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>>>SHIO
-- 05/10/21-04:05..No.[873] |
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==================== ※メインシナリオを失敗した場合のネタバレがあります。 ご注意ください。 「ルーの悩み事」の続編で、シェリクと主人公のお話です。 ==================== ――サフィアさん? シェリクが彼女を見つけたのは、務めの一つとしている街のお宅回りを終えた帰り道のことでした。 神殿の前にたたずむ桃色の髪の少女。通行人の邪魔にならないようにでしょう、入り口から少し離れたところで。 と言っても、これだけなら実はいつものことでした。サフィアはよくお祈りに来ます。その時彼女はどうしてかいつも入り口で少しためらってから、とても遠慮がちに入ってくるのです。誰に対しても広く門を開いている神殿なのに。 それをシェリクが「おや?」と思ったのは理由があります。 一つは、彼女が最近まで入院していたから。退院したのはつい先日で、まだしばらくは安静にしているよう、診療所のアエリア先生から厳しく言いつけられているはずでした。 もう一つは、たたずむ彼女の横顔が、とても困っているように見えたから。 「サフィアさん」 驚かせないように声をかけたつもりでしたが失敗したようです。悲鳴こそ上げなかったものの、サフィアの肩はびくりと跳ね上がりました。 「あ、シェ、シェリクさんっ」 水色の瞳が大きく見開かれ、声の主を確認するとぱちぱちと瞬きました。 「申し訳ありません。脅かしてしまいましたね」 「えっ、あっ……ち、違うんです!」 謝るシェリクにサフィアは慌てて手を振ります。 「すみません、私がぼーっとしていたからっ……あの、邪魔ですよね?」 「そんなことはありません。ですが、どうなさったんですか? なにか困っていらっしゃるようでしたが」 尋ねると、彼女はもっと慌てたように手を振りました。 「あああああのあの、なんでもっなんでもありませんっ!」 「そうですか?」 「そうです、大丈夫です」 一所懸命元気な顔を作ろうとしているサフィア。張り付いたような笑顔が余計に元気の無さを表してしまっていることには気が付いていないようです。半年ほど前に初めて会ったときから変わらず遠慮がちな少女。特に人に心配されるようなことはなかなか言い出しません。 ですが、 「……サフィアさん」 「は、はい」 「私ではお役に立てませんか?」 半年付き合ううちに、変わったのはシェリクのほう。 彼女から話を聞きだすコツはもう掴んでいます。 予想通りサフィアは真っ赤になりました。 「そんな、そんなことないです!」 拳を握って否定した彼女は、自分で自分に驚いたようにハッとしてその拳を見つめます。 「そうですか。それでは話していただけますか?」 にっこりと微笑みかけると、サフィアは首まで赤くなって小さくうなずきました。 + + + この時間の神殿は空いています。シェリクは礼拝堂で話を聞くことにしました。 「……すみません」 隅の椅子に腰掛けると、サフィアはまず頭を下げました。 「どうなさったんですか?」 「本当は……シェリクさんに用事があって来たんです」 ごめんなさい。と彼女はもう一度小さく頭を下げます。 「私にどのようなご用ですか?」 穏やかに話を促すと、サフィアはまた少し困った顔をしました。けれど、もうごまかそうとはしませんでした。 「あの、えっと……あの、私、この前、入院しましたよね」 「ええ。お体はもう大丈夫なのですか?」 「はい、ケガは大丈夫です。でも、その、そうじゃなくて……」 もともとあまり話すのが得意ではない彼女は、一所懸命に言葉を探しながら話し始めました。 「『ケガをした理由』をお話しに来たんです」 ようやく見つけ出した言葉を口にしたあと、サフィアは一言説明を付け加えました。 「ルーが、『正直に説明してシェリクさんに叱られてきなさい』って」 困った顔の彼女を前に、シェリクも困ってしまいました。 「……私が、サフィアさんを叱るのですか?」 「はい」 こくり、サフィアは困った顔で、けれどはっきりとうなずきます。 さすがにシェリクも意味がわからず首を傾げてしまいました。 「確か、あの時は一人で出かけられたんでしたね。あれは私も無用心だと思いましたが」 けれどそのことはもうお見舞いのときに言ってありました。と言うことは、何か他に「叱られる」ようなことがあるのでしょうか。 サフィアの顔を見ると、そこには「イエス」と書いてあります。 「あの、半分、当たりです。でもその、……私、まだ黙っていたことがあって」 覚悟を決めたのでしょうか。さきほどまでおどおどとさまよっていたサフィアの視線が、ひざの上に定まりました。 うつむいたまま、彼女は搾り出すように言いました。 「私、呪いをかけられているんです」 「……呪い、ですか」 目の前でサフィアの桃色の髪が一房、肩から滑り落ちました。震えているのです。その様子が彼女の言葉が嘘ではないことを証明しています。 サフィアは震えながら、それでも説明を続けました。 「呪いです。とても、強い呪いです。森に住む賢者様が教えてくれました。……私、この街に来る前は、かえるの姿で暮らしていました」 唐突な、あまりにも唐突な事実。人をかえるに変えてしまうほど強い呪いなど、冒険者の多い街でもあまり聞かない話です。 「今は賢者様の力で、人間にしてもらってます。でも、呪いが解けたわけじゃないんです。一年だけの魔法なんです」 サフィアはうつむいたまま微かに笑いました。 「言えませんでした……気味が悪いですよね、かえるだったなんて。どうしてそんな呪いをかけられたのかも、私ぜんぜん覚えてないんです」 笑っているのに、サフィアの水色の瞳は悲しく揺れています。 「もしかしたら私、とても悪いことをしたのかも知れない」 そんなことはない、とシェリクは言いそうになりました。その言葉を危うく飲み込みます。根拠の無い言葉は、真面目な彼女を悲しく微笑ませはしても、救えるものではないでしょう。 サフィアは祈るように指を組み合わせていました。 「正体を知られるのが怖かったんです……怖がられるのが怖かったんです。この街の人たちは優しくて、暖かくて、だから私、嫌われたくなかった」 だから彼女は一人で全てを抱え込んだのでしょう。呪われていると言う事実を、理由もわからないと言う恐怖を。 「まさか……それでは、あの時一人で出かけられたのは」 「呪いを解く方法を探すため、でした」 静かにうなずくサフィア。よく見れば、まだ襟元から体に巻かれた包帯がのぞいています。「あの時」の怪我の跡。 「サフィアさん」 「私、失敗しました」 シェリクが言葉を継ぐ前に、本人が言い切りました。 「呪いを解く方法、わからなくなってしまったんです」 シェリクは言うべき言葉を失いました。 ただ漠然と頭に浮かんだのは、「なぜ」という一言。 なぜサフィアが呪われたのか。 なぜたった一人で抱え込まねばならなかったのか。 なぜ今まで話してくれなかったのか? なぜ自分を連れて行ってくれなかったのか! 彼女を責める言葉ばかりが浮かんでいることに気付いて、シェリクは眉を歪めました。 (辛いのはサフィアさんだと言うのに、私は……) そっと顔を上げると、燃え盛る聖火が目に入りました。いつも自分の醜い心を照らし出し、燃やし尽くしてくれる炎。 「……ルーにすごく怒られました」 ぽつり、とサフィアはつぶやきました。 炎を見つめていたシェリクは、我に返って彼女の顔を見ました。 サフィアは微笑んでいました。 「どうして一人で行ったんだって。アルターさんにも一緒に怒られました。二人があんなに怒るなんて思いませんでした」 ルーはサフィアの親友です。シェリクと三人で冒険に出たこともありますが、彼女は本当にサフィアのことを大事に思っているようでした。アルターのことも知っています。気さくで面倒見のいい戦士です。サフィアとは同じ宿にいることもあって、よく一緒に仕事をしていると聞いています。 サフィアは顔を上げました。 「理由を言えなくてもいいから、本当に大事なときは絶対に呼びなさいって言われました」 「……私も同じことを言いますよ」 「全然、怖がったり、気味悪がったり、しませんでした」 「私も同じです」 「怖くないですか」 水色の瞳がシェリクを見つめました。 微笑みは消えて、代わりに必死な表情が浮かんでいました。 「私、自分でも正体を知りません。かえるになる前はどんな風だったかもわかりません。もしかしたらすごく悪い人だったのかも知れない。どうして呪われたのかも、これからどうなるのかも何にもわかりません。それでも気味悪くないですか」 透明な水の色をした瞳が揺れています。 そういえば森の奥にきれいな湖があった。ふとシェリクはそんなことを思い出しました。深く澄んだ水の色。あの色と同じ色だと。 「……あなたを叱れと言う意味がわかりました」 静かな水面を前にしたような、不思議に穏やかな気持ちでした。湖の色の瞳は、じっとシェリクを見つめています。怯えているような、けれど答えを待っているような、複雑な表情。 「サフィアさん。一つ考えてみてください。もし……例えばルーさんが呪いにかかっているとしたら、サフィアさんは怖がりますか?」 細い喉がハッと息を呑むのがわかりました。 シェリクは話し続けました。 「ルーさん達がおっしゃった通りです。訳を話していただけなくても、お手伝いできることはあったのではないでしょうか。遠慮されると言うことは、信頼されていないと感じられることもあるのですよ」 ルーとアルター。二人ともコロナ育ちの冒険者気質です。人に言えない秘密を抱えていることは冒険者ならよくあることですから、それについて責めたりしなかったでしょう。しかし、だからと言って「嫌われたくない」などという理由で遠慮をされたと知ったら、どんなに腹を立てたか目に浮かぶようです。 「……、」 「あなたを大事な仲間だと思うからこそ、お二人も傷ついたでしょうし、怒りもしたのだと思いますよ」 ――そしてシェリク自身も。 サフィアはうつむきました。組んだままの手は力なくひざの上に落ちています。彼女はしばらく身動きしませんでした。まるで言葉が染みこむのを待っているように。 やがて彼女の喉が息を吸い込みました。 ゆっくりとくちびるが開きます。 「シェリクさんも」 うつむいたままの、か細い声。 「……傷つきました、か」 「正直にお答えすれば、傷つきました」 「……」 「ですが、あなたはもっと傷ついています」 目の前の少女は今にも消えてしまいそうでした。 解く方法を見失った呪い。 それによって傷ついたのが自分だけではないと知って、この優しい少女の心はどれだけ痛んだことでしょうか。 「サフィアさん。これからは、私も一緒に呪いを解く方法を探します」 「シェリクさん」 水色の瞳に影がよぎりました。 呪いを解く方法を失ったと彼女は言いました。忘れたわけではありません。ですがシェリクはあえて言葉を続けました。 「最後まで諦めないでください。あなたはまだ人間です。それに、一人ではないのですから」 サフィアの瞳から涙がこぼれ落ちました。 「……っ、シェリク、さん」 「はい」 「私、一人じゃ、ないですか……っ」 「一人ではありません。私やルーさん達だけでなく、あなたを応援している人は街中にいるはずです」 「私、誰だか、わかりません」 「それは呪いが解けたあとのお話です」 「い、一緒に、呪い、解く方法……」 「是非お手伝いさせてください」 「……っ……」 必死に涙を拭いながら、サフィアは何か言おうと口を開きますが、声は言葉になりません。けれどシェリクには何を言おうとしているのかわかりました。 「私が――皆がついていますよ」 礼拝堂の片隅に落ちる涙のしずく。 その音を聞きながらシェリクは固く誓いました。 この人を、必ず守ろうと。 おしまい --------------------------------------- コメント: 「ルーの悩み事」続編でした。 書くと言ってからずいぶん時間が経ってしまいましたが、突然頭の中に降ってきたようにお話が浮かんで書き上げました。 「ルーの悩み事」で言っていた「サフィアの好きな人」は実はシェリクさんだったりしました。というのが伝わりましたでしょうか。伝わってなかったらここで驚いてください(笑)実はそうなんですよー。書いてる私もシェリクさんがけっこう好きだったりします。穏やかそうに見えて意外とハッキリ物を言うところとか、案外茶目っ気のある性格が素敵です。チェス強いのもカッコいいです。コロナでチェス大会を開催したら彼が優勝するのではないかと。 話がそれました。長い作品になりましたが、ここまで読んでくださってありがとうございました。どこか楽しんでいただける部分があれば嬉しいです。 |
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