【歌人】
コロナの酒場にリュートの音色が響く。
それに合わせて過ぎ去った古の英雄譚を賛うは
街で二番と評判の鉄仮面吟遊詩人、ラクリマ。
彼女の弾き語りは技術的にはミーユに劣るものの
その声の美しさは決して彼に劣らない。
彼女の鉄仮面もリュートを弾く際には長い髪に
遮られ隠れてしまう為、弾き語りをしている時は
なんとなく無愛想さが感じられないような気がする。
ラクリマが酒場にいる時はなるべく顔を出すように
していたアルターはふと、ある時気付いた。

どう言う訳かラクリマは全く歌を唄わなかったのだ。

「なぁ、この前気付いたんだけどラクリマって歌歌わねぇよな」

月のしずくを入手した帰り道。
掌で明々と燃える紅い宝石を弄びながら呟くように言う。
アルターの台詞にラクリマはアルターを見上げた。

「そうだったかな」
「折角綺麗な声してるのにもったいねぇよ。
 なんで歌わないんだ?」
「…聞きたいのか?」

ラクリマは無表情のままアルターを見つめる。

コイツはどんな歌を歌うんだろう。

好奇心にかられたアルターは静かに頷いた。
ラクリマは背中に背負っていた竪琴を手にすると手近にあった
岩に腰掛け、細い指で聞き覚えのある音を紡ぎ始めた。

かくれんぼしている 子供達
暑い日の突然の スコール

歌い出した時、その声にアルターは息を呑んだ。歌自体は
アルターも、いや、コロナの住人なら誰もが耳にした事のある
聞きなれた古い恋歌だったのだがまるで別の物に思える。

心に秘めた冒険心
終わりのない美しい物語

月のしずくに照らされてラクリマの顔も声も不思議と優しく見えた。
この歌は何度も聞いたが、その中で一番だと思う。

何年も前に交わした あなたとの約束
みんな わたしの大切なもの

黙って歌を聴いていたアルターはその次の歌詞を聞いて
心臓が跳ね上がった。

あなたの事が好きよ
だって あなたはいつも 
わたしを幸せにしてくれるもの

自分が言われた訳ではないと頭では理解しているのに
彼の心臓は早鐘をうつかの如く激しくなる。

「……か?アルター?」

どのくらい呆然としていたのだろうか。はっと我に返った
アルターの顔を何時もながらの鉄仮面が覗きこんでいた。
彼の目の前をひらひらと彼女の手が舞っている。

「どうした、大丈夫か?」
「あ、ああ…わりぃ」
「そうか…間違えて呪歌でも歌ってしまったかと思った」

ある意味、呪歌だなとアルターは心の中で呟いた。
現に自分はすっかり魅了されてしまっていたのだから。
ラクリマの歌をまだ褒めていない事に気付いたアルターは
慌てて拍手をする。

「凄いな、やっぱり凄く歌上手いじゃないか。
 酒場で歌ったら、きっと今以上に客増えるぜ」
「……そうかな」

照れているのか、僅かに目をそらしてアルターの賞賛を
受け取るラクリマ。今の彼女の歌声ならば、他の客は勿論
間違いなく仲間達も魅了されて酒場にやってくるだろう。
そう、彼女に想いを寄せるアイツらも…。

「今度、酒場でも歌ってみようかな」
「そ、それはダメだ!!」

彼女が呟いた台詞にアルターは思わず大声を出してしまう。

「何故だ?」

客が増えると誉めておいて歌うなというアルターの無茶苦茶な
意見に至極当然の質問をするラクリマ。
我に帰った瞬間、アルターは体中の血液が顔に集まるのを感じた。

「な、何故って…その」

無表情でじーっと自分の顔を
覗き込んでいるラクリマをちろりと上目使いに見る。

「上手く言えねぇけど…他の奴に聞かせたくねぇ…」

勝手な事を言って我侭な奴だと思われているだろうな、と
思いつつもアルターは拗ねた様にそっぽを向きながら言う。
ラクリマの表情はきっと変わっていないだろうが
内心呆れているだろうと思った。

「わかった」
「…え?!」

意外な答えにアルターは思わず顔を上げる。

「お前がそう言うなら止めておく」

ラクリマは竪琴をバックパックに仕舞いながらはっきりとそう言った。
アルターは目を丸くして彼女を見つめる。

「って…いいのか?」
「ああ。さっきの歌も、お前以外には歌わないつもりだったからな」

ラクリマはそう言って立ちあがる。その仕草も口調も鉄仮面も
あまりにも自然だったから。
アルターの頭はショートしてしまった。

「何をしてる。早く帰らないとアレックスが寝てしまうぞ」

すたすたと歩き出しながらラクリマが呼びかける。
慌てて立ちあがり彼女の後を追いかけるアルターの掌の中で、
月のしずくは一層その輝きを増していた。


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