|  セバスチャン 西川 哲彌 
 先月28日に突然、亡くられたマリア・テレジア加藤光子さんは、いろいろなことを私達に教えて下さいました。
 そのひとつは、いつ死が訪れるかわからないことです。
 長年楽しみながら腕を磨いておられたギターは、コンサートでアンサンブルの一員として欠かせない一員でした。
 亡くなられた日も、午前中と夕方、ギター教室で練習しておられました。
 ギターを練習しながら帰天されたと云ってもいいかも知れません。
 ギターだけではありません。
 幼い頃からやっていた習字は日々練習を欠かされなかったようです。
 教会の道路に面している掲示板には今も加藤さんの字が掛かっています。
 87歳になっても、いろいろ大病を患って弱っていても「なんとかなるわよ。神様がついて下さるんだから」と弱気になりませんでした。
 多分、死をいつも感じておられたと思います。
 しかし、生きている限りは前を向いて歩く姿勢だけは見事でした。
 棺の中の加藤さんのお顔は、やっと休みをとってほっとしているような感じでした。
 もうひとつ加藤さんが教えて下さったこと。
 それは、死は新しい生命の門であるということです。
 死では何も終わらないということです。
 肉体は地に還ります。
 しかしその人そのものの生命はこの地上の死では終わらないということです。
 門をくぐって新しい生命の世界に入ってゆくということです。
 それは無限の力をもたらします。
 死で何も終わらないと言うことはイエズス様のご復活がそれを教えて下さいます。
 私達が信仰に生きるということは、生きながらにして死を乗り越えることを意味しています。
 これは素晴らしいことです。
 「なんとかなるわよ、神様が傍にいてくださるんだから」という言葉を残して逝かれた加藤さん、いろんなこと、ありがとうございました。
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