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『詩人の笛とこわれた神殿』

 >>>   -- 05/11/23-18:32..No.[885]  
     コロナの森の奥には神殿が建っている。とはいえ、神殿に仕える人、訪れる人がさかんに出入りしていたのは大昔のことだ。街の人間にとっては、夏場に家族連れが弁当を広げるためにちょうどいい場所でしかなかった。
「おや、あなたは」
 マーロが振り返ると、酒場でたまに顔を合わせる詩人がいた。同じ道を通ってきたわりには、彼の厚手の生地をぬい合わせた上衣も、くるぶしまであるくちなし色のローブも、泥に汚れていなかった。
「奇遇ですね。真冬のこの場所に来る人などめったにいないのですが」
「ということは、あんたもわけありみたいだな」
「たいしたことではありません」
 倒れた石の柱に腰掛けて、マーロ・フォンテは黒髪の詩人を一瞥した。詩人はほほ笑んで、マーロの座る柱のすぐそばにある、折れた柱に片ひざを立てて座り、懐から短い笛を取り出した。
「賢者に聞かせるのか」
「いいえ、ただ吹きにきただけですよ。風の向くままに動きたくなる時は、あなたにもあるでしょう」
「たまに」
 詩人は笛の片方の端を唇に当てた。かすかに、けれど高い音色がひびく。マーロは考え事をしていた。
 シェスナから戻った後、試験勉強ついでという建前で彼は竜に関する数々の文献資料を読みあさった。アトランティーナに関する伝承、そして呪いの解呪。だが、どれも答えは霧の向こうにかすんでいた。
「あんたは賢者と知り合いだと聞いていたけど」
 空気に残る余韻が消えるのを待って、マーロは詩人に問いかけた。
「ラドゥをご存知ですか」
「……ちょっとな。ここへ来れば会えるかもしれないなんて思ったけど、やっぱり無理みたいだな」
「彼に、何か聞きたいことがあるのですか」
「山ほど」
「それは、もしやリラ・アプリコのことですか」
 マーロは一瞬ためらって、けれどうなずいた。
「あんたも知っているのか。あいつのなくした記憶のこと」
「ええ、すこしは。あの街でも彼女の抱える事情を知る人は少なくないでしょうね」
「そうか」
 冒険者酒場で、彼女が酔った客から励まされている光景をマーロはたびたび目にする。始めのうちは別段なんとも思わなかったそれが、シェスナから帰ってきてからもまったく焦っていないような彼女の笑顔に、いらだちを覚えるようになった。
「あいつ、ほんとうに記憶をなくしてるのか」
 ミーユは答えなかった。
「記憶が戻るとかなんとかいっておいて、人助けのためならそんなものどうでもいいなんて、ばかげてる。それならおれは何のために、いそがしい時間割いて冒険に出てきたんだ」
 アルターにもラケルにもいえなかったことが、素性も知らない詩人と二人きりだといえるのは不思議だった。腕を組むと、かじかんでいた指が上着の中のぬくもりに少しずつ温められていく。
「目にみえること、耳に聞こえることだけではないでしょう」
「……だから、知りたいんだ、あいつがどうしてコロナに来たのか。あいつは何も話さないから」
「そうですか。あの子は、何も話さないのですか」
 詩人の横顔がわずかにうつむいたかのように見えた。だが、彼は指先をある方向へ指し示した。
「この先へ真っ直ぐ歩くと、小さな泉に出ます。彼女のことなら、当人に聞くのが最良ではないでしょうか」
「いるのか」
「ええ」
 マーロは立ち上がった。ズボンについた苔を軽く払い落とす。白い息がくちびるから漏れた。
「賢者は世の道理を理解しますが、彼女のことを理解できるのは、彼女のそばにいる人でしょう。たとえ道理で説明のつかないことだとしても」
 神殿の礎から草地に降り立ったマーロは、詩人を振り返った。
「めずらしいよな。歌ばかり歌うあんたが笛を吹くなんて。おまけに半音あがってる」
「……耳がよろしいですね」
「親父は楽隊の人間だからな。ガキの頃から多少は聞かされてるんだ」
 マーロの足音が聞こえなくなった頃、神殿の唯一残っている柱の陰から、一人の男が姿を現した。
「いいかげん、お芝居はよしてください」
「おお、ミーユ」
 肩越しに振り返ると、まったく同じ顔立ちの詩人が二人向かい合った格好になった。
「まったく、私の姿を真似るなんてどういうつもりですか。あの少年にとやかくいえる立場ではありませんよ」
「まあ、そう怒るな。賢者というと身構えるものも多くてな。おぬしに姿を変えたものの、わしは歌に自信がないことを忘れていたよ」
「まったく、世の道理云々など私が口にも出さないことを……あれが私の笛だと思われたらどうするのですか」
「いやいや、すまなかった。だが、感づいておるようだったからよいではないか。しかし、ここまで来るような友人に出会えて……そのせいじゃろうか。あの子がすべてを隠しているのも」
 ミーユは答えず、長い黒髪を後ろにはらって、今しがたマーロが座っていた倒れた柱に腰かけた。
「わしも、世の道理より歌を求めるべきだったかもしれぬ」
「これも楽ではないのですよ」
 ミーユはすでに老人の姿に戻った賢者にほほ笑んだ。
「いかがです、一曲歌いましょうか」




○●○●○詩人の笛とこわれた神殿

 はい、またシリーズものです!……あいかわらずゴリ押し掲載です、花です。『誓いの矢』のsideB・マーロのお話です。前後関係は特に意識してはいませんが、同じ日の話です。
 ミーユ&ラドゥっておそらくもう二度とないです。この二人(あり方は正反対だけど)なんとなく存在的に近い気がするのは私だけでしょうか。
 感想・ご意見などお寄せいただければ作者冥利に尽きます。



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