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>>>花
-- 05/09/06-16:33..No.[869] |
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その日、シェスナの町に戻った五人は、町の人々に歓迎された。アトランティーナの人々とも和解して開かれた宴には、わずかな酒と果物程度しか食料はなかったが、人々は互いの歌を披露しあった。水路をながれる水は、宴の明かりをうつして、やまない歌声にゆれているようだった。 「リンさん」 町外れ、星のよく見える草地に寝転んでいたリンをようやく見つけ、リラはそのとなりに寝そべった。 「おや、主役が抜け出してきていいのかい?」 「はい。ロッドさんがたくさん歌を歌っているので」 「ああ……たしかにあいつの歌なら逃げ出すいい口実になるかも」 あきれたようにため息をついて、リンは星空を見上げた。 「あたし、二度もあんたに助けられちゃったね。こりゃ、お返しは相当派手にしないといけないわ」 「え、いいえ、そんなことは」 「いいの。あんたがどう思っていようと、あたしはシェスナの街の門を開けてくれたあんたに感謝しているんだから。その気持ちは受け取ってちょうだい。……まあ、あんたはそんな言葉をきくためにあたしのところへ来たんじゃないと思うけど」 リンが目配せすると、リラはほんの少しだけ笑った。それは夕方、マーロに見せた微笑みと同じものだった。 「わたし、リュウベンさんを……憎めなかったんです。あのひと、わたしが館で迷っているときにパンと水をくれて、話をしてくれて。そのときの目は、わたしたちと同じように青くてやさしかった。もしも、リュウベンさんがエレナさんを失ったことがすべての始まりなら、わたしは」 「ちょっと待って」 言いかけたリラの言葉を、リンがさえぎった。 「あんたの言い方聞いていると、まるでリュウベンがエレナをなくしたみたいだね」 「はい……そういう話だと」 するとリンは穏やかに笑った。 「それは違う……あんたの聞いた話は、アトランティーナの人間が知っている話とは違うよ。あたしが話してあげようか、エレナとジェイヴァの恋物語を」 ジェイヴァ。リュウベンの口からはけして語られなかったその名前を、リラはどこか聞き覚えのある名前だと思った。 「昔、アトランティーナにエレナという、やさしくてきれいで、ちょっぴりあわてんぼうの娘がいた」 その出だしに、リラはちょっとだけ吹き出してしまった。 「彼女は十六の誕生日にも、竜の元に行きたくない、側仕えなんかいやだと、逃げ回ってばかりいた。ところが、ある日それが一変した。エレナは青い竜のジェイヴァと恋に落ちてしまったんだ」 リラが横を向いて、リンをみつめた。リンはひじを立てて頭を支え、親が子にするように続きをきかせた。 「エレナの恋を、みんな反対した。竜と人間の恋に待っているのは不幸だけだと。ジェイヴァすらも、そう思って彼女の思いを断り続けた。……愛していたんだ。けど、彼女はあきらめなかった。神殿の一角に無理やり居座って、許しをもらえるまで誰も入れなかった。だけど、ある日、毎日続いていたジェイヴァの説得がなかった。おかしい、そう思って神殿の外を見れば、はるか上の地上では大あらしが来てる。エレナはむちゅうでジェイヴァを追いかけた。 ジェイヴァは今にも崩れ落ちそうな堤防を支えていた。エレナの姿を見つけるなり、来るなと叫んだ。けれど、エレナは彼の側に飛び出していった。そのとき、堤防がついに崩れて、土砂が流れ込んできたの。嵐が過ぎたころ、村人たちが土砂をほってみると……死んだジェイヴァにかばわれて、エレナは生きていた。自分をかばって死んだジェイヴァに、エレナは声をあげて泣いた。そうしたら、どうだい。エレナの涙がふりかかった瞬間、ジェイヴァが息を吹き返したんだ。 それからはもう、二人を止める人はだれもいなかった。やがてジェイヴァと彼女との間に子どもも生まれた。それからまもなく、エレナは死んでしまったけど。 アトランティーナに伝わる一番あたらしい物語は、こんなところだ」 「……リュウベンさんは」 リンはうなずいた。 「馬鹿なひとだよ。昔は村を率いていくリーダーとして期待されていたのに……よりによって湖に毒を流すなんて。あんたがリュウベンから話を聞いたにしても、あたしは子どもの頃、エレナによく遊んでもらっててね。どうしても、あのひとが竜にささげられたとは思えないんだよ」 「そうですか」 リラはそれだけいうのがやっとだった。これから聞こうと思うことで、頭がいっぱいだった。リュウベンの自分に向けられた問い、エレナと間違えられたこと。それらが全部つながるとしたら。 「あの、エレナさんとジェイヴァさんの間に生まれた子どもは、そのあとどうなったんですか」 「さあてね」 リンは深く息をはいた。リラと同じ深い青の瞳に冬空の星がうつっている。 「今でもあの毒の湖の底にいるのか、それとも死んでしまったか……生きてりゃそれなりに大きくなってそうだけど。あたし、じつはあんたがそうじゃないかと思ったんだよ」 笑みをうかべたリンに、リラの心臓が跳ね上がった。 「はじめて会ったとき、声も顔も、どこかあたしの知ってるあのひとに似ていたんだ。名前だって、死ぬ前のエレナに聞いた名と似ていたし。まあ、そんなわけないんだけどね」 明るく笑ったリンの声には、続きがあった。 「ジェイヴァとエレナの子は、まるっきり竜なんだから」 どこかで時期外れの虫が鳴いた。遠くのほうから聞こえてくる歌や踊りの音は止まない。 「……リンさん」 「うん? なんだい」 「ロッドさんって、どうしてリンさんを追いかけているんですか?」 「いきなりなんなのよ」 たまらずリンは笑い出した。 「他愛もない約束だよ。二十年、いやもっと前だったかな。それくらい前に、あいつはあたしたちの村にやってきたんだ。冒険者としてね。まだ子どもだったあたしは、あいつについていきたいって駄々をこねた。すばしこさには自信があったからね。そしたらあいつ、十年経ったら捕まえにきてやるっていいやがった」 「それで……?」 「十年後、たしかにあいつは捕まえに来たよ。一度は冒険もした。けど、すぐにあたしは逃げ出した」 「どうしてですか」 「待ってて捕まったんじゃ、捕まったことにならないと思ってね。飛びまわって逃げ回ってつかまったら、今度こそあいつのところにいてやろうって、そう思ったのさ。そしたらいつの間にか、お互いこんな年になっちまって」 リンはそういって笑った。笑うと目じりにしわがよって、笑顔に親しみがました。すると、その青い瞳がふいにいたずらっぽく細められた。 「で、あんたは」 「え」 「とぼけたつもり? あの二人のうち、どっちかでしょ。個人的には、不機嫌そうにすましてるほうだと思ったんだけど」 「べ、べつにそれは関係ないじゃないですか」 「おっと、赤くなったってことはまんざらでもないのね。好きでも愛してるでも、言ったもん勝ちよ。あたしたちみたいにつまんない追いかけっこに熱上げてると、そんな大切なことすら素直にいえなくなっちまうんだから」 その指摘に、リラは黙った。カガレス村へ行く旅から帰ってきて、マーロとの間に何かとどこおるものがある。忘れようと思っていたそれが、再びリラの中で心臓をゆさぶった。 (でも、わたしは) 「わたしは誰も好きになりません」 「どうしてさ」 「……あの街に来たのは、記憶を取り戻すためなんです」 リラはリンにならって、夜空を見上げた。冬の凍った空気はどこまでも澄んで、大小の星が淡くかがやき、銀の霧のように闇のあちこちにけぶっている。ふいにその中を星がひとつぶ、尾をひいて流れていった。 「へえ、星が流れるなんて珍しいな。この辺りじゃ、星が流れると季節が変わるっていわれてるんだよ。もうじき、氷を溶かす風が吹いてくるはずさ」 「……春って、ずっと遠いものだと思ってました」 「あたしもそうだよ。黙ってたって、時間は流れちまうんだねえ。ま、だからこそじたばたしてやろうって気にもなるんだけど」 「はい」 リラは起き上がって、うんと背伸びをした。毛織のマントから出ている腕は、冷えて感覚が薄れている。 (明日帰ろう) 心の中で、リラは自分に言い聞かせた。 (ラドゥおじいさまの魔法は、まだ終わりじゃない。その日までリラ・アプリコでいられるのだから。……リラ・アプリコがあの街で過ごした記憶は、魔法が切れても残るのだから) ●○●○●Echo of tragedy 3 ちょっと修正させていただきました。 や、やっと終わりです……シェスナ編。すでに多くの方がお話にしているイベントで、タイトルも結末も後ろ向きなのですが、青い竜編はよくも悪くも人間関係に終始する物語だろうと思ったら、こんな物語になってしまいました。はあ、難しいです。 きめの粗いことこの上ない物語ですが、あと少しおつきあいいただければうれしいです。 花でした♪ |
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