寝顔 side斎藤

何を捨てても大事なものができるなんて。








少し前の俺は思わなかった。





















夢を見ていた。
とても幸せな夢を。
だからなのだろうか。よっぽど醒めたくなかったらしい。
いつもは波がひくように頭はざあっと冴えていくのに、今日に限ってそれがない。
それが夢か現かわからないほどに。
俺は、ころんと寝返りをうった。
ゆっくり、ゆっくりと醒めていく頭。
すっと目をあけてみる。
すると、目の前には、すーすーと規則正しい寝息をたてて寝ている愛しい女性。
安らいだ表情をして、眠っている。
知らないうちに、微笑みがもれた。
いいものだと思う。目が覚めたときに愛しい人の顔を最初に見れるというのは。
大抵はこうしてより早く起きることが多いのだが、それはこの寝顔を見るためだということをは知らないだろう。

「・・・・・・

そう呼びかけてみる。
こんな小声だ。もとより、起きるとは思っていない。

「起きぬと口づけする。・・・・・いいな」

俺はそう念を押すと、の唇に己を寄せた。
最初は、軽く触れるだけにとどめておこうと思ったが、触れてしまったが最後。
甘い蜜は、味わい尽くさねば満足できない。
のあごに手をそえ、上を向かせると、噛むように唇を合わせた。
われた唇は、俺の舌の侵入をやすやすと許す。
待ちかねたとばかり、舌をの中を落ち着きなく遊び歩かせる。

「ん・・・・むッ・・・!」

起きたか―――
深い深い口付けにがさすがに苦しそうに抵抗し始めたので、一旦俺は唇を離した。
すると、ははあっと深い息をひとつついた。

「おはよう、

「は、一さんっ・・・・・!?おはようじゃないですっ!い、今」

「嫌だったか?」

「嫌じゃないですけど・・・・心臓に悪いです・・・・」

そう言って、はもう一度深呼吸をした。そして、紅い唇に指をあて、俺をうるんだ上目遣いで睨んだ。
もう少し自重してほしい。
その瞳も、その仕草も、俺を煽るだけだと―――。

「一さん、いつも、唐突だから・・・・・・」

「そうか。・・・・・しかしそれは、の責任だ」

「え、なんで私?」

自覚がないのも考えものだと、俺は苦笑する。

「・・・・・その身に、教えてやろう」

俺は、反論したげなの身体を引き寄せ組み敷いて、また唇を合わせる。
ゆるく抵抗しかけた手を加減して押さえつけてなおも口付けを続けると、やがてくたりと身を任せるだけ。
深く深く。
息も満足にさせないくらいの口付けを何度も角度を変え与える。
に一度触れると、余裕など一気に飛んでしまう。
止まらない自分を悪いとは思っても、どうにも自制できない。
暫く後、唇を離すと、は一粒二粒涙を流す。

「悪かった。やりすぎた」

さすがにやりすぎたといつも反省するのだが、それさえも忘れたかのようにこうしてしまうんだから意味がない。

「・・・・・・おまえの寝顔が可愛いからだ。つい、口付けしたくなる」

「――――――っっ!!!」

は、さらに顔を赤くした。
これ以上はないってくらいに真っ赤に。

「その表情も、愛しい」

そう言うと、いつも恥ずかしそうに頬を染める姿も。

「好きだ、愛している。

は赤い顔をして、金魚のように口をぱくぱくとさせる。

「一さんって、結構臆面もなくそういう告白しますよね。それに、こんなに明るいのに・・・・・」

確かにそうだ、とうなずくと、俺とは逆には言わないことに気づく。
もっとも理由は想像がつくが。

「おまえは言わないな」

「恥ずかしい、ですから」

「――――言ってくれ。俺が。俺のことが、好きだと」

今日に限って引かない俺に、困ったような表情。
必死に言おうとしているのがわかるが、なかなかひとことが出てこない。
短いひとことなのに、なぜ伝えるときにはなかなか言えないのだろうか。
一寸の間の後、やっと搾り出したの声は、聞いたことがないくらいかすれていた。
どれだけ緊張したのだろうと微笑ましく思う。

「・・・す、好き、です」

「聞こえない」

「・・・・・・一さんのことが好きです」

「・・・もう一度」

いつもは大人しくはがらかされてきたのだが、今日こそはどうしても言わせたい。
こんな俺を意地悪く感じているだろうか。
今まで視線を泳がせていたは、ようやっと視線を上げ、目を合わせる。

「好きです―――大好き」

その言葉は、すっと染み込むように自然に心に入る。

「誠実な、目だな」

俺は、知らず顔を綻ばせ、を引き寄せ、強く強く抱きしめた。


2008.10.27