いろこ
色請い



「いつか、お前を迎えに来る」
 もう何杯目かの猪口に注がれた酒を飲み下したあと、急に吹雪の眼をまっすぐに見据えたと思ったら、亮はそんなことを口にした。
 吹雪は言葉の意味を飲み込むまでに数秒ぱちぱちと瞬きを繰り返して、そうして心底おかしそうにけらけらと笑い声をあげた。白粉に紅をさしたその顔が微笑むのは、まるで人形のようだと亮は思う。
「なんだい亮、もう酔ってしまったのかい? 今夜はもう酒は止めておいた方がいいだろうね」
 吹雪は手にしていた片口を置き、亮の猪口を取り上げようと手を伸ばす。その手を亮は空いている左手でそっとつかみ、またまっすぐに吹雪の目を視線で捉えて同じ言葉を繰り返した。
「酔ってなどいない。俺は、本気だ」
 吹雪の眼が動揺に揺らぐ。わざとらしく口元に張り付けたはずの笑みはいつの間か消えていた。
 亮は自ら猪口を床に置き、両の手で吹雪の細く白い手を包む。ぐっと力を込めれば、吹雪は刹那びくりと体を強張らせた。
「俺は札士になるつもりだ、札で名を挙げれば一攫千金も夢ではない。そうしたら、お前の一生を俺が買おう」
 亮はどこまでも誠実に真摯に言葉を紡ぐ。それが酔いに任せた戯言でもただの理想論でもないことくらい、吹雪には十分すぎるほどわかっている。
「札士にって、ねぇ亮、わかってるのかい? ここで僕と戯れに札を交わすのとはわけが違うんだよ」
「そんなことはわかっている。お前だって俺の実力を知らないわけではないだろう」
「そりゃあわかってるさ!」
 だんだんと多少の怒気を孕む亮の言葉に、吹雪もまたむきになって声を荒げた。
「わかってるけど……」
 それでも、と儚げに呟いた後の句は喉の奥に引っ掛かってなかなか出てこない。なおも吹雪の眼を見据える亮の視線から逃げるように、吹雪はすっと俯いた。
「それでも、君は札士になるには優しすぎるよ」
 絞り出すように囁いたその言葉は、果して亮の耳に届いていただろうか。決して騒がしいわけでもない、むしろ静かすぎるこの部屋の中では声を遮る要素は何もなかったが、けれど震える吹雪の声は現実味を帯びてはいなかった。
 部屋に沈黙が充満する。遠くの部屋からわずかな話し声や、おそらくは嬌声が響くのが聞こえてくる、それがよけいにこの部屋の沈黙を徒に際立たせる。
 亮は黙ったまま、顔を上げようとしない吹雪の肩をそっと抱き寄せた。吹雪ははっとして顔を上げる。肩越しで表情は見えないけれど、きっとお互い同じような顔をしているのだろう。
「吹雪」
 鮮やかな着物の縁からわざと露出させた白いうなじや首すじは扇情的で、それらを目にするたびに亮の中の利己的な独占欲は酷くなっていくばかりだ。
 亮が己の無様な立場を覚悟したうえで吹雪に想いを告げてから、対する吹雪が客に対する世辞などではなく本心からその想いを返したその日から、亮の中に燈った炎は日に日にめらめらと燃え盛り、今ではもう消すことは叶わないほどの業火となってしまった。
「吹雪、俺はどうしても、お前が欲しいんだ」
 吹雪の肩口に顔を埋めて、亮は苦々しげに囁いた。吹雪はそんな亮の背中を撫でながら、ありがとう、と小さく呟く。
「ねぇ亮、こうして月に数回逢いにきてくれる、僕はそれだけで満足なんだ」
「俺は」
「僕は耐えられるよ、亮以外の誰に抱かれても、僕は亮が一番好きだから」
「しかし俺は、もう、耐えられない」
「僕はね、亮、こうして亮と一緒にいられる今が一番幸せなんだよ」
 こんな身分でこれ以上の幸せを望んでしまったら、あとにあるのは絶望だけだから。
 あやすように、母が子に聞かせるように、吹雪は穏やかに言葉を紡ぐ。亮の背中を撫でる手を止めないまま、部屋の畳の編目をただぼんやりと見つめながら。
「僕は、今の君を失いたくないんだ。こんな僕の、客ではなく友だと言ってくれた君を。僕のことを好きだと言ってくれる、君を」
 ゆるゆると、その声はか細く弱くなっていき、やがて沈黙に溶けた。代わりに亮の背中にまわした両手でぎゅっと抱きしめて、言葉の代わりと訴える。
 亮はああ、と低く呟いた。続けて、愛してる、と。もう何度目かもわからない言葉を唇に乗せて、吹雪の白い耳たぶに触れた。そのまま唇の先で首筋をなぞり、肩口のあたりを吸い上げる。白い肌に咲く紅も、後れ毛の当たるくすぐったさまも、ひたすらに吹雪の全てが愛おしかった。劣情と欲求はどこまでも醜く燃え上がり天井を知らない。それでも今はただその炎に呑まれてしまいと思う。それは虚しさを秘めた現実逃避なのだと知っていながら、吹雪もそれに応えるように亮の頭を掻き抱く。
 そうして普段と変わらぬ夜は更けていく。
 それでもいつかこの闇が、言葉とともにこの今というささやかな幸せまでも飲みこんでしまうような気がして、今は優しい亮の手に抱かれながらもふと、吹雪はそれだけを不安に感じていた。







別に続かない。ちょっと浮かんだから書いてみただけっていうか話の前後?ないよ!
遊郭パロというかなんというか。札=カードで置き換えてください(笑)
デュエル=お侍さんが戦に行く、くらいの感じに考えてもらえたらいいんじゃないかなっていう。むりやり。
遊郭ネタは同人的に王道パロなわりにGXだとあんま見かけないなぁと思った結果がこれだよ!遊郭ネタだいすき!