砂糖菓子
は、悩んでいた。
数日前、は、ご主人様である陸遜と、思いがけず恋人同士になった。
しかし、男性と付き合うのが陸遜がはじめてのは、戸惑っていた。
あまりにも大胆な陸遜に。
あれから、陸遜は、ちょっとでも時間があれば、を呼び出し、に触れ、を抱きしめる。
も、陸遜のことを好きなのだから、それはすごく嬉しい。
忙しい陸遜は、そんな頻繁には呼び出してこないのだが、しかし、これではの方が仕事に手に付かない。
いつも陸遜のことを考えてしまうからだ。
恋をしたことがないは、それはそれは贅沢な悩みを抱えていた。
□ □ □ □ □
今日も忙しい陸遜は、いつもどおり執務室にいた。
今日も、執務室からは出られそうにない。
いつもなら、とっくに憂鬱になっているところだ。
しかし今は、陸遜が呼べば、すぐに最近恋人になったばかりのがきてくれる。
それだけで、いつもより仕事がはかどった。
仕事が早く終わったら、とゆっくり過ごそう。
陸遜は、そんな淡い夢を実現させようと、いつも以上に仕事に励んでいた。
そこへ、がお茶を運んでやってきた。
「陸遜様、休憩なさいませんか?お茶をお入れしますね」
と、 が可愛い笑顔を見せてくれると、陸遜の疲れなんて一気に吹き飛ぶ。
とにかく、陸遜は、にベタ惚れなのだ。
「ありがとうございます。いつも頑張ってくれているので、今日はご褒美をあげましょう」
「え?ご褒美?」
思ってもいなかった言葉に、はぱっと花が咲いたような笑顔を見せた。
が、そんな無邪気な笑顔を向けてくれることが、陸遜は素直に嬉しかった。
陸遜が取り出したのは、色とりどりの小さな星がいっぱい入った小瓶。
「わ、きれーーーーーい!なんですか?これ」
の評判は上々だ。
「東方の国の、お菓子です。すごく甘いんですよ。食べてみますか?」
「はい」
なんと夢のあるお菓子だろうと、はその小瓶からひとつ星が取り出されるのを見ていた。
陸遜の手に転がり出たお菓子は、の口に入る。
は、心弾ませながら、陸遜の手にのっている菓子を見ていた。
陸遜はそのひとつをつまみあげると、おもむろにの顔の前に差し出した。
「じゃあ、あーんして」
「・・・は?」
は大きな目をさらに大きくした。
「食べたいんでしょう?“あーん”」
(えーーーーーーーー!陸遜様の手から食べるの!?)
は、うろたえた。
陸遜は、にこにことの目の前に菓子を差し出している。
食べたいなら口を開けろ、と言うのだろう。
恥ずかしくてできるわけない、とは、口を開けるか否か迷っていた。
が、目の前で甘い香りを漂わせて嗅覚を刺激し、可愛らしい形で視覚をも刺激する、このお菓子様の誘惑に勝てるわけがない。
は、意を決して、えいっと口を開けた。
「あーん」
陸遜は嬉しそうにうなずくと、小さく開けた可愛いの口に、ポンとお菓子を含ませた。
「おいしいでしょう?」
みるみるうちにキラキラと瞳が輝いていったに、陸遜は嬉しそうに言った。
「おいしーーっ!おいしーーーーーっ!甘くてすっっっっごくおいしいですぅ!」
こくこくとうなずきながら、それはそれは幸せそうに甘さを噛みしめる。
そんな様子のに、なぜか陸遜は、ちょっと意地悪をしてみようか、とむくむく歪んだ欲が現れ始めた。
好きな子には少し意地悪をしたくなる、陸遜の子供っぽい悪い癖だった。
「じゃあ、もうひとつ・・“あーん”」
「あーん」
今度はためらわず無防備に開けたの口に、陸遜はもうひとつ放り込んだ。
と思うと陸遜は、の口に自分の指までも紛れ込ませた。
「り、りふほんはま(陸遜様)?」
「私の指も味わってください」
「ん・・・・・・・」
は、逡巡したのち、戸惑いの色は濃いものの、陸遜の言うとおり陸遜の指に舌を絡ませた。
形の良いその指の輪郭をなぞるように。
口中で溶けた砂糖菓子で甘くなった指を味わうように。
は、丁寧に、丁寧に、舐めた。
「・・・・・・・・っ」
陸遜は、思わず声が出そうになった。
その生ぬるい柔らかいものから与えられる熱は、あまりにも気持ちが良すぎる。
悪戯のつもりだった陸遜の予想を遥かに越えていた。
ちゅっ、ちゅっと濡れた音が耳を、潤んだ瞳で見上げるが目を、いかんなく刺激する。
そして、ぬるぬるとしたいやらしい感触が、まるで愛撫でもするかのように、陸遜の指先にまとわりつき、さらに敏感に悦を伝えた。
「う・・・・・・っ」
これ以上はまずい。
たまらず、陸遜はその指を引き抜いた。
ちゅっと湿った音が名残惜しそうに室内に響く。
その慣れない行為に、の唇の端からは、甘い唾液が細く流れていた。
その官能的な姿に誘われるように、陸遜は、まずいと思いつつも、にさらに近づいた。
「はい、よくできました。ご褒美です」
陸遜は、ぱくりと菓子をひとつ自分の口に含むと、に顔をずいと寄せた。
そして、の口の端に流れる甘い液を舐めとり、そのまま噛み付くように口付けた。
甘い、甘い、陸遜の唇。
甘い、甘い、の唇。
菓子の甘さに比例するかのように、口付けも激しさを増した。
の唇を、陸遜は上手に割って、の口に菓子を転がり込ませそっと囁いた。
「おいしいですか?」
「んふぅ」
の返事も待たず、陸遜はまた唇をむさぼる。
唇を軽く食んでは、口中深く甘さを探り、濡れた舌に濡れた舌を絡ませ、吐く息さえも甘く絡んでゆく。
ふたりの絡む熱で、の口中に転がり込んだ菓子も崩れるようにとろけて行った。
甘い。
甘すぎる。
この甘さは、身体の奥まで染み込んで、溶かしていく。
もう、危険だ。
この先まで行くと、危険だ。
陸遜は、はがすように無理やり唇を離した。
はぁ、と、どちらからともなく、ため息がもれた。
身体が、熱い。
陸遜は、いっそのこと、を連れ、隣の仮眠室にでも行こうかと考えた。
しかし、こういうことは初めてだろうの気持ちを考えると、それはあんまりだろう。
それに、記念日好きの陸遜は、特別な日にしたいと考えていた。
なので、ここで勢いにまかせ、なし崩しにはしたくない。
陸遜は、理性を総動員して、どうにか男の性を押さえつけた。
「すみません・・・加減できませんでした」
「いえ・・・あの、陸遜様になら、かまいません」
嬉しいことを言ってくれる。
陸遜は、との仲をゆっくりと育てたいと思っている一方、衝動的に想いをぶつけたい衝動にもかられる。
性急な恋は、どこかで歪みを起こすものだとはわかっている。
できるなら、ゆっくりとこの関係を深めて行きたい。
ずっとずっと。
への想いが大きすぎてどこまで我慢できるかわからないが、と陸遜は頭の隅で思った。
「そうだ。今度の休み、どこかに行きませんか?」
「どこかへ?」
「ええ。遠乗りとか」
「つれてってくださるんですか?嬉しいです」
は、心の底からの素直な笑顔を陸遜に向けた。
こんなに喜んでくれるなら、急いで仕事は終わらせよう。
陸遜は、これからしばらく仕事の鬼になることに決めた。
とりあえずは、一歩。
貴女の歩調に合わせて。
ふたりの恋ははじまったばかり。
2006.9.24
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