鬼でも変わらない。
私は、私だって、平助くんは言ってくれた。
だから、信じてる。
この先ずっと、一緒だと。
平助くんが、一緒にいてくれると。
新選組の中は、一気にあわただしくなった。
御陵衛士が、薩摩と共謀して、近藤さんの暗殺を企てているという情報がはいったからだった。
その情報は、間諜として潜り込んでいた斎藤さんからで、まぎれもない確かなものだった。
それに、組内の士気は高まり、その動きは伊東さんの粛清というところまでいってしまった。
(そこには、平助くんがいる)
嫌な予感が駆け巡った。
□ □ □
時代の流れは、容赦なく私たちを巻き込んで行く。
そこは、油小路。
新選組は、伊東さんの遺体の引渡しに、御陵衛士を呼び出した。
平助くんが来なければいい。
どうか、来ないで―――
その願いもむなしく、平助くんは他の数名の同志たちと一緒に現れた。
「―――」
一瞬、平助くんと視線を見交わしたような気がした。
どうしたらいいんだろう。
今、平助くんは、敵。
そこは、激しい戦闘の場所となった。
紛れていた薩摩の鬼たちも入り混じり、乱戦となってしまった。
その中。
恐れていたことが起こった。
彼は、大怪我をしてしまった。
私を、かばって。
生きるか死ぬかの選択を前に。
平助くんは。
“変若水”を手に取った―――
『私がそこにいなければ』
そう後悔しても、もう、遅い。
「平助くん」
声をかけると、平助くんは私に視線を移して、薄く笑った。
「よっ」
「・・・・・・変わったこと、ない?」
私は、どんな表情をしてたのだろう。
平助くんは、それを見るなり、ぷっと吹き出した。
「そんな表情すんなって。つーかさ、毎回毎回、顔合わせるたびに聞かれちゃあ、さすがにこっちも調子悪くなってくるっつーの!そのブッサイクな顔、もっとブサイクになるぜぇ?」
「ひっど!!!」
「ブサイクになりたくなかったら、笑えーー!ほらほら、また鼻つまむぜぇ!?」
「それだけはやめてぇ!それ、ホントに痛いから!」
あれから、平助くんは、羅刹隊の一員となった。
と言っても、こうして話してても、何も変わったところはない。
いつも通り、明るい平助くんだ。
それでも、あの“赤い水”は、平助くんの体を奥からじわじわと蝕んでいるに違いないのだ。
平助くんは、おくびにも出さないが、何か体に変化が出ていてもおかしくはない。
もしかしたら、無理をしているんじゃないだろうか。
我慢してるんじゃないんだろうか。
そう心配になるが、訊きづらい。
「んじゃーーな。俺、やることあるからさ」
変わったことがあるとしたら、こうやって私と長い間話たがらないこと、だけ。
前だったら、隣に座って、ずっと話してた。
一度縮まったと思った距離は、また手が届かないくらいに遠くなりつつあるようなそんな気がする。
私は、思わず手をのばした。
「待って」
「何?俺、忙しいんだけど」
「じゃあ、用事すんだら、少し出かけない?」
「行けない。ゴメン、行くわ」
そう平助くんは、悲しそうに笑う。
違う。
平助くんは、こんな風に笑う人じゃない。
内側から光るように笑う人なのに。
ぎゅっと、胸が痛んだ。
「私、平助くんのそばにいたい」
「もう、いいから!」
平助くんは、苛立ちを隠さず、声を荒げる。
「もう、俺に構わないでくれない? の顔見ると・・・・・・調子が、狂う」
「嘘」
そんな辛そうな表情で言うなんて、まるで見抜いてくれと言っているみたいだ。
「じゃあ、何。は、俺が“気にしてる”って言えば満足なのかよ」
「ちが・・・・・・」
「何も・・・・・・何もわかんねえくせに!!」
「私、平助くんが!!」
「言うな!!」
その怒りを含んだ声に、私の体は震えた。
おびえた私の様子に、平助くんは少し困った表情をして、その気持ちを押し込めるようにひとつ自分の胸をどんと叩いた。
そして、ひとこと“ごめん”と謝ると、ふいと後ろを向いた。
「俺、おまえに未来を上げられない」
そうぽつりと言って、平助くんは行ってしまった。
どんな表情だったのかわからないけど。
後姿でもわかるくらいの拒絶の空気は、私をすくませるくらいだった。
未来をあげられない―――
その言葉の意味は、私とのこれからを見つめていてくれたってこと。
平助くんの中で、先のことを考えていてくれた。
そう思いたい。
まだ、希望はある?
平助くんが、そう考えていてくれたなら、まだ希望はあるの?
私は、たまらず後を追いかけた。
「平助くん、お願い、待って!」
「来るな」
「話、させて」
「話なんてない」
私は、強引に平助くんの前に回りこんで、ようやく足を止めることができた。
ここで、話をしないと、平助くんとはもうずっと近づくことができないような気がする。
知りたい。
平助くんの、本当の気持ちが。
平助くんの心の奥が知りたい。
私は、まっすぐに平助くんを見た。
そんな私の様子に、平助くんは観念したようにひとつ息をついた。
「俺は、もう羅刹なんだ」
そう私を見る瞳は、ひどく哀しかった。
「おまえさ、羅刹がどういう末路たどるか、近くで見てて知ってるだろ?」
「だから?」
「だからって、おま・・・・・・」
「平助くんは、平助くんだよ。羅刹だってなんだって、変わらない」
私が“鬼”だって知って、前が見えなくなっていたとき、平助くんはこう言ってくれた。
この言葉で、私は救われた。
私にとって、平助くんは何よりも大切。
「私も“鬼”だけど、こわい? 近寄らない方がいいかな」
「バカ!おまえみてえな鬼なんかこわくねぇっつったろ!」
「そうやって、平助くんは私が鬼だって知っても変わらずいてくれた。そばにいてくれた。それがすごく嬉しかった」
私は、二度、生まれた。
一度は、人間で。一度は、鬼で。
平助くんは、これから鬼の人生を歩んでいく私を肯定してくれた。
それが、どんなに励みになっただろう。
「羅刹でもいい。平助くんなら何でもいい。好き。私、平助くんが好き」
これは、心からの本音。
「誰よりも、そばにいたい」
これは、心からの願望。
「平助くん、さっき“未来をあげられない”って言ったよね。・・・・・・私、未来なんていらない。ただ、平助くんがいてくれたらいい。平助くんが欲しい」
こみあげてくる想いは、涙となって頬を伝わる。
「そばにいちゃ、だめかなあ?」
突然だった。
私の手はぐっと強く引かれ、抱きしめられていた。
強く、強く。
私の体に、平助くんの腕が絡められる。
それは、痛いくらいで。
平助くんの気持ちの強さだと感じたかった。
そして、平助くんは、私の耳元であきらめたようなため息を大きくついた。
「バーーーーーーーーーーーカ。ほんっとおまえバカだな!俺から逃げるチャンスだったのに・・・・・。知らないからな。もう、俺、おまえを離してなんかやんない」
「離れたくない。離れたくなんかないよ」
「言っていいのかな。羅刹になっちまった俺にこんなこと言う資格なんてないかも知れねーけど・・・・・・好きだ。俺、のこと、好きだ」
声にならない。
涙で、うなずくしかできない。
返事の変わりに、涙の粒が次々転がり落ちる。
それをさえぎったのは、平助くんの唇。
ひとつ、ふたつと頬に触れる。
「・・・・・・あったけ・・・・・・。羅刹でも、ぬくもりは感じるのな」
「変わらないよ。平助くんは。全然変わらない」
「そう言ってくれるのは、だけだ。自分でさえも身体の変化、持てあましちまってるくらいなのに」
でも、俺にはが居る―――と、平助くんはふっと薄く笑った。
「お前のために、生きて、いい?・・・・・・この命、賭けてもいいくらい、おまえが好きだ」
「私も、好き」
平助くんの顔が近づいて、唇が触れた。
そうするのが、自然だったかのように。
初めて触れた唇は、暖かく震えていた。
存在を確かめるかのように軽く掠めたかと思うと、次には強く重なった。
何度も、何度も。
角度を変えては、伝わってくる。
ぬくもりと共に。
平助くんが、すごく近くに感じて。
光が灯ったように、心が暖かくなった。
もう、離れない。
離れられない―――
2009.4.4