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>>>花
-- 05/09/03-03:08..No.[865] |
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・青い竜編ネタバレしまくり&長いので注意です! シェスナの街へいく乗合馬車はとうに打ち切りになっており、リラはその近くの村に住む農民の馬車に乗せてもらうことになった。 「あの街に何の用事だね、おじょうさん」 ろばの手綱を握りながら、農夫は干草の山に腰掛けているリラにたずねた。馬車の通る道の両脇に広がる畑には、やせた麦の穂が刈り込まれずに残っている。 「たしかめたいことがあるんです。もしかして、わたしの故郷や故郷の人たちが、それを知っているかもしれないので」 リラは自分のひざこぞうをみつめた。 「お嬢さん、そりゃもしかしてアトランティーナのことかい」 「え、どうしてわかるんですか」 「この地方じゃ有名だ。なにせ、シェスナの街が水不足に苦しんでいるのは、あの村の人間のせいだっていわれてるからな」 リラは短く息をすった。けれどそれは馬車の揺れる音に消されて、農夫には届かなかった。 「おじさん。その……水不足ってなんですか?」 「あの屋敷がみえるだろう」 農夫の腕が伸ばされて、道の向こうに見える丘を指差した。その上には大きな館らしい紫がかった影が見える。 「この土地は、シェスナとアトランティーナという二つの村を中心に栄えていた。けれどあるとき、アトランティーナへ続く水門が閉じられ、毒が流し込まれた。村の民はシェスナへ逃げた頃、シェスナの水門も閉じられた」 「ひょっとして、村のひとが逃げてくるのを見計らって……」 「まあ、そんなところだろう。あの領主の家系は、何百年も昔から水門を管理してきた一族だというのに、それに村も街も滅ぼされるとは、皮肉なものだ」 「皮肉って、ちょっとまってください。アトランティーナもシェスナの街も、住んでいる人は生きてるんですよ。どうして、領主と話してみようと思わないんですか」 リラはつい大きな声を出した。ろばの耳がぴくりと動いたけれど、農夫は背中を向けたまま応えた。 「そうしようと思う人間もいる……だが、領主の館へいって帰ってきた者はいない。近くの村の水をシェスナに分けようとすれば、たちまち領主によってひどい目にあわされる。それがもう何年も続いた」 「だからって」 「変わらないのだよ。ちょうど、あの遠くに見える館のように……私らが動いたとしても、それでどれほどのことが変わるというのか。私らは、今を受け入れて生きていく者だ。 それが、水の流れていた頃から変わらない生き方だ。お嬢さん、あんたもアトランティーナにゆかりのある人間なら、すこしはわかるだろう」 リラはしばらく応えられなかった。空はよく晴れ、遠くに見える青い山脈の向こうまで広がっている。 みんなならどう考えるだろう。リラは、コロナで普段と変わらない暮らしを送っているだろう人々のことを思った。マノンから、アトランティーナのことを聞いたその日に、いてもたってもいられずに乗合馬車に飛び乗った。毒水と化した湖の話をきいた瞬間、夢に出てきた黒い水の正体がつかめたような気がしたのだ。 もしも、水がなくなったら。みんなが笑い合えない状況がきたら生まれ育った場所が、もう住めなくなってしまったら。 「おじさん、領主の館に、行ってもらえませんか?」 「話しても無駄だろうよ」 「それでも知りたいんです。なぜ、水門を閉めてしまったのか。なぜ、村の人を苦しめるようなことをしたのか。それを知らない「今」なんて、受け入れたくありません」 「……そうか」 分かれ道に差し掛かった馬車は、館へ続く道へと進んでいった。 「あの、一つ聞いてもいいでしょうか」 「なんだね」 「……その瞳の青、もしかしてアトランティーナの方なんですか」 「今は裏切りものに過ぎんよ。……みなをさしおいて、自分のぶんだけ水を飲んで畑を耕しているだけの」 次第に近づく館の輪郭にも顔をあげず、農夫はそれだけ応えた。 「リンさん」 「あんたたち、たしか前にカガレスであった……こんなところまでどうしたんだい」 シェスナの街の広場にいたマーロとラケルに声をかけたのは、カガレスへの山道で別れたリンだった。 「ふうん、あの女の子を追いかけて、ここまで来たのかい」 町外れの家は、小さくてリンのほかには誰も住んでいないようだった。中へ通された二人に、オレンジをしぼったジュースを出しながら、リンは二人のここまでの経緯を聞いた。 「たしかに、アトランティーナの水門は閉じられているよ。毒が湖に滞っているのもそのせいだ」 そういって、リンは二人の席の向かいに腰掛け、息をついた。 「あたしらは水源から水を引こうとしていたんだ。だけど、あんたたちも見ただろう。この街の水もせき止められて、水を引くどころじゃなくなっている。そんな悠長なことをしているより、今日をしのぐ水を、リュウベンから買うしかないって状態だ」 「リュウベン?」 「今の領主の名前さ。あいつの代になってから、アトランティーナもシェスナもおかしくなった。まあ、あいつが何かおかしいのは、アトランティーナの人間なら誰もがわかってはいたけれど」 「え……それ、どういうことですか」 そのとき、リンの家の戸が思い切りノックされた。 「リン、おれだ! 開けてくれ」 「ロッド」 かんぬきを外して扉を開けると、ぶ厚い鉄の鎧を着込んだロッドが飛び込んできた。 「あんた、どうして」 「お前の古い知り合いのマノンは、おれの知り合いでもあるんでな。お前がこの街に水を引くために動いているって情報をつかんだのさ。だが、今は昔からの約束を果たすときじゃないらしい」 渡されたコップの水を断り、ロッドはマーロとラケルを一瞥した。 「お前ら、ここで休んでる暇はないぞ。さっき荷馬車の親父に聞いたら、ピンクの髪をした娘が領主に会いにいったらしい」 「なんだって」 「待ちな、二人とも」 立ち上がった二人にリンがいった。 「リュウベンの館に行ったものは、誰一人として帰ってこない。ただ返せといったところで、おいそれと返しちゃくれないよ。そこまでできるかい? アトランティーナにも、シェスナの街にもゆかりのないあんたたちに」 「……できる」 沈黙はすぐに、マーロによって打ち消された。ラケルはリンの瞳をみつめていった。 「ぼくは、人間を信じられなかったけど、リラと知り合って、人間を好きになれた。故郷や種族が同じでなくたってそんなの関係ない、ぼくはリラを助けにきたんだから」 その言葉を聞いていたマーロは、わずかに笑って顔をあげた。 「リュウベンがどんな奴かなんて知るか。返さないなら、ぶんどるまでさ」 つづく ○●○Echo of tragedy シェスナ村編です。なんだかまた長い…… おりづる様すみません、なんべん反省しても私は長くなる運命 にあるようです。 |
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