土方は悩んでいた。
それは、珍しく新選組のことではなく、のあることについてだった。
は、なりは少年でも中身は女。
今までは山崎に丸投げ状態で任せてきたが、山崎には別の長い任務に行かせてしまった。
この間、万が一のことがあったら隊規が乱れかねない事態になってしまう。
今、それだけは避けたい。
彼女の事情を知っている誰かを見張りに立たせねばなるまい。
しかし、半端な見張りじゃ逆に危ない。
新八、左之助、平助は完全に論外だ。
あと頼めそうな奴は・・・・・・と考えていると、前方から斎藤が歩いてきた。
「お・・・・・・・・・おおっ! 斎藤、おまえ、風呂見張れ!」
「・・・・・・・・・・・・は?」
いつもはしかめっつらの土方が珍しく歓喜の表情で寄ってきたと思ったら、何を言うんだろう、この人は。
気持ち悪い、なんて言ったら失礼だろうが・・・・・・気持ち悪い。
さすがの斎藤の眉もひそめられた。
□ □ □
「雪村くん、いるか」
「ひゃいっっっ!」
ぼーっとしていたは、突然のふすまごしの問いかけに体を揺らすほど驚いた。
居住まいを正す前に、近藤が中に入ってきた。
「突然すまないな。なにか不満なことでもないかな」
「と、とんでもありません!置いてもらえるだけでもありがたいのに、不満など言ったらばちがあたります。それに皆さんにはとてもよくしていただいています。本当にありがとうございます」
「そうか、それはよかった。何かあれば対処するからなんなりと言ってくれ。ところで、今日は君に渡したいものがあってきたんだ」
と言って、おもむろにさしだされたのは白い包み。
は差し出されたままに受け取って、送り主の表情を見る。
早く開けろ、と言いたげに黙って微笑んで見ているので、はそっと包みの口を解いてみた。
中から出てきたのは、ころんと白くて四角いもの。
「・・・・・・いい香り」
「そうだろう。これは、“しゃぼん”と言ってな、風呂に入ったときに体を洗う道具らしい。ぬか袋なんかと同じようにな」
「使ってもいいんですか?」
「ああ、こんなむさくるしいところだ。少しでもなぐさめになればと思ってな」
「ありがとうございますっ!大切に使いますっ!」
お風呂に入れるだけでも嬉しいのに、こんないい香りのもので体を洗えるなんて、は考えるだけでわくわくした。
□ □ □
「。次おまえ風呂入れよ。今日から山崎いねえんだろ?かわりに俺、見ててやるからさ」
「は?あの、いえ・・・・・」
「平助、おまえ、そんな無害な顔して覗く気だろう。だって警戒してんじゃねえか。まあまあ、ここは俺が見ててやるよ。、安心して入りなさい」
「いやいや、新八・・・おまえの場合目つきがあやしいぜ。むしろいやらしいと言おうか。ここは俺が見張る。おまえらじゃ話にならねえっつの」
「はあ!?左之さんずりいーーーーーーーーっ!左之さんこそあやしいぜ!」
いや、ひとりで入れますからと言いたい本人を無視して勃発するバトル。
最近は、こんなのばっかりだ。
つっこむ暇さえ与えられない。
はそれを見て、あ、とか、お、とか言っておろおろするしかできない。
そこへ、土方がどかどかとやってきた。
「いいや、張り切ってるところ残念だが、斎藤が見張ることになった」
「えーーーーーーーっ!」
3バカトリオは、ここまで息も揃うものか。
素晴らしいハモり具合だった。
「くっ・・・・斎藤か」
「悔しいが文句のつけどころがねえ・・・・・」
「覗く奴は斎藤さんの居合いの餌食か。命をかけろと言う事かよ・・・・・・」
まだ斎藤の刀の錆にはなりたくはない。
3人の意見は一致した。
「というわけで、おまえが入浴する際の見張りは斎藤に頼むことにした。さっきのでわかっただろう。ま、気のぬけねえ奴がいるんだよ。斎藤だと安心安全だ。頼むぞ、斎藤」
「承知」
「よろしくお願いします」
「ああ。あやしまれないように、清掃中の札をかけておく。俺は扉の外にいるから終わったら声をかけろ」
「はい」
斎藤は、お風呂の扉を閉めた。
当然こうなると入らなくてはならないのだが、はひとり脱衣所でそわそわとしだした。
「なんだか、緊張するな」
斎藤が傍にいると思うと、なんだか恥ずかしいような気分になる。
山崎の時とは違って、心臓がばくばくと飛び出そうなくらい鳴っていた。
それでも、外では斎藤が待っているのだ。いたずらに待たせるのも悪い。
は、急いでお風呂に入りこんだ。
「あ、そうだ。今日は、近藤さんからもらったしゃぼんを使ってみよう」
近藤さんありがとうございます、と感謝を呟いて、ごしごしと身体にこすり付けてみると、もこもこと泡がたちはじめた。
「わあ、楽しーーーい!それにいい香り」
は、すうっと深呼吸する。
花のような香りに、心が安らいでいく。
それとともに、少しの不安も頭をよぎる。
「こんな贅沢、いいのかな・・・・・・」
は、父を探す目的でここに置いてもらっている。居候の身だ。
それに、剣の腕もたいしたことはなく、任務の役にもたたない。
なのに、ちゃっかりご飯もいただき、ちゃっかりお風呂もいただき、すごく贅沢な生活を送れているのだ。
繕い物やお洗濯など、身の回りのことはやらせてもらっているが、それはでなくともいいことだ。
お世辞にも役にたってるとは言いがたい。
「・・・・・私に、他に何ができるだろう」
はお風呂につかりながら考えたが、答えは浮かばなかった。
2008.10.24