かえる投稿図書館


『図書室の出会い』

 >>>べに龍   -- 05/12/06-15:44..No.[893]  
     「竜の本」と呼ばれる、無地の革表紙の書物…つまり、このわしが、ここ、つまりコロナという大きな街の図書館に入って、2ヶ月ばかりになる。
 ここの書架は、書物であるわしにとって、実に居心地がよい。最初のうちは、毎日大勢の人間が行き来するにぎやかさに、目が回ったものだが、今ではすっかり慣れた。

 わしを廃屋から持ち出してくれた、リューナという名の娘は、たまにこの図書館に来て、わしを開く。
 ぱらぱらとめくるだけのときもあれば、熱心に読んでいくときもあった。…そんなときでも、1ページかそこらで挫折してしまうのが常だったが。

 今日も、また桃色の髪の娘が、図書館に入ってきた。いつものように、館内を一回りして、司書のシャルルに挨拶してから、まっすぐわしのいる書架にやってくると、わしを手にとった。

「ふむ。今日も、『赤い竜』の項かね」
 わしは、ひとり言を言った。
 人間には、わしの声は聞こえない。わしの作り手…わしを書いた主人ですら、わしの声を聞くことは出来なかったのだ。
 だから、わしがわしの読者に向かって語りかけるのは、わしの癖のようなもの…ひとり言だった。

「ふむ。大陸のこの地域に出没する赤い竜、『フレイス』の名が、記録に現れるのは150年程前じゃな。
 それ以前からの、鋭い爪や炎の息を持つ竜の記録や伝承も散見されておるが、それがあのフレイスのことであるかどうかは、はっきりしないものが多いのじゃ。信憑製の高い最古の記録は…

…おっと、とばしおったな…

…ほお、『赤い竜の生態』の章か。うむ。
 ここ一世紀ほどの記録や、目撃者の証言から推測する限りでは、高い知能と強力な魔力を持ちながら、あやつの行動は、むしろ巨大な野生の爬虫類に近いと思われるのじゃ」

 この娘が、のろのろながら、ここまでじっくりわしを読みつづけるのは初めてのことであった。わしは、ちょっといい気持ちになってしゃべりつづけた。

「フレイスは三、四十年毎に、人間の前に姿を現しておる。
 その度に、数年にわたって半径三〜五十キロに及ぶ地域を暴れまわり、人間の集落を壊滅させ、森を焼き払っては、また姿を消すということを繰り返すのじゃ…」

 ふいに、娘がびくりと顔を上げた。きょろきょろと辺りを見回し、しきりに耳をそばだてている。
 気持ちよく話している途中で急によそに注意をそらされて、わしはいささかむっとした。

「…なんじゃ? ここには今、おぬしの他、だれもおらんぞ」

 ところが、わしがそう文句を言ったとたん、娘はまたびくりとした。
「…え? 今の声、誰なの? どこにいるの?」
 ぐるぐると辺りを見回し、しまいには天井や床まで捜し始めた。

「まさか…おぬし、わしの声が、聞こえるのか?」
 その声に、娘がぱっと首を回した。わしはすっかり驚いてしまった。

「聞こえておるんじゃな!」

「え…? もしかして、この声…ま、まさか!」
 娘の驚きようは、わし以上であった。瞬きすら忘れて、まじまじとわしを見つめたまま、石のように固まってしまった。
 …ややあって、わしがゆっくりと手からずり落ちそうになったとき、はっと持ち直してくれたものの、目は大きく見開かれたままであった。

「竜の本…あなた…生きて、いるの?」
「難しいことを聞くのぉ」
 わしは苦笑した。
「たしかに、わしはしゃべれるし、見ることも、聞くことも出来る。…そういう意味では、まあ、生きているといってもよかろうな。
 じゃが、わしの声を聞いた人間は、おぬしが初めてじゃよ。…それも、今日が初めて、じゃな」
 わしの笑い声は、ページをぺらぺらとめくる音に良く似ている。娘は、その音をなんと思ったであろうか。

「おぬしには、本当に感謝しておるよ。わしをあの埃だらけの部屋から出してくれて、こんな良いところに持ってきてくれて。ありがとうよ」

「いえ、そんな…わたしはただ、竜のことが知りたかっただけです」
娘は、戸惑いながらも、はにかんだようにわしを見つめて言った。

「そうか。竜について語るのは、わしの務め、わしの喜びじゃ。
 こうして語り合えるのも何かの縁…おぬしへの礼と言っては何じゃが、良かったら、わしが直接、おぬしの知りたいことを話してやろうかの。
 わしは自分に書いてある以上のことも知っておるし…失礼ながら、おぬしはわしのような専門書を読むのは、全く慣れておらぬのではないかな?
 どうじゃ、この老いぼれの講義、聴いてはくれぬかの?」

 わしが、ちょっともったいぶってそう申し出ると、娘の顔が、ぱっと輝いた。
「は、はい…そうしてもらえると、とっても助かります」

「そうか、よしよし…では、と…フレイスの生態について、じゃったかな?」

「はい」

「よし。
…おそらく、姿を消している間がフレイスの休眠期であり、活動期に入ると姿を現して獲物をむさぼるのじゃろう。
 人間の住居を好んで襲うのは、破壊衝動をより深く満足させ、おのれの強さをひけらかす事が出来るからでもあろうが、むしろ効率よく得物を手に入れるため、という事の方が大きな理由じゃと思われる…」

「…そして、この前姿を現したのが10年前…今は、フレイスは休眠期なんですか?」

「いやいや。フレイスが、バレンシアの2人の勇者に撃退されたとき、あやつの被害は、まだいつもの半分にも及んでいなかった。…と、いうことは、獲物もそれだけしか得ておらん、ということじゃ。
 もし奴が生きていたとしたら、今ごろ空腹でたまらぬに違いない…傷が癒え次第、姿を現すじゃろうて。
 あるいは、傷が深くて、いつもより長い休眠が必要になるか…あるいは、もう二度と姿を現すことが出来なくなっておるかも知れぬがな。
…本当のところは、誰にも分からぬよ」

「そう…ですか」
 娘の声が沈んだ。娘はそのまま、わしに丁寧に礼を述べ、書架に戻すと、そっと図書館を出て行った。
 わしは1人、書架で考えに沈んだ。…いったいあの子は、どんな理由があってあんなに赤い竜に興味を示すのであろう、と。

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「竜の本」の話、第2弾です。
私のフレイスは、数十年の休眠期の後脱皮をして、数年の活動期に入る…と、いう設定です。冬眠はしません…火竜が、寒くて冬眠するというのも、なんとなく情けないですし。




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