「つまんないなぁ・・・・・・」
総司は、ごろんと横になっては、このセリフばかり言っていた。
もう、この言葉も口にしたくもなくなってきていたが、本当のことなのだからどうしようもない。
「何か、事件ないかなあ」
そこへ運悪く通りかかったのは、。
総司は、赤い舌をちろりと覗かせた。
□ □ □ □ □
「ねぇ、ちゃん? 楽しいことしない?」
「・・・・・・・・・」
(やめてほしい。この笑顔)
は、冷たい視線を投げかけた。
というのも、総司の“楽しいこと”は、行き過ぎのことが多く、それには何度も悲鳴を上げてきた。
今回だって、どんなお願いと称した命令が下るかわからない。
ここは、“しかと”のコマンドが定石。
は、総司の横をすうっと通り過ぎようとした。
「げほげほ、ごふほぉっ!!」
「え!!! や、ギャーーーー!! お、沖田さん、大丈夫ですかっ!?」
「・・・・・くく、あはは」
(は? じ、冗談!?)
今にも倒れそうだったのに、これが演技だったなんて信じられない。
は、総司という人間の奥の深さを垣間見た。
「ちょ!! シャレになりませんから! それマジでっっ!! シャレになりませんからっ!!」
「ごめんごめん」
「沖田さんのゴメンは聞き飽きました。じゃあ、私忙しいんで」
は、断りを入れて、総司に背中を向けた。
特別忙しいことはなかったのだが、このままいると総司の暇つぶしの餌食になりそうだったので、早々にここから離れたかった。
「いいのかなーーーー? 僕、ちゃんの 内緒にしてること 知ってるんだけど」
「は!!!!!????」
は、すごい顔、すごい勢いで振り向いた。
(食いついた)
総司は、内心お代官様もまっ青の悪どい笑みを浮かべながらも、表面にはそれをおくびにも出さず、それはもう自愛に満ちた笑顔で言った。
「僕につきあってくれたら、そのことは忘れてあげるよ」
「!!!!!!!」
の顔からは、完全に血の気がひいていた。
秘密、だなんて、きっとす・・・・・んごいことに違いない。
「あのーーーー・・・・それは、どういったこと、なんでしょう」
総司は、ただにやにや笑ってるだけ。
答える気はないらしい。
「じゃあ!どういう系統の・・・・・・?」
「ひ・み・つ」
(何がヒミツよぉ!! くそ沖田めえぇぇ!!)
の脳内では、鬼が沖田をこてんぱんにのしていた。
「嬉しいなぁ。ちゃんと遊べるなんて。じゃあ、向こう行こう」
哀れ、は、総司に引きずられるように連れ去られてしまった。
「・・・・・・これ、命がけじゃないですか 」
総司から出された“指令”は、かなりの命がけで望まなければいけないことだった。
そのために、狭い物置に隠れて、土方が来るのをひたすら待つ。
「しっ。声出しちゃダメ」
ただ、土方を待つだけならば、ただでさえ狭い物置の中に総司も一緒に隠れなくてもいいと思うのだが。
ここは本当に狭くて、よくふたり入れたな、というくらいに狭かった。
ここまで狭いのだから当然、と総司はおそろしいくらいに密着している。
総司が、呼吸をしているのがわかるくらいに。
は、ドキドキして緊張していた。
「何? 震えてるの?」
「・・・・・やっ」
総司は、急に後ろから抱きしめてきた。
(その声、反則)
ここから、総司の悪戯心が音をたてて燃え始めた。
「ちょ、ちょっと、くっつかないでくださいよっっ! 離れて・・・・」
「ごめん。でも、狭いから身動き取れなくて。これが一番ラクなんだ。ちょっと我慢して」
「そんな・・・・・!」
「そんな向きじゃ、首痛くなるよ。こっち、向いて」
「無理です」
「無理じゃない」
総司は、強引にの体の向きを反転させた。
すると、すっぽりと総司に抱きしめられるような体勢になる。
「・・・・・ちゃんの髪、いいにおい」
「におい嗅ぐのやめてくださいっっ!」
「無理。体勢が悪い。それにさ、蜂に甘い香りがするのを感じるな、だなんて無理な話だと思わない?」
「沖田さん、蜂じゃありませんから!」
がばっと顔をあげると、当然だが間近に総司の顔。
それも、今にも唇が触れそうなくらい。
の心臓は、息が止まりそうなくらい跳ねた。
顔が熱い。
赤くなっているのだろう。
は、総司に気づかれたくなくて、また総司の胸に顔をうずめた。
すると、総司は耳に唇を寄せる。
「やっぱり、ちゃんって女の子だね」
耳元で抑え目のかすれた声が聞こえた。
ぞくり―――
ふう、と熱い息が耳にかかると、は身を震わせた。
に回された腕が、繊細に動き出す。
「滑らかな肌」
すうっと頬を撫でられる。
「やわらかい唇」
唇の形をなぞるように指が滑る。
その手が、の顎にかかると、総司の顔を見るように導いた。
「本当、可愛い」
の顔は、頭から蒸気が出そうなほどゆでだこ。
わなわなと唇は震えている。
「ぅ・・・・わあぁぁぁん!!」
は、たまらず総司を突き飛ばすと、物置を飛び出した。
「ぬおわあっっ!!!」
「ひ、土方さんっっ!!」
飛び出したところにはちょうど通りかかったのか土方がいて、の体当たりを受けてこともあろうに縁側から落ちてしまっていた。
「ゆ、雪村・・・・・・」
一緒にいた山崎も驚きを隠せず、土方とを交互に見ていた。
(ど、どうしよう!!)
の頭の中は、真っ白だった。
沖田の指令は、いきなり物置から出て、土方を驚かせることだけだった。
確かに、驚かすことはできた。
できたけど、庭に突き飛ばしてしりもちをつかせることなんて、追加オプションだ。
「あわわ・・・・・・あ、あのぉ・・・・・・っ」
落ちてしりもちをついていた土方は立ち上がり、着物のほこりをはらってを見た。
「・・・・・・効いたぜ、雪村」
さすが、鬼の副長。かなりの眼力だ。
怖いやら、恥ずかしいやらで、の頭の中はパニック。
そこへ、さも今ここに現れたような様子で総司が言った。
「・・・・・・・やっちゃった?」
(“やっちゃった”じゃないから! 半分沖田さんのせいだから!)
「沖田さんのエロ魔王ーーーーーっ!!」
「も言うね。アハハハハ!!」
その後は、しばらく沖田の半径2メートル以内には近寄らなかった。
2009.4.24