かえる投稿図書館


『閉ざされた研究室』

 >>>べに龍   -- 05/09/16-16:16..No.[870]  
    半地下のこの建物は、一日の大半が、真っ暗。
毎日、わずかな時間だけ、高いところにある小さな窓が、薄ぼんやりと明るくなる。
その明かりに見えるのは、ただ、石造りの薄暗い研究室だけ。
部屋の空気は、そよとも動かぬ。小鳥の声すら、めったに届かぬ。

文字通り、矢のごとく飛び去る日々。あれから何日、何ヶ月、何年、何十年たったのか…。
命なきわしには、それすらわからぬ。
意識すら、あるともないとも知れず、ただ、薄ぼんやりと、時の流れるのを感じていた。

それでもわしは、どこか遠くでぼんやりと、口惜しさを感じつづけていた。
わが主が、一生をかけた研究の成果が…
心血を注ぎ、魂を傾けて書きつけた無数の知識が…
いま、ここで、人知れずゆっくりと朽ちて行こうとしているのだ。

我が主の研究テーマは、「竜」であった。
それも、この地方に現在生きていると思われる、3頭の竜。
赤い竜、青い水竜、そして、白い神竜。
それぞれに、色も、姿も、性質も、全く違う。
ご存知であろうが、竜という奴は、絶対数が極めて少ない上、寿命が人間よりはるかに長い。
各個体の違いが、どこまで「種」の違いによるものか、個体差によるものか
…そもそも、竜族に「種」というものがあるのかどうか。それすら、全くの謎に包まれている。

どこからどこまでも謎だらけのこの「竜」という存在にすっかり惹きつけられた我が主は、とにかく自分に手の届くところから始めることにした。
…その「手始め」が、結局、ライフワークとなってしまったのだが。

相手が相手だけに、研究は難航したが、赤い竜の生態と、青い竜にまつわる信仰については、一応の成果を見ることが出来るところまで進んでいた。
我が主は、寝食を忘れて研究を続け、わしにこの、独特の癖のある字で、精魂込めてその結果を書き込んでいった。
…命なき、羊皮紙の束に過ぎぬこのわしに、こうして魂が宿るほど、魂を傾けて…。

だが、ある日…我が主は、いつものように助手と共にフィールドワークに出かけ…
そして、それきり、戻って来ないまま、時だけが流れ…。

わしは、忘れ去られてしまったようだ。
石の床にうずくまって、静かにほこりをかぶっていくだけの毎日…。

だが…
いつの日のことか、昼間の光がぼんやりとさしこむ時刻のことだった。
不意に、研究室のさび付いた扉がギシギシと音を立てて押し開けられた。
舞い上がったほこりが、まぶしい日の光の中で踊り狂う。
…太陽がこんなに明るいなんて、忘れていた。あまりの明るさに、しばらく何も見えなくなった。

「あった! これだ!」
柔らかだが、張りのある若い女の声がして、弓だこのある、細いがしっかりした手が、わしをそっと床から持ち上げた。
「…まちがいなさそうだな」
落ち着いた、若い男の声が答えた。
「よかったな、リューナ! さあ、早く帰ってラドゥのじいさんに見せてやろうぜ!!」
と、別のもっと太い…だが、やはり若い男の声が興奮したように言っている。

ラドゥ! …その名を聞いて、わしは驚いたが、同時に納得もした。
ラドゥとは我が主の、古い知り合いの名前だ。
余り深い付き合いはなかったが…奴さん、わしのことも、我が主人のことも忘れないでいてくれたのか…。
嬉しくて泣きたい気持ちとは、こういう感じを言うのだろうか。

わしは、細い腕に抱え込まれたまま、研究室の階段を登って行った。
外の光にも、次第に目が慣れてきた。
わしを抱えた娘っこは、まあ十人前の顔立ちではあるが…細い目に輝く光ははっきりとして印象的であった。長い桃色の髪をしているが、手入れが悪いのか、少々つやがうせている。
2人の連れは、どちらも若い男であったが、対照的なコンビだった。
1人は、大柄で、ごつい鎧を着込み、でかい剣を背負い、髪からマントから、ブーツにいたるまで赤一色に固めている。
1人は、細身で、魔術師の杖を携え、こちらは髪からローブのすそに至るまで、深い青の装束だった。

…と、突然、わしを持ち出した3人の間に、鋭い緊張が走った。若者たちの、叫び声。
「あいつは…!」
「間違いない、前にリューナを襲った奴だ!」

見ると、ガーゴイルが3人の前に立ちはだかり、翼を広げていた。
…わしはそいつを知っていた。我が主が、よからぬ輩から研究室を守るために使っていた、ガーディアン・ガーゴイルだ!
その瞬間、わしは我が主の死を悟った。
主が死に、コントロールするものがいなくなったガーディアン・ガーゴイルが、近づくものを問答無用で攻撃するようになったために、誰も研究室に入れなくなってしまっていたのに違いない。

…ああ、主は死んだ。主の生きた証しのこのわしも、ここへ来て、こんどは雨ざらしの山の中に置き去りにされるのか?!
悲しみにくれつつおびえるわしを、リューナと呼ばれた娘はそっと地面に下ろし…次の瞬間、矢のつがえられた弓を、その両手に構えていた。

 そして、あっという間に…ガーゴイルは、剣と魔法にたたかれ、矢に貫かれて地に伏した。
とリューナが本気を出せば、こんなもんだぜ!」
オレ達の実力を、思い知ったか!」
「おい、俺を無視すんなよ!」
「お前こそ!!」

 赤い戦士と青い魔術師が、漫才を始める中、わしは、くすくす笑う娘っこに、またそっと拾い上げられた。

 こうして、わしは人の目に触れる世界に出ることが出来たのだった。

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赤い竜の生態を話にしようとしていたら、こんな形になっちゃいました。語り手は、「竜の本」です!
ちょっとしたシリーズになりそうです。
ドーソンと同じく、入れすぎた茶葉のなかで出しすぎた煎茶みたいに渋いシリーズになりそうですが…。
どうぞよろしく。



新鮮!

>>> 赤緑 葵   -- 05/09/18-02:48..No.[871]
 
    はじめレラさんのお話かなとか思っていたのですが、カナ山のお話でしたね!

とても不思議な感覚で読ませていただきました。
本に意識があるってどんな感じなのでしょう。
べに龍さんの書かれるお話はいつも情景描写が細かいので、すぐに頭に浮かび、楽しんで読めますねv

シリーズですか!
次の作品も楽しみにしています。
 
レスありがとうございます!

>>> べに龍   -- 05/09/20-07:21..No.[872]
 
    楽しんでいただけて、とても嬉しいです!

「研究室」と、言えばまずレラですよね、確かに。
…山の中の研究室も、コロナのと仕様はそっくりですけどね…。
「竜の本」の記述をお話に組み込むのに、本がしゃべったいいな…と思いつきまして。
本がどこからどうやってモノを見るのかとか、その辺は私にもわかりませんが…。「本の感覚」を感じ取れるように、がんばってみようと思います。
 


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