かえる投稿図書館


『ヤキメシ』

 >>>   -- 05/08/12-03:00..No.[853]  
   

 アルター・グレイはあたしの幼馴染みだ。
 スラムの酒場はいつだって人が多いし、けんか騒ぎだって少なくない。住宅街の子供たちの親は、自分たちの子供にスラムには立ち入るなと教えているらしい。
 そんな教えなんかどこ吹く風で、アルターはよくうちの店にやってきた。もともとパパとアルターの両親は若い頃に冒険をしていたという家同士のつながりもある。けれど、それを知ったのは初等学校を卒業したアルターが、家業の大工を継がずに冒険者になった時だった。
「ルー、これおいしいねえ」
 はっとした瞬間、拭いていたお皿が手からすべりおちそうになって、あたしはあわてて持ち直した。
「ルー」
 リラが青い瞳をまばたかせる。
「だ、大丈夫」
 あたしは笑った。リラもそれにつられるように笑う。ほんと、悩みものがまるでないようなのんびりした笑顔だ。けれど、この子の中になくした記憶を探す目的が、何より強く重たくのしかかっていることは冒険者の仲間内では知られている。
 店にはあたしとリラしかいない。お昼を過ぎた今は、夕方からつめかけるお客のためにお料理を仕込んでおく時間だ。その時間を利用して、あたしは新しく考えたお菓子を、リラに試食してもらっているのだった。
 リラは商業地区でも老舗の、冒険者の集う酒場にやってきた女の子だ。けれど、名前も、年も、どこから来たのかもわからないという、いわゆる記憶喪失らしい。本で読んだり話に聞くばかりで、じっさいに目の当たりにしたのはリラがはじめてだった。
 薄桃色の長い髪は先のほうが内巻きにカールしてて、肌は日に当たっても色白で、瞳はあたしがどんなにあこがれてもどうしようもなかった、空より深い青。はじめて会いにいったときは、絵本の中から抜け出してきたような子だと思った。けれど。
「ルー、これもおいしいね」
 新メニューのために試作したパウンドケーキを食べ終え、リラはさつま芋のディップをクッキーですくいとって口に入れる。そのうれしそうな顔は子どもそのものだ。
「リラって」
「なに?」
「ぜーったい高嶺の花になれないタイプよね」
 口の端っこにクッキーのかけらをつけている友達に、あたしは思い切り顔を近づけていった。
「……タカネの花って、どういう花なの」
「あきれた」
 あたしは最後の一枚のお皿を拭き終えて、重ねたお皿を戸棚にしまった。こんな調子のリラに、あのひねくれ見習い魔術師はどんなふうにアプローチしているんだろう。ふと、フードに隠れたしかめ面が思い出された。
「おうい、ルー。腹減ったからなんか食わしてくれよ」
「アルター」
 いきなり扉が開いて、大またで入ってきたのはアルターだった。赤毛の逆立った髪に、日に焼けた顔。冒険から戻ったばかりなのだろうか、赤黒い鎧に緋色のマントを羽織っている。旅先から帰ってきたその足で、きてくれたのだろうか。ただの試食なのに。
「やっときたのね」
「やっと?」
 彼の片眉があがる。そのしぐさで、あたしはいっぺんに興ざめした。
「忘れてたの?」
「忘れてたって、なにを」
「試食。お芋のお菓子作るからきてって約束したじゃない。その顔じゃ、ホントに忘れてたみたいね」
「え。あ……」
「もう、知らない」
 そういいながら腰に巻きつけたエプロンで手をふき、あたしはそばの壁にかけてある網からたまねぎとにんじんを出した。塩漬けの豚肉も昨日の残りがあるはずだ。
 豚肉をさいの目にきって、野菜はみじん切りにして、フライパンでいためる。ほどなく、じゅうじゅういう音とおいしそうな匂いがあたりに立ち込めた。
「それ試食か、リラ」
「うん。食べてみておいしいやつが、秋の新しいメニューになるんだって。でも、ケーキにクッキーに、クラッカーにつけて食べるのも、みんなすごくおいしくって、わたしはぜんぶメニューに入れてほしいんだけど……あ、アルターも食べる?」
「いいのか。じゃあもらうぜ」
 あたしの背後で、カウンターに並んで座るアルターとリラが言葉を交わし、彼が何かもぐもぐほおばっている音が、フライパンの立てる音に混じる。何を食べているんだろう。クッキーか、ケーキか、ディップはあんまり自信がないから食べないでほしいんだけど。
「おい、なんか焦げくさくねえか」
「え」
 あたしはあわてて木べらで、あやうくけし炭になりかけた具を混ぜ合わせた。
「だいじょうぶか」
「うるさいわね」
 だいじょうぶよ、あんたにいわれなくたって。そういいたいけど、のどの手前で声はとまった。あたしはカウンターの下にある棚から、ゆうべの残りごはんの入ったボウルを出して、冷たいごはんをフライパンにあけた。木べらでフライパンにはりつけるようにおさえ、豚肉の脂身をたっぷりしみこませる。
「わあ、いい匂いがする」
「そうだろそうだろ。ルーの特製ヤキメシ、うまいんだぞ」
「残り物の寄せ集め」
 あたしはそういって、手早くフライパンをゆすってごはんを上に放った。これをするとしないとではごはんのぱらつきも具の混ざりぐあいもちがうのよね。
「はい、おまちどお」
 湯気のたつヤキメシを大皿にてんこ盛りにして、カウンターの上におく。早速アルターはスプーンを握り、一口二口とかきこむ。あたしはフライパンを流しに置いて、バケツの井戸水をかけてさましながら、心の中ですこし得意になっていた。
「おう、リラ。お前も食うか?」
「いいの?」
 その声に振り返ると、アルターが自分のスプーンとお皿をリラのほうへ押しやっているところだった。リラは彼からスプーンを受け取って、ごはんをすくう。あたしがべつのスプーンを出す前に。
「おいしい。ルー、これすっごくおいしいよ。マノンさんよりおいしいかも」
「そうだろそうだろ。うまいよな」
 アルターは上機嫌にリラのやわらかそうな髪を大きな手でぐしゃぐしゃ撫でた。笑いあう二人が、遠い記憶と重なる。そのときアルターの手が撫でていたのは、リラの頭じゃなくって。
「……そう、よかった」
 あたしはくちびるをひとなめして、笑顔をつくった。つくろうと思えば簡単につくれるものだとわかった。だけど、どうしてつくらなくちゃいけないんだろう。やりきれない苦しさは、どこからくるのだろう。
「ルー?」
 ご機嫌でまかない料理をかきこんでいるアルターはさておき、リラはあたしの笑顔がすぐに消えたことに気づいたらしい。あたしはもう一度笑った。けれど今度は、さっきより笑えなかった。
 リラとアルターがちょくちょく酒場で顔を合わせるようになってから、あたしはなんだか気まずかった。焼肉を食べに行ったり、剣の練習をしている二人を見るたびに、あいさつをしながら逃げ出したい気持ちもあった。そしてその気持ちは、今もどこかであたしの笑みをゆがませ、引きつらせている。それに気づいてから、ユーンのように心からリラと三人で三姉妹だなんて、いえなくなった。
「あのさ、ちょっと……バケツのお水なくなっちゃったから、汲んでくるね。フライパンもついでに洗ってくる」
 あたしは底のあたりに水が残っているだけのバケツの取っ手をつかみ、流しのフライパンとたわしをバケツに放り込んだ。仕込みの前にいつもやっていることだけど、すりガラスを透かして橙色に明るい空の下に、出てみたかった。

 スラムの公共水道までいくと今日に限って壊れていて、しかたなく中央広場にある水道までいった。だいたい地区ごとに水道がひいてあるから、中央広場の水道は五つか六つくらい水盤があるのに、誰も並んではいない。あたしはそのうちの一つの水盤にバケツをおいて、そのとなりの水盤から流れ落ちる水にたわしをくぐらせ、フライパンをがしがしこすった。たまねぎの残りやごはんつぶが、石の排水路をゆっくり流れていく。子どもたちがさよならをいいあう声が、どこからか聞こえた。
 アルターは一番おそくまで遊んでいる子だった。いつでも木の棒を腰にさして、赤いふろしきを首に結んで、広場や町を冒険の舞台に見立てていた。どこへでも駆けていくその足と、大きな笑い声についていきたくて、あたしはいつもいっしょに最後までいた。冒険者になれればどんなにいいだろうと思っていた。だけど、じっさいなってみると、アルターといっしょに旅に出たことはそれほど多くないことに気づかされる。
 フライパンにたまった水を排水路にあけると、内側についた細かい水の球が、暮れかけの明かりにきらきら光った。
「ルー」
 背後からかけられた低い声に、あたしは振り向こうかどうしようか迷った。そして、振り向かずにきいた。
「なによ、まだお腹いっぱいにならない?」
「いや……腹はいっぱいだけど」
 声が何かいいたそうだ。わかりやすいところはリラとおんなじだ。だから、リラにはじめから親近感もてたのかもしれない。
 あたしはフライパンをふって水気をきり、振り向いた。赤いマントに腰にさした大きな剣。子どもの頃と同じようで、背も高く声も低くなったアルターが、後ろ頭をかきながら立っていた。
「あのよう、さっき……悪かったな。試食」
「べっつにー。リラに食べてもらったから」
「でもよ、なんか……おれ、ガキん時からお前のつくるメシ食ってるし、菓子も食ってきたし。だからなんか……ああなんていえばいいかわかんねえ。とにかく悪かった。すまん。もう忘れたりしねえ」
「……ふうん」
 同じような台詞をもう何度きいただろう。それでも、忘れるたびに彼は謝る。毎回同じような台詞をいっていることにも気づかずに。
「もういいわよ、ゆるしてあげる」
「ほんとか」
 アルターがとたんに笑顔になる。いつだって本気で聞き返してくるんだ、このひとは。
「ちゃんと、きてくれたしね」
 あたしは下を向いてちょっと笑った。西日を背に受けるアルターの長い影が、あたしの影に届いている。
 スラムの酒場へ戻るとき、アルターは水のたくさん入ったバケツを持ってくれた。小さな頃は両手で、持てると意地張ってひっくり返したこともあるバケツを、今は何でもないもののように提げている。あたしの片手に握られたフライパンが歩調にあわせてゆれる。
 路地裏の生ゴミも、今日のおわりの陽射しに色づいている。
「リラ、怒ってるかな。一人にしてきちゃったから」
「ああ、それなら心配いらないぜ。マーロがきたから」
「え、そうなの? マーロもはやくリラに好きだっていっちゃえばいいのにねえ」
「まったくだ。おれからすればまだまだがきだな、二人とも」
「よくいうわよ。ふられまくってたくせに」
「あ、あれはなあ、おれの青春の」
「ぜーんぶ知ってるわよ。学校の先生に近所にすんでた新婚の奥さんに、診療所のアエリア先生に」
「いうなよ、ワキ腹かゆくなってくる」
 笑いながら、ごく当たり前に彼があたしのとなりを歩いていることに気づく。昔より、心なしか間隔が近いのは気のせいだろうか。それとも。
「ねえ、アルター。さっきの試食、どれがいちばんおいしかった?」
 スラムの酒場の看板がみえてくる。パパもそろそろ買い物から戻ったころだろうか。あたしとアルターが話しているなんて、当たり前すぎて男女のやりとりなんてものには映らないだろう。
アルターはしばらく思いをめぐらせていたようだったが、やがていった。
「ヤキメシ」
 その瞬間、あたしは吹きださずにはいられなかった。
「だって好きなもんだろ。そりゃ甘いもんでいったら全部うまかったけどよ、いちばんだったら……ヤキメシだろ、やっぱ」
「……そう」
 残り物の寄せ集めで、ピーマンだったりいり卵だったり、その日によって具もまちまちなのに。そういえば、子どもの頃から彼はそれを食べていた。お金もとれない適当料理を。適当も適当でたいして思い入れもない料理なのに、どうしてこんなにじんわりこみあげてくるものがあるんだろう。
「じゃ、また今度作ってあげる」
 そう、作ってあげるための料理だ。だから、メニューに入れられない。彼がお腹をすかせてきたら、あたしはそういう料理を作っていくような気がした。
 スラムの酒場の入り口から、腕まくりをしたパパが出てきて、入り口わきのたいまつに火を灯した。仕込みもしないで出てきたから、きっと怒られるに違いない。そのとき、いっしょに怒られてくれるかな。あたしは視線だけで、アルターを見ようとした。けれど、赤銅の鎧が目に入っただけで、彼の頭はあたしのそれより、ずっと高い場所にあることを思い出した。それでも、となりにある。 
 あたしは大きく息をすって、パパの背中に声をかけた。
「ただいま」





・・・あとがきという名のたわごと・・・

番外編その2(?)
ルーとアルターの話です。私の中ではこの二人、
幼なじみってことになってます。
なにもかもわかってるようで、肝心なところは
探り合うしかない関係って、複雑ですね。
でも、そこで腹の探りあいをしないのがアルター
のよさだろうと思います。というかそこまで頭が
まわるとも思えない……

このお話がどなたかの心にとどけば、うれしいです。

                   花でした





読ませていただきました

>>> SHIO   -- 05/08/18-23:09..No.[858]
 
    お話とても楽しく読ませていただきました。
実は私の中でもアルターとルーは幼なじみ説が上がっていたりします。なので、自分以外の方が書かれた二人の幼なじみな関係を見ることが出来てとても嬉しいです。
このお話、二人に流れる雰囲気が非常にツボでたまりませんでした。まさに花さんのあとがき通りですね。
番外編とのことですが、またこの二人のお話も読めると幸いです。

 
うわ〜!ありがとうございます!

>>>   -- 05/09/02-11:08..No.[862]
 
    SHIOさま
 お返事遅くなってすみません。感想ありがとうございます。投稿してしまったあとで、アルターの古い知り合いは(ゲームでは)マーロだと知り、かなり冷や汗モノだったのですが、そういっていただけると改めて書いてよかったと思えます。
 とはいえ、ほかのお話同様に実質的な進歩があったとはいえないこのお話……続き(?)はいちおう考案中なので、また折にふれて投稿させていただこうかな、と思ってます。
 


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