【キミガタメ】


「なんで鏡の破片を渡しちまったんだよ…」

コロナの酒場までラクリマを送ってきたアルターが
ぼそりと呟く。ラクリマは気にしたふうでもなく
何時も通りの無表情で彼を見上げた。

「仕方がないだろう。私一人の為に村一つ全滅させる訳にもいくまい」
「そりゃ、そうだけどよ…お前、人間に戻れないかもしれないんだぜ?」

ラクリマはふぅ、とため息をつくと部屋の椅子に腰掛けた。

「あのな、アルター」

ベッドに腰掛けたアルターにラクリマは静かに言う。

「私の本来の姿が人間であるという保証が何処にある?
 私が私に関して唯一絶対だと判っているのは少なくとも
 『蛙ではない』という事だけだ。私はトカゲかもしれないし
 蛇かもしれない。はたまた花や石かもしれない。
 呪いが解けたからと言って人間でいられる保証はあるまい」

そんな不確かなものと村人の命のどちらが大事だ?
ラクリマに問いかけられてアルターは唇を噛み締めた。
それでも。
ラクリマが呪いをかけられているという事実が、
その呪いが、もはや解けないかもしれないと言う事が悲しかった。
コロナで一番の戦士と自負していながら、何の力にもなってやれない。
アルターは自分の自惚れを思い知らされた様な気分になっていた。

「今回の冒険も疲れただろう。もう、帰って休んだ方が良い」

ラクリマに促されてアルターは重い腰を上げて足を引き摺る様に
ドアに向かう。見送ってくれるつもりでいるのか、背中に彼女の
気配がした。ドアのノブに手を伸ばしかけて止める。

「ラクリマ」
「なんだ?」

小声で呼びかけたアルターに何時もの様に抑揚の無い声が応える。
次の瞬間。
ラクリマはアルターの腕の中にいた。アルターの太くて筋肉質の
腕が痛いほど身体を締め付けている。

「アルター?」

彼が何をしたいのか理解出来なくて彼の名を呼ぶ。

「もし、呪いが解けても解けなくても…お前が人間で
 いられなくなったら、俺が!
 俺がどっかの竜を脅迫してでもお前を人間にする魔法を
 かけさせてやる。絶対、絶対だ!」

アルターの言葉にラクリマの目が僅かに泳いだ。

「…有難う。頼りにしている」

搾り出されるような擦れた声は締め付ける腕のせいだろうか。

「ああ、任しとけって!」

アルターは身体を離すと笑いながら自分の胸を叩いて見せた。

「じゃ、じゃあな!ラクリマ」
「お休み」

急に自分の言った事が気恥ずかしくなったのか、
アルターは踵をかえすと凄い勢いで酒場の階段を駆け下りる。

(柄にもなく、気障な台詞言っちまったなぁ…)

酒場を出て行くアルターの顔はその鎧よりも赤くなっていた。


「いい仲間ができて、よかったケロね」

外を歩いていくアルターを窓から眺めながら『かえる』が言う。

「……ああ」

声と共に『かえる』の頭にぽたり、と暖かい滴が降って来た。
『かえる』が見上げると彼女は片手で額を押え、その肩は震えている。



「ラクリマ…泣いてるケロ?」


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