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『石の鼻』

 >>>べに龍   -- 06/02/09-18:50..No.[901]  
    当たると痛い、かみそりのような真冬の風が、コロナの大通りを吹き抜けてゆく。
どんより垂れ下がった空からこぼれてきた雪の華が、風の中を舞い狂い、僕の顔を叩く。
僕がふと、ドワーフの鍛冶屋・ロッドに修理を頼んだ神具・ロンダキオンの様子を見にいきたくなったのは、もしかすると鍛冶場のごうごうと燃える炉が恋しくなったからかもしれない。

「おはよう。ロッド、邪魔するよ」
僕が鍛冶屋に入っていくと、ロッドは仏頂面で仕事場から出てきた。が、僕の顔を見ると額のしわが消えた。
「おや、コリューン、お前さんか。まぁ、こっちに入れ」

ロッドの仕事場は、いつもきちんと整頓されている…ロッドの私室とは正反対だ。
作業台の上には、壊れた石をはずされたロンダキオンと、加工しかけの長月石。その周りを囲んで、様々な奇妙な道具が、整然と並んでいた。ロッドは、そっちに向って手を振りながら、
「ロンダキオンを見に来たんだろ? 見てのとおり、順調だぜ」
「触ってみてもいいかい?」
作業台を覗き込んでそっと尋ねると、ロッドは言った。
「いいとも。お前さんなら大丈夫だ。なんたってこの娘(こ)は、お前さんに首ったけだからな」

僕は石をそっと摘み上げて、手のひらにのせた。宝石はひんやりとして、奥のほうから静かな光を放っている。
「石が人を好いたり嫌ったりするのかい?」
尋ねたら、ロッドはうなずいた。
「もちろんだとも。特に長月石は人見知りが激しいんだ。お前さんのような石自身に気に入られた者か、俺のような超一流の宝石職人でなきゃ、近づくだけでへそを曲げちまう」
ロッドは、ひげの中から白い歯を見せてにかっと笑った。
「中でもこの娘は、とりわけ気難しくて気が荒いようだ」

「気が荒い?」
僕は首をかしげてみせた。
「そうとも。まあ、お前さんにはわからんだろうがな」
ロッドは目を細めて僕の手のひらの宝石を見やりながらうなずいた。
「扱いは難しいが、このぐらいの娘でなければ、赤い竜の毒気には太刀打ちできないだろうぜ」
「毒気って…?」
「ああ。お前は知らないだろうが、火竜には石たちが嫌う、独特の気(け)があってな。俺たちドワーフは、そいつを『火竜の毒気』と呼んでいるんだ。
たいがいの石は、その毒気に耐えられない。長くそばに置けば、壊れちまうんだ。よほど性根の座った石でないとな。
…火竜の牙は、並みの砥石じゃ削れねえし、火竜の寝床が鋼より堅いロキの岩と決まっているのも、そのためなんだぜ」
そう教えてくれて、ロッドはまた長月石に優しい目を注いだ。
「こいつはまれに見るべっぴんさんだ。それに、こんなじゃじゃ馬ははじめてだ。きっと竜を相手にしても、素晴らしい力を見せてくれるだろうよ」

それから、ロッドはふと、何かを思い出したように顔を曇らせた。
「…なあ、コリューン。お前さん、この辺りで身なりのいい、長い黒髪の剣士を見かけなかったか?」
「いや…」
僕はどきりとした。
「けど、心当たりはあるよ。レオンって名前で、赤い竜を追っている人だ…」
「そうか。もしそいつに会ったらな、むやみに鍛冶場に入るなと言っておいてくれんか」
「え? なんで」
「実はな、そいつがこの前、ここへ来たんだ。どこで聞いたのか知らないが、ロンダキオンを見せてくれと言ってな」
ロッドは顔をしかめた。
「だが、この娘は、お前や俺以外のものがこの仕事場に入るだけでご機嫌を損ねちまうくらい気難しいからな。
加工中の石は、デリケートでな。ちょっとでも機嫌を損ねると、とたんに上手く磨けなくなっちまう。…仕上げてしまえば、もう大丈夫なんだが」
ロッドは、首を横に振った。
「で、そう言って断ったんだ。それでもしつこく頼んで来るんで、しまいにゃ頭に来て追っ払ったんだが…どうも、俺の知らないうちにこっそり覗いて行ったらしくてな」
ロッドは、いっそう難しい顔をして、ため息をついた。
僕は、胸の奥の方がきゅっとせばまるような心地になった。
「俺が気が付いたときには、こいつ、どうしようもなくご機嫌を損ねていて、手がつけられなくてな。
どうにかこうにか、少しずつなだめて、やっとまあまあ落ち着いてくれたんで、こうして作業が再開できたんだが…お陰で何日か無駄になった」
ロッドは、厳しい眼つきで僕と石を見据えた。
「こんなことが繰り返されたら、仕事が遅れてお前さんの呪いの期日に間に合わなくなっちまう。それに…」
と、ロッドは言いにくそうに、
「…この娘は、どうも、あいつが特に気にいらんらしい。あいつがこの鍛冶屋に入っただけで、もう機嫌が悪くなる」

胸の奥が小さく痛んだ。…赤い竜への執着で生きているようなレオンには、残酷な話だった。
「なんでこの宝石は、僕だけが気に入るんだろう? なんで、そんなにレオンが嫌いなんだろう? いい人なのに…」
「さあな」
ロッドはそっけなく言ったが、すぐ考え込むような目つきになった。
「この娘の心はそんじょそこらの女心より難しいからな。だがおおかた、あいつの匂いが気に入らないんだろうよ」
おかしくもない冗談に思えて、僕は苦笑いした。
「石に鼻なんかないだろう」
ところが、ロッドは大真面目だった。
「こいつらは、人の匂いにはうるさいんだぞ。長年付き合ってきたから、俺にも少しは分かる。
お前さんは石に好かれそうな、独特の匂いを持っているんだ」
「独特の匂いって…どんな匂いなんだい?」
ロッドは眉根を寄せて、考え込んだ。
「説明するのは難しいんだが…なんというか、お前さんからは…うーん、強いて言えば…澄んだ青緑…いや、まあ、そんなふうな…いい匂いがするんだ」
ロッドは、優しい目で僕を見て、
「…ま、そうは言っても、好き嫌いは人それぞれ、石それぞれだ。誰にもどうにもなるもんじゃないからな。気に病むな」
そう言って、僕の背中をどやした。

「まあ、まだ日はかかるがな。ちゃーんと、期日には間に合う…安心して任せてくれ」
ロッドの声に送られて、僕は鍛冶屋を後にした。
鍛冶場の炉で体は温かくなったが…なんとなく、胸の中がすうすうしたまま…。

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おまけ
「コリューン、お前の斧、見せてくれんか」
「いいけど…どうして?」
「ああ、俺は武器職人としても一人前じゃあるが、本職は宝石の方でな。ここだけの話だが、武器の方はドワーフの基準では超一流とはいえんのだ。
お前さんがドワーフ村からもらってきたそいつは、武器の超一流の職人の手によるものだからな。参考にしたいんだ」

べに龍のロンダキオンの解釈その1です。題名の元ネタのロシア民話に少々影響されているような…


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