな島をみてきたが、天上山は別格だと思った。 多幸湾も美しかった。 一瞬、日本だと言うことを忘れさせる光景である。
 天上山や多幸湾の海を見ていると、神津島は、私たちを温かく迎えてくれたような気がした。

 久しぶりにカジキマグロのモニュメントを見た。周りにいろいろな物があって、雄大な漁師の姿が少しかすんで見えるのは気のせいだろうか?

 いすとサマーベッドを持ち込み、優雅なキャンプをされているように見えた。
 この多幸湾キャンプ場は、テントサイトが縦に3つあるが、この真ん中のサイトは、彼をいれて2つしかテントはなかった。広い空間を、本当にゆったり使われていた。
 周りに木がたくさんあり、日陰ができていたが、蚊が出るらしく蚊取り線香が4つも点火されていた。
 ここでキャンプしてもいいなと思った。

 ついでに、この施設を見学させてもらった。付属しているお風呂場や洗濯室も覗いた。家内も、興味を示したようだ。

島内をバイクで回る

 今日は、もう海にはいるのはおしまいにしようということで、バイクでゆっくりキャンプ場に帰ることにした。しかし、バイクを停めては、いつものように写真ばかり撮っていた。

 海は、少しずつだが、いつの間にか、暗くなりかけていた。
 家内は温泉に行きたいという。私も賛成だが、もう少し泳ぎたかった。そこで家内には先に温泉に行ってもらうことにし、私は目の前の沢尻湾の海に入った。
 4時を越えていたので、ライフセーバーの姿も見えなかった。ほかに誰も海に入っている人はいなかった。6人組のテント集団も、上半身裸で、浜の上から海を見ていた。
 さすが、誰もいなくなると魚影が帰ってくる。大きなカンパチやブダイの姿も見えた。フグやベラの姿もたくさんいた。たたきにするとおいしそうなアジの群れと出会った。

松山展望台から

赤羽洞門から見た山の斜面

 温泉にきて困った問題が2つ発生した。 1つはボイラーが壊れていて内湯のお湯が出ないこと。 もう1つは、閉店時間が10時だと思っていたら9時だったこと。

 バイクで5分も進まないうちの神津島温泉に着く。トンネルを越えると、すぐに目に入ってくるのがこの温泉である。
 今年は、どうも夕日に縁がないようだ。入っててすぐに展望風呂にいったが、空がやや赤くなった程度で、きれいな夕日や夕焼けが見られなかった。

 夜のとばりが降りてくると、男女別の浴室に入り、体を洗ったり、温泉につかったりする。

 その後、マッサージ機に体をゆだねる。 気持ちよい。
 半分眠っていたら、家内がやってきた。

 今夜は、うるさい学生も帰ったらしく、涼しい風のもと、波の子守歌を聴きながら深い眠りに入った。

朝のお目覚め

 1度6時頃目が覚めたが、家内がまだ寝ていたので、ゆっくり休ませてあげようと思い、横になっていたら、また眠ってしまったようだ。 
 さすがに8時になると、「もう寝かしてあげないよ」というように、太陽は急激に発熱を始める。
 テントのジッパーを開ける。もう、浮島には誰かいるようだ。海の青さとともに、2つの陰が目に飛び込んできた。

 そういえば、男だけの6人組テント集団は帰ったようで、すぐ隣に感じの良いカップルがきていた。挨拶をすると、気持ちよい挨拶が帰ってくる。
 後でわかったことだが、この神津で3回ほどあったことのある、北川さんファミリーの知り合いだという。新調したという、茶色っぽい色の大きなテントが、存在感を示していた。この沢尻湾で「初張りだ」といっていたが、サイトの決め方やロープの張り方など、なかなかすばらしい。
 荷物を入れ替え、バイクを駐車場に戻した。

 家内のリクエストもあり、またまたソーメンとパスタの朝食になった。パスタのソースは和風ツナ、ソーメンはまた辛つゆにした。少し日差しが強いので、上の東屋に行って食べることにした。
 かつて台風9号に襲われ、サーファーのお兄ちゃんと避難したことのある東屋である。ここからの海の景色はなかなかすてきだ。

 家内が洗面と着替えをしている間、またまた一人で沢尻湾の中を泳いでしまった。

今日も赤崎遊歩道へ

 出発間際に浮田さんの訪問を受け、少し神津島の海の話をする。

 バイクにまたがると、もう赤崎遊歩道の方面しか頭になかった。とりあえず、島の西の海岸線を北上するのみ・・・

 アレレレ???今日は黄色い旗がないぞ?−−−ということは、赤崎海岸、全面開放だ。
すぐ下に降りていく遊歩道の広場に、あふれんばかりの人たちがひしめき合っている。
 家内を先導するかのように、階段を急いで降りていく。 もう何人か泳いでいるではないか!!

冷凍パッションフルーツ

 時間の関係で、灯台と千両池は後日ということにし、有馬展望台に行った。大きな十字架のそびえる展望台からの景色はすばらしかった。前浜や神津の家並みを一望できた。夕刻の時間も良かったが、海がもっと青く輝く時間にも見たかった。

夕刻の光景

 夕刻5時過ぎ。太陽が、遠慮しがちにゆっくりと光を弱くし、西の方角へと進んでいった。夏8月とはいえ、1日の終わりは涼しくなっていく。山の中は、ほとんど外灯がなかった。あまり暗くなると、帰り道が心配なので、後ろ髪を引かれる思いで、山の中から、バイクを村落の方へと進めた。
 何回か通って知っている道だったが、時刻によっては全然違う雰囲気と顔の村落に、ちょっぴり驚いた。

 テントに戻ると、またまた麺を中心とした夕食。購入したパンもほおばった。 海辺での食事をしたことがないヒトからすると、かなり質素な食事のように思えるが、精神的には、「かなりリッチで豊かな夕食」であった。
 予定では夕食後温泉に行くつもりだったが、まだボイラーが直っていないようなので、やめた。

 午後8時頃、近くの民宿に泊まっている学生たちがまた浜に繰り出してきた。スイカを食べて、花火を打ち上げていた。私たちも1等席で、これを鑑賞した。今年は、東北震災で、かなりのところで花火大会が中止となったので、久々に見る打ち上げ花火であった。
 よい子の大学生たちらしく、すぐに宿に戻っていった。
 
 いつもなら寝る時刻であるが、、前浜におみやげを見に行きたいという家内につきあった。 バイクでわずか5分ほど。
 ゆっくりバイクを走らせていると、波の音と潮の香りを感じることができる。そして雲の切れ間から、星がいくつか見えた。

 おみやげのTシャツを購入し、テントに戻って熟睡。・・・・・・爆睡かな??
 家内は、波の音がいつもより大きくあまり眠れなかったという。

8月10日
テントの撤収

 朝5時半頃目が覚めた。
 十分熟睡していたのに、家内はあまり眠れなかったと言っていた。

 監視台には誰もいなかった。その代わり、その周辺には、神津島のお年寄りたちが集まっていた。知らないヒトからすると、集団でボーーっと海を見ているだけのように思えるが、浜辺の清掃をしてくださるシルバーの方々である。学生たちが無造作に飛ばしたロケット花火や、海岸に打ち寄せた海草を、大きなビニール袋に何袋も清掃してくださっている。 いつスタートするか、そのタイミングを計っているような仕草がおもしろい。

神津島を発つ

 バイクを持ち込むと便利だが、船の離発着の時がやや面倒だ。というのは、出帆1時間前までに預けなければならないからだ。神津島出発は9時30分頃なので、8時30分までにはお金を払い、桟橋のコンテナの所まで運ばなければならない。

 バイク1台の運搬料は、式根島まで1940円だった。人間は割引券を使って460円なので、かなり割高に思える。しかし、伊豆諸島で原付バイクを借りると、1日4000円が相場なので、持ち込んだ方が遙かに楽だ。ちなみに、今回ガソリンは1L=200円だった。奄美大島が168円なので、やや高く感じる。

 まっちゃれはうすで休んでいたら、浮田さんが見送りにきてくれた。今回、ほとんどご一緒することができなかったので、気になっていたがうれしかった。再会を約束し、握手した。桟橋まで車で運んでくれた。船を待っている間も、ずっとつきあってくださった。ありがとうございます。

 さらにサプライズが待っていた。
 浮田さんと別れて船に上がり、デッキから神津島の風景を眺めていたら、なんとキャンプ場にいた「Oさん」たちまでもが見送りにきてくださったのである。
 明日帰るという。
 ぜひ私のHP「バボの海」を見てください・・・・そんなことを言っている間に、船は動き出してしまった。船に弱い家内は、もう下の階で横になっている。

 メールアドレスでも交換しておくんだったなと後悔した。

 それにしても、さわやかな雰囲気の方々だった。
 来年、またお会いしたいです。

Good-by 神津島