目指せ、赤城山!
地道に歩き始めた三人は、目的地にほどなく近づいていた。
がいるため、それほど早くは歩けなかったが、ここまでは何事もなく順調。
道中は、すごく和気藹々と、長い道のりを感じないくらい楽しいものだった。
「思ったより早く着きそうですね」
「ああ、そうだな。が頑張ったからだぜ」
左之助は、を気遣うように手をつなぐ。
新八の存在をまったく無視するような左之助に、これまでずっと黙っていた新八も文句のひとつくらい出てきてもおかしくないだろう。
「ああ、熱い熱い。まったくお前ら、俺の存在感じてくれよ。たまに俺幽霊になったかと思っちまうぜ」
「新婚のところに割り込んでくるお前が悪い」
「そんなこと言うの、お前。かっわいくねえなぁ。はそんなこと言わねえよな」
そう言われてもは、なんとも返しようがないので、あははと苦笑した。
そうこう歩を進めていると、前方から男が数人歩いてくるのが見えた。
ここは山へと続く道ながら、この人数でもすれ違うのはたやすいくらいに比較的道幅は広い。
なので、少しも気を使わず、そのまますれ違うはずだった。
しかし、予想と反して、原田の肩はそのうちのひとりとぶつかってしまう。
「あ、悪かったな」
左之助は、ぶつかった相手に対し素直に詫びた。
しかし、相手は待ってましたと言う様に三人の周りをぐるりと囲んだ。
「あん?いてえな。他人様に痛い思いさせてそれだけってことねえだろうよ」
野卑な声の方に振り向くと、向けられる明らかな敵意。
これは、おそらく最初からこういうつもりでいたのだろう。
よくいるおいはぎの一味だと、左之助はを背中にかばった。
「いちゃもんつけてくれんなや。謝っただろうが」
「言葉だけじゃあ足りねえ。あるもん出してもらおうか」
「ああ?誰にもの言ってんだ、お前ら」
「そっちの可愛いお姉ちゃんも渡してもらおうかな」
男たちに好奇の目を向けられ、はぞくりと身を震わせた。
「・・・・・・それだけはならねえなぁ」
普段と同じ調子でそう告げた左之助から発せられたのは、鳥肌が立つくらいの殺気だった。
後ろにかばわれているでさえわかる。
こんな痛いくらいの殺気は久しぶりだったから、は諌めようと慌てて左之助の着物の裾をひいた。
すると、左之助は目線だけ向けて応えた。
「大丈夫。手出しはさせねえ。おまえは離れてろ」
「久しぶりだ、暴れたらあ!!!」
新八が、威勢よく声を張り上げた。
こうなるともう誰も止められない。
幸い相手は刀も持っていない。
相手に少し同情して、は慣れたようにすいっと身を引いた。
が少しの間身をすくめているうちに、男たちは次々と地面に平伏していた。
それは、あっという間のできごとだった。
「強え・・・・」
「口ほどにもねえな、こいつら。身体もあったまりゃしねえぜ。・・・・・大丈夫か、」
左之助は身体についたほこりをはらうと、心配そうに駆けつけたの頭にぽんと手をのせ、安心させるように笑った。
「おまえら失敗したな。女に関して口を滑らせなけりゃここまでこっぴどくやられなかったのによ。あのひとことで左之に火をつけちまった」
「さの・・・?どこかで・・・・・あ、新選組だ!!!新選組の原田と永倉だ!」
「元だ、元。てめえらが知ってるってことは、ちったぁ名知れてたのかね」
「お前らいい度胸じゃねえか!!元新選組二番組組長と十番組組長に喧嘩売るなんざ!!」
そう新八が脅かすように咆哮すると、男たちはすごい勢いで退散した。
「あーーーーーーー不完全燃焼だぜっ!!!」
新八は暴れたりなさそうに地面を蹴った。
元々、こういうことが好きな二人だ。そう思う気持ちもわからないでもない。
そんな新八を見て、左之助は楽しげに笑ってうなずいた。
「ま、道中こういうのもないとな。、悪かったな。怖い思いさせて」
「大丈夫ですか?どこにも怪我ないですか?」
「この原田左之助様が、あんな奴らごときに怪我なんかするわけねえだろ。ったく、ぬるすぎるぜ」
苛烈な戦争を戦いぬいてきた左之助にとっては、これはおやつみたいなものなのだろう。
あの人数をまるで子ども扱いだった。
「まあまあ、今夜は温泉にでもつかってゆっくりしようぜ」
「なんだよ。湯治にでも来たみてえだな」
今夜は、近くの赤城山のふもとの宿に泊まることにして、明日からはいよいよ赤城山へ登って埋蔵金探しをしようということになった。
宿に入ってみると、この時期にしては珍しく、客はたち三人のみだった。
それを良しとして、新八と左之助は、酒を飲んでどんちゃん騒ぎだ。昼間あれほど歩いて暴れて、二人のどこにこんな体力があるのかは少し呆れた。でも楽しそうな左之助を見ると、来て良かったと思う。
ここまで盛り上がっているのを見ると、まだまだ終わりそうにないと思い、はせっかくの温泉なのだからとひとりでそろりと抜け出しお風呂に入ることにした。
「はあ・・・・いいお湯」
が、気持ちよく湯船に使っていると、湯煙の中に大きな影が揺らめいた。
咄嗟にはお湯に深く沈みこむ。
気づかなかったけれど、あれから他にお客さんが来たのだろうか。
そう思ってその影を注意深く見ていると、迷うそぶりなどなくじゃぶじゃぶとの方に近づいてきた。
「き・・・・・・っ」
その怪しげな動きに驚いてが声を上げようとすると、ばっと大きな手で口をふさがれる。
「おっと、、叫ぶな。俺、俺!俺だから」
「な、なんで左之助さんこんなところに!?」
「一緒に風呂でも入ろうと思って」
左之助だとわかって安心したのもつかの間、は自分が裸だったことに気づく。
そして、目の前の左之助も当然何も着ていない。
日もとっくに落ちて辺りは暗いとはいえ、蝋燭の明かりでぽやっとわずかにお互いの姿は確認できるのですごく恥ずかしい気持ちになる。
「永倉さんは?」
「つぶれて寝たよ。あいつが難しい話をしだすと要注意だ」
「ああ、そうでしたね」
は空返事をすると、あまりに近い距離にたまらず、すすす、と離れた。
「なあ、もっとこっち来いよ。・・・・・そんな恥ずかしがるこたぁねえだろう。俺たち夫婦なんだぜ?」
「恥ずかしいものは恥ずかしいんです」
と左之助は、夫婦になって日が浅い。
それなのに、いきなりこんな離れ業をされてしまうと、どうしていいものかわからない。
は、なおも背中を向けてしまう。
しばらく、左之助は困ったように逡巡しているようだったが、やがてお湯が音をたてて揺らめいた。
左之助がそばに来たのだろうと思ったら、首筋に暖かい感触。
「・・・・・・白い肌、だな」
「あ・・・・・・」
後ろから強く抱きすくめられると、首筋にちゅっと吸い付かれる。
続いてぴりっとした痛みを感じた肩を見てみると、紅い斑ができていた。
左之助の手は、するすると肩から鎖骨をまさぐり、やがてその下の柔らかなふくらみまで到達する。
「悪りぃ・・・・・・久しぶりの喧嘩の後だからかな。酒のせいもあるか。なんか身体が熱くてたまんねえんだ」
「ここ、お風呂・・・・・・」
左之助の手は、器用に這い回り、の理性まで麻痺させてゆく。
の耳にわざとちゅっと音をたてて口付けると、そのまま甘い声でささやいた。
「このまま抱かせてくれ、」
「ん・・・・・・」
そうやって口付けされると、もうは手詰まりだ。
簡単に高められ、左之助の腕に落ちた。
その後、のぼせたようにくたりとしたを抱いて部屋まで連れて行った左之助は、朝まで優しく抱きしめて眠った。
朝、先に起きた新八に、また散々言われたのは言うまでもない。
2008.11.8