■ 250号 流れる星は生きている | 2025.8.25 |
主任司祭 フランシスコ・ザビエル 天本 昭好 今年の夏は北海道が40度を超える日があったとニュースになりました。あるネットで配信されたテレビのニュース番組で、ひとりのコメンテーターが、かつては異常気象と受け止められていたものが異常なことになれてしまって、これからも、きっとそんなこともあるからと語っていたことが少し気になりました。この違和感のせいかはわかりませんが、なにか星を無性に見たくなってしまいました。星座や宇宙に興味があるわけでもないのに、ふと無数に輝く満天の星をいつまでも眺めていたいと思いました。でも、なかなか都心では見ることはできません。大都会の巨大なビル群が放つ光にさえぎられて、都心では夜の暗闇に輝いて見えるはずのものが見えない、ありのままの世界を眺めていくことができないのは本当に残念なことです。 こどもの頃に読んだ文庫本に藤原ていの「流れる星はいきている」という作品を思い出しています。新田次郎の妻であった藤原ていが満州から日本へと引き上げていく自らの体験談を書きあげたものです。8月8日のソ連参戦によって、それまで威勢のよいことしか言わなかった軍部やそれに連なる町の人々の語っていた馬鹿さ加減がものの見事に打ち壊されていくかのような話の展開は人間の悲哀とおろかさを強調しているかのような印象を もったことを今でも覚えています。いま、手元にこの本がないので細かいことまで記憶をたどることはできませんが、歴史を物語ることの意味をわたしたちに教えてくれていると思います。時として、わたしたちは過去の歴史を過去の一点の出来事であるかのように受け流してしまうことがあるかもしれません。大学受験で使った山川の世界史や日本史の一問一答形式が頭にこびりついてしまって、他人事の歴史認識でおわっているかもしれませ ん。ネットではいまだに自虐史観だの皇国史観だのと騒ぐ人たちを垣間見ますが、それはいずれも他人事の歴史認識でしかありません。自分の頭で歴史を整理し、もし自分だったらどうしていただろうかといった問いかけも想像力を働かせていくこともない人間にはなりたくないものです。 そんなことを考えていたら、今年の夏の広島、長崎での平和記念式典での石破首相のあいさつの言葉にとてもびっくりしましたし、感銘を受けました。正直に言って、石破茂という政治家をわたしは単純に軍事オタクの保守政治家と認識していました。近年の首相経験者が語っていった平和式典でのあいさつは、おそらく官僚がつくったであろう決まり切ったなんの変哲もない無味乾燥としたものでしかありませんでした。彼は自分で見聞きしたものを自分の言葉で語っている、歴史に向き合っていく一人の真摯な言葉として語っているように受け止めることができたからです。 彼は広島では最後の挨拶の締めの部分で次のように語っていきます。 「『太き骨は先生ならむ そのそばに 小さきあたまの骨 あつまれり』。公園前の緑地帯にある『原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑』に刻まれた、歌人・正田篠枝さんの歌を、万感の思いを持ってかみしめ、追悼の辞といたします。」 そして長崎では次のように語っています。「そこには先ほど、80年の時を超え二口揃(そろ)ったアンジェラスの鐘が、ここ平和公園の長崎の鐘とともに、かつてと同じ音色を奏でました。 『ねがわくば、この浦上をして世界最後の原子野たらしめたまえ。』 長崎医科大学で被爆された故・永井隆博士が残された言葉です。長崎と広島で起きた惨禍を二度と繰り返してはなりません。 天を指す右手が原爆を示し、水平に伸ばした左手で平和を祈り、静かに閉じた瞼に犠牲者への追悼の想いが込められた、この平和祈念像の前で、今改めてお誓い申し上げます。私たちはこれからも、「核戦争のない世界」、そして「核兵器のない世界」の実現と恒久平和の実現に向けて力を尽くします。」 少し長く引用してしまいましたが、歴史をふりかえり記憶を風化させない姿勢を内閣総理大臣という重責を担っている政治家がみせてくれたことに正直驚きました。別に彼の支持者ではありませんが、真摯に向き合うことができる、議論をすることができる政治家が自民党にちゃんといることに少し安心しました。 平和旬間のきっかけとなった教皇ヨハネ・パウロ2世の平和アピールのなかで、「過去をふり返ることは将来に対する責任を担うことです。」と3回に渡って繰り返し力説しています。教皇がこのように語るのは言うまでもなく青年期をナチス・ドイツの支配下のポーランドで過ごしていたことにも起因しているでしょう。そこには自らの目で見て、耳で聞いて、さらには他者が経験したものをしっかりと受容し、その痛みを理解していくことができる想像力と共感力がなければ、この言葉にはならないでしょう。この教皇の言葉ともむすびつけ、想像の翼をもって平和への思いを巡らす夏となりますように。 |