栄養士から心ある人々へ  思い出し療法 

    学生時代  新聞部の頃 その他 点字のはがき   

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私はかってに「思い出し療法」と言っているが、先日教育テレビで
「回想法」と専門の心理学者が話していた。 老人施設や認知症の人には、いろいろな意味で有効らしい。

過去のことで覚えてないことも多くやや不安になる。



新聞といえば、近年、週一回のコーナーに依頼があり「台所の常識非常識」を約一年3か月連載した(河北新報朝刊)平成16年1月〜17年3月まで)
「キッチンの基礎知識召し上がれ」が好評で多くの方からお手紙を頂いた。遠い学生時代の新聞部の活動?遊び?が約50年後に日の目を見るなんて、、、

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私的雑談 20   

ハガキが5円 古いハガキが出てきた。(もの持ちがいいのか、整理整頓が下手で出来ないせいなのか?) 何か表現したいせいか、学生会の仕事の他に、恐れ多くも新聞部に所属していた。他の大学との交流もあり、いま思えば、家庭教師のアルバイトの他奨学金も貰っていたので、経済的には苦しい方だったが、割合好き放題させてもらっていた様な気がする。    その頃一つ下の弟が、大学半ばで持病のぜんそくで静岡に転地療法をしていてその後亡くなったが、他の大学の新聞部の人達も病の人が多かった。      左のはがきのYさんは、室蘭に帰り療養とのハガキ、、一つ飛んで同じく他大学の入院中のHさんからの見舞のお礼のはがき、茨城から。真ん中は元気な他大学の新聞部長からの年賀で救われるが、栄養士の学校に在籍していても、その頃は殆ど病の知識はなかった。後悔しきり、右はじだけが、唯一つ、盲学校で「本を読む」ボランテアをしていて、ほのぼのとした奉仕の喜びが思い出される。 ある日、いつものように何名かで交代に本を読み始め、私の番になった時、「何か酸っぱい匂いがする」と云われ「え!敏感なのね、今日は実習でお寿司を作ったの!」、、で皆大笑い、、その時友達になった女の子からの「点字」 のはがき 誰かに頼んで文字を入れてくれている。     下記左の写真は新聞部のメンバー(一人亡くなり、一人所在不明) 


          
新聞部の後輩達が旅行先から連名でくれたハガキ

当時、忘れてしまったが「切手」を集めていたらしい? 全く覚えていない。、、左上の部分切りぬかれている












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