うらはら

(なぜだろう。 なんでこうなってるんだろう)

僕は、珍しく怒気をはらんだ仁王みたいな顔した左之さんと対峙していた。
正直、嬉しくない。
これでお互い剣を構えてるんだったら話は別なんだけど。

「総司、いじめ過ぎ」

「・・・・・・・そう?」

僕は、肩をすくめた。
左之さんの横には、大きな目に涙を浮かべて泣くのを堪えてるちゃんがいる。
ちょっと、これってはたから見たら、泣いてる女を取り合ってる男ふたり、みたいな図じゃない?
めんどくさい事件第1位って感じで、僕にはこれから先の人生で絶対ないだろうって思ってたのに。

「それしか用ないなら、もう行くよ」

「待てよ。 そんな言い方ねえだろ。 、泣きそうだろ?」

「ああ、そうだね。 ・・・・・・ごめんね?」

僕は、得意の作り笑顔を向ける。
左之さんには悪いけど、正義の味方顔もいいかげんにして欲しい、とも思う。
は、左之さんの着物の裾をつんつん引いて制止しながら、僕の方を申し訳なさそうな瞳を向けた。

何? その表情。 

こうなるのは不本意でしたとでも言いたげなその顔。










(・・・・・・ああ、ホントめんどくさ)











なぜこんなことになっているかというと、それはついさっきのことだった。













最初は、僕との二人だけだったんだ。





























「沖田さん!」

僕は、寝てるだけの長い時間にほとほと飽きて、今も耳にこだまするくらい山崎君とちゃんに止められてたのにもかかわらず外に出た。
ほんのちょっとのつもりだった。
後は、いい子で寝ていようと思ってたのに、鬼は目ざとく見つけてくれるんだから苦笑するしかない。

「あーあ、見つかっちゃった」

「見つかっちゃったじゃないです。 今日は昨日より風が冷たいので体に障ります! さあ、戻りましょう」

「はいはい」

ここで嫌だと言っても、過保護な彼女は許してくれそうもない。
というか、許してくれたためしがない。
だから、大人しく回れ右をして部屋に足を向けた。

・・・・・でも、僕は悪い患者だから。
ちゃんの一生懸命な横顔を見ると、どうしても意地悪したくなっちゃうんだよね。

僕は、彼女がどういう態度を取るか期待を込めて、ちょっとした悪戯心を言葉に乗せてみた。

「ねえ、こんなかいがいしく世話してくれるなんて、ちゃんさ僕のお嫁さんみたいじゃない?」

たちまちちゃんの顔は、秋の林檎のように紅くなる。

(あーあ、可愛い)

こんな素直に反応されると、僕の中の悪魔が笑みを浮かべちゃうよ。

これは、ある種自分の性癖のひとつだと気づいたのは、彼女と初めて出逢った時だった。
彼女の困った顔を見ると、心がうずうずとしだす。
その顔が見たくて。
もっと困った顔が見たくて、つい意地悪をしたくなっちゃうんだ。

だから ―――――― そう、可愛すぎるちゃんが悪い。

「そんなこと、」

「“そんなこと” その続きは、“ない”かな? 君はそう思ってても、周りはそう思ってないかも知れないよ? 知ってる? 君は、副長付きの小姓さんになってるけど、隊士達の中は僕付きのだと思ってる奴らもいる。 まあ、そうだろうね。 実際こうやって君を独占してるのは、土方さんじゃなく僕なんだから。 知ってるでしょ? そういう趣味の男だっている。 僕は、そんな趣味はないけどね」

僕は、ちゃんの赤い頬に手をのばした。
指先が頬に触れた途端ぴくっと反応するくせに、逃げないなんてどうかしてるんじゃない?
それとも、僕にこれ以上調子に乗ってもいいってこと?

「今からふたりで部屋に戻るけど・・・・・・周りのみんなは僕達部屋にふたりきりで何してるんだと思うだろうね?」

「・・・・・・・っ!!!」

「顔、赤いよ? 何想像したのさ。・・・・・・もしかしてちゃん、僕のこと好きだったりして」

そう意地悪く言うと、ちゃんの顔は度を越してますます赤くなる。

本当に、意地悪いだろ。
彼女の気持ちに気づいてて、こんなことを言ってしまう。

ちゃんは、僕のことが好き。

それは、彼女の態度を見てればわかりやすいほどにわかってしまった。
できるなら、気づかないほうがよかったのに。
勘違いであればよかったのに。
だけど。
駆け引きも何も必要ないくらい、彼女の表情はあからさまだったから。
だから。
こうやっていつも僕は調子に乗ってしまうんだ。

「否定、しなよ」

「意地悪・・・・・・」

「うん」

「悪趣味」

「うん。 それは否定しない」

―――――― そういうことじゃなくて。

さっき僕が言ったこと、・・・・“僕を好き”ってこと、否定して欲しいんだ。

できないなら、僕から突き放すから。

・・・・・・だから、悪く思わないでね?

「だから、君もこんな悪趣味な男のことなんて忘れて」

そう口では言ってるのに、ちゃんの頬に置いた僕の手は一向に離れようとしない。
それなのに、ちゃんは僕の言葉に惑わされて、僕の顔を泣きそうな顔で振り仰ぐ。

「構わないで? ね?」

「沖田、さん」

ちゃんが震えながら、涙を浮かべて下を向いた時だった。
そう。 左之さんに、それを見咎められたのは。











こういうわけで、僕は何もしていない。













ただ、ちょっとだけ彼女に意地悪をした。













それだけ。





























今の僕達の図は、左之さんは、正義の味方で。
僕は、天使を虐める悪魔の役、ってとこだろうか。
なんか、どこかの三文芝居にでもなりそうだ。

「じゃあ、もう行っていい? あまり風に当たるのも体に良くないみたいだし」

僕は、ふたりの姿を見ていたくないから、背を向けた。

「じゃあ、もう僕には近づかないでね。 君も好きで嫌な気分になりたくだろうから」

「総司っ!!」

「はいはい。 悪者は早々に退散します。 ・・・・・・じゃあね」

ちらっと振り返って見ると、ちゃんの目が潤んだのがわかった。



いつもそうだ。

僕は、キミを泣かせてしまう。

仕方ないだろ? 近づいて来るんだから。

突き放しても、突き放しても。




僕は、気にならないフリをして、ちゃんに背を向けて歩き出した。







こんなひどいことを言っても、期待してしまう。





君は、また僕のところに来るんだと。





馬鹿みたいだ。





口では、離れてと言って。





なのに心では、離れていかないで、と思ってる。












「ホント、馬鹿みたいだ」













僕の呟いたひとりごとは、透き通った青い空にかき消えた。
































天井の木目の模様にも飽きてきたときだった。
ふと障子に影が映り、明るい声が聞こえてきた。

「お薬、お持ちしました」

なんでもない顔をして、ちゃんはお盆にのった薬と水を運んできた。
なんでだろう。
ほっと胸を撫で下ろす自分がいる。
僕は、生まれ出た嬉しさをひた隠して、寝返りを打って視界からちゃんを消した。

「苦いから、飲まない」

口から出る言葉は、飽きもせず後ろ向きな言葉。
そう言うと、ひんやりとしたちゃんの手が僕の額に乗った。

「ホラ、少しお熱がある。大人しく言うこと聞いてください」

(・・・・・・・まいった。)

なんだかんだいって、僕の方が彼女の手のひらで転がされているようなものじゃないのか。
気にしていたのは自分だけだったのかと馬鹿らしく思いつつ、彼女に尋ねた。

「・・・・・・ねえ、さっきのこと、怒ってないの?」

「怒ってましたけど」

ちゃんは、気が抜けるほどはにかんだ笑顔を向けた。

「でも、根に持ってません。 いつまでもぐじぐじ思ってたら、沖田さんのそばにいられませんから」

「・・・・・・・・・君って、マゾだろ」

「そうかもしれません」

いつだって、そうだ。
君は、僕の背中を追ってくる。
いくら手を振り払っても、それでも追ってくる。
その姿を見て、僕は安心するんだ。

ちゃんだけは、僕を必要としてくれてる、って ―――――

僕は、苦い薬を水で流し込んで、布団にもぐりこんだ。
そして、手をちゃんの方に伸ばした。

「眠るまで、手、つないでて」

「はい」

つないだ瞬間、焼け付くような想いが身体を駆け抜ける。

この気持ちがなんなのかなんて、子供じゃないんだからわかる。

でも、言わない。

言えない。

好きだ、なんて、言えるわけない。

そんな資格なんてない。

なのに。

僕の手は、ちゃんの手を求めて離さない。

ちゃんを独占して。

ちゃんを泣かせて。

あまつさえ、傷つけてもいいのは僕だけ、なんて特権だと得意げに思ってる僕は、なんて悪趣味なんだろう。

でも、悪いけどやめる気なんてないから。

君の涙は、僕のことを思ってくれている証拠。

君の気持ちを試したい、僕を許して。

「お願いだから、手離さないでね・・・・・・?」

「ずっと繋いでますから、安心して眠ってください」

僕は、優しく微笑んだちゃんの手をひいた。
バランスを崩したちゃんは、僕の上に覆いかぶさる。
すかさず身体を抱き寄せると、びっくりしてぽかんと開いていたちゃんの唇に誘われて噛み付くように口付けた。

「んむ・・・・・っ!」

ちゃんは抵抗してるけど、そんなの無駄だと思うけど?
男の力に敵うわけないでしょ。
それとも、病人の僕になら勝てるとでも思ってる?
息を吸う暇もないくらい深く重なって息苦しそうにしているちゃんに、少し空気をあげようと僕は、余裕で一度唇を離した。

「無駄。 抵抗なんてさ」

「んっ」

再び重なる唇と、唇。
深い、深い口付け。
口内を探し回り、柔らかい舌を見つけ出すと、ちゅるんと僕の方に吸い寄せてみる。
ぴくんと跳ねるちゃんの身体。

(かーーーわい・・・・・・)

そんなとこ見せると、調子に乗っちゃうよ。
僕は、甘いちゃんに舌をからめながら、優しく髪を撫でる。
すると、耐えられなくなったのか、かくんとちゃんは僕に体重を預けてきた。
体勢としては、ちゃんが僕に乗っている形で、体がこれ以上ないくらい密着して体温の熱さまでも感じる。

――――― 駄目だ。

これ以上すると、僕の方が止められない。
名残惜しいけど僕は、わざとちゅ、と音をたてて、唇を離した。

その瞬間、乾いた音が響いて、僕の頬に熱い痛みが走り、僕に乗っていた甘美な重みは夢だったかのように霧散した。
ちゃんは真っ赤な顔をして、肩で息をして、涙をぽろぽろ流している。

「・・・・・・・・・ハイ、おしまい。 離さないでって言ったのに、先に離したのは君だよ?」

「い、いい今・・・っ、く、くちづけ・・・・・・っ」

「もう一回して欲しい?」

「・・・・・・っ!? 沖田さんのバカっっ!!!!」

ちゃんは、部屋の外に飛び出して走って行った。

「あはは・・・・・」

思わず、乾いた笑い声が漏れた。
涙が出そうだ。

「・・・・・・・・何してるんだ、僕は」

先がない僕に思いを寄せたって、君は幸せになれない。

だから―――・・・それは言い訳か。

ただ、怖いんだ。 そう、君を失うときが。

だから、突き放して、冷たくあしらっている。

そんな弱い僕を見透かして、君は優しくしてくれるのかもしれないね。














だから。















ほら、逃げて。

















僕から離れて。
















君をぼろぼろに傷つけてしまわないうちに。



2009.10.17