紅葉の絨毯

あたり一面、まるで、血のようだ。

敷き詰められた、紅く色づいた葉の絨毯。

吐き気がする。

あのにおいまでもが、鼻をかすめていく感じがするから。

この身も、手も、血で塗られている感じがするから。

この身から、全てが失われていく気がするから。









□  □  □










季節は夏から秋へ。
山の木々が、見事に色づくこの季節。
この季節―――幼かった孫市の義妹、は、唯一の身内であった父親を、目の前で亡くした。
の父親は、敵の剣からの盾となり、はその血で染められた。
それ以来、木々が紅く染まるこの季節は、にとっては血に染まる季節。
年月が過ぎた今もまだ、流れ出る紅い血に染まり続けていた。

「はぁ・・・」

は、紅く染まった木々を見ながら、ひとつ重いため息を吐いた。
心なしか、顔も青ざめている。

孫市は、そんな恋人の浮かない顔を見過ごすほど、鈍感ではない。
そして、こんな暗いベタ惚れの恋人の顔を、どうにか笑わせてやりたいと常日頃思っていた。
そんな孫市の心知らず、はぼそっと呟いた。

「死ぬなら、孫兄より先に死にたい」

「馬鹿。縁起でもないこと言うな」

沈み込んで何を言うかと思えば、孫市より先に“死にたい”。
そう言った声音は落ち着いていたが、孫市は内心慌てていた。
冗談でもやめて欲しい。
しかし、は本気で思っていた。
もう二度と、大切な人の血は浴びたくない、と。
しかし、が生きているのは戦国の世で、戦を生業としている一族。
が、ここにいるかぎり、それは甘い考えだ。
今度は、大切な誰を亡くすのか。
大切な誰の血を浴びるのか。
は、密かにいつもそれに怯えていた。

「よっしゃ」

孫市は、すっくと立ち上がり、の手をひいた。

「そんな嫌なもんは、燃やしちまうに限る」

「は?」

「来いよ」

というと、孫市は、の手をひいた。
孫市は、たまにとんでもないことをやってのける。
今回のも、それなのか。
は、一気に不安になった。
そんなをよそに、孫市は半ば強引に、を屋敷の外に連れ出した。






□  □  □







「―――って何、コレ」

今、ふたりが居るのは、屋敷の中庭。
の目の前では、たき火がパチパチ音をたてている。
孫市は、木の枝でその火の中をごそごそ探ると、ひとつ焼けた芋を取り上げ半分に割り、の目の前に差し出した。

「ホイ。食えよ。熱いぞ。気をつけろよ」

「あ、ありがと」

「ん。うまいな。みんなには内緒な」

「う、うん・・・」

孫市は、たき火に向き直ると、山のようになった紅い落ち葉をひとつかみし、火の中に落としていく。

はらはらはら。
紅い落ち葉は、次々とぼおっと燃やされ、跡形もなくなっていく。

はらはらはら。
次から次へと、火の中へ。

はらはらはら。
は、その葉を半ばぼんやりと、落ち着いた気持ちで見ていた。

「なぁ、?」

「ん?」

「おまえの中の悲しみや苦しみも、俺がこうやって燃やしてやれたらいいんだがな」

は驚いて、孫市を振り仰いだ。
はらはらと落ちては消えてゆく、この葉のように。
その手で、の悲しみも消してくれようとしてくれるのか、この人は。

「そう、簡単にはいかないか」

「・・・孫兄っ」

思わず、は孫市に抱きついた。
抱きつかずにはいられなかった。
嬉しくて、嬉しくて。
嬉しさが爆発して、つい勢いで抱きついてしまった。
の苦しみを消してくれようとしてくれた、そんな孫市の気持ちが嬉しかったから。
抱きついたを、孫市はぎゅっと抱きしめた。

「おやっさんを守ってやれなかったのは悪かった」

「孫兄のせいじゃないよ」

「いや、俺のせいだ。俺にもっと力があれば・・・」

「孫兄のせいじゃないってば。孫兄はいつもそう。いつも自分を責める。孫兄は悪くない」

は、力いっぱい孫市の胸に抱きついた。
いつも、この腕に甘えてた。
そう、甘えていたのだ。
“父を亡くした可哀想な自分”に。
そして、それを知ってて、何も言わず、責めず、こうやって抱きしめて許してくれる優しい孫市に。
苦しいのは当たり前で、いくら苦しくても、乗り越えていかなきゃならない。
だって、それはとっくにわかっていた。
それでも、弱いままの自分でいるのは、すごく楽なのだ。
ぬるま湯に浸りきったままのは、目を閉じたままで、ただ流されてきた。
そんな弱き心の川をただゆらゆらと漂っていただけのは、今消えた。
が、乗り越えていくきっかけと力を、孫市がくれた。
一歩前に出よう。
少し、強くなろう。
は、ふと孫市を見上げた。

「ありがとう、孫兄」

は、ぐっと背筋を伸ばして、笑った。
今、孫市に見せたその笑顔は、内側から強い輝きを放っている。
今までのような、どこか危うさも含んだような笑顔ではない。
これが、本当のの笑顔―――
孫市は、心の底から喜びが込み上げてきた。

「ごめんね、孫兄。もう、言わないから。“先に死にたい”なんて」

「ああ。頼むから、もう言わないでくれ。身がひきさかれそうになる」

「・・・たださ、死なないで。私より先に」

それは願っても願っても、孫市が孫市である限り、きっと叶わないことだろう。
たとえ、嘘でも構わない。
は、孫市の声で言って欲しかった。

「誓って」

思わずかすれたの声。
答えを聞くのが恐くて。

「誓う」

孫市は、の揺れた瞳に、優しく唇を落とした。

「この瞳に」

「この頬に」

「この唇に」

優しい唇が、つぎつぎと触れてゆく。

「誓う。絶対に死なねえ」

「・・・・うんっ」

は、涙でくしゃっと顔を崩した。
孫市は、そんなを抱きしめ、頭を優しく撫でる。
孫市は、こんな不器用な恋人のことが、愛しくて愛しくてたまらない。
普段、は憎まれ口ばかりで、こんないい雰囲気になりづらい。
孫市は、素直に身体を預けてくるを、ここぞとばかりに抱きしめた。
想いのたけ抱きしめたら、この子は壊れるだろうか。
そんなことを思いながらも、今腕の中にいるを、それは大事そうに抱きしめる孫市だった。





アーーーーーーーーーーーーーーーーっ!いちゃいちゃしてるっ! 探してたんですよぉ!」

うるさいやつに見つかった、孫市は、頭が痛くなった。
こちらにぱたぱたと走ってきたのは、孫市の身の周りの世話をしている子供のひとりだ。
もっと見つからないところに陣を組めばよかった。
そう思っても、もう遅い。
その声に、は、ぱっと孫市から離れてしまった。

「うるせっ!邪魔すんな!ほらっ!離れちまったじゃねぇか!」

様、突然の横槍、申し訳ありません。孫市様、孫六様が呼んでいらっしゃいましたよ」

「あーーーっ!!ちくしょーっ!!!!誰も彼もよってたかって邪魔しやがって!あとで覚えてろ」

「はいはい、わかりました。さ、行きましょうか」

どっちが子供だろうか。
は、可笑しかった。
子供に、こうもあっさりと軽く流される孫市もどうなのだろう。
は、そんな子供っぽい孫市も、大好きで大好きでたまらないのだけれど。

「悪いな、。また後でな」

「うん。待ってる」

孫市は、名残惜しそうに後ろを振り向きつつ、子供に引きずられて行く。
そんな孫市に、は告白した。
いつもは恥ずかしくて言えない、でも今の素直な自分の気持ちを。

「好きだよ、孫兄」

「え」

孫市は、耳を疑った。
今、“好き”と、聞こえたんですが。
孫市は、驚いた表情で、を見た。
は、真っ赤な顔で、孫市を見ていた。

「もう一回しか言わないよ・・・・・・好き。大好き」

もう一度、ははっきりと言った。
の顔は、熱くて今にも火が出そうだ。
孫市もまた、嬉しさで頭から蒸気が吹き出そうな勢いだった。

「やっぱ、俺いかねぇわ」

「駄目です」

「そんな」

「目で訴えられても、駄目なものは駄目です」

「人の恋路を邪魔するモンは馬に蹴られてしんじまえってことわざ知ってますか」

「いいです。蹴られて死んでも」

「おまえに情けってもんはないのかーーーーー!!」

そうこうしているうちにも、子供の力に負けてずるずると引っ張られていく孫市。

「今夜、マジで行くから!寝かせないからな、ーーーーーーっ!」

そんなこと大きい声で言うな。
は恥ずかしさのあまり、顔を手で覆って、その場にしゃがみこんだ。











その夜、願いかなって、孫市は完徹した。

「・・・まさか、おまえの顔を見ながらだとは思わなかったけどな」

「私もですよ」

今、孫市の目の前には、孫六がいる。
そう。仕事が終わらなかったのだ。
と完徹どころか、顔も見ていない。
夢は、潰えた。
淡い、淡い、夢だった・・・・。

「これ終わったら、俺、休み貰うわ。三日くらい」

「駄目です。他の仕事もあるので」

「じゃ、それ終わったら、いいだろ」

「しばらく駄目です」

「鬼」

「何とでも言って下さい」

「ああ・・・ちゃーーーーーーーーーーん!!!」

孫市の悲痛な叫びは、屋敷中に響き渡った。
その後、しばらく孫市の身柄は、“鬼”に拘束され、仕事漬けの日々を送ることになった。

さて、次にと会えるのは、いつになるのか・・・。


2006.9.25