やきいもラプソディ
今日は、待ちに待っていた秋の収穫祭。
陸遜の部屋づきの女官をしていると、その他数名は汗をかきかきさつまいもをどっさりと掘り出した。
「ふーーー、疲れたね。ね、これ、やきいもしちゃわない?」
「え、でも、陸遜様に怒られないかな」
「だいじょぶ、だいじょぶ。ちょこっとくらいここで焼いて食べたって怒られないよ。それに、焼いたものを陸遜様に持っていってあげたらすんごく喜んでもらえると思うしさ」
と胸を張る自信の根拠はいったいどこからくるのだろう。
いまだ変な顔をしている仲間たちを尻目に、さっさと手慣れた様子で焼きいもの準備をはじめる。
結局、最後までだけで落ち葉をあつめ、その中にいもを投入、うまい具合に火をつけた。
「ふーーー、あとは焼けるのを待つだけ、と」
は、焼きたてのさつまいもをほおばれる時を夢見て浮かれていた。
そう、浮かれていた。
だから、気づかなかったのだ。
強い風にあおられ、そこからじわじわと広がっていく火に。
「ちょっ、!?」
「え、うそ、ちょっと、消さなきゃ、あつっあちちっ!」
「キャーーーーーーーー誰かあぁぁ!」
「火事よおぉぉぉぉぉぉーーーー!!」
□ □ □
目の前に広がるのは、見事に黒く焼け焦げた広場。
「大っっっ変申し訳ございませんでした」
は、目の前で腕組みして立っている直属の上司である陸遜に向かって、深々と頭を下げた。
潔く下げられた頭とは反対に、謝罪の言葉には何の色も含まれていない。
陸遜の怒りのバロメーターは、さっそくギュインと急上昇。
見る人が見たら、どんっと音をたてて頭が噴火したかのようにも見えるのではないだろうか。
それを抑えて、いや微妙に抑えきれてはいないが、声のトーンを抑えて尋ねた。
「ここを焼け野原にした理由をもう一度言ってみてください」
「・・・だから、焼きいもしようとして・・・」
「焼きいもどころか城が焼き討ちになるところだったんですよ!あなたという人はいつもいつもいつもいつも」
「・・・・・・ちょっと“いつも”が多いような」
「そこ、口答えしない」
「はい、モウシワケアリマセン」
最初以上に感情のこもってないその言葉に、陸遜は大きなためいきをつく。
「わざとやったわけじゃないし、それに陸遜様だって火計好きなくせに」
「そういう問題じゃありません」
「え、そこ否定しないんだ」
「とにかく、あなたのおかげで私はまた上に始末書をかかなければなりません。ただでさえ多い私の仕事をこれ以上増やさないでください」
「はい、すみませんでした」
「では、いつもの仕事に戻ってください」
そう言うと、陸遜は城に戻っていった。
陸遜様ってば、くどくどくどくどいつもおこごとばっかり。
は、一瞬不満に思ったが、元はといえば身から出たさび。
今回だけではない。つね日ごろ、ついうっかりしたことをしてしまうから悪いのだ。
例えば、預かった大事な書簡を運ぶ途中にうっかり文官にぶつかってしまい、運悪く近くにあった水溜りに落としてしまったり、ついこの間には、女官たちの間での陰口があまりにも聞いていられなくて(自分のではなかったのだけど)注意したらとっくみあいの大喧嘩にまで発展してしまった。
はあ・・・・・・我ながら、ひどい。
うっかりではすまされない。
思い返すと、はがくりと落ち込んだ。
なぜこんな自分を陸遜様はクビにしないのだろう。
普通ならばとっくに免職になってるところだと思う。
忙しくてそこまで頭が回らないのか (いや、陸遜様にかぎってそんなことはない)
それとも、眼中に入っていないのか (だったら叱ったりしないか)
まったく、頭のいい人の考えることはわからない。
ともかく、陸遜様を怒らせてしまったのだから、なんとかごきげんをとらなければ。
それでなければ、本当にクビになってしまうかもしれない。
それは、困る。とっても困る。
は、うーんと首をかしげて、あっ、とひらめいた。
「そうだ、きのこをとってこよう」
今が旬。採ってきたら、きっと陸遜だって喜んでくれるに違いない。
そうと決めたら行くしかないね、とは、ここからそう遠くない森に向かって走り出した。
は、森の中をきょろきょろしながら歩いていた。
ここへ来たのは初めてではなかったが、ひとりで来るのは初めてだった。
しかも、しょっちゅう来るわけでもないので道に不慣れだ。
しかし、基本的に楽観的な性格のため、何も思わず森を歩いていた。
「たしか前、このへんにきのこの群れがあったんだよなぁ。違ったかなぁ」
そう言って、木の根元を枯葉をかきわけながら捜してみるが、食べられそうなきのこは見当たらない。
そのポイントはあきらめ、他にないか見渡してみる。
「あっ、あそこ!」
見つけた!
は小躍りして獲物をゲットすべく走り出した。
が、ずるり、と急に足元がなくなったかのように宙をさまよった。
途端、身体は制御不能に陥る。
「きゃ・・・―――― ひゃぁあああーーーーーーー」
あっと思ったときにはもう遅い。
は、がけから勢いよくすべり落ちてしまった。
□ □ □
こんこん。
陸遜の執務室の扉が鳴った。
陸遜が返事をすると、女官のひとりが青い顔をして入ってきた。
「陸遜様、お忙しいところ申し訳ありません」
「どうかしたのですか?」
山のような書簡を両脇に、視線もうつさず陸遜は尋ねた。
「お耳に入れようか迷ったのですが・・・・・・の姿が見えないのです」
「の?」
その名を聞き、陸遜はぴたりと筆を止める。
「ぼやのあと、単独で城の裏手にある森へ行ったと聞いていたのですがいまだ戻ってきません。あの子は頭と口は悪いですが、仕事を放棄することは今までありませんでしたので心配で・・・。今まで様子を見ておりましたが、もうすぐ日も落ちてしまいます。捜索を出すか、明日まで待つか、ご判断・・・」
「私が行きましょう。―――・・あの、馬鹿!!」
「は?り、陸遜様!?」
迷いなく立ち上がった陸遜に、女官はおろおろするしかなかった。
こんなこと前代未聞だ。
たかが女官ひとりを探すのに、主みずから行くなどと聞いたこともない。
もし、これが罠だとしたら大変なことになってしまう。
「至急呂蒙殿に連絡してください」
「危険です!」
「大丈夫です。このへんにそんな不穏な動きはありませんから」
そう言うと、陸遜は部屋を飛び出た。
□ □ □
「い、てて・・・・・・」
腰の痛みでは目を覚ました。
えっと・・・たしか、すごいきのこを見つけて走ったら、足を踏み外してしまったんだ。
手を見ると、しっかりと立派なきのこを握っている。
「どんだけきのこが好きなんだ、あたし・・・・・」
どのくらいだろう。
少し気を失っていたみたいだ。
は、ゆっくりと体を起こす。
腰だけでなく体のあちこちがずきずき痛むが、幸い大きなケガはないみたいだ。
「昔から運はいいんだ、あたし」
運とかそんな問題ではないのだけど。
は、落ちてきた崖を見上げる。
「・・・あーーー、無理」
いくら運動神経に自信があると言ってもこれはのぼれない。
あまりにも高すぎる。
これをよじ登ることができるなら、多分立派な将になれていると思うが、残念ながら登れる気がしない。
は、別のルートを探した方がいいと思い、歩き出そうとした。
が、
「日が落ちてきた」
これはひじょーーーーにまずい、とは思った。
素人が日が落ちてなお歩くのは、殺してくださいと言っているようなもの。
こんなことなら、女官の仕事だけに甘んじてないで、安心ニコニコ野営の仕方を習っておくべきだったと後悔した。
もう、夜が明けるまでここにいるしかない。
は、沈んでゆく太陽を見送った。そして、ほどなくとっぷりとした闇が訪れる。
暗闇は心をも染めていくのか、いつもはうるさいほど明るいもさすがに前向きではいられなくなってきた。
小さな不安も大きな不安に翻る。
「誰かいませんかーーーーーーっ」
大きな声で叫んでみるが、もちろん返事などない。
こんな暗くなってから動くものなど、いいものではないだろう。
なのに、声が聞こえる。
木々の間から灯りも見える。
もしかして、と、それにすがるように声を張り上げた。
「ここですーーー!ここにいますーーーーっ!」
そう叫んだ。
心底ほっとした。
誰かが探しに来てくれた、そう確信していた。
しかし、草をかきわけ現れた人は、待っていたものではなかった。
「おやぁ?お嬢ちゃん、どうしたのかなあ?」
息をのんだ。
男が3人。夜目にも薄汚く、にやにやといやらしいうすら笑いを浮かべている。
「上から落ちてきちゃったのかなあ?―――ふうん、悪くないねえ。こりゃ高く売れそうだ」
「売れそうって・・・」
「そ。おじさんたち、こういうお仕事してるの。わかるよね?」
人買い―――
まさか、自分が出会ってしまうとは思っていなかった。
売られた娘の末路など誰だって知っている。
それが、自分だとは思わなかったが。
咄嗟に持っていた短刀を構える。
「やだっ!こないでっ!」
「そんな短刀でオレらどうにもなりませんよーーー。なるべく商品を傷つけたくないからおとなしくしていてね」
ぞわりとした。
じわりじわりと近づいてきて、捕らえようと伸ばされた腕に。
物腰は柔らかいが、潜んだ悪意に。
嘘くさい笑顔に。
「―――や、やだ、助けて・・・助けてください、陸遜様あぁぁぁーーーー!!!!」
目を閉じて、必死に叫んだ。
なぜだろう、陸遜の名を。
「叫んだってこんな夜に誰もこねえぜ。おとなしくこっちに来な」
もうだめだ、と思った瞬間。
後方からざざざっと大きな音がしたかと思うと、風を感じた。
不思議に思い、おそるおそる目をあけると、眩しい赤がすぐ前にあった。
それが人の背だと、次に声を聞くまではわからなかった。
「下がりなさい。この人はあなた達が触れていい人ではない」
知っている。
このよく通る声はよく知っている。
の目から、ぽろぽろと涙がこぼれた。
陸遜様だ―――陸遜様が来てくれた。
「てめえ誰だ!」
「あなた達に名乗る名など持ち合わせていません」
「へえ、イキのいいガキだな。ん?よく見たら整ってるな、こいつも。いい値段で売れそうだ」
「美少年好きの変態ジジイに売られたくはありませんね。見逃してくれませんか」
「痛い目にあいたくなかったらおとなしくしててね、ふたりとも」
「交渉決裂」
そういうと、陸遜は双剣をすらりと抜き放った。
そして、の方に視線だけ送る。
「怖い思いをさせましたね。ケガはないですか?」
「陸遜様」
ぼろぼろと大粒の涙を流してこくこくと勢いよくうなずく。
「りくそん?さっきもそんな名前叫んでたな」
そう言ったその名前に、仲間の男が目を見開いて反応した。
「この双剣・・・・・・り、陸遜って親方、も、もしかして―――将軍の」
「え、将軍?こいつが?まだ子供じゃねえか」
「いや、この子供みたいな背格好と双剣・・・・・・間違いねえ」
そう言って、明らかにさっきまでとはとは違う視線を向ける。
「ご存知でしたか。有名人みたいで嬉しいですね。しかし“子供みたい”とは心外ですが・・・・・・。まあ、それはともかく、あなたたちに聞きたいことがあるんです。最近このあたりで誘拐事件が多発しているんですよ。 何か―――知りませんか?」
3人は、陸遜の冷たい殺気に押されるように後ずさりすると、勢いよく走り去って行った。
男たちの姿は、暗い森の中に消えた。
「あっ!」
「大丈夫です。呂蒙殿が捕まえててくれるでしょう」
「そっか、さっすが陸遜様、ぬかりない・・・」
ほっとした途端、はその場にへなへなと座り込んだ。
一気に身体ががくがくと震えだす。
「は、はは、やだ、どうしたんだろう」
今までの恐怖が全部出てきたのか、力が入らない。
陸遜は、そんなの震える身体を優しくぎゅっと抱きしめた。
「もう大丈夫ですよ。よく頑張りましたね」
そう陸遜はまるで子供をあやすかのように、頭をぽんぽんとしてくれる。
優しい声。
伝わってくるぬくもり。
だんだん緊張と恐怖がやわらいでいった。
「陸遜様、すみません、あたし・・・・・・」
「もう心配させないでください。私の心臓がいくつあっても足りません」
「は・・・い」
心配した――?陸遜様が?
ようやく頭も回り始める。
今、自分は陸遜に抱きしめられている。
えーーーーーっ!こんなこと絶っっっっ対にありえない!
の頭はまたもパニックになる。
「えと、陸遜様・・・っ。あ、あのっ、その・・・」
陸遜はするりと腕を解く。
でも、の心臓はいまだにおそろしいほどばくばくと鳴っている。
泣いている自分を落ち着かせるためだといっても、こんなことには恥ずかしながら今までさっぱりなくて免疫がない。
顔が、熱い。きっと、真っ赤になっているだろう。
恥ずかしい、恥ずかしい。
どうしたら治るんだろう。
目の前の人に気づかれてしまう。
気づかれたくない―――意識しているなんて。
「で?今回はどうしたというのです?」
「え、と・・・。きのこをとろうかなぁーーーと・・・」
もごもごと口ごもりながら言う。
「へえ・・・“いも”の次は“きのこ”ですか。あなたの食い意地は相当なようですね。“食い意地の”の名を授けましょうか」
「つ、謹んで頂戴させていただきます!」
ひぃ、出てます、出てます、こめかみに血管浮き出てますから。
「私はきのこ採りの命令はしてないと思いますが、何故こんな森に?」
「あーーーー・・その、今回は陸遜様においしいものを食べてもらおうと(そして許してもらおうと)して・・・」
「私に?」
陸遜は、驚いたように目を見開いた。
いつもは何考えているかわからないくらい鉄壁のポーカーフェイスのくせに、・・・目の錯覚だろうか。なんだか今は頬が若干赤く見える。
「私はあなたに嫌われてるとばかり思ってました。口うるさくてうっとおしい上司だと思われているとばかり」
「えっと、その通りなんですけど」
出た。またこめかみに血管が。
「陸遜様が私のことを思って言ってくれてるってわかってるので、嫌いなんかじゃないです。ちょっと憎たらしいだけで・・・・・・なので、クビにしないでください」
「打算的ですね。そう言われるとクビにしたくなってきました」
はあ、とため息をついて後ろを向いた陸遜に、はすがりついた。
「り、陸遜様あぁぁ!!!お願いします!なんでもっ!なんでもしますからぁ!」
「言いましたね。本当に何でもするんですね」
振り向いた陸遜の表情は、天使の笑顔。
しかし、陸遜を傍で見てきたにはわかる。
この表情こそ、ヤバイ、と。
その後、助けに来た人たちの手でロープがおろされ無事に崖をのぼることができたの顔はすっかり青ざめていた。
いつも底抜けに明るいがこんなになるとは・・・よほど怖い目にあったのだろうと、仲間たちは心配してしまうほどに。
この後、しばらくの間、は陸遜にこき使われることになるのだが、そのお話は、また後日―――
2008.10.7
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