「カルロ!! また来ました」
「よく来た! さあ、入れ、入れ!」
あの突然の出会い以来、(半ば脅迫されて)馬超はの家にまめに訪れるようになった。
の父であるカルロとは、即座に意気投合し、遠い故郷の話や文化の違いなどの話に花を咲かせるようになった。
馬超からは、身分は隠せ、と言われたので(これも強制的に)、馬超の名は“櫓民”に、身分は“通りすがりの旅人”と口裏を合わせることになった。
突然娘が連れてきた怪しい旅人を、の父は驚きはしたものの笑顔で迎えてくれた。
誰であろうと訳隔てなく接することができるのはさすが我が父、と誇らしく思うべきか、こんな怪しい男はもっと疑え、と思うべきか難しいところである。
「はあ・・・・・・・」
今日も話がはずんでいる自分の父と来訪者に、は冷たい視線を向けてため息をつく。
「ん、なんだ。寂しいのか、」
「だ・れ・が!!」
「そんな可愛い顔するな。もっと苛めたくなるだろう」
「キャッ」
は手をひかれ、馬超の膝の上にぽすんと収まる。
後ろから抱きしめられた形になり、咄嗟に後ろに顔を向けると、手を引いた主が悪戯っぽい笑顔を向けていた。
「はは。熟れた果物みたいな顔だな」
「っっっ!!! バカ!!」
「仕方ないだろう。その顔が見たいんだ」
「意地悪!」
いつもこうだ。
こういう性質の悪いからかい方をしては、を怒らせる。
その怒った顔や態度を見て、満足げに笑うのだからますます趣味が悪い。
は、血がのぼり過ぎた頭を冷やそうと、馬超から勢い良く顔を背け外に出ようと足を向けた。
「どこへ行く」
「え、外、だけど」
心なしか強い声音に聞こえて、は少しひるんだ。
だが、次の瞬間にはいつものおちゃらけた軽い感じに戻っていた。
「そうか、奇遇だな。俺も行こうと思ってた」
「なんでよっ! ついてこないで! ひとりで行きたいの! あなたと離れたいの! お父さんと喋ってればいいじゃない」
「カルロはもう寝たよ。星見に行くんだろう? 俺も行く」
見ると、カルロは机につっぷして寝ている。
「もうっ! だから酔っ払いは嫌いっ」
「まあまあ、起きたらめんどうだから、外行こう」
と、背中を押されて外に出た。
夜風は、気持ちよく頬を冷ましてゆく。
「馬超はいつまでここにいるの? 暇なワケじゃないんでしょ?」
「ああ、そうだな。公務が忙しくなれば来れない」
「そうだよね」
本来なら、こんな田舎にはいないはずの人間なのだ。
それでも、いなくなると聞いて、は少なからず寂しい気持ちになっていた。
認めたくはないが。
「今日は星がきれいだな」
馬超は、から空に視線を移した。
「うん、そうだね。明日は晴れだね。2、3日中には大風が吹きそうだけど」
「へえ、そんなことまでわかるのか」
「これだから都会人は・・・・・・空は色んなことを教えてくれるよ。例えばーーーー・・・・・ねえ、馬超? 私たちの髪の色と星の色って似てると思わない?」
「星の色?」
「そう、星の色。ほら、よく見てみて。こんなにいっぱいある星だけど、よーーーく見たら色が違うでしょ。馬超のは、んー、そだな。あの大きい星の色に似てる。ほらね!馬超の態度がデカいことまで教えてくれちゃうんだよ」
「へえーーーー、そうかそうか。じゃあ、のはアレだな。あの星からずっと右にいったデカいやつ」
「な、何よ!? 私の態度がデカいとでもいいたいの?」
「本当に空は色んなことを教えてくれるな。態度だけでなく顔もデカイってことまで教えてくれるなんてなあ」
「ちょ!!それは聞き捨てならない!うら若い、かよわい乙女に、なんてこと言うのよ!」
「ん? どこ、どこだ。かよわい乙女って」
「ホラ、目・の・前!!! ほんと、アンタがモテるなんて、信じられな・・・・・・ぃ・・・・・・」
つい、ずいっと側に寄ると、目の前には男らしい整った顔。
かねてから整った顔だとは思っていたが、近くで見たらさらにその気持ちは強まった。
一度冷えた顔の温度が、再び熱を帯びるほどに。
そんなの様子に、馬超の口元は不敵につり上がった。
「また熟れた果物みたいな顔。俺の顔にでも見とれたか?」
「な!!! バ、バカァーーーーーーーッッッ!!!」
そんなわけない、と否定したものの、顔は正直だ。
図星をさされ、更に輪をかけて熱くなってきた。
「よしよし、もっと見ることを許そう。見ろ! ほら!!」
「うるさーーーーーーーーい!! 顔だけ男!!! ぶっ!!!」
馬超は、の顔を両手ではさんで、自分の方に無理やり顔を向けさせた。
「どうだ! いい男だろう!」
「自分で言うなぁ!!」
(こんな無理やりなのに、コラッ! 心臓よ、高鳴るな!)
は、じたばたともがいたが、馬超の手はびくともしないし、高笑いしている。
そこで、急に力が緩んだ。
不思議に思って馬超を見ると、厳しい視線を暗い道の先に送っていた。
「馬、超?」
「ああ、悪いな。ここで少し待っててくれ」
馬超は安心させるように微笑むと、暗闇の道を少し歩いた。
すると、すうっと浮かび上がるように人が現れた。
なんのことはない普通の服装、このあたりに住んでいる村人という感じの男性だった。
馬超は、その人と少し話してうなずくと、のところに戻ってきた。
「」
馬超が見た瞬間、ぴりっとの全身に刺激が走る。
(いつもの馬超とは違う)
馬超の表情は、いつもと何一つ変わらない。
しかし、身体の中の、感覚的な何かがそう言った。
「、大事な話がある。カルロのところに行こう」
馬超の話とは、何なのだろう。
雰囲気から、“良くないこと”なのだろう、と言うことだけはわかる。
はうなずくと、馬超の後を追った。
「カルロ」
家に戻ると、馬超は机につっぷして寝ているカルロを揺すって起こした。
「カルロ。話があります」
「なんだ、馬超。を嫁にください、とでも言いたいのか」
「はは。まぁ、それはまた数年後にでも」
「冗談でもやめてください」
はからかわれ、憤死しそうだ、と思った。
「・・・・・・なんだか、深刻そうな話かな?」
カルロはひとつのびをすると、雰囲気を読んだのか、馬超を真剣に見返した。
馬超は、何から話したらいいのか、と前置いて、ひとつ深呼吸して話し出した。
隠していた自分の本当の名前、身分。
それから、も知らなかった、馬超がここに来た本当の理由を。
馬超が、あまりにも風のように自然に入り込んで来たので見逃していた。
蜀の将軍がこんな辺鄙な地にいることがおかしいことなのだと。
は戸惑って、カルロを見た。
カルロは、大きな話を聞いてもいつもの通りで、興味深そうにしているだけだった。
「曹操が私たちの能力を欲しがっていて、身柄を拘束するためにここに向かっていると?」
「はい。俺は、諸葛亮殿の命であなた方を蜀に招くように言われて来ました。貴方達の知識は、曹操だけでなく誰の目にも魅力的です」
「もうここでは穏やかに住めない、と」
「はい。名も身分も偽っていた俺です。すぐに信用してくれなどとは言えない。しかし、もうあまり時間がない。曹操の従者はそこまで迫ってきている」
は、震えた。
あまりの急展開に。
その自分の意志ではない道は、苦痛以外の何物でもない。
カルロは、すうっと立ち上がると、馬超の前に膝をついた。
「そうか。馬超殿は蜀の将軍だったのか。―――――― 今までの非礼、許していただきたい」
「カルロ」
「こんな私達の知識が、乱世を収めるお役にたつのであれば身に余る光栄。どうぞ娘共々お連れください」
その返答を聞いて、馬超は嬉しそうに笑った。
「ありがたい!こちらこそ」
「それから、カルロ。俺のことは、今までどおり馬超と呼んでください。まだまだ異国の話、聞かせて欲しい」
カルロは、笑ってうなづいた。
馬超は、の方に向き直って、ぽんと頭に手を置いた。
「すまなかったな。怖がらせたくなかったんだが、余計に怖がらせることになっちまったな」
青ざめた顔で小刻みに震えるを、大きい体躯を折って顔を覗き込む。
「ん? ずいぶんしおらしいじゃないか。 いつもそれくらいだったら嫁にもらってやってもいいぜ」
「だ、誰がっっ!!!」
「はははっ! お前はいつも元気でいてくれなきゃ調子が狂う」
もしかして、元気つけようとしてくれたのだろうか。
そう思うと、少し誤解していたかも、とは思い直した。
が。
「目を吊り上げて鬼のように怒ってるその顔が、一番おまえらしいからな」
前言撤回―――!!
この男は、やっぱりひどい男だった!
は、びたんと馬超の背中を叩いた。
くっきり手のあとがつくくらい強く。
それから、たちは準備もそこそこに住み慣れた地を立つことになった。
向かうは、蜀。
そこで待っていたのは、あんぐりと口が開いたままになりそうなくらいの慣れない生活だった。
2009.8.9