幸福論


 テントの中には僕と彼しかいなかった。
 クラウドとティーダは周囲の探索にと二人で出て行ったきりだった。おそらくは探索の途中で日が暮れてしまって戻るタイミングを失ったのだろう、たまにあることだ。あの二人で共に行動しているのならば、と僕たちは特に心配はしていなかった。
 やがて辺りはじわじわと闇に染まってゆき、このテントだけが安全圏として周囲から孤立する。その空間の中に僕とフリオニールだけがいた。
 僕達は何を語るでもなく、それぞれ武器の手入れだとかアイテムの確認だとか、そんな作業を黙々としていた。別に気まずかったわけでもなく仲が悪いわけでもない、ただ会話が無かっただけで、僕達の距離はそんな具合なのだと僕は解釈していた。
 テントの中心に置かれたランプの灯が揺れるのを受けて、フリオニールの手の中で磨かれたナイフがゆらゆらと輝く。そんな光景をああ綺麗だなと思って眺めているうちに、どうやらフリオニールの方は武器の手入れにひと段落ついたらしい。今まで床に広げていた武器の類を片付けはじめ、僕はその様子を見てなんとはなしに声をかけた。お疲れ様、とかそんな他愛もない一言だったように思う。
「あ、ああ」
 フリオニールは少し驚いたように、僅かに上ずった声でそう答えた。僕は若干の違和感を感じながらも、そのまま他愛もない会話に誘う。今度は僕の目を見ながら会話で返してくれた、そのまま僕達はゆるゆると会話を楽しんで、そうしていつの間にか夜はさらに更けていった。

 そろそろ寝る頃合いか、と思い始めたころ、唐突にフリオニールは僕を呼んだ。セシル、話があるんだ。二人っきりのテントの中だ、わざわざ呼ばなくたって、ましてそんな切り出し方をしなくたって話はできる。
 僕は先ほど感じた若干の違和感はこの話題のせいなのかなと思い当たり、どうやら深刻そうな剣幕なので、彼にまっすぐ向きなおしてから、なに、と先を促した。
 それからの彼は、少し、いやだいぶ、しどろもどろとはっきりしない言葉を唇に乗せながら、床のランプを見たり外の暗がりを眺めたり僕の顔を見つめたりを数度繰り返した。その行動に僕はなんとなく、なんとなくだけれど思い当たる結論を見出したものの、それならばと彼のペースを乱すことはしないまま沈黙を続けた。
 やがて、意を決したようにフリオニールは僕を見た。
「好きなんだ」
 ああ、やっぱり。僕はそんな感想を胸の内に浮かべつつも、言ったのちすぐに真っ赤になってうつむいてしまい、それでもなお続けて言葉を紡ぐ彼は、いざ目の当たりにしてしまうとひどく感情を刺激された。
 その、仲間としてではなくて、あの、す、好き、なんだ。迷惑かもしれない、当然だよな、異常だと思われるかもしれないが、それでも俺は、セシルのことを、好きになってしまったみたいで、だから、その。
 その必死な姿に、僕は無意識のうちに笑みをこぼしていたらしい。弾かれたように顔をあげたフリオニールが、言葉を止めて僕を見る。
 僕は少し困ったな、というそぶりを見せてから、けれどあっさりと、僕も好きだよ、と答えた。それはほとんど反射的な行動に近かった。

 正直、どうして咄嗟に好きだと答えてしまったのかよくわからない。
 けれど確かにフリオニールのことは好きだと思ったし、向こうから好きだと言われたのも決して意外ではなかった。確信があったかといえばそんなことは無いけれど、それでも後になって思えば彼が僕を見る視線は他から受けているものとはわずかに異質だったように思う。そしてそれを決して不快ではないと受け止めていた僕は、おそらくは無意識に予感していたのだろう。
 ただ、僕の好きと、彼が僕に向ける好きは、まったく同じものなのかと問われると、僕にはよく分からない。フリオニールを受け入れることは不快ではない、けれど彼のように渇望はしていない。その差異は、果たして深いものだろうか。
 ああ、でも。
 彼の純粋さを見せつけられるたびに、僕は羨望に焦がれる思いがする。どこまでも真っすぐで、愚かなほどに何も知らない彼が、僕にはとても眩しく見える。
 いつかクラウドが彼の夢を子供っぽいと形容したことがあった。僕はその言葉を否定しなかったし、まさにその通りだと思いながらも決して嗤うことはできなかった。
 本当に、子供なのだ、彼は。まだ幸福がどんなものなのかも知らない、ただ絶望だけを知っていて、希望とか平和とか、そんな得体のしれない大きなものに夢を見ている。幸福とは果てしなく偉大で、けれどいつかは必ず手に入るものだと信じきっている。
 僕は、そんな彼に教えてあげたいのだと思う。幸福とは、決して得難い至高の宝なのではなく、もっと有り触れた、そこかしこに散らばっているような、そんなちっぽけなものなのだと。君が夢見る巨大な幸福など、所詮は小さなかけらの寄せ集めでしかない。
 手を伸ばせばすぐに掴むことができる、けれどそれゆえに失くしやすい。大切なのは手に入れることではなく守り通すことなのだと、僕は彼に教えてあげたい。

 おそるおそると僕の肩に腕を伸ばすフリオニールは相変わらず赤面したまま、いいのか、と繰り返し繰り返し訊ねてきた。そのたびに、僕は首を縦に振る。
 ようやくその腕が背中に回り、ぎゅうと抱きしめられたころに、僕も腕を伸ばして彼の背中をあやすように撫ぜた。
 フリオニール、いま君がその腕に掴んだのは、決して稀有な奇跡ではなく、現実の僕という人間なんだよ。言葉は発しこそしなかったが、撫ぜる手に全てを込めて彼の身体を引きよせた。
 まるで未知の領域に到達したと言わんばかりの初々しい表情を向ける彼に、僕は知らず苦笑する。本来緊張しないといけないのは僕のほうなんだよと言ってやりたい。
「ねぇ、好きだよ、フリオニール」
 躊躇する背中を押すように、次の行動さえ分からず固まるその手をとって、その指に指をそっと絡めて笑いかける。フリオニールが喉を上下させるのを微笑ましい気持ちで眺めながら、ああ僕は彼が好きなのだ、と改めて意識した。
 純粋でまっすぐで何も知らない彼が、初めて下世話な執着を寄せるその対象が僕だなんて。普遍的に散らばる幸せを、初めて掴んで拾い上げたそれが僕だったなんて。それは僕にとっても、幸せだと思えることだった。ただそれだけのことだ。
 どうせいつかは僕も彼もそれぞれの世界に帰る日が来るのだろう。それでも好きだと言われれば好きだと応えたい。それだけ彼の純粋な好意は嬉しかったし、彼が僕を求めるのならば、僕には拒む理由なんてない。
「好きだ。セシル、好きだ」
 縋るように繰り返すフリオニールの言葉をすべて受け止めるように、僕はその唇にキスをした。それが合図だった。背中にまわした腕にさらに力を込め、引き倒すような形で僕は背中を床に預けた。
 そうして顔を離して目を開けてみれば、いかにも緊張してますといった彼の顔。だいじょうぶ。僕は囁いた。怖がることなんて何一つない。
 いつか別離という絶望が来ることがわかっている、そんな状況の中でさえも、幸福というものは確かに存在している。それは拾い上げることも、手放すことも、全て君の思う通りにできるのだと、きっと君はいま実感と共に知るのだろう。
 ねぇ、僕は、いま幸福だよ。







はじめてのフリセシ。
フリオ<セシルな感じを出したいなと思ったらセシルがただのビッチみたいになってしまった^^
ちなみに裏テーマは童貞×非童貞でした。サイテー!



補足で解説すると。(FF2・4のEDの若干のネタバレ有)

なんというかFF2のEDって、必死に戦ったその末に『もうあの頃には戻れない・・・』っていう、
世界が平和になったとしても、その結末はフリオにとって決して幸福ではなかったんだろうなぁと思うと、
フリオって一度も心の底から幸せだと感じたことってないんじゃないかな、と。
絶望を知っている分フリオは(同年代の子とかに比べると)強くて大人びているんだけど、
セシルは絶望とさらに幸福(FF4EDはリア充だしね!)も知っている分、フリオよりも現実をよくわかってる。
だからセシルから見ればフリオは、一見大人びているんだけどやっぱりまだ子供で、
フリオから見るとセシルはすごく大人で落ち着いていて完璧な人で。
でもセシルからすればその自分にはない不完全さゆえの一生懸命さみたいなのに惹かれるし、
フリオは自分にとって幸せな方向に話が進むなるなんて経験ないからそんな奇跡あるわけない!って思ってる。

そんな関係が理想だなぁと^^