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>>>花
-- 05/11/24-01:17..No.[886] |
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●注意・前三作との続き物です● 神殿を後に、しばらく歩くと細い水の流れにぶつかった。ひとまたぎして越え、流れる向きとは反対の方向へたどる。辺りはすでにうす暗くなりかけていた。念のため、マーロは落ちていた小枝を拾い上げて、口の中で文句をとなえた。葉を落とした枝の先が光りだし、ブーツのつま先を照らし出した。 小さな泉はすぐに見つかった。そして、その側に腰を下ろしている娘の姿も。若草色の毛糸を編んだケープは、占い師の娘といっしょに買ったもののようだ。だが、暗がりでへたり込むように座っている彼女は、しおれた花のようだった。 「風邪ひくぞ」 声をかけるやいなや、彼女は肩をすくめるほど鼻をすすり、腕で顔をこすった。そして振り向いた。笑っていた。 「マーロ」 立ち上がかけた彼女より先に、マーロは歩み寄ってひざをついた。 「ああ、びっくりした。いきなり足音が近づいてきたから、誰かと思った。どうしてこんなところにいるの。あ、この葉っぱきれいだね。ぴかぴか光ってる。マーロの魔法? すごいね」 しゃべるリラを、マーロはじっとみつめた。もともと色白の顔が真っ青だ。まぶたがはれぼったいのは、こすったせいばかりではないだろう。 「ねえ……マーロ?」 マーロはだらりと垂れ下がった彼女の片手をとった。思わず引っ込めようとしたリラをつなぎとめるように。 「泣いてただろ」 いっしゅん、リラの表情から笑顔が消えたのを、マーロは見逃さなかった。 「うん、ちょっと泣いてたよ」 彼女の答えはあくまでも明るかった。 「散歩に来たのだけど、スキップしてたら転んじゃって。転ぶの慣れてるのに、今日にかぎって痛くて。でも、もう平気よ」 「ふうん……そりゃひどい転びようだな」 「そうだね。ちょっと、うーん……けっこう痛かったかな」 「ああ、そう」 そう答えながらも、マーロは納得していなかった。彼女の嘘は見え透いたものだ。そうまでして、ごまかそうとしているものを、マーロは半分でも分けてほしかった。 「マーロ。わたし、大丈夫だよ。ねえ……」 マーロは彼女の手を離さなかった。泉の表面は動かない。底のほうまで透けているほど清らかな水が、水溜りを通って、マーロのたどってきた細い流れとなって流れ出していた。 しばらく二人はだまったまま向かい合っていた。 「久しぶりだね」 「ああ」 二人で話すのはシェスナ以来だった。マーロは年度末の試験勉強、リラはこれまで以上に休みを減らして仕事に遊びに街を駆け回っていたせいで、互いにすれ違うことはあれど、まともに口をきくことはほとんどなかった。 「試験は」 「合格」 「お、おめでとう」 「ありがと」 うつむくと、長いまつげが白いほおに影を落とす。ふいに彼女は思いたったようにマーロのほうを向いた。 「そういえばマーロ、今日はローブ着てないんだね」 「一年中着てるわけないだろ」 「そ、そうね」 会話終了。 「ねえマーロ。今日は森のお散歩?」 マーロは一瞬考えて、それから答えた。 「ラドゥのところにいった」 リラの笑顔がふっと消えた。やっと彼女の素顔がかいま見えたような気がして、マーロは心のつかえが半分とれるような思いがした。 「会えた?」 「いや。それでよかったと思う。おれ、お前のことを聞こうと思っていたから」 「わたしの」 リラはそれ以上続けなかった。 「怒っても仕方ない。おれ、お前のこと、すこし疑ってた。本当に記憶戻すつもりあるのか……記憶なくしていることすら、うそじゃないかって。だから賢者に聞こうとした。あいつはお前のことを知っているようだったから。 でも、それはやっぱり間違っている。お前のことを知りたいなら、お前に聞くべきだ。おれは、わかっていたくせにそうしなかった。竜の呪いを解く糸口とかなんとか建前づけて、自分だけ知ってわかったつもりになろうとしていた……ごめん」 「……あなたは悪くない」 マーロは首を振った。なぐさめの気持ちだけがマーロには痛いほど感じられた。 「教えてほしい。リラは、どこから来た?コロナに来るまで、どんな街を旅してきた?おれは、それが知りたい」 リラはだまっていた。マーロは待っていた。すると彼女の手が伸びて、マーロのもう片方の手が握っていた光る小枝にふれた。 「あなたが求めること、わたしは知らないの。いろんな街も、人も、何ひとつ知らなかった。あなたに出会ってから、こんな不思議なものもあることを知ったの」 小枝を渡すと光はたちまち消えてしまい、ただの茶色い枯れ枝になった。リラはその枝を草地においた。 「わたし、去年の春まではかえるだった。この泉でいつも一匹ぽっちで」 感情をこめずにただ記憶を声に出しているだけのような話しぶりだった。 「ラドゥおじいさまに、お前はかえるではないっていわれて初めて、どうして自分はかえるなんだろうって思ったの。それから、おじいさまの魔法でこの姿にしてもらって、コロナの街で働きながら何者なのか知るすべを探すことにしたの」 「そうか」 「そうかって、こわくないの?」 「べつに。おれはもっと、人殺してるとかそういうの想定してたから」 「そ、そんなことできるわけないよ」 「だから怖くないんだ。かえるだったなんて、なんだかリラらしいな」 「かえるだから怖くないの?」 「だって納得できるから。目、でかいし」 「でも、わたしの名前のアプリコ、宿帳の最初のページにあった名前を借りたものだし、モンクは素手で戦えるからお金がかからないってだけだし、リラっていう名前の他はみんな魔法なんだよ。わたし、みんなにうそついてるのよ」 「……呪いはほんとうなのに、魔法はうそなのか」 静かに聞き返され、リラは首を振った。マーロはすこし笑ってみせた。ずっとつないだままの手をほどくと、汗ばんだ手につめたい空気が気持ちよかった。 「なにが真実なのかけっきょくわからないなら」 声とともに白い息は夜の闇にとけていった。 「おれにとってのほんとうは、お前が今ここにいることだけになる。それだけは、お前がどんなにうそだなんだっていっても譲らないぜ。……一日費やしておいてなんだけど、とどのつまり、おれはそれでいいのかもな。そんな簡単なことに揺れてたみたいだ」 「ううん、むずかしいよ……やっぱり、マーロはすごいね」 「そんなことない」 リラはわずかに上を向いた。アルターほど大柄でないマーロの顔は、リラと目線はほとんど同じだった。しびれるような寒気の中にいるせいか、リラのほおはわずかに赤みが差している。マーロは両肩に手を置いて、顔をゆっくり近づけた。 「つめたい」 だが、すんでのところでとびきり冷たいものがリラのくちびるにふれた。 「みて、マーロ。空」 上を向くと、暗い枝葉の間から見える真っ暗な空から、ひらりひらりと羽毛のような白いつぶが、風に運ばれて舞い降りてくる。 「これ……これが、雪っていうの?」 「見たことないのか」 「うん。だって、いつもすごく眠くなってしまうから」 「ああ、お前かえるだったもんな」 「そ、そうだけど、もうマーロ、どうして笑うの」 いいかけたリラの鼻がにわかにむずむずして、くしゃみが一つ出た。鼻をすする彼女はなんだか不恰好で、それがマーロにはいとおしかった。 「……マーロの瞳ってきれいね」 「なんだよ、いきなり」 「だって、こんなにそばで見たことなかったから。かえで糖を溶かしたみたい」 いつもなら否定したくなる形容詞が、間近でリラにいわれるとまんざらでもなかった。けれど、彼女の青い瞳がすぐ前にあるせいか、いきなり照れくささがこみあげて、マーロは上を見上げた。 「こう寒くちゃ、歯が震えてしょうがないな。帰って、マスターにミントティーいれてもらうか」 雪はすでにマーロの上着にも髪にもいくらかついている。リラは手を伸ばし、彼の髪についていた雪のひとひらに触れた。 「リラ」 「マーロ、ここね、いつも転んだときに来ていたの。だからきらいな場所だった。でも、あなたといるとここも好きになれるかもしれない。いつか、あなたさえよかったら、またここに遊びにこない?」 「それって、休日の誘いってやつか」 ふざけてきいたマーロに、リラは馬鹿正直にうなずいた。その顔はしごく真面目だ。問いの意味をそのまま受け止めたのだろう。それがマーロにはおかしかった。 「いいぜ。もう少しあったかくなったら、この辺も花が咲くだろ」 「春」 「どうした? 春じゃだめか」 「ううん、そんなことない。春までに呪いも魔法も……解けてるかなって」 「ああ、きっとな。まあ……今でもいいけどな」 「花も何も咲いていないのに」 花の咲くように笑うリラをみつめて、マーロはすこし考えた。 「……いいか、これは本で読んだ台詞だからな。らしくないなんていうなよ」 「?」 「『花を咲かせる種が地面で眠ってるのも、悪くない』」 「あ、そっか! すごい、そんな考え方もあるんだ」 思い切っていったつもりなのに素直に納得され、マーロは今更ながらリラが去年までかえるだったことを実感した。 「じゃあ、約束だな」 すると、二人の間のわずかな隙間にリラの小指がさし出された。 「こないだリュッタに教わったの。約束やぶったら、ハリセンボンなのよ」 そういって笑うリラの手首を、マーロはつかんだ。 「指きりなんかいらない」 うつむこうとしたリラのひたいに、マーロは自分のひたいを当てて押さえた。水鏡に二人の影がおぼろげに映し出されている。雪が絶え間なく降る中、その影がわずかに重なり、そっと離れた。 〜おまけ・帰り道にて〜 「しかし派手に転んだよな。鼻とか目頭、真っ赤」 「も、もう転ばないわよう」 「ふうん」 「どうしたの」 「……なんでもない」 おれが受け止めてやる、とはいえないマーロでしたとさ。 ●○●○こころのありか○●○● ……奴は最後に何をしたのでしょう。ごく当たり前に考えれば××ですが。頭突き、でこぴん、鼻つまみ、歯がぶつかる……笑える展開をあまた考え、とうとう濁してしまいました。みなさんのご想像にお任せします。カップル成立かどうかは微妙なところですが、私のさじ加減ではこのくらいの糖度が精一杯でした。ご批判いただければうれしいです。 ※これからの展開に向けて修正しました。今は学業忙しいので掲載までできませんが、早めにアップできるようがんばります〜 花でした☆ |
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>>> べに龍 -- 05/12/01-08:06..No.[890] | ![]() | |
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渋好みの私としては…これだけ甘ければ、充分たいしたものですよ。 笑える展開は大好物ですが、ここではもってこないで正解だと思います。 リラさん、見せない努力がかえって痛々しいです…本当の「春」が早く来ますように。 | ![]() | |
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いやはや >>> 花 -- 05/12/02-00:10..No.[892] | ![]() | |
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いつも感想ありがとうございます。春は……たぶんなんとかなるでしょう(←むちゃくちゃ曖昧)!「かえ本」って、そういえばゲームも春にはじまり春がめぐってくる頃に、転機を迎えますね。ふと、思い出しました。 | ![]() | |
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