「んーーーーーー、いい天気!」
今日は、一番乗りだ。
私は、朝早くから洗濯を干していた。
こんなにいい天気だと、いつもは大量すぎて途中でめげてしまう洗濯も、気分良くできそうだ。
軽快に物干し竿に干し始めたところへ、朝の早い斎藤さんがいつも通り、通りかかった。
「あ、斎藤さん、おはようございますっ!」
私は、 “いつも通り” の斎藤さんに挨拶をした。
が、その表情は、“いつも通り” らしくなく、珍しくも穏やかで。
次に挨拶を返してくれた表情は、今まで見たこともないくらい爽やかな笑顔だった。
「、おはよう。 今日も花のように可愛いな」
「・・・・・・って、えええええ!? 」
は、思わず手に持っていた洗濯物を落としてしまった。
□ □ □
「誰か、教えてくれ」
「誰なんだ、あれは」
「斎藤・・・・・・・・なのか?」
私が落とした洗濯物を処理して戻った時には、すでに屯所内はざわざわとざわめいていた。
みんなが遠巻きに見ている視線の先には、斎藤さんがいる。
ああ、やっぱり、とは、胸が苦しくなった。
今現在の斎藤さんは、熱心に刀の手入れをしている。
その姿は、いつもの斎藤さんでしかなかったのだが、私を見かけるなり涙目で飛びついてきた平助くんの様子から何かあったのだと思う。
その理由はひとつしかないのだが。
「っっっ!! は、一くんがおかしいよおおぉぉ!!!」
「・・・・・・・何か、憑いているんじゃないのか?」
「やめろオオォォォ! その手の話は冗談でもやめてくれェッ!!」
「あのさぁ、左之さん、おびえすぎだから」
怯えていない、とキャンキャン吼えている左之助はおいといて。
「やっぱり・・・・・・・」
「、やっぱりって何だ。・・・・・・な、何かあったのか? 聞かねえぞ! 心霊のたぐいなら、俺は聞かねえぞォォ!!」
「左之助、うるさい」
「私、さっきまで洗濯物を干していたんですけど」
は、さっきあったことをかくかくしかじか話すと、みんな一様に顔を驚きの表情に変えた。
「何・・・・・・!? 斎藤が、か、“かわいい” だと!?」
「“花のように” だ、と・・・・・・!?」
「しかも、臆面もなく、か」
「ありえんな」
「ああ。 ありえねえ」
一同は、ううむとうなって下を向いて考え込んだ。
「確かに、あいつはそういう恥ずかしいことを平気でいうところがある。それは無意識であって、挨拶代わりに言えるような男では断じてない。 ―――でもな、それは置いといて、これはそんな次元じゃねえことは確かだ」
「え、何か、あったんですか?」
「聞いて驚くな・・・・・・・あいつはな、今日の朝飯、俺におかずをほとんどくれたんだ」
「そ、それは・・・・・・!!」
「いつもは、隙あらばと俺のおかずを虎視眈々と狙っている奴だ。 というか、この俺が今までうっかり盗られちまったことだって何度もある。 そんな奴が!! そんな奴が “いつも世話になっているからな。これをやろう” とくれたんだぜ。 何かあるに決まってるだろう!」
「まさか・・・・・・!」
「そ、そんな、馬鹿な」
その場にいた全員、一斉に斎藤さんの方に顔を向けた。
斎藤さんは、一同の視線を一身に受けてもなお、堂々と刀の手入れをしている。
その姿は、いつもの斎藤さんだったが、の姿を確認するとにこりと笑った。
あ り え な い。
明らかにいつもの斎藤さんじゃない。
「行け、。 おまえが一番あやしまれない」
「そ、そんな! 私だって怖いです!」
「斎藤を助けたくないのか!?」
「そういうわけじゃないですけど」
「あいつは、監察方を勤めるだけあって、人の心理に異常に聡い。 だが、おかしいこと前提で言っても、この中で一番あやしまれないのはおまえだ。 ・・・・・・頼む、行ってくれるな? 」
「・・・・・・はいっ」
とは言っても、密偵のいろはのいも知らない私が、どうやって斎藤さんの異常の理由を探れというのだろう。
私はごくりと喉をならし、斎藤さんに近づいた。
「ん? そろそろ巡察の時間か?」
「いえ、それはまだ・・・・そのーーーあのーーーー」
「そうか。では、来い。 。 刀の手入れの仕方のコツを教えてやろう。 以前約束しただろう」
「え、でも」
「ここに座れ」
と促されたのは、斎藤さんの膝。
え、まさか、そこに座れと言うのか。
私は、顔を真っ赤にして、ふるふると横に小さく首を振った。
「そそ、そ、そそそそそそんな・・・・・」
「早く来い」
斎藤に手をひかれ、私はすとんと膝におさまってしまう。
遠くでギャーーーーという声が聞こえる。
ギャーと言いたいのは私!!!
斎藤さんは、私に刀を渡すと、後ろから抱きしめる形で指南しだす。
こんなことになってどうしようかと涙目になったが、意外と真面目に教えてくれる。
あれ? と拍子抜けしたとき、斎藤さんの熱い手が私の手にふと触れた。
次の瞬間、その手にきゅっと力がこもる。
「・・・・・・・・はやはり、小さいな。それに、いい香りがする」
「・・・・・・・・っ!!!」
耳元に温い息がかかるくらいに近くで響く斎藤さんの低い声。
ぞくりと体が正直に震えた。
「刀は、手をかければかけるだけ、美しく輝く。 ・・・・・・それは女性も同じだと思わないか? 今のおまえも可憐だが、女の姿に戻り着飾れば、どう美しく変化するのか興味がある。 ああ、誰でも興味があるわけではないぞ。 だから興味があるのだ」
耳元で囁かれ、私は心の中で ンギャー と叫んだ。
「お、おい、まずいんじゃないのか?」
「なんか、総司化してない!?」
そして、後ろから抱きしめられるような形で、さらに斎藤の講義が始まる。
「ここを持て。 そう。 滑らすように。 ・・・・・・ああ、上手だ。 おまえの白い手で磨かれて、これも一層輝いているな ―――――― しかし、俺は今、刀よりもおまえに触れていたい」
耳元で斎藤の低い声で囁かれ、私の顔は真っ赤になって今にも沸騰しそうだった。
そこへ、いつものように遅れて登場したのは、沖田さんだった。
「・・・・・・何 、 ア レ 」
低い沖田さんの声と共に、ビリリと辺りに撒き散らす殺気。
「がなんで一くんの膝に乗ってるのさ。 あれって、は一くんのもの、って見せびらかしてるみたいでちょっとどころかかなり許せない光景だね」
「ま、待て。総司」
「なんでみんな見てるのに止めないのさ」
「止められねぇんだよ! 止められるなら、もうとっくに止めてるさ!!」
「どういうこと?」
「あれは、一くんじゃねえ。 別の誰かだ!」
「そんなわけないから。 誰も止めないんだったら・・・・・・僕 が 止 め る 」
「まてまてまてまて!!!」
ああ。あっちも不穏な雰囲気だ。
どうしたら。
いったい、どうしたらこの場が丸く収まるの!?
かなりパニックになった私に追い討ちをかけるように、急に後ろの斎藤さんがどしりと体重を預けてくる。
「え、ちょ、ちょっと、斎藤さ・・・・・・・・っ!?」
一人の男の人の体重は、かなりの重さで。
私は、支えきれずに、徐々に斎藤さんに押し倒されるような格好になっていった。
「ちゃん!!」
「おいっ!? そりゃまずいだろ、斎藤!?」
その声にすら、のしかかった斎藤さんは、ぴくりとも動かない。
こうしていると、斎藤さんの体温が伝わってくる。
すごく、熱い。
・・・・・・・ん? 熱い!?
「あれ、なんか斎藤さん、熱くないですか・・・・・って、さ、斎藤さんッッッ!!!???」
「斎藤!!」
「一くん!!」
「熱があるならあるって言ってくださいよおぉぉ!!」
「熱!?」
どうやら、斎藤さんは高熱で意識を失ったらしい。
もしかして、変な言動も、熱のせい!?
意識を失って崩れ落ちた斎藤さんは、永倉さんにかつがれて、自分の部屋に隔離された。
他に被害をもたらさないように、熱が下がるまで厳重に監禁状態で。
数日後。
「すまなかった。」
すっかりと熱がひいて部屋から出てくるなり、斎藤さんは私に頭を下げた。
「記憶がないとはいえ、に狼藉を働いたなんて、自分が信じられない」
「は? 狼藉? そんな大層なものじゃ・・・・・というか、やめてください、斎藤さん! 組長がやすやすと頭を下げないでください! あれが本当の斎藤さんだなんて思ってませんから」
すると、斎藤さんはすいと顔を背けた。
その横顔を見ると、なんとなく頬が赤いような。
「・・・・・・あながち、偽者、というわけではない」
「え?」
「俺は、のことを可愛いと思っている」
「・・・・・・・・・・っっ!!」
斎藤さんは、完全に私に後姿を向け立ち上がった。
「本当にすまなかった。 では、巡察に行って来る」
「・・・・・は、はいっ」
ふすまが斎藤さんの姿を完全に隠した後、私は顔を覆った。
「か、可愛い・・・・・・って」
そっぽを向いて言った斎藤さんが、すごく斎藤さんらしくて安堵したのと。
斎藤さんの口からは、あまり聞きなれないセリフを聞いて。
私は、その場に突っ伏してしまった。
熱 が 、 出 そ う ――――――
そう思った夜、本当に熱が出て、私は寝込んでしまった。
か な り 効 い た
斎 藤 さ ん の パ ン チ 。
2010.1.16