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>>>べに龍
-- 10/01/11-18:51..No.[1105] |
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「なぜ、なぜわしに話してくれなんだのだ…」 コロナの図書館の片隅で、わしは大声で一人ごちた。 その声は、青ざめた顔でそわそわと書架の間をうろつく人間達には届かない。 表紙に擦り切れた文字で「竜の書」と記された一冊の革表紙の書物、それがわしだ。 だが、物言わぬ普通の本に挟まれ、薄暗い書架にひっそり収まっているわしの所にも、コロナを揺るがす大事件の知らせは届いていた。 この辺りに赤い竜が現れた、と言う知らせ。 そして、その赤い竜に挑むという、歳若い冒険者の知らせ。 その冒険者は、桃色の髪をしたレンジャーの娘だという知らせが。 「なぜ、わしに話してくれなんだ…」 桃色の髪の冒険者…それは、唯一わしの声を聞くことが出来る人間。 わしに竜の知識を請いにやってきた娘。 その娘っ子が、赤い竜に挑もうとしていたとは。 うかつであった。 間違いなく、彼女は十年前に赤い竜に挑んだと言う冒険者と同じ人物だ。 わが著者が何度も探して、見つけることの出来なかった二人の勇者の片割れだ。 どんなに探しても見つからなかったが…生きていたのだ! あの娘っ子を目の前にしながら、それと気づかなかったとは…。 それにしても… 「なぜ、わしに話してくれなんだ…」 わしの著者は、生前、どれだけ彼女に会うことを願っていたことであろうか。 聖具ロンダキオンを携え、赤い竜とまみえた生き証人と話すことを、どれだけ夢に見たことだろうか。 「なぜ、わしに話してくれなんだ…」 独りつぶやき続けて数週間たった、早朝。 図書館の冷たい石の床に、軽やかな足音が響いた。 まっすぐにこちらにやってきたのは、あの桃色の髪の娘…リューナであった。 やっと、一人でつぶやいてきた疑問を、直接ぶつけることが出来る! しかし… 「どうして、どうして私に話してくださらなかったんですか?!」 わしをちらりと見るなり、娘の方が先に、低くそう叫んだ。 「あの人のこと、なぜ教えてくださらなかったんですか?!」 …は? あの人? わしがきょとんとしている間に、娘は焦る心を抑えかねた手つきで、地図帳をかき分けた。 「レオンが、これを探していたこと、どうして教えてくださらなかったのですか?!」 娘がつかんだ新しい羊皮紙は、カナ山の最新版の詳細地図であった。 地図の書体とは違う手で、何やら書き込みがされているのがわしのところからも見えた。 「あった! …今なら、まだ間に合うかも…!」 娘はそうつぶやくと、振り向きもせず駆け去って行った。 再び静かになった書架で、わしは黙って思いをめぐらせた。 レオン! …では、わしに向かって悪態をついたあの生意気な若造も、赤い竜と戦った人物だったと言うのか?! あの男が写しを取っていたあの地図が、赤い竜の住処を示す地図だったと言うのか?! …わしは、なんという、うかつだったのであろう! …わしのあずかり知らぬ何が、この十年に、二人の間に起こったのであろうか… 書物であるということは、驚くほど鈍感になれるということであり… 著者の情熱を受け継いだ、生きた書物であると言うことは、後になって己の鈍感さに気づいてしまえる、ということでもある。 わしは、娘の青ざめた横顔を思い出しながら、一人つぶやいた。 「なぜ、なぜ早く、話してくれなんだのだ… …どうか、どうか、生きて帰って来い。二人とも…」 =======end========== お久しぶりです。 「竜の書」編が頭の中でネタだけほりっぱなしだったので、ここに出すことにしました。 書いている最中に、地図、特に山歩き用の地図ってのは古いと役に立たない(特に大きな地震なんか起こると)ものだったな…と思い出しまして。 国土地理院発行・カナ山北西部・一万分の一詳細地図(違)は、最新版のものという設定にしてしまいました。 |
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本さん、まあ、おちついて >>> おりづる -- 10/01/12-12:14..No.[1106] | |||
おひさです。おりづるです。 「生きている本」さんに、またお目にかかれるとは。 懐かしい感じがします。 それにしても本さん、来る人を待つしかできないんじゃ(さらに、どうせ来ないと諦めていた)、分からなくても仕方ないですよ。あっちは、記憶が無かったり、本と話せなかったりするんだし。 再開したときにいっぱい話しましょう。 | |||
>>> べに龍 -- 10/02/05-15:48..No.[1107] | |||
>おりづる様 毎度、レスありがとうございます。 返信すっかり遅れてスミマセン。パソがしばらく入院していたもので… 人間同士でも、互いの事情や関心ごとが違えばこういうことは良くあると思うのです。 主人公もさすがに、書物相手に世間話するなぞ夢にも思わないでしょうしね。 再会したら、図書館には不思議な「異文化交流」の花が咲くことでしょう。 書物に身の上話をする人間と、人間の心を気にする書物との。 | |||