天使と悪魔

沖田は退屈していた。
何か楽しいことでもないかなぁ、とただボーっと歩いていた。
そこへ、運よく藤堂が前から歩いてきた。
沖田は、人あたりのいい笑顔を浮かべて、藤堂に近づいた。

「ねえ、平助。知ってる?」

平助は、何も疑うことのない瞳で沖田を見る。

「ここだけの話。土方さんの俳句帳、二冊あるんだよ。表と裏。あんな顔してやるよねーーーー」

「は?表と裏?どういうこと」

「帳面でも表帳簿と裏帳簿ってあるよね。そんな感じ。・・・・見に行ってきたら? 楽しいよ♪」






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「おいっ、マジかよ!土方さんがエロ俳句詠んでるって!」

「あの土方さんがねえ・・・あんな顔して結構ムッツリなんだな。つうか、俳句にそんなのあるのかよ」

藤堂から話を聞いた永倉と原田は、半信半疑の目を向けた。
その噂の中心は、鬼の副長の異名をとる土方だ。
そんないかがわしいものに興味なんて、てんでなさそうに見える。
というのも、土方はあの見た目だ。とんでもなくモテる。
呼ばなくても女から寄ってくるのだから、そんなものには興味がないだろうと誰だって思う。

「俺よくしらねえんだけど、さっき総司が教えてくれたんだ。あの言いぶりだと絶っ対にそっち系だと思う」

「何っ!?話の出所は総司か。あいつ土方さんには妙につっかかるからな、何か秘密でも握ってるのかもしれねえ。よしっ!みんなで事の真偽確かめに行ってこようぜ!!!」

その話に一も二もなく飛びついたのは、特攻隊長・永倉。その鼻息は荒い。

「お、おい、大丈夫かよ。土方さんに見つかったらこってりしぼられるぜ。っていうか俺たち生きてらんねえかも、な・・・・・」

原田は、多少・・・いやすごく興味はあるが、ひとつひっかかるとしたらそこである。
野生のカンか、なんだかいやーーーな予感がする。

「なあに、ささっと見て帰ってくりゃ大丈夫だって。さあ、行こうぜ!!」

早く行きたくて行きたくて仕方がないというような永倉に、藤堂は軽蔑の目を向ける。

「新八っつぁんはただエロいの見たいだけだろ。やーーーらしーーーーー」

「おまえ、ほんっとそういうの好きだよなぁ・・・・・」

「何言ってんの、キミたち!俺は、後学のためにだなあ・・・」

「ハイハイハイ、そういうことにしときましょ。行こうぜ、平助」

まだブーブー文句を言っている永倉を背中に、土方の部屋に向かった。






□  □  □






「・・・・・・・・・・・ここだ。・・・おい、平助、部屋に誰もいないかちょっと通りすがるふりして見てこい。あくまでも“ただの通行人”でたのむぜ」

「なんで、俺さーーー。新八っつぁんが一番見たいんだから自分で行ってくりゃあいいじゃん?」

「こういうのは存在感の薄いやつじゃねえと怪しまれる。お前が適任だ、平助」

「なんか褒められてる感じしねえなぁ・・・ま、いっか。行って来る」

「おう。頼む」

しばらくして平助が戻ってきた。

「大丈夫、誰もいなかった。気配もない」

「そうか。よくやった、平助。・・・おい、おまえら、短期決戦だ!目標は俳句帳!行くぜぇ!」

「おう!」

気分はまるで合戦だ。
三人は、土方の部屋になだれ込んだ。











机や棚を探し始めて数分、原田が机の中から紙の束を引っ張り出した。

「・・・きったねえ机の中だな。頭いい人はみんなこうなのか?・・・おっ、これぁ、見たことあるぜ」

「あぁ、こないだ総司が土方さんおちょくる道具にしてたやつだ。平助の情報だと俳句帳は二冊ある。もう一冊、何かねえか?」

「って言ってもよぉ、こんな汚ぇ机ん中じゃあ、どれがどれだか・・・」

「うわあ!!!新八っつぁん!もしかしてコレじゃね?」

そう言って平助が棚から取り出したのは、原田が見つけた俳句帳と色違いのもの。

「桃色の料紙?」

「間違いねえっっっ!!!色恋にゃあこの色だと相場は決まってる!!!平助っ!でかした!!!」

新八は、藤堂から桃色の料紙の束を奪い取ると、勢いよくペラペラとめくりだした。
藤堂と原田も、後ろからちらりと覗いてみる。

「????」

期待大で見てみたものの、感想の言葉も出てこない。

「・・・・全然エロくもなんともねえじゃねえか。まあ、多少恥ずかしい作品ではあるけどよ」

「ド素人の俺が見ても、微妙、としか言いようがねえ・・・・・・」

「何が言いたいのか全然わかんねえ」

三人は、思い思いにその俳句集の感想を述べる。
その散々な批評を待ってたかのようにスパーーーーンと小気味よくふすまが開いた。
その音にびくっと体を揺らした三人は、示し合わせたかのようにそちらを向いた。
そこには、鬼の副長の名にふさわしい形相の土方が立っていた。

「・・・ひ、土方さん!!!」

「ご丁寧な批評ありがてえが、おまえら・・・・・死にてえらしいな」

「うわあああああぁぁぁぁぁ!!!」

「その雁首三つ揃えて、庭に埋めてやらあ!!!!!」

「ひいぃぃぃぃぃ!!!!鬼いぃぃ!!!」

三人は逃げたようとしたものの、土方にがっと襟首やら首根っこをつかまれ、あえなく御用となった。







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三人は、罰として簀巻きで庭に正座の刑に処された。
こんなものですんだのが奇跡だ。このまま川に流されてもおかしくはない。

「そこでしばらくそうしてやがれ!!!!」

最初はしゅんとしていた三人だったが、やがて責任のなすりつけあいがはじまった。

「俺は、なんか嫌な予感がしたから嫌だったんだよ」

「なんだ、左之!てめえ!結局ついてきたんだ、てめえだって見てみたかったくせによ。元はといえば平助がデマ言うからだぜ」

「えっ!俺ぇ!?なんで!?俺は総司が・・・・」

そんな三人の耳に、笑い声が耳に入る。
聞き覚えのある笑い声だ。
この笑い声は―――!!

あははははははははは 」

遠くで沖田が体を二つに折り曲げ、涙を流しながら大笑いしている。

――― ハメられた!!!

「あいつこそがだ・・・・・」

(何度騙されたら気がすむんだ、俺たちは)

もう総司の言うことは信用なんてしねえ・・・・三人は心に固く誓ったのだった。


2008.10.20