[Soul Steal 外伝 -Ironia Fati-]





―Prologus―


……………星暦944年、冬。


まだ幼子だった妹は、戦死した父の遺骨と共にボクの前に現れた。

ボクの名はシーゼル・シリウス。

今年17歳になり、父の所属する騎士団に配属が決定したばかりの…
雪の降る、寒い夜だった…


10年も前に病で母を失い、その後父が戦地で恋仲となった女と産んだ子供…
それが妹、ミリアだった。つまりミリアとは腹違いの兄妹となる。

色々と問い詰めたいところだが、父も産んだ女も戦火の中で死に、
命からがら生き延びた父の部下がミリアを連れてきたのだ。

勿論、当事2歳のミリアに何も聞くことは出来ず。
ボクは多くない給金で世話係を雇うことを決めたのだった…


数日後、父の葬儀が行われた。
慕われていたようで、涙を流す部下もいた。

だが、ボクには一切の悲しみなど無く…
心には黒い憎しみと恨みと憐れみが渦巻いた。

ボクの母も、ミリアの母も、ミリアも、そして自分すら守ることの出来ない、
愚かで貧弱な人間には似合いの末路だ…

ボクはそうはならない…
ボクはミリアを守る…
ボクは誰にも負けない…

ボクは、最強になるんだ…





―Primus motus―


……………星暦947年、春。


ウィンドリア大陸の北部に位置する[ディレクトス教国]。
国民全員が大陸最大の宗教[アモルファス教]の信者で構成され、
各地に[支援という名目の支配]を行う支部を設置している…通称[教会]。
ボクが所属した騎士団も勿論この[教会]下部組織だった。


ボクは強い。
配属されてからの3年間。ボクは必死で剣の腕を磨いた。
この頃、騎士団の同期でボクに勝てるヤツは誰もいなかった。

その力を認められ、
幹部の護衛役に抜擢されたボクは、この男と出逢った。
オートルーク支部長、クレイズ・コントレイ…

ボクの運命を変えた男……


―ディレクトス教国・首都:教会本部


会議室に呼ばれ、偉そうな椅子に座っていたソイツと、邂逅した。

「君が私の護衛役になる…確か、シーゼル・シリウスだったか?
父親はウォーディリア戦線の隊長だったエドガー・シリウス…」

「死んだ男の家柄など、ボクにはなんの価値もない。」

そう言うとこの男は嬉しそうにニヤリと笑った。
…気に食わない。

「まぁ私もそんなことに興味はない…
ふむ、君になら教えてもよかろう。」

クレイズは椅子から立ち上がって話を始めた…

「ここからの話は極秘だが…あぁ、盗み聞きは心配しなくていい。
私はオートルークで極秘の研究をしているのだが…
キミには、その助手を頼みたいのだよ。」

ボクは剣ならともかく、専門的な研究などしたことはない。
だが勿論それはクレイズも知っていた。

「この教会本部には[魔王の遺体]が保管されていて…
3000年前のソロモンの時代より様々な魔王の遺体を管理している。
私もこの地位になって初めて知ったが、結論で言えば、
その古の時代から、教会の前身たる機関が魔王討伐に加わっているのだ。」

「眉唾の昔話なら町の広場でやっていろ。
乞食のように小銭くらいは稼げるだろう。」

ボクの罵倒も聞こえていないのか、クレイズは続ける。

「それを自由…とまではいかないが、私は研究する内に見つけたのだ。
魔王の遺体からその力を抽出する術を…そしてそれを人間に埋め込む術を……」

「人間を…魔王にしようというのか…?
バカげている上に、どうしようもないくらいにクズだな。」

「フッ、その通りだな。
だがそこまでする必要があると、私は思ったのだ…
この地位になって、教会の思想が危険だと知った。
連中はこの世界を滅ぼそうとしている…
ならば教会に対する抑止力が必要だ、と。」

教会の、目的…そんなものに興味はない。
それも見抜いたのか、クレイズはニヤリと笑った。

「私はこの[人造魔王]で教会に対してクーデターを起こす。
既に研究自体は8割程完成していてね、あと一押しなのだが。
それに必要なモノを集めて欲しいと思っている…
ふむ、そう言えば、確かキミには妹がいたな?
この金額ならどうだね?これだけあれば苦労はかけないだろう。」

「ここまで聞かせて、断らせる気もないのだろう。
手伝うのはいい…だが、条件がある。
…妹の安全を保障しろ。それだけだ。」

「約束しよう。キミの妹にはこの件で危害が及ぶことがないよう、
徹底的に情報操作を行う。私の計画に支障が出たら困るからな。」

この時ボクは思ったのだ。
確かにこの男は気に入らない。

だが、面白そうではある。と…





―Secundum motum―


……………星暦947年、秋。


妹、ミリアは病弱で、殆どをベッドの上で過ごしている。
今後の生活を考えれば入院でもさせて、治療に専念すべきなのだが…
現在のボクの給金では賄い切れないのが実状だった。

そこへクレイズが提示したのは、これを補って余りある程の金だった。

断る理由は、ない。


―ディレクトス教国・首都:自宅


「あ、お帰りなさい、お兄様…」

「ああ、今帰った。
まだ起きていたのか?
ちゃんと休め。」

…ミリアは3年も経つとすっかりボクに懐いていた。
というより、家族らしい家族はボクしかいない。
家政婦もボクの判断で短期間で入れ替えているからだ。

「ごめんなさいお兄様…
でもこのご本だけは読み終わりたくて…」

ミリアが手にしていたのは、買い与えてあった絵本だ。
今の彼女に友がいるとすれば、それくらいしかなかった。

「ボクは、冬からオートルークに行く。
しばらく、1年以上帰れないかも知れない…
その間の金は心配するな、届くように手配する。」

「その間、お兄様とは会えないの?」

「……寂しいのか?」

「うん…でもお兄様も頑張ってるんだもんね…
ミリア…我慢するよ?」

「早く帰れるように…
いや、途中でも会いに来れるように話しておく。」

…例えボクの行く道が、
血塗られ、恨まれ、呪われようとも、
ミリアさえ守れるならそれでもいい。
そう考えていた…





―Tertius motum―


……………星暦947年、冬。


出発の時が来た。
最悪の場合、ボクはクレイズと共に国賊扱いされ、
命が危ういどころか、ミリアも危険に晒すことになる。

失敗は許されない。


出発前夜は、ミリアの来たあの日のような大雪に見舞われた。

ふと、ある予感が過ぎった。

これが最期の別れになるのではないか…と。


―ディレクトス教国・首都:自宅


「お兄様、雪凄かったね。寒くなかった?」

「このくらい平気だ。
…ミリア、行く前に、渡すものがある。」

ボクはこの時の為に特注してあったモノをミリアに手渡した。

「これは…大きいナイフ?」

「お前には明日から入院してもらう。
このまま中途半端な治療をしてても良くはならない。
だから入院して、そのナイフを振れるようになるまで元気になれ。」

「…重たい…出来るようになるかな?」

「やるんだ。
そうでなくてはボクが…
いや、この話しはいいか…」

「お兄様、ミリアからもプレゼントがあるの…」

意外だった。
出かけられる体力も、何かを買う金も、持っていないはず…
だが、その答えはすぐに現れた。

彼女が手にしていたのは、木彫りのロザリオだった。

「お手伝いさんに頼んで、木を拾って来てもらったの。
紐は古着を編んだの。一生懸命作ったんだよ?」

よく見れば、ミリアの手は傷だらけだった。
ボクに分からないよう、布団の中に隠していたのだろう。

気がついたら、ボクはミリアを抱きしめていた…


「必ず、帰ってくる。
ボクは、最強だから……」





―Quartus motum―


……………星暦948年、春。


まだ冬の寒さも抜けない頃。
オートルーク支部のあるノヴァに来て既に数日が経っていた。

ボクに与えられたのはクレイズの護衛などではなく。
[人造魔王]に使用される素体を捕獲すること…

言ってしまえば生贄を用意するのが仕事であった。

生贄たちはみな揃って、
泣いて命乞いをし、絶望の叫びを上げ、断末魔の悲鳴を響き渡らせる……

もしミリアがこれを知ったなら、ボクを許してくれるだろうか…
この行為に愉悦を感じているボクを、許してくれるだろうか………


―オートルーク共和国・ノヴァ:教会支部


「そうだシーゼル、現地の協力者を紹介しておかないとな。」

「要らん用だな。ボクには足手まといだ。」

クレイズが連れてきたのは黒服の大男だった。
ムサ苦しいという表現が的確だろうか、
山賊の親玉のような男は文字通りの上から目線で愚痴を垂れ流した。

「何だこの偉そうで無愛想なガキは?おいクレイズの旦那、本当に役に立つのかよ?」

「我が国の騎士団ではとても優秀な成績だった。性格以外は問題ない。」

「…何だ、この頭の悪そうでムサい男は?ボクに殺されたいのかお前。」

「あん?やんのかガキンチョ?」

「止めんか。」

男はフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
本当になんなんだこの大人気ないどころか本当にガキのような男は…

「彼はオルクス。現地の傭兵だ。
私がここに就任してからずっとだから、5年くらいだったかね?」

「そうだな。あ、コイツの紹介はいらねぇ、どうせ一緒にゃならんだろ。」

「そんなものこっちから願い下げだ。
…で、そっちの仮面をした暗い男は何だ?見たところ半魔のようだが。」

もう1人、その背後に隠れるように仮面の男が立っていた。
耳が長いところを見ると半魔…いわゆるエルフのようだった。

「ああ、彼はセフィーア、
半魔は優秀な実験材料になると思ったのだが、彼は全く適正が無くてね。
命を助ける代わりにこうして現地の協力者となってもらってる訳だ。」

セフィーアと呼ばれたヤツは結局その後も何も言わなかった。
ああ、弱いんだな。そう思った。


どいつもこいつも役に立たない。
こんな状態でよくクレイズはこの秘密体制を維持してるものだ。

素直に感心したが。次の瞬間には、あぁ金の力か。と悟った。





―Quintus motum―


……………星暦948年、夏。


遂に実験の第一段階、魔王の細胞に適合する者が現れた。
元の名前は忘れたが、その女は[魔人9号]と名付けられた。

どこにでもいるような女に、魔王への適正があるとは驚きも大きいが…

その時のクレイズの表情……
歓喜に満ち、総てを掌握したと言わんばかりの年甲斐にもないあの笑顔。

例えるならそう…
ついに勇者が魔王を倒す伝説の剣を手に入れた瞬間……
とでも言えばいいのだろうか……

その時、ボクも確かに笑っていたのだ……


―オートルーク共和国・ノヴァ:教会支部


あのムサ苦しいオルクスとかいう男が大怪我していた。
なんでも女の剣士に負けたらしい。みっともないことこの上ない。

「思い出したぞアイツ…
前人未到の[剣の神殿]を踏破した剣士の中じゃ超有名なヤツじゃねぇか!
畜生あの野郎!何が報酬は倍だよ、全然足りねぇっつうの!!」

[剣の神殿]…剣の道を究めんというボクも聞いた事はあった。

千年戦争の英雄、千剣の武王ダダルシンを祀った神殿で、
歴史上それまで最奥まで到達した者はいなかったが、
2年前、遂にそれを破った者が現れた、と……

その名は、確か…
ラズリット・バーソロミュー。

そうか、女だったのか…忌々しい。
ボクが行っていても同じ結果は出せたろう。
ミリアや騎士団を枷だったとは言わないが、ボクには冒険に出られない理由があった。

ああ、嫉ましいのだ。羨ましいのだ。
そしてどうしようもなく、そいつと戦いたくなった。
これが闘争心だとでもいうのだろうか。

「…オルクス、セフィーアはどうしたのだ?」

「は?知らねぇよ…どっかに逃げたんだろ……」

「ふむ、シーゼル、緊急時の合流地点である遺跡に向かってくれるか?
9号も出力をセーブしてもう一つの合流地点になっている鉱山に出撃させる。」

9号には作られ、制御された意思を持っている。
コイツに出来ることは一つ。
命令されたモノを破壊することだけだ。

当然、現状では役に立つと思えん。
経験が圧倒的に不足しているからだ。

「お守りは御免だが、部下が犬死にしたらボクの汚点だからな。
仕方ない、行ってやる。」





―Sextus motum―


……………星暦948年、夏。


この頃、教会で実験されていたマナ兵器の試験が頻繁に行われており、
その実地試験として、オートルーク支部にも2本の剣が届いた。

[フランベルジュ]と[スターダスト]と呼ばれる魔導剣。

丁度剣士ということで、ボクにも役が回って来た訳だが…
どうも使いにくい。

なによりボクは剣は兎も角、魔術が苦手だったのだ。

試験という名目上、持ち歩く必要はあるが…
2・3度使って適当に報告を書いて終わりそうだ。


―オートルーク共和国・白銀街道:アルマデル遺構


数時間後、先に遺跡に到着したのはボクだった。
しばらくしてから、セフィーアは現れたが、その時仮面は無かった。

「…シーゼル?何故、ここに……」

セフィーアは酷く驚いていた。
まるで粗相をした子犬のように挙動不審になっていた。

「お前、何をしていた。連絡が来ていないぞ?
捕獲対象はどうした?改めて捕獲に向かったのか?」

この問いに対する答えは分かっていたが。
ボクは行き場の無い怒りをコイツに向けねば気が済まなかった。

「捕獲は…出来なかった…失敗だ…」

「…失敗した?ふざけるなよクズが!」

その時ボクは勢いに任せて剣を抜き放っていた。
多少派手に出血したように見えたが、
肩を掠めただけで致命傷にはなっていないようだ。

だがそんなことより、セフィーアは反抗的な目をしてボクにこう言った。

「ぐっ…シーゼルっ…俺は……俺はもう、お前たちに手は貸さない…」

あぁ、そういうことか。

クレイズの命令はしぶしぶ、という態度だった理由がようやくわかった。
コイツは弱いくせに、偉そうに粋がるクズの典型だ。

その罪悪感とかいうくだらない感情を、首ごと切り落としてやろう。

ボクもミリアのために、ここで失敗する訳にはいかないのだ。

「クレイズがいたから見逃していたが…これほどまでに使えないとはな。
正直、ガッカリってレベルじゃないよ。
そういうの、困るんだよ…計画に支障を出す訳には行かないんだ。
悪いけど、死んでもらうよ…セフィーア君?」

「やっぱそうだったのか!セフィーア!」

割り込んできたキンキンと耳に響く女の声…
忌々しい……

「ラズリット…まだ、追って…」

突然入り込んできた紫髪の女…

コイツが、剣の神殿を踏破した剣士……
ラズリット・バーソロミュー…
全く強そうには見えない…

成程、女の狙いはセフィーアだったという訳か。
全く下らない……

「……お前が例の、ラズリットとかいうヤツ?
お前もガッカリだね、ただの小娘じゃないか。」

ボクは強い殺意を向けたつもりだったが、
この女は微動だにしないどころか、

「どうでもいいけど、セフィーアに話があるんだ。どいててくれないか?」

などと強気に言い放つ始末。
自分は強いという、根拠のない自信が酷く苛立った。

ボクはそういうヤツの、そのムダに溢れた自信を、
無様に、完膚なきまでに、粉々に砕いてやりたいのだ。

「気に食わないな…
ボクを無視してお話したいだって?この、ボクを!

ムカつくね、心底ムカつくね…
そんなに話がしたきゃ、一緒に地獄に送ってやるよ!!
このシーゼルがね!!」

そしてボクは、女の次の言葉で、完全にキレてしまった。
冷静になれないのは悪いクセだった。

「セフィーア!下がってろ!
私の名はラズリット・バーソロミュー![最強の剣士]!!」

何が…何が…何が……

「何が最強だ、クズの分際で!
その四肢をバラバラに引き裂いて、
クレイズの実験にでも使ってくれる!」


あの世で後悔するがいい!!





―Epilogus―


……………星暦984年、冬。


あの冬から何年経ったでしょうか?

貴方が必ず帰ると言った日から、
私はずっと待っています……

私はあれから病と戦い、遂に打ち勝ちました。
結婚もして、待望の娘も産まれました。

けど、貴方だけがいません……
お待ちしています、いつまでも、いつまでも……

お兄様……


―ディレクトス教国・首都:自宅


痛い…痛い……痛いッ………

胸に突き立てられたナイフが……

夫もすぐそこの床で血の海に沈んでいる……
まだ息はあるようだけど、長くはない……

「……見つけたか?」

「いや、やはりここには無いのかも知れぬ……」

「無駄足か……」

男達の声……
何かを、探して……?

「赤ん坊がいた。コイツはどうする?」

私の…!!

「…殺さ…ない、で……娘…だけは……」

必死に搾り出した声…
だけど、それが限界だった。

もう意識は薄れてきていた……

「……いいだろう、この娘はお前の代わりに我々が育て上げてやる。
超一流の、殺し屋にな……」

「あっ……あ………」

「…止めをくれてやれ。」

ナイフを一気に引き抜かれ…
血が噴出すのを感じながら、私の意識は闇に消えていった……





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